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「医者の子とは遊ばせたくない」コロナ病床で働く人たちを露骨に差別する親の心理プロセス

プレジデントオンライン / 2021年8月27日 15時15分

2021年8月8日、横浜市にある聖マリアンナ医科大学横浜市立西武病院の集中治療室(ICU)のCovid-19指定エリアの陰圧室で、機械式人工呼吸器を装着したCovid-19患者のケアを行う、個人防護具(PPE)を装着した医療従事者。 - 写真=AFP/時事通信フォト

新型コロナウイルスと懸命に戦う医療従事者が誹謗中傷を受ける事例が相次いでいる。同志社大学の中谷内一也教授は「新型コロナ禍で思うようにいかない苛立ちやフラストレーションが、問題解決とはならない対象集団ないしは個人への攻撃として置き換えられている」という――。

※本稿は、中谷内一也『リスク心理学 危機対応から心の本質を理解する』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです。

【問1】新型コロナ禍で最も苦しんだのは感染患者であり、最も奮闘したのは現場の医師、看護師、保健師などをはじめとする医療従事者です。多くのクラスターが発生した施設で働く福祉関係者も感染リスクに曝されながら仕事をしていました。
ところが、そういった人たちが偏見や誹謗中傷にさらされました。なぜ、賞賛されたり、心配されたりすべき人たちが、偏見や誹謗中傷の対象になるのでしょうか?
【図表1】問2のカード
【図表1】問2のカード(出所=『リスク心理学 危機対応から心の本質を理解する』)
【問2】図表1をご覧下さい。4枚のカードの表面にはかならず数字が書かれていて、裏面は縦縞か横縞です。では、「表面に偶数の数字が書かれていれば、その裏面は横縞である」という仮説が正しいかどうかを確かめるためには4枚のうちどのカードをひっくり返せば良いでしょうか。ひっくり返す必要のあるカードのみ選んで下さい。

■医療従事者への中傷で困るのは一般市民

まず、新型コロナ禍における医療従事者や感染患者への偏見や誹謗中傷についてみていきましょう。新型コロナの感染患者を受け入れて治療する病院で働く人が、保育所から子供の通園を拒否される事例が多くありました。休日に子供を連れて公園に遊びに行くと、他の子供の保護者から「ここには来ないで欲しい」といわれることもあったようです。医療関係者であるというだけで、ふだん通っている飲食店から入店を断られたり、よりひどい場合には「おまえたちがウイルスをまき散らしている!」と罵倒されるというケースも報告されています。

いずれも理不尽なことです。そのような扱いを受けた人が不快な思いをするという感情的な問題だけでなく、例えば、子供の預かり先から拒否されると、その看護師は日中、自分の子供の面倒をみなくてはならなくなりますから、病院での仕事には行けなくなります。それでなくても、感染リスクに曝され、家族にうつさないかと不安を抱きながら、激務に従事していました。そうすると離職を選択することになり、そうすると病院に残っている他のスタッフの負担が増え、そうすると離職する人がさらに増え、ますます病院の人員は逼迫(ひっぱく)し……と悪循環が起こります。

偏見や差別により休診という事態になると誰が困るでしょう? 患者です。新型コロナであろうが、そうではない一般の病気であろうが、医療従事者が不足して十分な診察・治療を受けられなくなると、それまでであれば助かった命が助からなくなったり、重篤にならずに済んだはずの病気が重症化するなど、デメリットを被るのは一般市民自身ということになります。

■被害者が非難、差別されるのは珍しいことではない

新型コロナは感染力は強いのですが、若い人や壮年層では症状が軽かったり、無症状であったりすることが多く報道されていました。また、感染者やその家族が周囲の偏見にさらされ、日々の生活においてさまざまな支障が出ていることも報道されました。そうなると、「感染してもたいした苦しみではなく、差別や偏見にさらされるほうがずっと恐ろしい」と考える人も出てきます。

もし、そう考える人が微熱を感じたらどうするでしょうか。おそらく、検査を避けて、ギリギリまで我慢しようとするでしょう。その人がもし本当に感染していて、そして軽症なので日常生活を継続していたら、さらに感染を拡げる結果になります。ここでも、差別や偏見が感染者を拡大させ、病気による苦しみと差別や偏見による苦しみを社会に拡げるしくみが見てとれます。

学生の感染者が確認された大学の事務室に「火をつけてやる」、「殺してやる」という脅迫状が届くこともありましたし、無関係の学生がバイトを断られたり教育実習先から受け入れを断られたりもしました。「○○大生は入店お断り」という張り紙を出した飲食店もありました。そういったことが起こったのは、春休みや夏休みという長期休暇中で、感染した学生が他の一般学生と接触する機会がない時期であったり、あるいは、オンライン授業に切り替わっていて学生同士が大学で接触する機会がないことがはっきりしていた時期だったりします。つまり、感染リスクが高いわけではない学生たちまでが、さまざまな局面で受け入れを拒まれたのです。

ネット上の誹謗中傷に悩まされる人のイメージ
写真=iStock.com/mokee81
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mokee81

実は、犯罪被害者が同情されるどころか非難されたり、厳しい状況の中で苦しんでいる人が差別されたりすることは珍しくありません。感染症の場合は、感染者の家族や医療従事者は実際に感染者と接触していてリスクが高いので、より一層、さまざまな場面で拒否することが正当化されやすいといえるでしょう。

感染症予防法(1998年制定)は、感染症患者への医療措置の法的根拠となるものですが、その前文では「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め」と述べられています。医学的なことよりも前に、感染症患者等の人権尊重の必要性が謳われているのですが、裏を返すと、感染症患者や関係者への差別は今に始まったことではないということです。

なぜこういったことが起こるのでしょうか。先の問1に対してどのような答えを思いつきましたか。ここでは、判断と意思決定研究の基本的な考え方や社会心理学の理論を用いて、この問題について考えていきましょう。

■小さな負担で理解するために「ひとくくり」にする

新型コロナの感染クラスターが確認された大学生といっても、感染を防ごうとすることもなく宴会ではしゃいで感染してしまった学生と、オンライン授業によりその学生たちとは接触可能性が全然なかった学生とでは、接した場合の感染リスクの高さはまったく違います。しかし、“同じ○○大生”ということでひとくくりにされて差別的な扱いを受けます。感染者の家族といっても、ずっと同居して寝食を共にしている家族メンバーは感染している可能性が高いですが、別居している家族メンバーは当てはまりません。けれども、“感染者を出した家の者”とひとくくりにされて偏見の対象となります。

ここでのポイントは「ひとくくり」です。つまり、その問題に対する関連の強さはひとりひとり異なるにもかかわらず、ある集団の一員であるとひとくくりにされて否定的な扱いを受けるということです。特定集団に対する固定観念や、否定的な先入観や偏見はステレオタイプと呼ばれますが、この概念は100年ほど前、ウォルター・リップマンというジャーナリストにより提唱されました。

世の中は本来複雑なもので、ひとつひとつの物事や状況や、一人ひとりのありようも千差万別です。そして、それらを詳細に理解するには非常に高い認知的な負担が必要になります。ところが私たちの認知的な能力はそれ程高いものではなく、その負担に耐えることはできません。そこで、世界を単純化し、小さな負担で理解することになります。その単純化の方法が、対象をグループ化し、共通の性質をもつ集団として理解することです。これによって小さな負担で、個々の人間についての性質を集団に対する認知に基づいて判断することになります。

差別や偏見は、頭の中で作り上げられた好ましくない性質が、その集団全員に共有されていると考えることがベースにあります。ひとりひとりの違いを個別にみるよりもその方がラクだからですが、人に限らず、さまざまな事物を理解しようとするとき私たちは認知能力の限界を補うべく、カテゴリーに依存した情報処理をするようになっています。

ただ、カテゴリーに依存しているといっても、そのカテゴリーは必ずしも否定的な性質を想定した先入観となる必然性はないように思われるかもしれません。また、「この学生は、感染クラスターの発生した学生たちと接触した可能性はない」、「感染者の家族といっても、別居している」といった個別の情報も入ってくるでしょうから、それによって偏見は是正されるはずだ、と思われるかもしれません。

それは確かにそうなのですが、犯罪被害者や厳しい状況に置かれている人が望ましくない性質の持ち主だからそうなったんだ、と考えられやすかったり、個別の情報が提供されているはずなのに、その個人への否定的な評価が継続されやすかったりする心のしくみがあるのです。それらを説明する公正世界誤謬(ごびゅう)と確証バイアスについてみていきましょう。

■人間は因果応報的な信念を持ちやすい

新型コロナ禍の中、厳しい労働条件におかれ、大きな負担を強いられている医療従事者が地域社会から排除されるというのはいかにも理不尽なことです。感染者や感染者家族が回復し、十分に感染リスクが下がっても不当な扱いを受け続けることも同様です。しかし、しばしば「ひどい目にあっている人は、そうなるだけの理由があるのだ」と考えられがちです。

これを説明する心理学モデルがメルビン・ラーナーによって提唱された公正世界信念と呼ばれるものです。それによると、われわれは「世の中は公正にできていて、悪い人・悪行には悪い結果が返ってくるものだし、良い人・善行には良い結果が返ってくるものだ」という因果応報的な信念を持ちやすいのです。この信念を持つことには肯定的な側面もあり、例えば、目標を立てそれに向けて努力することや主観的な幸福感の高さに関連しています。けれども一方、この信念は正しい行いをしているのに理不尽にひどい目にあわされている人の存在を容認しにくくします。それを認めてしまうと自分の信念が脅かされるからです。

■ミルグラムの電気ショックを使った実験

ラーナーらは、社会心理学史上最も有名なスタンレー・ミルグラムの(偽)電気ショックを使った実験を応用した研究結果を報告しています。実験室には実験を指揮する研究者一人、先生役の一般人一人、生徒役の一般人一人がおり、記憶の研究と称して先生役の人が問題を出し、生徒役が答えます。先生役は生徒役が間違えるたびにより強い電気ショックを与えるよう研究者から指示されます。いよいよ実験が始まると生徒役はしばしば答えを間違え、電気ショックにもだえ苦しむことになります。

指先から電気を出して攻撃する手と守る手
写真=iStock.com/nzphotonz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nzphotonz

実は電気ショック発生器はそれらしい偽物で、本当は生徒役はまったくショックを受けていないのですが、たいへん上手に演技をしているのです。何も知らない先生役は、研究者にどんどん電気ショックの強度を上げるよう指示されるのですが、さて、どこまでそれに従って生徒役を苦しめ続けるのでしょうか。これを調べるのがミルグラムの実験でした(実験では、先生役はきわめて強いストレスを感じながら、非常に強いレベルの電気ショックを与え続けることが明らかにされました)。

さて、ラーナーらの実験ではこれにひと手間加え、電気ショックが偽であることを知らずにその様子を観察する観察者という役割を設けたのです。そして、観察者が、苦しむ生徒役をどのような人間とみなすかを調べました。その結果は次のようなものでした。

観察者は、「電気ショックを受けている生徒役が報酬をもらって実験に参加している」と伝えられた場合は、その人を悪く思うことはありませんでした。ところが、そのような情報が伝えられていない場合、つまり、生徒役には電気ショックを受ける外的な理由がみあたらない場合、生徒役をさげすむ方向に評価が変わりました。「理由もなくひどい目にあっている人がいる」という認識は公正世界信念を脅かしますので、「ひどい人間だからひどい目にあっているんだ」という方向に評価を変えるわけです。まさにひどい話ですね。

このようにして、一見、理不尽な扱いを受けている医療関係者も何らかの自業自得に陥る理由があるはずだ、感染者やその家族はそのような社会的制裁を受けて当然だ、と差別や偏見が正当化されやすくなります。公正世界信念は理不尽に苦しい状況に置かれている人への非難をもたらすことから、公正世界誤謬と呼ばれることもあります。

■人は仮説が「間違っているかもしれない」という情報を選ぼうとしない

問2は認知心理学でたいへん有名なウェイソンの4枚カード問題と呼ばれるものです。どのカードを選びましたか? 正解は「2」と「縦縞」カードの二枚です。ところが、多くの人は「2」と「横縞」という組合せを答えます。

なぜ「2」と「縦縞」が正解なのかを解説しましょう。まず、カード選択で重要なのは仮説を棄却できる選択かどうかです。

偶数である「2」のカードを裏返して横縞なら仮説は生き残りますが、縦縞ならその時点で仮説は棄却されます。つまり、このカードを裏返すことは、仮説の正否の確認になります。ですので「2」を裏返すことは正解です。

ところが、もうひとつ回答されやすい「横縞」のカードをひっくり返してみても、仮説は「偶数の裏が横縞」ですので、もし奇数であっても仮説を棄却することにはなりません。奇数の裏側がどんな模様であろうが、仮説とは関係ないのです。

一方、縦縞のカードをひっくり返して偶数が書かれていれば、それによって「偶数の裏は横縞」という仮説は棄却されます。ですので、このカードをひっくり返すことで仮説を棄却できる可能性がありますので正解です。

というわけで、正解は「2」と「縦縞」となります。にもかかわらず、なぜ人は「2」と「横縞」カードを選びやすいのでしょう。それは、人が仮説(例えば、感染者は感染しても仕方がない放埒(ほうらつ)な生活をしている)が正しいかどうかを判断しようとするとき、それが正しいという情報を積極的に手に入れようとしがちで、本当に必要な「それが間違っているかもしれない」という情報を選ぼうとしないからです。

このため、ある感染者が「きちんと感染防止策をとっていたし、経路不明で本人もなぜ感染したかわからない」という情報に接する機会があってもそれはスルーして、「宴会で大騒ぎし、深夜まで何軒もハシゴした」という情報に出会うと、「ほらね、やっぱり」と元々の自分の考えを強めることになるのです。

■自分ではコロナウイルスをどうにもできないので医療従事者を攻撃する

簡単にいうと、イライラすることがあると八つ当たりするというのが、「フラストレーション(欲求不満)・アグレッション(攻撃)仮説」、および、「置き換えられた攻撃モデル」です。日常的によくあることと思われがちですが、実は、この仮説の正否については長い論争の歴史があります。

フラストレーション・アグレッション仮説は目標に近づこうとしているのにそれが阻害されると欲求不満が生じ、攻撃行動を引き起こすというかなり古いモデルです。置き換えられた攻撃モデルはフラストレーションをもたらした源泉以外の対象に攻撃が向かうことを説明するものです。この置き換え、すなわち八つ当たりが本当に起こるのかが論争の的でした。

中谷内一也『リスク心理学 危機対応から心の本質を理解する』(ちくまプリマ―新書)
中谷内一也『リスク心理学 危機対応から心の本質を理解する』(ちくまプリマ―新書)

自分の目標到達を阻害する対象を攻撃するのは、目標達成に合目的的です(理にかなっています)。ところが、置き換えた対象を攻撃しても、自分の目標には到達できません。人はそのような無駄な攻撃にエネルギーを使うのだろうか、という疑問です。実際、置き換えられた攻撃モデルは研究によって支持されたり、支持されなかったりをくりかえしてきました。しかし、過去50年間の研究結果をまとめて全体的な様子を分析したところ(メタ分析と呼ばれます)、攻撃の置き換えは起こるという報告もあります。この論争はまだ継続するでしょうが、メタ分析の結果が正しいとしましょう。そうすると次のような説明ができます。

コロナ禍では人々は不便な自粛生活を強いられ、職を失う人も少なくありませんでした。多くの人がフラストレーションを経験したはずです。そのフラストレーションをもたらす本来の原因を取りのぞくことができれば良いのですが、個人がいくら努力しようが新型コロナウイルスを消滅させたり、新型コロナ感染を収束させることはできません。そこで、攻撃の矛先が新型コロナウイルスに関連の深い医療従事者や感染者に向かい、誹謗中傷という形をとったと考えられるのです。

新型コロナ禍では感染防止ルールを守って営業している飲食店にも嫌がらせや脅しまがいの張り紙が貼られたり、他府県ナンバーの自動車が傷つけられたりしましたが、それらはかなり陰湿で攻撃的であったことが思い出されます。

ここまで、危機対応に奮闘する医療従事者が誹謗中傷を受けるのはなぜか、病気に苦しむ患者や家族が偏見にさらされるのはなぜか、という問題を検討してきました。そして、(1)私たちの認知能力には限界があるため世界を単純化して理解しようとし、そのなかで他者はひとくくりにカテゴリー化される、(2)そのカテゴリー化された集団に対し、公正世界誤謬によって否定的な評価が与えられる、(3)確証バイアスによって、その否定的な評価を支持する情報は積極的に受け入れられ、反証となる情報は無視されやすくなる。そのため悪い評価が書き換えられることは難しい、(4)新型コロナ禍で思うようにいかない苛立ちやフラストレーションが、問題解決とはならない対象集団ないしは個人への攻撃として置き換えられる、という説明を行いました。

こういった問題にかかわる社会心理学や判断と意思決定の古典的なモデルを援用するとこういう解釈が可能である、という試みとご理解下さい。他にもいろいろな説明の仕方があると思います。

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中谷内 一也(なかやち・かずや)
同志社大学心理学部教授
1962年生まれ。同志社大学卒業。人が自然災害や科学技術のリスクとどう向き合うのかというリスク認知研究、および、リスク管理組織に対する信頼の研究を進めている。著書に『安全。でも、安心できない…』(ちくま新書)、『リスクのモノサシ』(NHKブックス)、『信頼学の教室』(講談社現代新書)などがある。2013Risk Analysis誌の最優秀論文賞受賞。

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(同志社大学心理学部教授 中谷内 一也)

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