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高額無申告でもチュートリアル徳井義実と茂木健一郎が刑事告発されなかった意外な理由

プレジデントオンライン / 2021年8月21日 11時15分

設立した会社が申告漏れを指摘された問題で記者会見するお笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実さん(中央)=2019年10月23日、大阪市中央区 - 写真=時事通信フォト

2019年10月、お笑いコンビチュートリアルの徳井義実さんが1億円以上の所得隠しを指摘された。2009年には脳科学者の茂木健一郎さんも約4億円の所得隠しを指摘されている。フリージャーナリストの田中周紀さんは「2人の所得隠しは高額だが、刑事告発はされていない。そこには明確な線引きがある」という――。(第2回)

※本稿は、田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■納税意識がなかったチュートリアル徳井の“税逃れ”

「(税金を)払う意思はあるのだが、私の想像を絶するだらしなさ、ルーズさによって『やります、やります』というのが1日延び、1週間延び、1カ月延びという状態で3年経ってしまった」

人気お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実氏(44)は2019年10月23日深夜、大阪市中央区の吉本興業本店・大阪本部で開いた記者会見で深々と頭を下げた。

高額のギャラ(報酬)に対する節税を目的に、09年に設立した個人事務所による法人税の無申告と所得隠しを、同日の民放のニュース番組が大々的に報道。同氏は約40分間釈明に努めたが、その直後から“納税意識ゼロ”を示す新たな事実が次々と発覚する。

世論の厳しい批判を浴びた同氏は、会見からわずか3日で芸能活動自粛に追い込まれた。テレビなどメディアへの露出度が高い芸能人や著名人、さらには芸能事務所による“税逃れ”は、これまでもたびたび報道されてきた。

単なる経理ミスによる「申告漏れ」を、意図的な仮装・隠蔽行為を伴う「所得隠し」や、国税局査察部が刑事告発する悪質な「脱税」と十把一絡(じっぱひとからげ)にした粗雑な報道は、いまだにワイドショーやスポーツ紙などで散見されるものの、近年はさすがに影を潜めつつある。

■なぜ無申告額が1億円を超えているのにマルサは動かなかったのか

だが、徳井氏に対しては「無申告額が1億円を超えているのに、なぜマルサは動かないのか?」と大ブーイングが起きた。

実は査察部は10年近く前まで「単純無申告」、つまり所得を全く申告していない事案を取り扱っていなかったが、11年度の税制改正によって、仮装・隠蔽を伴わない単純無申告事案も金額次第で刑事処罰の対象となり、それ以降は査察部も積極的に告発している。

ここではなぜマルサが同氏を強制調査の標的に据えなかったのかを考えてみよう。

■ギャラが高額な芸能人ほど個人事務所を設立するメリットがある

芸能人の個人事務所の形態は、①特定の芸能事務所や企業に所属せず、完全に独立した自分自身をマネージメントする個人事務所、②徳井氏のように他の事務所に籍を置いた状態で設立する個人事務所──という2パターンに大別できる。

事務所に所属しながら個人事務所を設立する場合、その目的は節税以外の何物でもない。

所属事務所から受け取る高額のギャラに課せられる税額は、個人事業主として受け取る場合の所得税より、自身の資産管理を目的に設立した法人(個人事務所)として受け取る場合の法人税の方が、格段に少なく済むからだ。

例えば年収4000万円を超える芸能人の場合、個人事業主なら収入から経費を差し引いた所得額の55%(住民税含む)を納税しなければならない。だが資本金1億円以下の法人を設立し、そこを経由してギャラを受け取る形にすれば、所得にかかる実効税率は33.58%(18年度)に抑えられ、所属事務所に源泉徴収されることもない。

ギャラが高額な芸能人ほど個人事務所を設立して、そこでギャラを受け取る方が節税できるのだ。

しかも個人より法人の方が、経費として認められる支出も多い。自分自身を代表者にした法人であれば、自身に対する役員報酬は経費として扱われ、家族を社員にして給料を支払うこともできる。

要するに徳井氏が09年に個人事務所「チューリップ」(3月決算、社員は代表者の同氏1人)を設立したのは、こうした税制上の比較優位性を利用して節税するのが狙いだった。

■ギャラが3000万円を超えれば個人事務所のほうがお得

芸能プロダクション関係者が話す。

「個人事務所を設立して、高級外車の購入費用を事務所の必要経費として計上したり、豪邸を自宅兼事務所にしたりする芸能人は数多い。所属事務所の方はギャラの支払先が変わるだけなので、敢えて思い止まるよう説得する理由もありません」

芸能界の事情に詳しい税理士もこう語る。

「収入から経費を差し引いた所得が1800万円を超えると、所得税と住民税を合計した税率が50%に達します。確定申告などの税務を芸能人から依頼されている税理士は、ギャラが3000万円を超えたあたりから個人事務所の設立を進言することが多く、芸能人もそれに従うのが普通。

06年の『M─1グランプリ』優勝を契機に収入が急増した徳井氏も、先輩芸人らの勧めで個人事務所を設立したのでしょう」

■納税意識の驚くべき希薄さ

東京都世田谷区にチューリップを設立した徳井氏だが、法人税の無申告は報道で明らかになった18年3月期までの3期分だけにとどまらなかった。自ら進んで確定申告した年は、同社設立以来一度もなかったというのだから、その納税意識の希薄さには呆れ返ってしまう。

所得税
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

まず初年度の10年3月期から12年3月期までの3年間、いずれの期も期限内に法人所得を申告しなかった。

所轄の世田谷税務署の指摘を受けて、12年6月に3期分まとめて期限後申告したものの、13~15年3月期の3年間もまたもや申告せず、同税務署の指摘で15年7月に3期分まとめて期限後申告した。後者では同税務署の再三の納付の督促に応じず、16年5月に銀行預金を一時差し押さえられている。

ところが徳井氏は性懲(しょうこ)りもなく、16~18年3月期の3年間も無申告を続けた。

業を煮やした世田谷税務署は18年9月、この3期分の無申告を指摘するとともに、同年11月から12月にかけて、15年3月期までの4年間の申告内容を調査。経費計上されていた旅費や衣装代、それに高級腕時計の購入費など合計約2000万円分について、同氏の個人的な支出と認定して、意図的な所得隠しを指摘した。

同氏がこれに全面的に従ったため、同氏の税理士も否認された経費額の詳細までは把握していないという。

■追徴課税の総額は1億200万円以上

18年12月、チューリップは無申告の16~18年3月期の3期分の確定申告書を提出するとともに、15年3月期までの4期分に関する修正申告書を提出した。

無申告の法人所得は合計約1億1800万円で、これに4期分の隠した所得約2000万円に対する追徴分を合算すると法人税の追徴総額は約3700万円。このうち無申告加算税額が約510万円、所得隠しに課せられる重加算税額が約180万円に上った。

18年3月期までの7期分の追徴税額はこの他にも、消費税の申告漏れや無申告が約2100万円、徳井氏に対する役員報酬から天引きすべきだった源泉所得税が不納付加算税などを含めて約4400万円となり、法人税分と合わせた追徴税額は約1億200万円に達した。

これには住民税などの地方税は含まれておらず、追徴税の総額はさらに膨らんだはずだ。

個人事務所のチューリップの法人所得が無申告なら、同社の代表者としての徳井氏の所得税が適正に申告されているはずもない。チューリップが15年3月期までの3期分の無申告を世田谷税務署に指摘された際、同氏も12~14年の所得税の無申告を指摘され、15年7月に期限後申告していた。

今回の無申告に絡む15~17年の3年分でも同様で、同氏は同署の指導に従って18年11月に期限後申告した。チューリップは設立時に社会保険の加入手続きもしておらず、社会保険料を納めていなかった。

■「バレ元スキーム」という手口

だが、徳井氏が会見で「15年3月期までは毎年きちんと税務申告していた。意図的に申告しなかったわけではない」との趣旨の発言をしたため、「過去の無申告を隠して嘘をついた」と指弾され、活動自粛に追い込まれた。国税OB税理士が解説する。

「申告内容に悪質な仮装・隠蔽が見つかれば7年間遡(さかのぼ)って調査できますが、単純無申告は5年分しか遡れません。仮装・隠蔽に対する重加算税が最大45%なのに対して、無申告加算税は最大でも30%にとどまります。

また、ペナルティとして追徴税額に加算される延滞税も、重加算税が課せられなければ格段に少なくて済む。そこで『税務署にバレてもともと、バレたら支払えばいい』と考えて、最初から全く申告しない『バレ元スキーム』という手口が存在します。徳井氏の場合も一見すると、このスキームに該当するように思えます」

だが、このOB税理士によると、国税当局が今回の徳井氏の無申告をバレ元スキームと見做してマルサの刑事告発に繋(つな)げるには、いくつかのハードルが存在するという。東京国税局査察部が徳井氏を強制調査することはなかったが、その背景は後述するとして、00年以降の芸能界絡みの脱税事件を簡単に振り返ろう。

■タレントを搾取し3億円以上を脱税したアイドル事務所

私がテレビ朝日社会部時代に取材した事案では、00年代前半にグラビアアイドルの眞鍋かをりと小倉優子を大ブレイクさせた「アバンギャルド」(現・アヴィラ、東京都品川区)や、有名AV女優が多数所属した「ミューズコミュニケーション」(東京都目黒区)、さらには創業社長が所属芸人に支払うギャラの帳簿を手書きで作成していた「人力舎」(東京都新宿区)などが印象深い。

アバンギャルドは実体のないグループ会社2社(うち1社の社名は「ア“ヴァ”ンギャルド」、傍点は筆者)を含めた3社間で「撮影協力費」名目の架空経費を付け回し、06年12月期までの3期で約11億6000万円の所得を隠し、約3億4500万円を脱税。

隠した所得をテレビ局や広告代理店の担当者の接待や、社長個人の不動産購入などに充てる一方、所属タレントのギャラは「現代の蟹工船」と言われるほどの低レベルだった。

お金
写真=iStock.com/AH86
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AH86

09年8月に逮捕・起訴された社長は翌年、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

ミューズ社は07年3月期までの3期で約3億1500万円の所得を隠し、約9200万円を脱税。社長は09年10月に逮捕・起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

同社は関係会社の口座に振り込ませた所属タレントの出演料を引き出したあと、別の関係会社の口座に移し替えたり、実体のない十数社に架空経費を計上したりして所得を隠蔽。関係会社の口座から引き出した現金の支払先を装うため、架空の借用書や領収書を大量に作成していた。

隠した所得は社長個人の自宅予定地や高級外車の購入に充てられていた。

■手書きの帳簿で経費を水増ししていた人力舎

人力舎では創業社長が、所属芸人に支払う報酬額を手書きの帳簿で一括管理。実際に支払った報酬額よりも多めの金額を表の帳簿に記載して経費を水増しした上、水増し分はまだ実入りの少ない若手芸人に渡していた。

09年9月期までの4期に隠した所得は約2億4000万円に上ったが、告発は10年6月の社長急死で見送られ、同社は10年10月に重加算税を含めて約1億円を追徴課税された。

隠した所得は税務署が把握している銀行口座で何の工作もせずに保管されており、関係者の間では「いかにも真面目で苦労人の社長らしい」と話題になった。

この他にも1970年代から80年代初頭にかけて数々の大ヒット曲の制作に携わった音楽プロデューサーW氏が、自ら会長を務める芸能事務所の所属タレントのイベント出演料を「ご祝儀」として現金で受け取って着服したり、私的な支出を事務所に付け回したりして所得を隠した。

事務所の所得隠し額は13年5月までの2年7カ月間で約1740万円、追徴税額は約700万円と少額だったが、ギョーカイにはこうした悪習がいまだに残っていることに驚かされた。

■所得隠しがあってもバレ元スキームだと判断されなかった茂木健一郎

徳井氏と同様に所得を全く申告していなかったのが、09年11月に報じられた脳科学者の茂木健一郎氏だ。

同氏は08年までの3年間、ベストセラー書籍の印税やテレビ出演料、講演料など合計約4億円の所得を申告せず、無申告加算税を含めて約1億6000万円を追徴課税された。同氏には年間約1000万円の給与収入以外に前述した雑収入があり、同氏自身も確定申告の必要性があることを認識していた。

だが税理士の知人もおらず、多忙だったとして、所轄税務署からの指摘を放置した。国税関係者が解説する。

「個人に支払われる報酬は法定調書として、報酬額と源泉徴収税額が税務署に報告されるため、確定申告を免れることはできません。ただ、税務署は法定調書で無申告の状態を把握できているので、金額が大きくても申告を免れる意図はないと判断されるのです」

実は徳井氏の無申告も、東京国税局は茂木氏のケースと同様と見做し、意図的な無申告=バレ元スキームとは判断しなかったようだ。これに対して、ある芸能プロ関係者が疑念を示す。

「端(はな)から節税目的で個人事務所を設立しているのだから、徳井が税金に無知だったとは言えない。それにいくら『ルーズだった』と釈明したところで、申告納税制度に反する行為であることに変わりはなく、無申告額も1億円を超えている。マルサが無申告を摘発できるのなら、なぜ強制調査に着手しないのか?」

■作為的ではない無申告はバレ元スキームに該当しない

この疑念に対して、前出の国税OB税理士が真相を語る。

田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)
田中周紀『実録 脱税の手口』(文春新書)

「確かに芸能事務所のギャラを個人事務所で受け取る場合、芸能事務所は源泉徴収しないばかりか、法定調書の報告義務もないので、税務署は把握が難しい。

また、芸能人本人以外の妻や家族などを法人の代表者にしておけば、芸名と本名が異なるため目立つこともなく、5年間頬かむりして税金を支払わずに済む。バレ元スキームとは、こうした税法の専門知識を駆使して、単純無申告を装うものです」

このOB税理士の解説はさらに続く。

「ところが徳井氏の場合、チューリップの代表者は本人で、税務署は過去の期限後申告を受けて同社を監視できる状況にありました。それに税理士が関与して申告を促している。

これではバレ元スキームとは言い切れません。マルサが同氏の強制調査を見送ったことは、国税当局が『徳井氏の無申告は一罰百戒を期待できるほど悪質なものではない』と判断した証しだと思います」

20年2月に芸能活動再開を宣言した徳井氏は同年10月、出演を約1年間見合わせていた日本テレビの地上波バラエティ番組に復帰した。いずれにせよ同氏の無申告“騒動”は、無節操な節税に走ろうとする芸能人の意識に一石を投じたに違いない。

源泉徴収制度の下で否応なく徴税される一般市民にとって、高額所得者である著名人の税逃れは見逃すことのできない行為だ。その事実が伝えられると世論から激しいバッシングが浴びせられ、彼らはせっかく手に入れた特権的地位を瞬時にして失う。

メディアから偶像として祭り上げられる著名人であればあるほど、納税に対する十分な配慮が必要だろう。

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田中 周紀(たなか・ちかき)
フリージャーナリスト
1961年生まれ。島根県出身。上智大学文学部史学科卒。共同通信社、テレビ朝日で、金融証券部、経済部、社会部などで記者として活躍。特に国税当局、証券取引等監視委員会を合計6年間取材。著書に『巨悪を許すな! 国税記者の事件簿』(講談社+α文庫)などがある。

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(フリージャーナリスト 田中 周紀)

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