「ついに安倍首相も上回った」菅首相が"戦後で最悪最低の首相"になった根本原因
プレジデントオンライン / 2021年8月25日 15時15分
■お膝元で敗北しても「菅続投」を決めたようだ
菅首相は終わった。
8月22日に投開票が行われた横浜市長選で、菅首相が強く推した小此木八郎元国家公安委員長が敗れたと報じられた時、多くの有権者はそう思ったはずである。
ところが新聞各紙の政局予測を読むと、そうはならない可能性もあるというのだ。それは、安倍晋三前首相や二階俊博幹事長、ポスト安倍を争った“政敵”石破茂までが「菅続投」を容認したようだというのである。
立憲民主党を含めた野党なら、菅の首をすげ替えないほうが衆院選を戦いやすいと思うはずだが、なぜ、自民党は負け戦確実の菅を引き摺(ず)り下ろさないのだろう。不思議でならない。
菅首相が万が一、このまま首相を続けるとすれば、戦後の首相の中で最悪、最低の首相として名を残すことは間違いないと私は思っている。
私は政治記者ではないが、長年編集者として、時には首相本人、側近、友人たちと交友してきて、その人となりや政策を見てきた。
そんな私が選んだ「日本をダメにした8人の首相」を列記して、彼らと比べて菅首相がいかに首相にふさわしくないかを検証してみようと思う。
■安保闘争の岸信介は「国史に長く刻まれるべき総理」
60年安保闘争のとき、私は中学生だったが、私の友人のなかにはデモに参加している意識の高い者もいた。新日米安全保障条約を強行採決した岸信介といえば、往時は憎たらしい印象しかないが、彼の晩年、永田町のヒルトンホテル(現在のザ・キャピトルホテル東急)でときどき見かけることがあった。
孤高の老政治家という雰囲気で、その頃から岸再評価の気運が出てきたようだ。評論家の福田和也が著わした『総理の値打ち』(文藝春秋)は歴代総理たちを100点満点で採点して話題になった。
その中で福田は岸に81点という高得点を与えている。80点台というのは「国運を拓き、宰相として国史に長く刻まれるべき総理」(『〈新版〉総理の値打ち』新潮新書)だそうだ。
アイゼンハワー米大統領(当時)と意気投合し、「極東におけるアメリカの同盟国としての日本の役割を認めさせ、著しく不平等かつ不利だった日米安保条約を双務的なものに改めた」というのがいたく気に入ったようだ。
■戦後70年が経っても米軍の特権が残っている
辞任後も池田内閣以降の高度成長の基礎をつくり、憲法や安全保障といった国家のアイデンティティーの双方において卓越した仕事をした偉大な政治家だというのである。
福田が保守派の論客という点を割り引いても、私には彼の主張に全面的に頷くことはできない。
それは安保条約改定と合わせて日米地位協定を成立させているからである。在日米軍の数々の特権を温存した協定が存続しているため、戦後70年以上が経った今も、この国はアメリカの属国としての地位しか与えられていないのだ。
歴代の不甲斐ない首相たちは、この不平等な協定を破棄するどころか、日米同盟はわが国の基軸などと寝ぼけたことを繰り返すだけである。
そんな岸を評価する気に、私は絶対なれない。
■新聞との確執が絶えなかった佐藤栄作
岸の弟である佐藤栄作を、私は長年、最悪の首相だと思っていた。
首相在任中、「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」といいながら、1972年にアメリカと密約を結び、米軍基地を固定化したまま「核付き返還」したからである。沖縄の人たちを騙したのにノーベル平和賞までかっさらっていった。
こういう人間をペテン師というのではないか。佐藤はメディアにも敵愾心(てきがいしん)を持っていた。
私が出版社に入った翌年に沖縄密約事件が起きた。毎日新聞西山太吉記者が、沖縄の地権者に払う400万米ドルを日本政府が肩代わりして支払うという密約をスクープした。それもあって在任中は新聞との確執が絶えなかった。
佐藤は退陣表明会見の冒頭、「テレビカメラはどこかね」といい出し、偏向的な新聞は嫌いだ、出ていってくれと締め出してしまったのだ。
「ガランとした首相官邸の会見室で、首相はモノいわぬ機械(テレビカメラ)に向かって一人でしゃべっていた」(1972年6月17日付朝日新聞夕刊)
兄弟で日本の植民地化を固定し、返還されても今なお沖縄の人々を苦しめている。後年、岸の孫である安倍晋三首相は憲法を蔑ろにして、米軍有事の際には自衛隊が参入できるよう集団的自衛権を容認してしまうのだから、この国の戦後は彼らたちに振り回されてきたといってもいいだろう。
■ワースト8に入るが、いまだに人気のある角栄
今太閤と持て囃(はや)された田中角栄は、「金権政治」「土建屋政治」といわれる一方で、人情味のある人柄に惹かれ、いまだに多くのファンを持つという不思議な首相である。
たしかに「日本列島改造論」をぶち上げ、日本中をブルドーザーで掘り起こした。数は力なりと田中派を大派閥にしたが、その陰で札束が乱れ飛んだ。
中国との国交を回復させたという功績もあるが、日本中を札束で支配した罪は大きい。料亭政治を定着させ、多くの妾をつくった。
文藝春秋に掲載された立花隆の「田中角栄研究 その金脈と人脈」と児玉隆也の『淋しき越山会の女王』で追い詰められて辞任し、その後、ロッキード社から賄賂をもらった受託収賄罪容疑で逮捕・起訴された。
竹下登や小沢一郎などの側近が田中のもとを離れた。脳梗塞で倒れ、失意のうちに亡くなった。
だが巧みな話術と人情味が人を引き寄せ、最近でも「田中角栄ならこの国難をどう乗り切るか」という特集を組む週刊誌がある。
もし田中が今生きていても、彼流の金権政治などできるはずもないが、不思議な魅力を持った首相であったことは間違いない。
戦後のワースト首相のベスト8にも入るが、好きな首相のナンバー1も田中になるかもしれない。
■総理になっていたら…と思わせる唯一の人物
福田赳夫は首相になるのが遅すぎたのだろう、これといって記憶に残る業績はない。大平正芳が病気のため、首相在職中に亡くなったのは残念だった。
中曽根康弘が首相になった時、「角影内閣」と揶揄(やゆ)された。田中の操り人形という意味だが、若い頃から首相を目指していただけに安定感のある政権運営のように見えた。
堪能な英語を駆使して、レーガン大統領とのロンヤス関係は話題になった。危惧されたのは彼のタカ派的体質だったが、靖国神社に公式参拝したのは最初の年だけで、中国、韓国関係にも配慮する安全運転を心がけた。
中曽根のウルトラタカ派的体質や、後の竹下登内閣で発覚するリクルート事件を水面下で抑え込んでいたといわれるのが後藤田正晴官房長官である。
警察官僚出身だが、野中広務元幹事長と同じように戦争を体験した者として、二度とあのような戦争は起こしてはならないという姿勢を貫いた。
日本国憲法については、「人類が将来向かっていくべき理想を掲げている」とその意義を認めている。また日米安保条約を平和友好条約に変換すべきとの考えも持っていたといわれ、「過去60年間、日本は独立したといいながら、実際は半保護国の状態にあるのではないか」と語ったこともあった。
宮澤喜一首相が辞任した後、次を後藤田にという声が自民党内で高まったが、本人は固辞した。あのとき彼が総理になっていたら、後の日本は変わっていたのではないか。そう思わせる唯一の政治家である。
■日本の労働運動を解体させた中曽根康弘
中曽根でいえば、国鉄解体・民営化は、日本の労働運動の中で特筆されるべき「大罪」だと考える。
その経緯については牧久の『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)に詳しいが、牧はこう書いている。
「百五十年に及ぶ『日本国有鉄道』の解体は、戦後政治の一翼を担った国労(編集部注=国鉄労働組合)、総評(同=日本労働組合総評議会)、社会党の崩壊へとつながり、戦後日本の政治体制であった『五五年体制』そのものが崩れ去ったのである」
もはや春闘という言葉は死語になった。国鉄が深刻な問題を抱えていたのは事実だが、労働者の立場を守る労働運動が弱体化されたことで、今日の非正規社員の激増、深刻な格差社会を招いた罪は重いというべきである。
辞職後、彼の「世界平和研究所」に財界から多額の資金が集まったのもむべなるかなである。
あまり記憶に残らないが、「言葉明瞭、意味不明瞭」を自らのキャッチフレーズにした竹下首相も、相当のワルであった。
『新版日本をダメにした九人の政治家』(講談社)を書いた“政界の暴れん坊”浜田幸一は、竹下の権勢欲は並外れていて、辞任後も、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一を据えて院政を敷いたと書いている。
皇民党事件というほめ殺し騒動もあり、見た目に軽い割には、秘書の突然の自殺など暗い影の部分が目につく首相であった。
悪名高い消費税を最初に導入したのも竹下である。
だが、21世紀を迎えると、彼らを凌駕する悪辣な首相が次々に誕生してきた。
■小渕、森と続き小泉純一郎が登場
“冷めたピザ”と自称し、自ら電話をかけるブッチフォンで人気のあった小渕恵三首相が突然亡くなり、「ノミの心臓、サメの脳みそ」といわれた森喜朗が首相に就任したのが2000年4月である。案の定、見るべき成果もなく退陣した。
その後、東京五輪大会組織委員会会長になり、数々の差別発言や問題発言を繰り返していたのを見ると、この人間の存在そのものが害悪だと思わざるを得ない。
小泉純一郎首相は不人気の森喜朗の後だけに期待を持って迎えられた。「自民党をぶっ壊す」というキャッチフレーズも大衆人気に拍車をかけた。
だが、小泉がやったのは、竹中平蔵を重用して無批判に新自由主義を取り入れ、規制緩和といいながら大量に非正規社員を増やし、今日の深刻な格差社会の基盤を作り上げたことであった。
国会答弁でも、「公約なんか破ってもたいしたことはない」など数々の暴言を吐き、顰蹙(ひんしゅく)を買った。
ブッシュ米大統領(当時)の「イラクに大量破壊兵器がある」という発言を何の検証もせずにいち早く支持を表明した。後にブッシュは、開戦の根拠となった大量破壊兵器(WMD)がイラクに存在しなかったことを知って気分が悪くなったと、米NBCテレビのインタビューで打ち明けた。だが、いまだに小泉は黙したままである。
政界を引退して東日本大震災の後から、突然「原発ゼロ」をいい出したが、首相時代の原発政策の過ちについては、「官僚に聞かされなかった」と逃げるだけである。
■"国民に政治を諦めさせた"安倍政権
約束を守らない、ウソと分かっても謝らない、仮想敵を作り出して二者択一を迫るなど、小泉的政治手法を受け継いだのが安倍晋三首相であった。
第2次政権からは国会軽視どころか、自らが招いた数々の疑惑を追及されると、論点をそらして答えないだけではなく、平気で嘘をつく、証拠を改竄させることまでやるようになった。
日本を戦争ができる国へと変容させ、アベノミクスの化けの皮が剥がれそうになると、株価を支えるために国民が払っている年金積立金まで投入した。
官邸が官僚の人事権を掌握するなどの「私物化政権」を8年近くの長きにわたって続けたことは、これから100年後も燦然と輝く悪の金字塔といってもいいのではないか。
"国民に政治を諦めさせた"安倍政権も昨年9月、自らの病の悪化で突然終止符が打たれた。
“悪夢”とも思える安倍政権を官房長官として支え、一心同体で都合の悪いことを隠蔽してきた菅義偉に、期待できるものは何もなかったはずだった。
だが、安倍政治に倦(う)んでいた国民は、少なくとも安倍よりはいいのではないかという“幻想”を抱いてしまった。
それが裏切られるのに時間はかからなかった。
■長男の接待スキャンダルにコロナ対策の不手際…
自分の長男のスキャンダルや菅の金城湯池である総務省官僚たちの接待疑惑が噴出し、批判にさらされた。
戦後最大の国難といってもいい新型コロナウイルスの蔓延に対して、安倍もひどかったが、それ以上に対応を誤り、医療体制の崩壊を招き、ワクチン供給も間に合わず、無為・無策・無能であることを満天下に晒(さら)し続けている。
小泉以前に挙げた歴代首相のうち竹下を除いて、その中味の良し悪しは別にして、彼らなりの「国家観」を持ち、折に触れ語っていた。
竹下でさえも明瞭な言葉で国民に語りかけた。だが、森、小泉以後は、国民に丁寧に説明して理解してもらおうということさえもしなくなった。
経営の神様といわれるピーター・ドラッカーの「リーダーは、人として信頼を得ることを何より大切にせよ」という言葉を持ち出すまでもないだろう。政は国民の信頼なくして成り立つわけはない。
だが、小泉以降、国民の信頼を得る努力をせず、リーダーシップも説得するための言葉も持たないのに、「知らしむべからず、由らしむべし」と独断専行する首相が増えてきたと思うのは、私ばかりではないはずだ。
■菅首相に国家観も歴史観もあるとは思えない
安倍前首相は、何か問題が起きると、「国民の皆さまに丁寧に説明する」といいながら、一度たりともそれを実行したことはない。
菅首相に至っては、説明する言葉さえ持っていると思えないほどの”ボキャ貧”である。 コロナが感染拡大する中、多くの国民が東京五輪を中止か延期せよと訴えていたのに耳を貸さず、開催を強行した。菅総理が「なぜこの時期に開催するのか」と問われて繰り返したのは、「安全・安心な開催」という空虚な言葉だけだった。
無駄だから誰も聞かないのだろうが、菅首相に国家観も歴史観もあるとは思えない。
安倍政権時代に悪化した中国、韓国との関係を、正常化しようという動きも意欲もなさそうだ。菅は、首相でいることにしか意味を見出していない。そう思わざるを得ない。
■戦後最大の国難に戦後最悪の首相でいいはずはない
そんな菅を、安倍や麻生太郎は総裁選で支持するという話が流れている。
キングメーカー気取りで、いう通りに動く人間なら誰でもいいのだろうが、戦後最大の国難といわれるコロナ感染が広がる中、戦後最悪の首相でいいはずはない。
今や「自由世界のリーダー」といわれるドイツのメルケル首相は、決して独断専行せず、何時間でも議論を重ねて問題の所在を冷静に分析し、解を見つけ出してから国民に丁寧に話をする。
失敗すれば謝る。そうしたことを積み重ねてきたから、自国民だけではなく、世界の首脳たちからの信頼も勝ち得たのであろう。メルケルと菅首相を同列に論じるのは彼女に失礼だろうが、この彼我の差は果てしなく大きい。
さらに21世紀に入ってからの首相たちの劣化は、メディアの劣化と相関関係にある。
■国民が考え、行動し、変革するしかない
昨今の首相会見を聞いていて腹の立たないことは一度としてない。会見は首相が一方的に話す場ではない。国民の不安や疑問を代わりに問いただすのが記者の役割である。
だが、会見を聞いていて、よくいってくれた、それが聞きたかったんだと手を打つことなどない。
きつい質問をしたからといって、北朝鮮やミャンマーのように軍に撃ち殺されたり、監獄に押し込められたりするわけではないのに、何に怯えているのか。
愚にもつかない質問や、菅に追従しているとしか思えない質問でお茶を濁し、広報官に「これにて終わり」と告げられるとすごすごと引き揚げていく。
この記者にしてこの首相ありである。何とも救いようのない話だが、この状況を変えるには、国民の真っ当な怒りしかないこというまでもない。
政治を永田町で蠢(うごめ)いている政治屋だけに任しておいていいはずはない。菅首相に象徴されるように、ほとんどの彼ら彼女たちが考えているのは「自分の利益」以外の何物でもない。
われわれが生活している「現場」で一人一人が考え、行動し、変革していくことでしか政治を変え、この国を変えていく道はない。(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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