「アメリカがロシアに急接近」中国を抑え込む「共通の敵」戦略のゆくえ
プレジデントオンライン / 2021年8月25日 11時15分
■中国を孤立させるにはロシアの力が必要
2021年6月に行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)では、民主主義vs.権威主義といった対立構造が浮き彫りになりました。地政学的にいうと、アメリカやイギリス、日本など国境の多くが海洋に面する「シーパワー」と中国やロシアなどユーラシア大陸内陸部の「ランドパワー」の戦いがはっきりと見えたのです。
しかしながら最近になって、アメリカはロシアに急接近しています。G7サミット後の米ロ首脳会談では、バイデン氏とプーチン氏は2時間以上もしゃべっていたといいますから、会談はかなり盛り上がったよう。なんといっても遅刻魔で有名なプーチン氏が、時間どおりにやってきたわけですから……意外といい関係を構築できたようですね。
アメリカがロシアに近づく思惑は明白です。アメリカとしては、とにかく敵は中国。なので、アメリカからすれば「ロシアはとりあえず中国とあまり仲良くせずに、大人しくしていて」。これが本音だと思います。
今から約50年前、アメリカで1969年にはじまったニクソン政権にキッシンジャーという大統領補佐官がいました。ご存じの方もいらっしゃるでしょう。そんな彼がある1つの戦略的転換を思いつきます。
当時、冷戦下でアメリカとソ連はぶつかっていましたが、ソ連と中国は同じ共産主義で仲良くやっていこうとアメリカを敵対視していました。そこにキッシンジャー氏は、極秘に中国を訪れて当時の周恩来首相と会談。その翌年にニクソン大統領の訪中を実現させました。
つまり「ソ連と中国」対「アメリカ」を、「ソ連」対「中国とアメリカ」にして、ソ連と中国を分断させようとした。敵の大国が2つとも戦いをけしかけてきたらまずい、どちらかを味方に引き入れようとキッシンジャー氏は暗躍したわけです。実際、それが功を奏して、1988年ごろからソ連は崩壊に向かっていきました。
今、アメリカがロシアに急接近しているのは、このときの成功体験があったからです。「俺たちはユーラシア大陸の陸の大国を二分割することで勝てたんだ」と。だからロシアを海側に引き入れて、中国を孤立させようとしているのです。
今はとにかく人口も多くて力があるのは中国。アメリカからすると、ロシアは人権侵害をしていたり、他国にスパイを送り込んだり、不信感もあるけれど、中国をなんとか押さえ込むためにはロシアの力が必要なのです。
とはいえ、アメリカにはロシアを嫌いな人もいっぱいいます。そういう人たちがいる中で「敵は中国だから、なんとかしてロシアを囲い込みたいよね」というのが今のアメリカ。この三者のバランスが揺れ動いているのが、今の国際情勢の実情なのです。
■国境を接する国は昔から仲が悪い
おそらく中国もアメリカとロシアを仲たがいさせようという動きをしているでしょう。しかしながら、中国とロシアも潜在的には非常に仲が悪い。なんといっても国境を接していますから。
そもそも古代から国境を接する国同士で、仲のいい国はあまりありません。現在、表向きではスウェーデンとフィンランドは仲がいいといっていますが、潜在的にはそうでない人もたくさんいるでしょう。ドイツとフランスは、その典型ですし、北朝鮮と中国もそうです。国境争いをずっとやってきているので、互いにいい感情を持っていないのです。
中国とロシアも、何万キロと国境を接していますから、昔からお互いに疑心暗鬼。そこに、ちょっと離れたところにいるアメリカが「俺のところに来いよ」とロシアを引き寄せようとしているけれど、ロシアはロシアで自分たちは世界ナンバー2までいったという誇りがあるので「簡単にはアメリカにはなびかないぜ」というところがある。
ただ、やはりロシアも中国を恐れています。今、中国はロシアの持っているシベリアあたりの土地を「もとは中国の土地だった!」と主張していますから、中国に対していい感情は抱いていません。ロシアは、どっちにもつかず、うまいこと泳いでいきたいなという考えでしょうね。
■日本にも不都合なロシアの北極圏開拓
そんな微妙な関係にある三者が、今まさに権益争いをしているのが北極圏です。前のめりになっているのがロシア。最大の沿岸国であるロシアにとって北極圏は、新しい商売ができるエリアだからです。
通常、アジアからヨーロッパに行くときは、マラッカ海峡からスエズ運河を抜けて、地中海を通るルートでしたが、21年3月に発生したスエズ運河の大型船座礁事故で、ロシアはインド洋からスエズ運河に抜けるルートよりも北極海ルートのほうが、時間は3割カットできると主張し始めました。地球温暖化もあり「夏は北極海が通れるようになるから、どうぞ上を回ってください」と。ロシアとしては、給油や救護などのサービスを狙って北極海ルートを活用したい。「やったぜ、俺たちの商売だ」ということで、「北極海ルートが空いています」と意気揚々と声明を出していました。
一方、中国も北極圏を狙っています。マラッカ海峡を管理しているのはアメリカ海軍ですから、中国としてはなるべくマラッカ海峡を通りたくない。でも経済力が上がれば上がるほど原油を調達するために、マラッカ海峡を通らなければなりません。これを“マラッカジレンマ”といいます。このジレンマを解消するために、ミャンマーにパイプラインを通してアジアの北から直接インド洋に出ようとしていますが、そういう意味で北極海ルートも都合がいいわけです。
そんな中国とロシアに対して、アメリカは警戒感を強めているというのが現状です。
北極圏が開いてロシアの発言権が強くなると、実は日本としても非常に厄介です。というのは北極海ルートができると、中国や韓国の船は北上して、国後島や択捉島といった北方領土の国の前を通るようになります。そうするとロシアは、北方領土をビジネスに使いたいと考えて、北方領土が返ってこないという公算がますます高まっていくのです。
だからといって日本がロシアのようにビジネスができるかというと、そこまでの力はありませんし、ロシアに「北方領土を返せ」というと、「北極海ルートは使わせないよ」と圧力をかけられる恐れもある。ロシアが北極圏を開くことは、日本としても非常に都合が悪いのです。
現状、北極も南極のように、きちんと条約をつくりましょう、環境のこともきちんとやりましょうと、日本は得意の根回しをしていますが、各国の利害がからみあって、なかなかまとまらないようですね。
■外に共通の敵をつくると仲間意識ができる
そう考えると現在の国際情勢というのは、なかなか抜け道がないなというのが正直なところです。ただ、これだけ中国が暴れていれば、中国自身の立場が弱くなると同時に、ほかの国が結束して各国の関係がよくなっていくのかも、というのはひとつの希望です。
ひと昔前に、あるバラエティ番組で嫁姑問題をテーマに、若い女性タレントさんたちが「いかに義理の母とうまくやっていくか」ということを話し合っていました。そのときにびっくりしたのが、ある女性タレントの発言でした。ほかの人たちが「お母義さまと共通の趣味をつくります」とか、「一緒にお華のお稽古にいきます」と言うなかで、その人は「私はお義母さまと一緒に共通の敵をつくります」と言ったんです。それを見て、僕は嫁姑問題も国際政治と同じだなとしみじみ思いました。国際政治においても、共通の敵をつくると仲良くなれますから。
日本、アメリカ、オーストラリア、インドがタッグを組んだ「Quad(クアッド)」もそうですよね。オーストラリアとインドは、もともと仲が悪かったのに、中国という共通の敵を介して、クアッドの4カ国で仲間意識ができている。G7サミットも同じです。
とはいえ、日本は中国と商売をしなければいけませんから、表向きは中国の人権問題はけしからん、と言いつつ、粛々と商売をやっていく。日本がしたたかに生き残るには、民主主義を守って商売をしっかりやっていくという基本ラインをキープする以外に方法はないのでしょう。
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地政学・戦略学者
戦略学Ph.D.(Strategic Studies)。国際地政学研究所上席研究員。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学卒業後、英国レディング大学院で、戦略学の第一人者コリン・グレイ博士に師事。近著に『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)がある。
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(地政学・戦略学者 奥山 真司)
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