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「ようやく廃止になったが…」教員免許更新制にも疑問をもたない文科省は酷すぎる

プレジデントオンライン / 2021年8月26日 11時15分

文部科学省、文化庁、スポーツ庁(2020年5月1日、東京都千代田区霞が関) - 写真=時事通信フォト

8月23日、萩生田光一文部科学相は教員免許更新制度について早ければ2023年度から廃止する方針を表明した。ジャーナリストの島沢優子さんは「教員の指導力を高めるために定期的に研修を実施する制度だが、講習時間や受講料に不満を感じる教員は8割を超えていた。現場の負担を増やすだけの制度を推進してきた文科省はもっと現場の声を聞くべきだ」という――。

■研修で夏休みがつぶれてしまう教員たち

首都圏で市立中学校に勤務する40代のAさんは、指を折って数え始めた。

「7月に2回、8月はこの日と、ここと……」

みるみる片手の指が埋まるのは、Aさんがこの夏休みに参加する研修の数である。短縮傾向の夏休みはひと月ほどなのに、研修だけで6日間つぶれてしまう。その研修、役に立ちますか? と尋ねれば、「う~ん」と苦笑い。

「でも、コロナ禍だからか、今年は(研修の数が)少ないほうです。先生たち、この状態で、免許更新時の研修が入ってきたら地獄ですよ。僕はこの研修をやりたくないがために、みんながやりたがらない主幹になりました」

主幹、副校長、校長といった役職に就けば回避できるからだ。Aさんは数年前に主幹になった。

■現場から不満の声が上がる「免許更新制」

更新前に講習を受けないと失効する教員免許更新制について、萩生田光一文部科学相は8月23日、早ければ2023年度から廃止する方針を示した。

2009年度に教員の質の向上などを目的に導入された免許更新制は、10年ごとに期限前2年のうちに大学などで30時間以上の講習を受けることを義務付けられている。

文部科学省が5日に公表した調査結果によると、講習時間や受講料に負担を感じると回答した教員は8割を超えた。受講が学校での授業がない夏休みに集中するうえ、約3万円の受講料はすべて自己負担。以前より学校現場から不満が出ていたという。

教師に不人気だという主幹になってまでして免許更新時研修を回避したAさんは、その理由をこう語ってくれた。

「一番の理由は、自分で申し込みをする手間です。30時間を埋めるべく研修を探してみても、内容はとても概念的でつまらない。

実践的でいいなと思うものがあっても、定員があってすぐに埋まってしまし、正直言って聴講したいものはほぼなかった。それを3万数千円も自腹を切って、興味のない話を聞くわけです。お金と時間の無駄でしかない」

■「内容が実践的ではなく、本当につまらない」

しかも、最初の10年目、つまり多くの教員が30代前半から中盤に受ける免許更新時研修は「中堅教諭等資質向上研修」も受けなくてはならない。Aさんによると、こちらは無料ではあるが、かなりの量だ。

「校内で30時間、校外で18時間あって全部受けなくてはいけません。一般企業に3日間通う課題別研修というのもあります。僕は食品関係の企業でしたが、中身はホームページを見ればわかる程度のもの。学校教育や子どもの生活と何ら関係ない。外の空気を感じられるいい経験にはなりましたが」

ちなみに、Aさんが同じ学校ですでに研修を受けた同僚に尋ねたところ、質問した4人全員が免許更新制に反対だった。

「他にもいっぱい研修を受けている」
「内容が実践的ではなく、本当につまらない」
「家庭を犠牲にして通った。本当にしんどい」

不満の声ばかりだったという。

「すさまじい研修疲れですよ。みんな夏休(夏休み)が5日間取れない状況が、ここ数年続いている。ICT(教育)対応など、仕事は増えるばかりです」とAさんは顔をゆがめる。

授業のない夏休みでも、実は先生たちは忙しい。コロナ禍の今年は地域によってはなくなったがプール当番、日直、部活動の指導や大会引率などさまざま業務がある。

■ハードな教員生活でスキルアップをする暇がない

茨城県の市立中学校で教壇に立ち、少年サッカークラブで指導もしている40代のBさんは、Aさんとは少し違う意見だ。

「泊まりがけの講座で、全国の方々と情報共有もでき、楽しく実りある時間を過ごせました。車の運転やサッカーの審判資格も適正があるかを毎年確認されます。審判はクーパー走や筆記テストがあり、ルールブックを読み返し、上級審判員の方から話を聞ける。知識だけでなく、サッカーのとらえ方などすごく勉強になりました」

しかしながら、30代までは「目の前のことに追われるばかりだった」と、Bさんは言う。朝6時過ぎに学校へ行き、放課後は部活動や生徒指導、保護者対応で学校を出るのは夜10時を回った。

窓辺で頭を抱える男性
写真=iStock.com/taa22
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

土日祝日は、試合や大会。子育ては妻に任せきりというなかで、自分の時間を確保して何かを追究する気になれなかった。年齢を重ね、部活動の主顧問を引き受けずにすむようになってから、さまざまな分野へ目が向くようになった。

「教員の世界は、身銭をきってスキルアップしたり、見識を広げよう! という方は少ないように感じます。そうならないのは、やはりハードすぎる教員生活だと思う」とBさんは嘆息する。

■激務に苦しむ教員の背景にある「不登校問題」

Aさんも過酷な20代、30代を過ごした。朝6時に学校へ。まず、黒板への落書き、トイレの状態など学校の見回りをする。子育てをしている教員ができないことを買って出た。そこから授業準備をし、部活動が終わると夜7時。

そこから提出物や、生徒が授業の感想などを書いた学習カードをチェックする。ただ単に判子を押せばいいわけじゃないので、一枚一枚40人分を読んで評価をしていくと2時間くらいはあっという間だ。

体育祭、文化祭など行事の準備がある期間であれば、帰宅は11時。食事と入浴を手早くやって就寝するのは12時過ぎ。睡眠時間は4~5時間だった。

先生たちの多忙さの背景に、児童生徒の不登校がある。文部科学省が昨年10月に公表した「問題行動・不登校調査」によると、2019年度に不登校が理由で小中学校を30日以上欠席した児童生徒は18万1272人で過去最多を更新した。

増加は7年連続で、内訳は小学校が5万3350人、中学校が12万7922人。全体の児童生徒に占める割合は、小学校で0.8%、中学校で3.9%だった。

ひとりで座り込む小学生男児
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

この割合が、Aさんの学校は約6%。各クラスにひとり以上存在する。Aさんは「その子たちへの支援も僕らの重要な仕事。午後から登校する子に別室対応もする。安全管理上ひとりにはしておけません」と明かす。

学校に行けないというデリケートな問題に、教員は神経をすり減らす。校長や管理職は「学校全体で生徒を見ています」と保護者に説明するが、実際は担任が責任を負うことになる。

「不登校の生徒への対応を他の先生にお願いして、研修に行くこともあります。行ったはいいけど居眠りしそうになるような何ら意味のない研修のほうが断然多い。俺は何をしているんだろうと落ち込みます」(Aさん)。

■人手不足に加えて「研修疲れ」で疲弊

「教員の質を上げたいのなら、研修よりも、教師を増やしてほしい。圧倒的に人手が足らない」

そう訴えるAさんの学校の平均年齢は35歳。今年は女性教員3人が産休に入ったため、20代の代替え教員が加わった。キャリア3年以内の若手が十数人もいる。Aさんが「ママになる女性教員は当然応援されるべき存在です」と話すように、現場は現状に対応しようと必死だ。

過労死ラインと言われる多忙な教員生活に、「研修疲れ」が拍車をかけている。子どもの詰め込み教育が問題視されるなか、教員に対しても長年同じやり方を通しているように映る。本人が興味を持てない情報を充填するだけでは、指導力アップに直結するとは思えない。

2020年度にスタートした新・学習指導要領で「主体的な学び」が強調されているにかかわらず、教師に対しては受動的な学びに終始していないだろうか。児童生徒も、教師も実は同じ問題を抱えているのだ。

■いまの研修内容は需要と供給が合致していない

そんな問題点を、より具体的に解き明かしてもらおうと、2022年4月に開校するオルタナティブスクール「ヒロック初等部」(東京都世田谷区)のスクールディレクターに就任する蓑手章吾(みのて しょうご)さん(37)を訪ねた。

21年3月まで都内の公立小学校教員を14年務め、『自由進度学習のはじめかた』など授業実践の著書が多い蓑手さんは、SNSなどで多くの教員に支持されている。

更新時研修については、「研修内容は大学が中心にやっていることが多いので、最新の情報だろうと思う。そういった新しい教育理論を聞きたい人も一部いるかもしれないが、多くの教員は現場の話を聞きたい。つまり、需要と供給が合致していない」と問題を指摘。

続けて「研修も動画配信などにして、自由な時間に見られるようにすればいいのではないか」と提案する。さらにいえば、根本的な問題は、教員という仕事のビジョンにありそうだ。

「学級崩壊、保護者のクレーム、不登校。そういった問題があるから予防しましょう、対策立てましょうと言われて、教員は多忙になる。マイナスをゼロにすることばかりやらされるので、教師という仕事に希望がない。

明日の授業はこうやって、子どもが自ら動くような時間にしよう、みたいにゼロをプラスにする取り組みを軸にすれば、先生ぞれぞれの中に希望が生まれ、自ら学びを掴むようになると思います」(蓑手さん)

■教員が抱える多忙感の正体は「希望のなさ」

蓑手さんが言うように、多忙感の正体は「希望のなさ」。ビジョンを転換すれば、先生たちも学びに主体的になれるのだ。

「実際、自ら学んでいる先生は多忙感が少ない。指導動画など、ネットで検索しただけでも有益な学びはザクザク出てきます」

研修を強いるのではなく、学びの楽しさや必要性に気づいてもらう設計をすべきだろう。

希望を持たせるには、Aさんが訴えるように人を増やすことも重要だ。しかし、目下私たちの国では教育含めどの業界も人手不足に悩まされている。各種業界で人材争奪戦ともいえる状況のなか、例えば2021年度教員採用試験の倍率は、東京都で小学校3.1倍、中学校は1.2倍とダウン傾向は変わらない。

地方も同様で、比較的待遇がよいとされる政令都市の福岡市でさえ、小学校は2.3倍(前年度2.5倍)、中学校3.6倍(前年度4.1倍)と教員人気は下降している。本格的に多忙感をなくす対策を考えるべきだろう。

「研修をやらないと質が下がると文科省は言うけれど、実施した研修の成果についてエビデンスをとっていますか? と問いたい。どれだけ質が上がったのか、良かったのか、指導スキルの向上に役立ったのか。そのためには、現場に耳を傾ける姿勢が大事だと思います」と蓑手さん。

子どもに対し傾聴しましょう。文科省は教員たちにそう促している。通達ばかりではなく、ぜひ現場の声を吸い上げ協働してほしい。

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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。著書に『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』(小学館)など多数。2021年2月刊行の『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(佐伯夕利子著)の企画構成を担当。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。

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(ジャーナリスト 島沢 優子)

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