「"ダメ人間"と言われ続けている気がした」39歳編集者が初めての就活で味わった出版業界の現実
プレジデントオンライン / 2021年8月24日 11時15分
■「ごめんね、今日でサンガやめます」
2021年1月27日、コロナ禍でリモートワークになっていたため、私はいつも通りZoomを立ち上げ、会社の朝礼に臨んだ。画面の向こうで社長が泣いている。
「ごめんね。今日でサンガをやめます」
すると弁護士が後ろから現れ、淡々と状況説明を始めた。どうやら勤務先の出版社サンガは破産手続きに入り、私たち社員は解雇されたようだ。裁判所に破産申請届けを提出する17時まで「仕事はしてはいけないし、外部に漏らしてもいけない」とのこと。理解が追いつかない。春に刊行予定の担当書籍も宙に浮いてしまった。
サンガは日本では珍しい(スリランカ、タイ、ミャンマーなど東南アジアで盛んな)上座部仏教の本を中心とした出版社で、2001年島影透氏によって創業された。かつて東北一といわれた氷菓メーカー「しまかげ」の社長から、投資家を経て、出版社を立上げた。映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんを地でいくようなキャラクターだ。
2020年時点、社員数6名、年間新刊40点、売上高約1億円。『怒らないこと』が累計30万部売れたり、最近は仏教瞑想をルーツとしたマインドフルネスがビジネス・医療分野でも注目されたり、わずか数名の小さい出版社ながら露出は増えていった。
ところが、そんな中、2020年7月、創業代表・島影がZoom会議中に突然意識を失い、救急搬送され、翌日に息を引き取った。奥様が社長を引き継いで半年後の事業停止だった。「(会社をやめるなら)早く教えて」と言いたかった。
夫のサポートという立場から一変し、多額の借金と会社経営が彼女に覆いかぶさったのだ。島影が生きていれば、きっとサンガは立ち止まれなかっただろう。自己破産という決断には彼女の強さを感じた。
■「サンガ」に入るまで正社員の経験はなかった
自己紹介をすると、1982年、福島県生まれ。サンガに入るまで、アルバイトをしながら演劇をしていて、正社員の経験はない。大学で演劇学専攻に進み、落語研究会に所属しつつ、小劇団で俳優をしながら台本も書いた。
最初は「笑い」をとる方面に進みたかったが、次第に興味が「心」に移っていく。同じセリフ、同じ動きを繰り返す役者という仕事なのに、上演ごとに出来が変わるのは何でだろう。劇場の空気、役者の体調、それぞれの相性、スタッフワークなど理由は一つではないが、特にメンタルが気になった。
台本であれば、登場人物の言動を動機づける部分だ。大学卒業後も舞台を続け、ラカン派の精神分析ゼミに通ったり、新興宗教に入った知人にインタビューしたりするうち「このまま舞台を続けていいものだろうか?」と迷っていたタイミングでサンガの求人を見つけた。
新興宗教系出版社潜入ルポのつもりで、アルバイトとして入ったはずが、いつの間にか正社員として14年間も働いていた。ちなみにサンガの扱うテーマは「新興」とは真逆の「最も古い」仏教だと、しばらくしてから知った。
サンガでは、営業・マーケティング・事業計画・編集と何でも担当し、海外ツアーの添乗員まで経験させてもらった。オールマイティーというより、どのスキルも「ぼちぼち」というところで、突出した武器はない。
■別の働き口を探すためにハローワークへ
事業停止翌日もリストラされた元社員4人で朝10時からオンラインミーティングをした。関係各所への連絡や残務整理の話をしながら、お互いの様子を確かめ合った。
事業停止の情報が広まるにつれ、Twitter上に「応援メッセージ」や「惜しむ声」があふれた。「倒産する会社に何が起こっている?」と驚きつつ、単純にうれしかった。著者や関係者からも励ましの声が届く。「サンガの活動は人々の役に立っていた」ことを再確認するも、継続のために何をすればよいかわからない。
「サンガ新社を作るか」「別の道を歩むか」という2択だと思うが、まずは生活費の確保のためハローワークで失業手当の申請に向かう。途中「サンガ再生がんばってほしい」と著者からメッセージが届いた。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』で、天国から地獄へと垂れ下がる一本の糸をよじ登るカンダタの姿と自分が重なりドキッとする。「自分は助かろうとしている?」認めたくはないが、それも事実だ。
私は「サンガはいったんひと区切り。別の働き口を見つける。サンガ新社はサポートしよう」という考えだ。元編集長ら2名はサンガ新社設立に向かい、残る1人は仕事を探すようだ。
失業手当の受給期間は300日(240日+60日)。「会社都合」の解雇であること、勤続期間「14年」が長期保証の理由だ。コロナの影響で、さらに60日延長されている。日本も捨てたものではない。多少の貯えもあるし妻と2人暮らしなので、当面の生活は困らない。まともな就活が39歳で初というプレッシャーもあるが、焦らずにいこう。
■楽観的な気持ちで就活に臨むもことごとく不採用
まず最初に考えたのは、仕事には困らないであろうエンジニア職。就職保証のあるプログラミングスクールを念頭に置きつつ、現役エンジニアの友人に相談をする。
「年齢を考えるとプログラミングだけで食べていくのはおススメできない。学校を出ても、仕事実績のない40歳を雇うのは企業側もリスクがある。これまでの経験を活かす方がよいと思う。プログラミング自体は、世の中の仕組みを理解することだから学んで損はないよ」と、まっとうな意見をくれた友達に感謝する。とりあえず就活と並行してEラーニングでプログラミング学習を始める。
『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0』のテストによれば、資質は「着想:新しいアイデアを考えるのが大好きです。全く異なる現象に見えるものの間に、関連性を見出すことができます」とのこと。
編集・マーケティングを含めた企画職を探す。「どこか決まるだろう」と最初は楽観的に考えていた。「コロナで景気がよくないのでどんどん応募した方がよいですよ」という転職エージェントのアドバイスに従い、どんどん応募する。
面接に落ちる度、「あなたはダメ人間です」と、烙印(らくいん)を押される気がする。1カ月経ち2カ月経つうち、次第に心の体力が奪われ、焦りが生まれる。先行きの不透明さ、落選によるストレスが大きい。一生決まらないんじゃないかと思えてくる。書類選考などすべて含めると不採用は80社を超える。サンガ新社設立ミーティングに顔を出している場合だろうか。
■心を整える本を作っていたのに、心が整わない
「苦しみは希望が作る」という言葉を、サンガ(仏教)から学んだ。
入りたいと思うほど不採用時のショックが大きくなる。当たり前だが期待しなければ淡々と日々過ごすだけだ。しかし就活していて、採用を期待しないのも矛盾している。心を整える本を作っていたのに、心が整わない。思い出したように瞑想をするも不安なときに瞑想すると、かえって心がざわつく悪循環だ。
ストレスケアも兼ね、以前からの趣味・週末登山は続けることにした。登り始めは面接が頭をよぎるが、身体が疲れるにつれ、意識が就活からそれていく。
なかなか決まらない転職活動は苦しいが「後で話のネタになる」と思っている節もある。落語、演劇、瞑想などの経験から学んだメタ認知の視点が役立っているのかもしれない。
■noteのおかげで見えてきた就職への希望
著者から某出版社の取締役を紹介いただき、何度か会って話すうち、業務委託の編集の話が出て、気持ちが明るくなった。苦戦する就活の様子をnote(ブログ)でつづり始めるうち、それを見た瞑想系ベンチャーの代表から連絡が届いた。
サンガの愛読者だったようで「(正社員を雇う)余裕はないけれど、業務委託なら少しお仕事依頼できますよ」と言葉をかけてくださった。なおかつ焼鳥丼までごちそうになってしまった。
具体的に何も決まっていないが、他人のやさしさに触れると、元気が出る。「これからはフリーランスの時代」のように思えてくる。宙に浮いていた制作途中の書籍を出してくれる出版社も見つかった。「仕事をかけ持ちすれば、なんとか生きていける」というめどが立った。苦しいことも、楽しいことも、ずっとは続くわけではない。
事業停止から2カ月半経った4月中旬、1人で瞑想するスタイルを変更し、著者の1人・荻野淳也さんが主宰する毎朝(月~土)30分間のオンライン瞑想会「朝のマインドフルネス」に参加し始めた。
多いときは100人以上がオンラインでつながる。1人だとさぼりがちになる瞑想だが、その心配が減る。瞑想は心の筋トレであり、その効果は実証されている。ただし変化は急激ではなく徐々に起こるため、習慣化が大切だ。
不採用の衝撃もしっかりと受け止め、原因や先方のニーズとのギャップが見えるようになる。レジリエンス(回復力)がついてきたのか。
■因果関係は説明できないがそれでも「瞑想ってスゴイ」
瞑想の一つであるコンパッション(慈悲の瞑想)の実践は効果抜群だ。頭の中や声に出して「生きとし生けるものが幸せでありますように」と願う、これだけ。これだけなのにすごく効く。実際、朝の瞑想を始めて2週間後には正社員の内定が出た。
「瞑想ってスゴイ」とあらためて思う。もちろん、内定と瞑想の因果関係は説明できないし、個人差もある。肌感覚としては、自身の変容とともに行動や結果が少しずつ変化し、心が明るい方へ向かっている実感がある。深追いすると泥沼にはまるので、このあたりで考えるのを保留する。
このように本の内容について、自らを実験台に効果を検証するのが、サンガ時代からの趣味だ。いつの間にか仏教にどっぷり漬かっていたようだ。
ただ会社が事業停止した通り、仏教を実践していれば生活が安泰ということもなく、むしろVUCAワールドの荒波の中でも、しっかりと帆を張って航海する智慧を教わった気がする。サンガ新社への執着やフリーランスという生き方への迷いも生じたが、6月1日から新しい職場(医療系メディア)で正社員として働くことにした。
■書籍出版の反省を活かしてWEBメディアの立ち上げへ
出版系の面接を受けていて、書籍編集の中途採用は、「年間12冊(月に1冊)程度の新刊作り」を条件にしていることに気づいた。
サンガが事業停止に追い込まれた要因の一つだ。「本の売り上げは、次の本を出すまで入金が保留される」ため次々に本を出し続けなければ、会社が回らなくなる。出版業界特有の構造だ。
サンガもリスクを減らすべく数年前から工夫していたが、間に合わなかった。サンガ新社は「同じ轍を踏まないよう紙の出版に依存し過ぎない、それを踏まえて、ファンを大切にしたWEBメディア」という方針が見えつつある。
サンガ新社設立について手を差し伸べてくれる方々には、弁護士もおり版権の引き継ぎ交渉を手伝ってくれた。経営コンサルタントも入れば、行政書士もいる。事業停止前より豪華な陣営がそろいつつある。
■サンガの復活に向けてクラウドファンディングを始動させる
5月26日にクラウドファンディング企画「仏教の智慧をみなさんに届けたい! 出版社「サンガ」を元社員が復活させます!」がスタートした。目標金額「300万円」は、2名のスタッフでサンガ新社を発進できる最低限の設定だ。
開始30分で10万円支援コースが2本入る。まずまずの出足だと思っていたら、午前中に200万を超え、午後には目標に到達し、初日で500万を超えた。新会社代表を務める元サンガ編集長・佐藤も泣いていたと思う。ファンは確実にいたのだ。
クラファン終了時7月11日には「1687万6202円」に達した。サンガは資本金8000万からスタートし事業停止を迎えたことも忘れてはいけない。大金だが、書籍7、8点分の製作費だ。サンガ新社には現代に合わせた事業計画が求められる。今後どうメディアを作っていくのか(不安と期待が入り交じりつつも)楽しみだ。
元サンガ社員(サンガ新社を立ち上げる2人、今も就活を続けるもう1人、そして自己破産をする代表)が幸せでありますように。生きとし生けるものが幸せでありますように。
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編集者
1982年生まれ。福島県出身。明治大学文学部演劇専攻卒。
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(編集者 五十嵐 幸司)
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