「返礼品もないのにどんどん香典を持参」静かな家族葬が"同業者の会葬"に変わってしまったワケ
プレジデントオンライン / 2021年8月25日 15時15分
■葬儀の半数を占める家族葬
10年ほど前からにわかに増え始め、今や葬儀全体の半分近くを占めるようになったのが「家族葬」だ。家族葬は、葬儀に呼ぶ会葬者をあらかじめ限定し、少人数でゆっくりとお別れの時間を過ごす形式で、「家族葬」と呼ばれるものの家族のほかに故人の親しい友人などを呼ぶケースも多い。
終活関連サービスを提供する鎌倉新書の「第4回お葬式に関する全国調査(2020年)」によると、葬儀の形態は不特定多数の会葬者を想定する一般葬が49%に対し、家族葬は41%。2016年の同じ調査では、家族葬が3割強で、ここにきて急伸している。昨年からのコロナ禍でさらに増えたとみられている。会葬者が一般葬に比べて少なく、3密の心配をしなくていいからだ。
家族葬が増える背景に、葬儀を営む家族の負担軽減を求める声がある。家族葬なら、喪主や家族は挨拶から返礼まで気を使う必要はなくなり、心行くまで故人を見送ることができる。返礼はあっても少額だから金銭面の負担も小さい。上記の第4回調査によると、葬儀全体にかかった費用は、全国平均で119万円あまり(火葬場使用料、式場使用料を含み、飲食・返礼品費用、お布施は除く)。都内のある葬儀会社によれば、家族葬は数十万円程度で済むこともあるという。
ところが、実際には家族葬をめぐって、トラブルになることも少なくない。「故人と親しかったはずなのに、なぜ、お別れの機会を奪うのか」とクレームが出ることがあるのだ。
都内で小さな会社を経営していたCさんは昨夏、糖尿病を悪化させて死亡した。享年72。10年以上にわたって人工透析を受けていて、この数年はほとんど仕事もできないほど弱っていた。
■終活は万全なはずだったが…
子どもはおらず、相続人は妻だけ。遺産分割でもめる恐れもない。都内に自宅があり、年金とそれなりにある有価証券などの金融資産を加えれば、妻の老後が破綻する恐れもない。Cさんは、墓は建てず、自宅に近い最先端の機械式(自動搬送式)納骨堂にお骨を納めるよう自ら予約し、毎年払う管理料も含め、納骨堂にかかる資金を妻に渡してあった。葬儀については、妻の体調が思わしくないこともあり、「簡単に家族葬で見送ってくれればいいから」と伝えてあった。終活は万全なはずだった。
Cさんはきょうだいが多く、葬儀は喪主である妻ではなく2人の弟が仕切った。Cさんの希望どおり、自宅近くの葬儀場で家族葬を営んだ。参列者は妻と弟2人、妹1人、甥2人。親族以外では、同じマンションの住人3人だけを呼んだ。大規模修繕をめぐり、マンションの管理組合で苦労を共にしたからだという。
だが、思いがけないことが起きた。「商売仲間」がCさんの死を知って、駆け付けてきたのだ。「最期のお別れさせないなんて、薄情だ」と。
高級食材の買い付けが本業だったCさん。どこの産地で何が品薄かの情報をいち早く仕入れ、素早く買いを入れ、転売することで利益を上げてきた。同業者はライバルでもあり、貴重な情報源でもある。半世紀近くにわたって、人脈を築き上げてきたのだ。
■通夜の直前に故人の携帯電話が鳴った
開店休業中のCさんが亡くなったことは、病院の透析仲間から漏れたらしい。弟の一人は「通夜の直前に兄の携帯電話が鳴ったので、不審に思いながら出てみると、同業だと名乗る人からの電話でした。翌日に控えていた告別式の時間と場所を聞かれたので、『本人の遺志ですから、家族だけで静かに見送ります』と断ったのですが、『死に顔をみるだけです』『Cさんにはとてもお世話になりました。最期の別れをさせてください』と強いて尋ねられたら答えないわけにもいかず……。だいたい、故人とどれくらい親しいのか分かりません。義姉もよく分からないと言うだけで、ぜひにと言われれば断れませんでした」という。
弟は、電話をかけてきた同業者だけが訪れるものだと思っていた。実際は、葬儀に20人以上の商売仲間が次々と訪れ、「帰ってくれ」とも言えなかった。最初に電話をかけてきた同業者から連絡が行き、家族葬と知らずに参列した人が大半だったようだ。
■商売仲間の対応に追われた散々な葬儀
Cさんの家族葬に対応する葬儀会社のスタッフは一人だけ。「家族葬のはずでしょう。参会者には親族で対応してください」と冷たく言われた。コロナ禍なのに、葬祭場の中で思わぬ「3密」ができてしまい、同じ時間帯に隣でやはり家族葬を営んでいた人から「少し静かにしてもらえませんか」と苦情が出た。あらかじめ香典は辞退し、返礼品も人数分しか用意していなかったが、商売仲間は当然のように香典を持参した。しかし、返礼品も会葬御礼のハガキすらもない。
読経は短く済ませてもらい、出棺までの時間を長めにとってあった。通夜に間に合わなかった妹と甥に、出棺前に妹と甥しか知らない故人のエピソードを披露してもらい、泣き笑いしながら故人にゆっくりとお別れするためだった。しかし、次々にやってくる商売仲間に「家族葬なので、香典は辞退しております」「最期の顔を見てやってください」と言い続けるだけの、散々な葬儀になってしまった。
弟は言う。「『来てやったぞ』とばかり、焼香してそそくさと帰る人が多い中に、何人か『火葬場まで行って、骨を拾ってやりたい』という同業者がいたので、さすがにそれは勘弁してもらいました。火葬場に行くマイクロバスも用意してなかったですから。ただ、一人だけ、棺の横で『Cさん、本当に世話になったなぁ』と往時を振り返り、兄の仕事上の秘密を披露してくれた同業者の方がいました。弟の自分ですら知らない兄の性格がうかがえるエピソードで、その話を聞けたことだけが、急にあわただしくなった葬儀の中のちょっとした救いでした」
■家族葬と言われたら素直に引き返す
Cさんが自分の人脈を軽く見たのか、家族葬だと断る遺族に、無理やり会葬を求める同業者の常識を疑うべきなのか。Cさん自身は、死後に郵送してもらうつもりで、生前にお世話になった感謝の念を記し、葬儀に呼ばなかった非礼を詫びる「死の挨拶状」を作りかけたところだった。思いがけず急に症状が悪化して亡くなってしまったという。
こうした場合に対策はあるのか。
「家族だけでお別れしてほしいというのが故人の固い遺志ですので、参列はどうかご勘弁ください。その代わり、コロナが落ち着いたら、ささやかながら『Cをしのぶ会』を開きますから、ご参加ください」と、とっさに言えれば満点の回答だろうか。
実際には、同業者と交流もなく、初めて話す弟にそれを求めるのは酷だろう。「家族葬ですのでご遠慮ください」と断られたら、葬儀後に自宅に出向いて改めてお別れするなど、別の機会を模索してもらうしかないのだろう。
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ジャーナリスト
1960年生まれ。慶應義塾大学文学部卒。1983年読売新聞社入社。89年朝日新聞社に転じる。経済部、オピニオン編集部、文化くらし報道部などを経験。85年に日航機墜落事故を現場取材し、 88年には、世界最高峰チョモランマ(エベレスト)の遠征隊を取材。96年から97年にかけて、返還直前の香港に駐在。著書に『線路にバスを走らせろ-北の車両屋奮闘記』(朝日新書)、『負動産時代』(朝日新書・共著)、『看取りのプロに学ぶ幸せな逝き方』(朝日新聞社・共著)などがある。
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(ジャーナリスト 畑川 剛毅)
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