「離婚した妻と娘に知られたら…」生活保護を受けづらくさせる"扶養照会"という残酷な制度
プレジデントオンライン / 2021年8月22日 11時15分
※本稿は、稲葉剛『貧困パンデミック』(明石書店)の一部を再編集したものです。
■離婚した妻と娘に扶養照会されたら…
私たちは、厚生労働省の担当者に扶養照会の実態を知ってもらうため、扶養照会に関わったことのある「当事者」の体験談をネットで募集した。その結果、150人以上の方から切実な声が寄せられた。
ここで言う「当事者」とは、生活保護の利用経験のある方や生活に困窮していて福祉事務所に相談に行ったことのある方だけではない。福祉事務所から扶養照会の手紙を受け取った親族や、福祉事務所の職員・元職員からも多くの体験談が寄せられた。
生活保護を利用した経験のある方からは、家族に連絡をされることが精神的な苦痛になったという声が多数寄せられた。
■「扶養照会しなければ申請は受けられない」
DVや虐待の被害者からの声も少なくなかった。厚生労働省は以前から、DVや虐待などの事情がある場合は「直接照会は不要」という通知を出しているが、実際には連絡をされてしまい、実害を被ったという声も複数寄せられた。
私たちは、DVや虐待などの事情がある場合は、「直接照会は不要」とする現在の通知では、「照会をしてもしなくてもよい」と解釈をしてしまう自治体が出てくるので、明確に禁止してほしいと厚生労働省の担当者に申し入れた。
担当者からは、「DVや虐待といった事情があるにもかかわらず、親族に連絡をしてしまうようなことはなくしていきたい」という言葉があったが、具体的にどう通知を見直すのかについては検討中という返事だった。
■叔父や伯父、祖父母にも連絡すると言われ諦めた人も
生活に困窮し、福祉事務所に生活保護の相談に行ったが、扶養照会のことを言われたため、申請を諦めたという声も少なくなかった。
こうした体験談からは、扶養照会が生活保護の申請を妨げる「水際作戦」に使われている実態がわかる。この点についても、私たちが指摘したところ、厚労省の担当者は「扶養照会を水際作戦のツールとして使うような不適切な事例はなくしていきたい」と語っていた。
■絶縁した父の扶養照会でうつ病に
扶養照会をされた親族からは、40件以上の声が寄せられた。扶養照会により、過去のトラウマがよみがえったという声が少なくなかった。
これらの声から、扶養照会により親族の側も精神的苦痛を強いられている実態が明らかになっている。
■福祉事務所職員も「弊害」「ストレス」「必要ない」
福祉事務所の現役の職員や元職員からも体験談が送られてきた。ここでは、近畿地方の市役所で働く職員の声を紹介したい。
他にも、「扶養照会は弊害の方が大きいことが明らか」(現役職員)、「私たちも必要のない業務にはうんざりです。ご家族へのいわれなき軋轢、決定的に絆を断ち切るかもしれない業務は法の目的に反しています」(現役職員)、「申請抑制のための壮大な無駄です」(元職員)といった声が寄せられた。
これらの体験談を読んでいただくと、どの立場の「当事者」にとってもマイナスにしかならない扶養照会の実態がよくわかるであろう。私はこの仕組みを「三方良し」ならぬ「三方悪し」と形容したい。
■実際に援助につながったのはわずか1.45%
各方面に心理的な負担や実害をかけながらも、扶養照会によって金銭的な援助に結びつくケースは極めて少ないことも明らかになっている。
厚生労働省が2017年8月に実施した扶養調査状況調査によると、この月に全国で実施された扶養調査件数3万8220件のうち、金銭的援助に結びついたのは554件にとどまっている。その割合は、1.45%だ。
大都市部では特にその割合は低く、東京都中野区では2019年度の新規申請世帯数729件のうち186件に扶養照会を実施したが、金銭的援助につながった方は1件のみ(照会件数の0.5%)であった。中野区などの大都市部では、作業効率を踏まえて照会する件数を絞る傾向にあるが、それでもこの割合である。
元職員の方による「申請抑制のための壮大な無駄」という指摘は、まさにその通りであろう。
■田村厚労相が初めて運用見直しに言及
扶養照会の見直しを求める声に押され、田村憲久厚生労働大臣は、2021年2月4日の衆議院予算委員会で初めて見直しについて言及した。
具体的には、厚生労働省が自治体への通知で親族に照会しないケースとして「20年以上、音信不通である」という例をあげていることに関して、「20年以上、音信不通で家族関係が壊れている場合は照会しないことになっているが、20年にこだわる必要はないのではないか。今より弾力的に運用できるように努力していきたい」と答弁したのである。
内容的には不充分だが、厚生労働大臣がこの問題で初めて運用の見直しに言及したのは、この間のキャンペーンの成果だと言える。
菅首相も8日の衆院予算委員会で扶養照会に言及し、「より弾力的に運用できるよう、今厚生労働省で検討している」と答弁した。
ただ、「弾力的運用」では問題は解決しない。私たちはあくまで扶養照会の運用を抜本的に見直し、「本人の承諾なしで、福祉事務所が勝手に親族に連絡をすることをやめる」という新たな原則を確立することを求めている。
■親族に連絡するかの判断権が役所にある問題点
厚生労働省は、私たちからの要望に応える形で、昨年12月下旬から公式サイト上で「生活保護の申請は国民の権利です」という広報を開始した。
しかし、私は扶養照会の仕組みを変えなければ、生活保護の利用を権利として確立することはできないと考えている。本人が嫌だと言っているにもかかわらず、福祉事務所が親族に問い合わせをしてしまうのは、プライバシーに関する自己決定権を放棄しろ、と言っているのに等しいからだ。それは制度を必要としている人の尊厳を傷つける行為に他ならない。
2月26日、厚生労働省は扶養照会の運用を一部見直す通知を発出した。この通知により、DVや虐待のある場合は親族に連絡をしないということが明確になり、「一定期間(たとえば十年程度)、音信不通が続いている」、「親族から借金を重ねている」等の事情がある場合も扶養照会を行わなくてよいということになった。
この見直しは照会の範囲を今まで以上に限定するものであったが、私たちが求めてきた「本人の意思の尊重」という点では不充分であった。個々の親族に連絡をするかどうかは、あくまで役所が一方的に判断する、と読める内容だったのである。小手先の変更ではなく、扶養照会の抜本的見直しを求めていきたい。
■申請者本人の意向を尊重するマニュアル改正
扶養照会の抜本的見直しを求めるネット署名の賛同は5万8千人を超えた。私たちはさらなる改善を求め、3月17日、厚労省に再度の要望を行った。
その場で私は、「厚労省が『生活保護は権利』という広報を始めたのは評価しているが、『本人がいくら拒否しても、役所は問答無用で親族に連絡できる』という仕組みが残っていれば、『権利』とは言えない。生活保護制度の目的の一つは、利用者の自立を助長することであるが、本人の自己決定権を尊重しなければ、役所は本人との間に信頼関係を構築できず、保護の目的も達成できなくなるのではないか」と指摘した。
こうした私たちの声が届いたのだろうか。3月末、厚労省は福祉事務所職員の実務マニュアルである「生活保護手帳別冊問答集」の内容を一部改訂するという通知を新たに出した。そこには、生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由について「特に丁寧に聞き取りを行い」、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されたのである。また、扶養照会を実施するのは「扶養義務の履行が期待できる」と判断される者に限る、という点も明確になった。
この改訂は、私たちの要望に対する満額回答ではなかったが、ご本人の意向を尊重するという方針が示されたことは評価したい。少なくとも「問答無用で親族に連絡をとる」ということはできなくなったのである。
今後とも、抜本的な見直しに向けて働きかけを継続していくが、当面は厚労省が示した新方針が周知徹底され、利用者本位の仕組みに変わっていくことを期待したい。
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つくろい東京ファンド 代表理事
1969年生まれ。1994年から路上生活者を中心とする生活困窮者への支援活動に取り組む。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、生活保護問題対策全国会議幹事、いのちのとりで裁判全国アクション共同代表、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授。著書に『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『生活保護から考える』(岩波新書)など。
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(つくろい東京ファンド 代表理事 稲葉 剛)
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