「公式な統計は存在しないが…」中国が"世界一の大麻大国"と呼ばれる背景
プレジデントオンライン / 2021年8月31日 11時15分
※本稿は、矢部武『世界大麻経済戦争』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■3000年以上も前から産業用大麻を栽培していた中国
米国とカナダの合法大麻市場に対抗するのは、産業用大麻「ヘンプ」の世界最大の生産国である中国と、医療用大麻の研究で世界をリードするイスラエルである。
中国は、嗜好用と医療用の大麻(マリファナ)を厳しく禁止しているが、産業用大麻を合法化し、ヘンプ製品の生産・加工技術などで世界のトップレベルを誇る。
また、1960年代に世界で初めて精神活性作用のある大麻成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)と、抗炎症・鎮痛作用などがあるCBD(カンナビジオール)を発見した科学者を擁するイスラエルは、国を挙げて医療用大麻の研究とビジネスを推進している。
中国では4000年以上前から大麻が治療目的で使われているが、実は産業用のヘンプも数千年前から栽培され、繊維や紙などに使われていたことがわかっている。いまから3400年ほど前に作られた河北省の殷王朝の墓には、ヘンプの繊維が使われていたそうだ。
■マリファナ禁止の背景にあるアヘン戦争というトラウマ
近代となり、中国政府は産業用大麻(ヘンプ)の栽培・使用は認めたが、医療用と嗜好用の大麻(マリファナ)を禁止している。中国政府がマリファナを禁止しているのは、アヘン戦争によるトラウマが残っているからではないかと言われている。
これはアヘンの密貿易をめぐって、中国とイギリスとの間で1840年から2年間行われた戦争で、イギリスの商人が持ち込んだアヘンが中国内で蔓延して深刻な社会問題となり、当時の清皇帝がアヘンの全面禁輸を断行し、それを没収・焼却したことで起きたが、清は惨敗した。
その結果、清は1842年にイギリスへの多額の賠償金や香港島の割譲など屈辱的な不平等条約(南京条約)を締結させられることになった。
アヘン戦争はその後の中国の凋落を決定づけることになったとも言われており、中国にとってアヘンという麻薬は屈辱の象徴となった。その影響もあってか、いまの中国政府は精神活性作用のあるマリファナに対する警戒感が相当強いようだ。
だからこそ産業用のヘンプのみを許可して、嗜好用と医療用のマリファナを禁止しているのであろう。
■中国のヘンプ栽培面積はカナダとアメリカを抑えて世界1位
中国で栽培されたヘンプは繊維や織物、建材、食品など幅広く使われているが、大麻企業は政府の支援も受けながら、製品加工技術の向上に力を入れている。
中国のヘンプの大半はロシア国境に近い北部の黒龍江省と、南西部の雲南省で政府の管理のもとに栽培されている。中国の農家にとって利益率の高いヘンプは、「グリーン・ゴールド」(緑色の外観を持つ金のたとえで、金のように価値が高いという意味)と呼ばれているそうだ。
たとえば、ヘンプを1ヘクタール栽培した場合の収入は1万元(約1500米ドル)くらいで、トウモロコシの3~4倍になるという。しかもヘンプは害虫に強く、殺虫剤など農薬を使う必要がほとんどない。
![マリファナ農場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/670/img_098fec5a701e57370b93eb3daa6498851294459.jpg)
香港で発行されている日刊英字新聞「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP=南華早報)」は、「中国の毎年のヘンプ生産量の公式な数字は出ていないが、ヘンプ農家は栄え、生産量は増えている。政府支援を受けたヘンプの軍事用途の研究なども行われるようになった。政府の支援と長い伝統のおかげで、中国は静かにヘンプの生産と研究における大国になった」と報じている(2017年8月27日)。
同紙はまた、中国の農家が寒帯気候や亜熱帯気候などまったく異なる気象条件のもとでヘンプを栽培できるのは、政府の支援を受けた研究者が厳しい気象条件下でも栽培できるハイブリッド品種を開発したからであると伝えた。
中国のヘンプ生産量の正確な数字はわからないが、米国のヘンプ啓発推進組織「ミニストリー・オブ・ヘンプ(MOH)」が2019年4月に発表した「世界のヘンプ栽培国ランキング」によれば、中国は栽培面積においてカナダ、米国、フランスなどを抑えて第1位となっている。
■中国が「世界のヘンプ大国」と呼ばれる背景
MOHは、中国のヘンプ栽培面積は20万~25万エーカー(約8万~10万ヘクタール)と推定。中国が世界の主要なヘンプ栽培国になった背景には、政府がヘンプ栽培を一度も禁止したことがないことに加え、ヘンプ産業を積極的に支援していることがあるとしている。
2位のカナダは2017年にヘンプの栽培面積を前年の7万5000エーカー(約3万ヘクタール)から14万エーカー(約5万6000ヘクタール)に増やした。3位の米国は2018年に連邦法でヘンプ栽培を合法化したばかりなので、ランキングに載ったのは初めてだが、2018年には7万8176エーカー(約3万1500ヘクタール)で栽培され、前年より大幅に増えた。
4位のフランスは2017年に4万3000エーカー(約1万7000ヘクタール)で栽培され、欧州で最も多かった。フランスのヘンプ産業は綿産業の発展によって一時衰退したが、1960年代に復活し、その後、栽培面積は徐々に増えているという。
中国が「世界のヘンプ大国」と呼ばれる背景には、栽培面積の多さに加え、ヘンプ草の品種改良や製品の加工技術向上などに積極的に取り組んでいることがある。
■国際会議で起きた“思わぬハプニング”
さらに中国は政府機関と民間企業が協力して、海外からヘンプの専門家や企業関係者、投資家などを招き、国際会議を実施している。
![矢部武『世界大麻経済戦争』(集英社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/8/200/img_9887c2075013ed896d4646026d684b10328905.jpg)
米国の大麻専門家クリス・コンラッド氏は2019年7月、中国・黒龍江省の省都ハルビンで開催された「中国産業用ヘンプ国際フォーラム(CIHIF=China International Hemp Industry Forum)」に講演者として参加した。
このフォーラムには中国内のヘンプ生産者や加工業者に加え、米国、カナダ、欧州などからヘンプの研究者、企業関係者、投資家など数百人が集まり、ヘンプ産業の現状や研究開発、政策、投資や市場の展望、CBD製品の規制などについての議論が行われた。
中国がこの種の国際会議を行う背景には、海外の専門家と情報交換を行うことで国内のヘンプ産業の生産・加工技術の向上、外国の企業や研究機関との協力体制の構築、投資機会の促進などを図る狙いがあると思われるが、この時は思わぬハプニングがあったという。
コンラッド氏は米国の大麻規制の歴史や合法大麻市場の現状などについて講演したが、そのなかで、精神活性作用のある大麻成分THCについて、「医療効果を考えれば、CBDに劣らず大きなメリットがあるTHCを廃棄してしまうのはもったいない」という趣旨の発言をすると、中国人の通訳が勝手にその部分を訳さずに伝えたそうだ。
中国が精神活性作用のある大麻成分に対して神経質になっていることは先述したが、コンラッド氏はそれを改めて認識させられることになった。
しかしそれでもコンラッド氏は、「中国がヘンプ産業の推進をこれだけ一生懸命やっているところをみると、医療用や嗜好用の大麻についても大きな経済的メリットをもたらすと判断すれば、方針を変える可能性はあるのではないか」と話した。
■すでに医療大麻関連も含めた特許を取得している
これまでのところ中国は産業用大麻の推進にとどまっているが、将来的に医療用や嗜好用の分野に進出する可能性はあるのだろうか。
![医療マリファナ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/f/670/img_0f774aca76ba74338d8ccdd443b2d711541734.jpg)
前出のクリス・コンラッド氏を含め、その可能性を指摘する大麻専門家やメディア報道は少なくない。その根拠のひとつとなっているのが、中国が取得している大麻関連の特許件数の多さである。
2019年に米国の「リサーチアンドマーケッツ」が発行した「中国の大麻市場概況(Chinese Cannabis Market Overview)」によれば、国連の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)に登録された大麻関連の特許件数は世界で計606件にのぼり、そのうち306件は中国の企業もしくは個人によるものだという。
これらの特許には、ヘンプの栽培方法や品種改良、製品加工技術などに関するものから医療用大麻関連までさまざまなものが含まれる。たとえば、大麻草の成分と種子を原料とした免役力を高める機能性食品や、桔梗などの薬草と大麻の成分を混ぜて作られる便秘治療薬などもあるという。
中国では4000年以上前から、痛風やリウマチ、マラリア、便秘、生理不順などの治療に大麻が使用されてきたが、その長い歴史と経験が医療用大麻関連の特許取得に役立っていることは間違いないだろう。
そしていま、世界的な大麻解禁の流れに伴い、47カ国が医療用大麻を合法化するなかで、中国が医療用大麻のビジネスに関心を向け始めたとしても不思議ではない。
■「指導部が経済的価値が判断すれば、その方向に動くだろう」
イギリスを拠点に大麻合法化を求める活動をしている団体「大麻法改正を求める会(CLR=Cannabis Law Reform)」のリーダー、ピーター・レイノルズ氏は、「中国人はより賢く、すべての良い考えに取り組んでいる。医薬品としての大麻の可能性は計り知れない」と語っている(「インディペンデント」2014年1月5日)。
つまり、賢くて、医療用大麻の潜在性をよく理解している中国人だからこそ、将来それを解禁する可能性があるのではないか、というふうにも解釈できる。また、米主要経済誌『フォーブス』は2018年7月30日号で、中国の大麻ビジネスに関する特集記事を掲載し、非常に興味深い分析を行っている。
毛沢東が亡くなってから数十年の間に、中国共産党中央委員会は自国の経済力を世界的なレベルに押し上げるために十分な自由経済の余地をつくった。もし中国指導部が大麻の合法化とビジネスに大きな経済的価値があると判断すれば、その方向に動くだろう」
そして医療用大麻を合法化した場合に役に立つのが、世界一多いとされる大麻関連の特許である。だからこそ、中国は産業用大麻の加工技術などに関するものだけでなく、医療用大麻関連の特許を多く取得しているのではないか。
それともうひとつ重要な点は、中国はすでに産業用大麻の栽培・加工・流通・販売のインフラを確立しているが、それは医療用や嗜好用の大麻ビジネスを行う上でも役立つだろうということだ。
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国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)
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