「社外取締役の長男を部長として厚遇」名門メーカーの信じがたいガバナンス不全を問う
プレジデントオンライン / 2021年8月13日 18時15分
■社長の責任を追及したら、反対に降格させられた
東証一部上場の老舗電機メーカー、電気興業が深刻なガバナンス不全に陥っている。
6月25日、筆者はプレジデントオンラインで「『実力社長のセクハラを咎めた役員が次々とクビに』名門メーカー電気興業の大混乱」という記事を出した。電気興業の松澤幹夫社長(当時)が女性社員にセクシャルハラスメントを行ったという内部告発を受けて、社内調査が行われた。その結果、事実関係が認められ、役員らは松澤氏に退任を迫ったが、企業統治上の問題を抱える同社は反対に責任を追及した役員らが降格させられ、さらに代表権のない会長に退いて生き残りを図ろうとしている、という内容である。
記事掲載後の7月6日、筆者は「週刊エコノミストオンライン」で、社長退任と後任社長指名の緊急動議が提出された際の取締役会議事録のバックデータとなる発言録を全文掲載した。するとこの臨時取締役会に参加していた社外取締役で弁護士の太田洋氏から、「警告・申入書」がエコノミスト編集部に送られてきた。
そこには「本件記事における評価とは相反する事実で、当然認識されているはずの重要な事実に敢えて触れなかったり、誤った事実を記載したもので、強く抗議するとともに、記事の撤回を求めます」「山口義正氏(筆者のこと)ではなく、中立的・良識的な記者により小職に対するインタビューも含めた事実確認を十全に行って頂いて……」と記されていた。
■電気興業と太田氏の説明には明らかな矛盾や誤謬がある
筆者の質問状を無視しておきながら、記事が出ると、慌てて「警告・申入書」を送り付け、しかも筆者には会いたくないという。
いいだろう。「誤った一方的な記事」(「警告・申入書」より)と言うのであれば、関係者の証言や物証に従って、電気興業と社外取締役の欺瞞を白日の下に晒そう。電気興業で何が起きていたのかを雄弁に語る内部資料や音声データは、上記の臨時取締役会の発言録だけではない。それらを毎週ひとつずつ公開しても、年内に連載が終わらないほど残弾数は豊富にある。それらはことごとく「電気興業と太田氏の説明には明らかな矛盾や誤謬がある」と言っている。
太田氏はエコノミスト編集部に対し、「1月31日に松澤社長に会い、『セクハラの件もあるし、社長を長く務めたのだから、そろそろ退任してはどうか』と進言しており、社外取締役としての役割を果たした」と説明した。しかし筆者の取材によれば、1月31日の太田氏と松澤氏のやり取りの中に、社長退任を勧める発言はまったくない。その日の模様を詳述しよう。
■「被害者女性に対しては目をかけてきた…」
「私がですか⁉」
1月31日の午後3時、電気興業本社の役員応接室で開かれたミーティングで、松澤社長(当時)は素っ頓狂な声をあげた。松澤氏が女性社員に対するセクハラを働いたとの内部通報があり、自らが調査対象になったと告げられたからだ。告げたのは二人の社外取締役である。その日は日曜日だったが、夕刻から中途採用の社長面接を行う予定になっている。社外取締役らは社長の出社を確認のうえで面会を求めた。
面会を申し入れた社外取締役は、前述の太田氏と、元SMBC日興証券副社長で現在はSUZUKI NORIYOSHI OFFICEの鈴木則義代表である。
太田氏はそこにいる三人のうち、最も年若だったが、話しぶりは誰よりも老熟していた。松澤社長は「被害者女性に対しては目をかけてきたつもりなので……」などと弁解していたが、太田氏は「上場会社の社長ですので、それは社長たる者、社員に対しては平等にすべき職責を負っておられます。あまり感心しません」とぴしゃりと言ってのけている。少なくともこの時点では、企業法務の分野で著名な弁護士である太田氏の発言は、弁護士や社外取締役としての役割から大きく足を踏み外しているわけではない。
■「いずれにしても、ぼくたちが守ります」
一方、同じ社外取締役である鈴木氏は、松澤社長に向かって次のような趣旨の発言をした。
――いずれにしても、ぼくたちが守ります。そこは本気ですから。十日から二週間くらいかけて調査を行います。どんな結論出るのかわかりませんが、ここはその子からきちんと一筆取って、そのためには多少のおカネを払っても構わないと思います。打つ手は全部打つように指示はしたいと思ってます。
セクハラに関する調査報告書の作成はもちろん、聞き取り調査をする以前から、全面的な“松澤擁護”を明言したのだ。しかも会社として慰謝料を負担することさえ認めるような口ぶりでもある。
![電気興業のウェブサイト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/670/img_76c1bbe755f0f32610cb43d612f819a2626507.jpg)
そればかりか鈴木氏は周囲に対して、松澤氏のセクハラに常習性はあるかどうか確かめ、以前には一度もないと聞き出したらしい。鈴木氏は、
――そこから考えると、はっきり言って結論は大したことない
と、被害者女性が聞いたら目をむいて怒り出すようなことをぬけぬけと言い放っている。
鈴木氏と松澤氏の関係について触れておかねばならない。
■筆者が特報した「オリンパス事件」と重なる構図
鈴木氏はSMBC日興証券の副社長だった人物であり、同社は電気興業の主幹事証券である。鈴木氏と松澤氏の付き合いは「30年に及ぶ」(関係者)というから、電気興業が本社機能を置いている東京・丸の内の新東京ビルに、当時の日興証券が本社を置いていた頃からの付き合いであろう。経営トップが知人や取引先を社外取締役に招き、企業統治が機能不全を起こす。この構図は、筆者が特報した「オリンパス事件」と重なる。
しかし鈴木氏の場合、それだけにとどまらない。鈴木氏が電気興業から完全に独立した社外取締役であるかと言えば、それは疑問だからだ。たしかに外形上は社外取締役を務める基準を満たしてはいるが、鈴木氏と電気興業の距離の近さは異様でさえある。
鈴木氏の長男は電気興業の中枢で部長職を得ているうえ、鈴木氏が社外取締役に就いた後、その実弟も電気興業で勤め始めている。鈴木氏が代表を務めるSUZUKI NORIYOSHI OFFICEは電気興業と同じ新東京ビルで一つ下のフロアに陣取っており、利益相反が疑われる同OFFICEの取引を問題視する声が、電気興業内でも上がった。
■「社長の業務執行権限を社内取締役に一時預けよ」
話を元に戻そう。松澤・太田・鈴木の三者会談では、調査期間中の社長の職務をどうするかについても話が及んだ。この時の太田氏は<社長が会社に出て来て、指示すると調査に影響が及ぶ恐れがあるので、社長の業務執行権限を社内取締役に一時預けよ>と提案した。
「仰るとおりに致します」と従う松澤社長に対して、太田氏はこう提案している。
――私たちで考えていたのは社内取締役の合議機関を作ることで、権限をそこに預けることにすれば、誰かひとりの権限が突出しなくていい。もちろん社長の方で意中の人がいれば、それでよろしいと思う。
松澤社長は「立場的には……」と、社内ナンバー2の石松康次郎専務の名前を挙げた。その後、松澤社長はこのミーティングで石松氏の名前をさらに二度、三度と挙げ、最終的には、
――ほとんどの役員は担当部門の専任になっているので、経理部長とか人事部長とか、総務部長などと石松で合議の形をとるのが一番いいだろう。
そういって、自ら決めている。二人の社外取締役は了承し、この日の三者会談は終わった。
■適時開示の対象にならない処分方法を提案
筆者が関係者に確認したところ、そのなかでは太田氏が主張するような「お辞めになってはいかがか」という発言は一度も出てこなかったというし、そもそもこの日のやり取りが、社長に退任を進言する流れにはなっていない。「世代交代」と言いながら、取締役の中で最年少だった近藤忠登史氏(現社長)の名前は、ミーティングの途中で軽く触れられた程度だったという。
![現社長の近藤忠登史氏(写真=電気興業ウェブサイトより)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/8/250/img_c8311192084123bf623814b9decaca55144167.jpg)
太田氏の主張には無理があるのだが、筆者はこの時点では、太田氏だけに責任があるなどと一方的に言い募るつもりはない。すでに触れたように、この日のやり取りで太田氏は弁護士として、また社外取締役として、その役割を大きく踏み外してはいないからだ。むしろ事実関係の全体像を把握しないうちから“松澤擁護”を鮮明にした鈴木氏の姿勢こそ企業統治上、問題であろう。
しかし、わずか10日後に開かれた臨時取締役会でまでの間に、松澤氏に対する責任追及は妙な方向へと風向きを変えた。太田氏は「社外でのハレーションを避けるため」として、松澤社長に対しては適時開示の対象にならない処分方法を提案し、一時は監査法人への連絡さえ控える方向で助言して、問題を取締役会会議室に封じ込めようとした。
そして社外取締役が外部の弁護士にまとめさせた調査報告書は「松澤社長のセクハラを放置していた社内取締役にも責任がある」とするベクトルで作成された。
次回は株主の負託を受けて経営を監視・監督するはずの社外取締役が、冷徹な経営判断を離れて立場をどう変えていったのか、具体的なやり取りとともに抉り出してみせよう。
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ジャーナリスト
1967年生まれ。 愛知県出身。法政大学法学部卒。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞社証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。月刊誌『FACTA』でオリンパスの不透明な買収案件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。 著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)などがある。
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(ジャーナリスト 山口 義正)
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