緊急事態宣言下で「自粛をやめてしまった人」の頭の中で起きている"ある変化"
プレジデントオンライン / 2021年8月20日 11時15分
■「不要不急かどうかは本人が決めることだ」
新型コロナウイルス感染症対策担当の西村大臣が、お盆休み直前の8月10日の記者会見で、「旅行・帰省を控えてほしい」「帰省をして親族で集まるとか、同窓会で同級生が集まるとか、絶対に避けていただきたい」と強い調子で述べた。
一方、同日丸川珠代五輪担当大臣は、「銀ブラ」をしていたバッハIOC会長の行動について尋ねられ、「不要不急かどうかは本人が決めることだ」との見解を示した。
教科書に載せてもよいくらいの見事なダブルスタンダードである。
国民には不要不急の外出や移動の自粛を強く求め、バッハ会長の外出は不問に付そうとする。自国民に対する扱いと「五輪貴族」に対する扱いの差をこれでもかというほど見せられたとき、政府に対して不信や不満を抱くなというほうが無理だろう。
■信頼感が全くない政府からのメッセージ
今年4月末、私はワクチン接種意図とそれに関連する心理的要因を探索するために調査を行った(Yahoo!ニュース コロナのワクチン忌避、20代に多い傾向「接種したくない」人の心理とは?)。
そこでわかったことの1つは、コロナについて発信しているさまざまな機関(政府、厚労省、TVの専門家、医師会、分科会、知事)のなかで、政府への信頼感が一番低かったということだ。それから4カ月経ったいま、信頼感はもっと低下しているだろう。信頼されていない政府からのメッセージを誰がまともに受け取るだろうか。そして、誰がそれに従うだろうか。
災害級の感染爆発という状況にあっても、国民にその危機感が共有されていないのは、何をおいても政府の側にその責任がある。信頼を取り戻すのは容易なことではないが、国民に無理を求める以上は、いま一度襟を正して真摯に国民と向き合う必要があるだろう。
■コロナ対策を続ける人と軽んじる人
しかし、メッセージが届かなくなったのは、これだけが理由ではない。もちろん国民の側にも問題がある。
冷静に周囲を見てみると、長引くコロナ禍のなかでもずっと外出自粛を続け、三密を回避するなど、きちんと感染対策を採り続けている人もいることは事実である。お盆休みの間も2年連続で帰省を控えたという人は多いだろう。事実、新幹線の自由席の混雑度は20~40%程度であったという。
その一方で、航空機の予約状況が昨年の120~140%であったということから、特に遠方に実家のある人や連休を使って旅行を楽しみたいという人は、飛行機を利用した人も少なくなかったということである。
また、8月13日には、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が、「外出を5割程度削減してほしい」と要請したが、その直後の週末、東京都内の人出は3割程度しか減少しなかったというデータもある。
つまり、感染防御策をきちんと講じている人と、それがだんだんと疎かになっている人がいるということだ。この事実をきちんと押さえておく必要がある。
すると、次に問うべきは「では、なぜコロナ対策を続ける人と軽んじる人がいるのか」「その両者を分けるものは何か」という問いである。
![開催中の五輪の垂れ幕が掲げられた歌舞伎町を歩く人たち。東京都では7日、新たに4566人の新型コロナウイルス感染が確認され、4日連続で4000人を超えた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/670/img_21074a008b117bda1d17e2b02c40b2a51181598.jpg)
■「統制の位置」で人々の心理を読み解く
ここで私が注目したのは、「統制の位置」(locus of control)という心理学の概念である。
これは、自分自身の人生に影響を与える状況を自力でコントロールできるとどれだけ強く信じているかを示す概念である。
これは心理学の研究のなかでは、いささか古い概念で最近はあまり注目されることがなくなったが、コロナ禍での人々の行動を読み解くうえで、非常に興味深い概念だと思っている。
先に少し紹介した私の調査では、コロナへの不安やそれに関する心理的要因に関するデータも同時に収集していたのだが、それをあらためて分析してみると、興味深いことがわかった。それは、コロナへの不安の大きさと「統制の位置」に有意な相関があったということである。
■不安をコントロールできる人、そうでない人
統制の位置には、「外的統制」と「内的統制」がある。
「外的統制」というのは、統制の位置が自分の外にある場合を指し、このタイプの人は、「物事は自分の外にある力で動いている」「運や周囲の動き次第であり、自分ではコントロールできない」と考えやすい。
逆に「内的統制」というのは、統制の位置が自分の内にあることを指し、このタイプは「物事は自分でどうにかできる」「自力でコントロールできる」と考えやすい。
今回の調査でわかったのは、外的統制型の人は、コロナ不安が強い傾向にあるということである。つまり、「コロナは自分ではどうしようもない」と思う傾向のある人は、コロナに対する不安を強めている。
一方、「自力でどうにかなる」と考える人は、コロナへの不安が比較的小さかった。その理由として考えられるのは、このタイプの人々は、感染防御策を徹底し、外出や外食を自粛するなど、自力でコントロールすれば、感染は防ぐことができると考えているからかもしれない。もちろん、このタイプの人も不安を感じていることはたしかであるが、外的統制タイプのような「自分ではどうしようもない」という救いようのない不安ではない。
![窓にスマートフォンを操作する外科マスクを身に着けているアジアの女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/670/img_dbfd80bd1e82718049213e3584c78d83436040.jpg)
■不安が「確証バイアス」を生じさせる
強い不安が続くことは、人間にとって不快な状況である。したがって、人はそれを緩和させようとしてさまざまな対処を取る。
しかし、外的統制タイプのような、もともと自分ではどうにもできないと思っている人たちの場合、たちまちお手上げになってしまう。
そのとき、よくある窮余の策として、一番変えやすい所を変えることで、急場をしのごうとする。最も手っ取り早いのは、コロナに対する自分の「認知」を変えることである。すなわち、「コロナはただの風邪」と決めつけ、「楽観バイアス」を抱くようになれば、少なくとも一時的には不安を紛らわせることができるようになる。非常にお手軽な方法だ。
こうなると次に「確証バイアス」が生まれる。これは、自分の認知に都合のよい情報だけを取り入れ、不安を思い出させるような都合の悪い情報を遮断するという認知バイアスである。
「コロナはただの風邪」だと思いたいのに、「強力な変異株が生まれた」「感染爆発だ」「医療崩壊だ」などという不安を喚起させる情報は、聞きたくないのである。さらには、耳を塞ぐだけでなく、そのような情報を発信する人々を攻撃することもめずらしくない。
政府や分科会の専門家はもちろん、正しい医療情報を発信している医師などのSNSに誹謗中傷の投稿をしたり、勤務先に嫌がらせの電話をしたりする人が増えている。尾身会長が理事長を務める独立行政法人・地域医療機能推進機構の玄関ガラスが割られたという事件は記憶に新しい。こうした行動もまた、不安がその原動力なのだ。
誰もが一律に事態を楽観したり、自粛をやめてしまったりしているわけではない。
しかし、コロナを根拠もなく過大に楽観視し、政府や専門家の警告に耳を貸さず、感染防御策や自粛をやめてしまった人は確実に増えている。どのような人がそうなってしまったのか、その心理をより詳細に分析する必要がある。
そうすれば、どのような対策を採るべきか、それに対するヒントも生まれてくるはずである。
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筑波大学 人間系心理学域 教授
1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院社会学研究科博士前期課程、カリフォルニア州立大学心理学研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科で学位取得。博士(保健学)。法務省、国連薬物犯罪事務所(ウィーン本部)などを経て、現職。2020年東京大学大学院教育学研究科客員教授。専門は臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学。著書に『入門 犯罪心理学』『サイコパスの真実』『痴漢外来』(いずれもちくま新書)、『認知行動療法・禁煙ワークブック』(金剛出版)、『あなたもきっと依存症「快と不安」の病』(文春新書)などがある。
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(筑波大学 人間系心理学域 教授 原田 隆之)
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