「"中国海軍は世界一"は真っ赤なウソ」台湾有事は原子力潜水艦3隻だけで解決できる
プレジデントオンライン / 2021年8月21日 11時15分
※本稿は、エドワード・ルトワック著、奥山真司訳『ラストエンペラー習近平』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■中国は本当に「世界一の海軍」を保有しているのか
2020年9月にアメリカ国防総省は「中国の軍事力についての年次報告書」を公開し、中国の海軍力はアメリカを凌駕(りょうが)し、「世界最大の海軍を保有している」と発表している。
またアメリカ海軍大学校やランド研究所などのシミュレーションでも、中国が台湾に侵攻した場合、中国海軍が勝つという結果が出たことが、ニュースとして報じられた。しかし、ここで考えなくてはならないのは、彼らがなぜこうした発表を行うのかということだ。
彼らがやっている戦力分析やシミュレーションの目的はただひとつ、連邦議会に対してもっと艦船を購入してくれるように説得することにあるのだ。台湾有事に備えて何をなすべきかは後で詳しく論じるが、ここではひとつだけ重要な事実を指摘したい。
国防総省のいう「世界一の海軍」とは艦船の数などを指しているが、アメリカの攻撃型原子力潜水艦がたった3隻あれば、台湾海峡のすべての中国艦船を撃沈できるということだ。
1982年のフォークランド紛争において、イギリスは1隻の原潜を南大西洋で潜航させていたが、このたった1隻によってアルゼンチン海軍は敗北した。原潜からの魚雷が、アルゼンチン海軍最大の軍艦「へネラル・ベルグラノ」を沈めたのだ。
ところが米海大などがシミュレーションを行うときは、原潜を考慮に入れることはない。これを入れてしまうと、ゲームそのものの目的を潰してしまうことになるからだ。原潜だけでなく、総合的な海軍力でいえば、アメリカが圧倒的であることは疑いがない。
■中国海軍は敵の船を沈めたことがない
たとえば空母に関しては、今後30年、何も対策を打たなかったとしても、アメリカの優位は変わらないだろう。これは戦闘機同士の戦いでも同様だ。
中国もアメリカもそれはよく分かっている。だから軍事力による直接的な衝突の可能性は、現時点ではきわめて低い。したがって戦略分野での主戦場は、もっぱら前章で論じたような外交戦略の領域となっているのだ。
そして、その「同盟の戦略」の領域では、中国はさらに弱いのである。そもそも軍事力を比較する場合、兵器の総数などを比較するのはあまり意味がない。なぜなら、どんな軍の構成が有効かは「シナリオによる」としか言えないからだ。
どこでどのような紛争を行うかによって、有効な戦力は変わってくる。たとえばベトナムのジャングルやアフガニスタンの山地での戦いを思い出してみればいい。米軍がいかに圧倒的な兵力を有していても、その威力を十分に発揮させなければいいのだ。
もうひとつ、中国軍について指摘しなければならないのは、彼らがほとんど勝利したことのない軍隊であることだ。
たとえば中国海軍は敵の船を沈めたことがない。ベトナムの巨大な漁船を沈めたことがあるが、それは非武装の船だった。もちろん中国海軍は艦船の数を増やしているし、その性能も向上している。制度化された組織やピカピカの制服なども用意できている。
それでも彼らが他国の公式な海軍の船を沈没させたことはないという事実には変わりない。これまでの歴史、とくに近代の歴史において、他国の海軍の艦船を沈めたことのない海軍をもっている国が戦争に勝ったためしはない。
■人民解放軍の陸軍の実力
海軍についてはそもそもまともな海戦を経験していないので、強いか弱いかは判断できない、というのであれば、陸軍の戦歴をみてみよう。たとえば日中戦争では、戦闘においては、ほとんど常に日本軍がわずかな兵力で中国側を圧倒していた。
朝鮮戦争の「長津湖(ちょうしんこ)の戦い」などでも、中国人民志願軍は激戦の末、国連軍となっていた米海兵隊を撤退させたが、数でまさっていた中国側が圧倒的な被害を出したことがわかっている。ベトナムに侵攻した時も負けている。
このように、人民解放軍の陸軍の弱さは歴史的に証明されているのだ。これを文化論として考察することも可能だ。たとえば日本では650年以上にわたって武士による統治が行われていた。近代に入っても、軍人出身の首相は少なくない。
アメリカでもほとんどの大統領が軍隊経験を持ち、ワシントンやリンカーン、セオドア・ルーズベルト、アイゼンハワーなどは軍の指揮官としても実績を残している。イギリスのチャーチルやフランスのナポレオン、ドゴールの例を挙げてもいいだろう。
つまり、これらの国には戦うことを尊重する文化がある。それに対して、中国は素晴らしい料理を生み出し、博物館を飾るような見事な文物を数多くつくってきた高度な文明がありながら、軍事を軽侮(けいぶ)する伝統が顕著(けんちょ)にみられる。
そもそも中国が領土を拡大した時期は、元や清に代表されるように、異民族による征服王朝なのだ。漢民族はあらゆる点で優秀だが、戦争だけは拙劣なのである。
■米中対立の真の戦場は経済とテクノロジー
つづいて地経学的対立について論じてみよう。
実はアメリカと中国の真の戦場は、経済とテクノロジーの領域にある。なぜなら、軍事的には中国はいまだアメリカに対抗できる力がなく、外交戦略においては、中国に対峙しているのは、アメリカ一国ではなく、すでにより広範な反中国同盟だからだ。
地経学的な戦いとは、兵士によって他国を侵略する代わりに、投資を通じて相手国の産業を征服するというものである。経済を武器として使用するやり方は、過去においてもしばしば行われてきた。
ところが中国が特殊なのはそれを公式に宣言していることだ。その典型が「中国製造2025」である。これは単なる産業育成ではなく、たとえばAIの分野に国家が莫大な投資を行うことで、他国の企業を打倒すること、そして、それによって中国政府の影響力を強めることが真の狙いなのである。
その意味で、中国は国営企業、民間企業を問わず、「地経学的戦争における国家の尖兵(せんぺい)」だ。たとえばイギリスがアジアを侵略する際の東インド会社のような存在なのだ。
■バイデン政権になっても中国への強硬姿勢が変わらないワケ
中国企業がスパイ行為などにより技術の窃盗を繰り返したり、貿易のルールを平然と破ったりするのは、それがビジネスであると同時に、国家による戦争だからだ。
トランプ政権になって、アメリカがそうした行為を厳しく咎(とが)め、制裁を行うようになったのも、それを正しく「地経学的戦争」だと認識したからであり、だからこそ政権が交代しても、対中政策は変わらなかったのだ。
トランプは2018年3月に鉄鋼25%、アルミニウム10%、さらに中国からの輸入品600億ドル分にも追加関税をかけると発表した。そして7月から9月にかけて2500億ドル分の中国製品に追加関税をかけたのである。
これらの措置は中国経済に大きなダメージを与えた。この関税戦争は、2020年1月に、トランプ大統領と中国の劉鶴(りゅうかく)副首相が合意書を交わすことで一応の収束をみたが、地経学的臨戦態勢は続いている。バイデン政権になっても、トランプ時代におこなった中国への追加関税は維持されたままなのだ。
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戦略国際問題研究所上級顧問
1942年生まれ。ルーマニア出身。ロンドン大経済政治学院(LSE)卒。72年に米国に移り、75年に米ジョンズ・ホプキンス大で博士号を取得。同年国防省長官府に任用される。専門は軍事史、軍事戦略研究、安全保障論。著書は約20ヵ国語に翻訳されている。邦訳には『クーデター入門』(芙蓉書房出版)、『ペンタゴン』(光文社)、『アメリカンドリームの終焉』(飛鳥新社)、『ターボ資本主義』(TBSブリタニカ)、『エドワード・ルトワックの戦略論』(毎日新聞社)、『自滅する中国』(芙蓉書房出版)、『中国4.0』(文春新書)、『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)などがある。
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(戦略国際問題研究所上級顧問 エドワード・ルトワック)
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