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「新型コロナより怖いウイルスは山のようにある」京大准教授が恐れる"最悪のシナリオ"

プレジデントオンライン / 2021年8月28日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CraigRJD

新型コロナのようなパンデミックにはどんな備えが有効なのか。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授は「これまでウイルス学の対象は、人や動物に病気を起こす危険なものに限られていた。これからは非病原性のウイルスも対象に加え、ウイルス研究を『面』で捉えられるように、研究の次元を変える必要がある」という――。

※本稿は宮沢孝幸『京大おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■コウモリから人に感染して始まったMERSとSARS

MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルス、SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスは、ともにコウモリからやってきました。MERSは、コウモリからヒトコブラクダに感染し、それがヒトに感染したと考えられています。SARSは、コウモリからハクビシンを介してヒトに感染したと言われています。

MERSコロナウイルスもSARSコロナウイルスも、元々の宿主はコウモリです。コウモリにとっては、それらのコロナウイルスは非病原性であると見られています。下痢くらいは起こすかもしれないけど、特に影響はないのでしょう。

つまり、コウモリはMERSコロナウイルス、SARSコロナウイルスに感染して共存をしているわけです。もしかすると、コウモリにとっては、コロナウイルスは都合の良いウイルスなのかもしれません。

コウモリの中で共存していたコロナウイルスが、コウモリの体内で起こるのか、あるいは、別の動物に入ってから起こるのかはわかりませんが、ウイルスのゲノムの組換えが起こって、人に感染して増殖するウイルスに変化すると、ヒトMERSコロナウイルス、ヒトSARSコロナウイルスになります。これらのコロナウイルスは、ヒトにとっては病原性をもったウイルス、ということになります。

■病気を起こさないウイルスは研究されない

動物のウイルスが別の種の動物に感染したときには、多くのウイルスはあまり増殖できません。感染したとしても新しい宿主間で広がらずその個体の感染で終わります。ところが、ごくまれに別の種の動物に感染すると、ドンピシャの相性でよく増殖し、病気を引き起こすことがあるんです。こうしたものが新興ウイルス感染症となるのです。

市中感染のイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

「ウイルス(virus)」という言葉は、語源はラテン語で「病気や死をもたらす毒」という意味です。中国ではウイルスは「病毒」と表現されます。歴史的に見ても、病気を調べることでウイルスは発見されてきました。一般的に「ウイルスは病気を起こすもの」と考えられているため、ウイルス研究は病気との関係で行われているものばかりです。

しかし、人に病気を起こすSARSコロナウイルスもMERSコロナウイルスも、コウモリなどの元々の宿主の中では非病原性であり、病気を起こさないと思われます。ここが非常に重要な点です。

■自然界には未知のウイルスが山のようにある

病気を起こすウイルスであれば、研究者たちは一生懸命に研究をします。逆に、人にも動物にも病気を起こさないものは、ほとんど研究されません。

前述しましたが、自然界には、動物を宿主としているときには何の病気も引き起こさないのに、人に感染すると恐ろしい病気を引き起こすウイルスがたくさん潜んでいる可能性があるにもかかわらず、そのほとんどはまったく研究されていないんです。

人の体から、血液を採取したり、便を採取したりして調べていくと、様々なウイルス由来の塩基配列が見つかります。これらは、病気を起こしていないものが多いですから、研究はされていません。動物の体の中にもたくさんのウイルスが潜んでいますが、非病原性であるため、ほとんど研究されていません。

つまり自然界には、まったく研究されていない未知のウイルスが山のようにあるということです。

■次の「新興ウイルス感染症」に備えるための研究とは

これまで非病原性のウイルスへの研究はあまり進んでいませんでした。しかし、「次に来るウイルス」に対処するためにも、非病原性のウイルスへの研究は必要不可欠と言えます。

そして、ゆくゆくは病原性のウイルスも非病原性のウイルスもひっくるめて、網羅的に相関関係を示す全体像を示さなければならないと思っています。そのために、ウイルス学は「次元」を高めなければなりません。

コロナウイルス研究に取り組む研究室チーム
写真=iStock.com/janiecbros
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/janiecbros

今までのウイルス学はゼロ次元でした。どういうことかというと、研究者は一種のウイルス、あるいは一種の宿主の専門家となり、1つあるいは少数のウイルスを深く深く研究していました。いわば、「点」の研究にとどまっている状態です。

次元を1つ上げて、点を線にしてみます。線には、横の線と縦の線がありますが、横の線は、新型コロナウイルス感染症のような、人獣共通感染症や新興感染症の研究になります。

例えば1つの感染症について、ウイルスが異なった宿主の間をどのようにジャンプしていくのかを辿ったり、ウイルスがどのような変異を遂げたかを調べたりします。一方、縦の線は時間軸を設けるやり方で、あるウイルスが過去から未来へどう変化したか、どう進化してきたかを探ります。

■4億年前からウイルスを追跡する「三次元のウイルス学」

さらに次元を1つ上げて、二次元になると、点が面になります。すなわち、一種の宿主の中に何種類のウイルスが潜んでいるか、あるいは、土壌や水圏(川、池や海)などの環境の中にどのようなウイルスが存在し、どのような関係を結んでいるのかを研究する段階です。

最終的な目標は、生物全体を網羅したウイルスの分布図や相関関係を明示することになるでしょうが、まずは人と家畜の間におけるウイルスについて調べ、それから野生動物にも広げていく……という順序になります。

では三次元のウイルス学はどうなるかというと、「面」に時間軸が加わります。違う宿主のウイルスの関係を、時間を追って追跡する学問になります。

例えば、1970年代に発見されたサルレトロウイルスは、約1200万年前にウサギに感染したウイルスで、現在は胎盤形成に関与する内在性レトロウイルスと遺伝的に近縁であることがわかりました。さらに、サルレトロウイルスはネコの内在性レトロウイルス、ヒヒの内在性レトロウイルスとも近縁だったんです。「近縁」というのは、ウイルスの遺伝情報(配列)が似ているということです。数百万年前の地中海沿岸でネコとヒヒに同じようなウイルスが感染したこともわかっているのです。

これらのサルレトロウイルスは、ウサギの胎盤形成に関与する内在性レトロウイルスが、何らかのウイルスと組換えを起こして、復活したと考えられます。このように三次元で考えることで、ウイルス進化の過程を正確につかむことができるようになるのです。

この三次元のウイルス学は、時間のスパンによって大きく2つの分野に分かれます。1つはシャロー(浅い)な古代ウイルス学で、おおむね1万年くらいのスパンでウイルスの進化を追跡します。エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の研究などはこちらになります。

もう1つはディープ(深い)な古代ウイルス学で、私たちは2億年くらいのスパンで考えます。私たちが行なっているレトロウイルスの研究がこちらに属します。

レトロウイルス(もしくはそれに関連するウイルス)は少なくともおよそ4億年前には地球上に出現したと思われます。そのウイルスは、宿主の生殖細胞に入り込んだウイルスで、ゲノムの配列が子々孫々受け継がれて保存されています。ですから、その変化の過程や、宿主に与えた影響を追跡することができるのです。

■技術革新で三日あれば未知ウイルスの同定が可能になった

ウイルス学を次元で捉えるのは、私が2015年12月に考えて発表した概念です。昔は遺伝子の解析をするのがすごく大変で、二次元や三次元の研究など到底無理だったのですが、2008年以降に「ムーアの法則」(集積回路あたりの部品数が毎年2倍になるという法則。毎年2倍の進化を遂げていくことを指す)をはるかに超える勢いで急激な技術革新が起こり、時間もコストも圧倒的に節約することができるようになって、多次元ネオウイルス学が現実味を帯びるようになりました。

宮沢孝幸『京大おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)
宮沢孝幸『京大おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)

どのような技術革新が起こったかというと、DNAやRNAの配列を速やかに決定できるようになったのです。それまでは、ウイルス解析の出発点は病気でした。何らかの感染症の病気が見つかったら、ウイルスを分離、同定して、そこから遺伝子解析を行っていました。

しかし技術革新により、病気を発見してウイルスを分離しなくても、病変部だけでなく非病変部にどんなウイルスがあるのか、三日あればわかるようになりました。サンプルからDNAとRNAを抽出して、その配列を解析するのです。どんなウイルスが存在しているのかが先にわかって、それから病気が発見できるようにもなりました。

例えば、ネコの尿にウイルスがいるのではという推測を立てて、ウイルスを同定することができれば、そこから腎不全などの病気を起こしていることがわかる、といった具合です。ネコモルビリウイルスはそのやり方で発見されました。

■新興感染症が出現しやすい今、ウイルス学も進化しなければならない

このように、遺伝子解析が非常に楽になったことで、二次元、三次元のウイルス学が可能になりました。ただ、多次元のネオウイルス学は、遺伝子解析の技術があればすぐにできるわけではありません。動物学、繁殖学、医学、バイオインフォマティックス、コンピュータテクノロジーの支えを得ながら、総合的な知見を高めていく必要があります。

ヒトの動きがグローバルになった現在、ウイルス学も進化しなければならないのです。多次元ネオウイルス学の研究を進めていけば、予測ウイルス学、進化生物学の発展にも寄与することができます。

社会的にも、科学的にも大きな貢献を果たすことができるのです。

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宮沢 孝幸(みやざわ・たかゆき)
京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授
1964年生まれ。東京大学農学部畜産獣医学科にて獣医師免許を取得後、同大学院で動物由来ウイルスを研究。東大初の飛び級で博士号を取得。大阪大学微生物病研究所エマージング感染症研究センター助手、帯広畜産大学畜産学部獣医学科助教授などを経て現職。

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(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授 宮沢 孝幸)

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