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「異次元緩和は机上の空論だった」それでも日銀が"失敗"を認めない本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年8月30日 10時15分

記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁=2021年7月16日午後、東京・日本橋本石町の日銀本店 - 写真=時事通信フォト

日銀の異次元緩和で日本経済はどう変わったのか。元日銀理事の山本謙三さんは「異次元緩和政策で2%物価目標を絶対視した結果、出口の見えない泥沼に陥った。財政赤字は拡大し、将来世代にツケを回し続けている」という――。

■根幹から変質した日銀の異次元緩和政策

米国では、ワクチン接種の進捗に伴う景気の回復を受けて、金融緩和の出口を探る議論が始まった。一方、日本では緩和の出口が一向に見えない。日本銀行が掲げる物価目標は、前年比2%だ。しかし、7月に公表した日銀の経済見通しでは、2023年度も物価は1.0%にとどまる。

異次元緩和の開始当初、「2年以内に達成する」としていた目標だ。これが一度も達成されることなく、すでに8年以上が過ぎた。日銀の見通しどおりであれば、開始から少なくとも10年は目標を達成できないことになる。

この間、異次元緩和の政策は根幹から変質した。本来ならば政策全体を見直すべき事態である。しかし、日銀は変質を真正面から説明することなく、「2%目標」の見直しも行わない。金融政策の漂流は続く。

■「すべて講じる」から「待ち」の姿勢へ

異次元緩和の変質を端的に示すのが、物価目標へのコミットメント(約束)だ。13年4月の開始当初、日銀は2年以内に目標を達成するとして、「施策の逐次投入はせず、必要な施策をすべて講じる」と言い切った。

しかし、いまは、目標に達しない物価見通しにもかかわらず、追加の緩和措置を講じない。ただ「粘り強く金融緩和を続ける」とするばかりだ。「必要な施策をすべて講じる」とした当初の姿勢からは、180度の転換である。

この姿勢は、各国中央銀行が標ぼうするインフレターゲティング(物価目標政策)の理念からも外れる。インフレターゲティングは、物価目標と見通しの間のギャップを測り、これを埋めるように緩和や引き締めを行う政策枠組みである。23年度でも大きなギャップが残るにもかかわらず、追加の緩和措置を講じないのは「ターゲティング」に当たらない。

もちろん、背後にはゼロ金利制約があるだろう。しかし、日銀はゼロ金利制約の存在を認めない。むしろ「必要があれば、マイナス金利の深掘りも辞さない」とする。「必要があれば」というのは、異次元緩和の開始時に真っ向から否定した「施策の逐次投入」にほかならないが、特段の説明はない。追加緩和を講じない理由に、副作用を挙げるわけでもない。

現在の日銀の主張を一貫した論理の中で理解することは、ほぼ不可能である。

■撤回された目標達成期限「2年」

異次元緩和の変質は、当初のもくろみが完全に期待外れに終わった結果だ。

2008年12月7日、ストックホルムのスウェーデン科学アカデミーにて記者会見するノーベル経済科学賞を受賞者したポール・クルーグマン氏
2008年12月7日、ストックホルムのスウェーデン科学アカデミーにて記者会見するノーベル経済科学賞を受賞者したポール・クルーグマン氏(写真=Prolineserver/GFDL-1.2/Wikimedia Commons)

もともとの政策フレームワークは、米国のノーベル経済学者、ポール・クルーグマン氏(ニューヨーク市立大学大学院センター教授)らが主張したロジックに依拠していた。①中央銀行が物価目標に強くコミットし、②量的拡大の継続を約束すれば、③国民の物価期待(インフレ心理)が高まり、④その結果実質金利が低下し、⑤経済活動が活発になる、という論理立てである。

日銀が物価目標に「2年、2%」を掲げ、調節目標に量的指標「マネタリーベース」を採用したのは、まさしくこのロジックに沿うものだった。しかし、「量的緩和を約束すれば、国民の物価期待が高まる」という見立ては、完全な空振りに終わった。

これ以上「2年、2%」を掲げても、国民は日銀の発信を信用しなくなるだけと考えたのだろう。2016年、日銀は「2年」を放棄し、目標達成期限を明示すること自体をとりやめた。

■しかし、「2%」は見直さない

しかし日銀は、物価目標の「2%」は見直さない。自ら掲げた目標を8年以上達成できない以上、目標の適切さを疑うのが自然だが、「2%はグローバルスタンダード」といって、突き放す。さらに最近は、物価目標を達成できない理由として「適合的期待」(人々の根強いデフレ心理)の存在を強調する。

適合的期待とは、「人々の物価予想は過去の経験に引きずられがち」との説だ。とくに日本人は過去の実績から「物価は将来も上がらない」とみる傾向が強く、これが物価を上がりにくくしているという主張である。

しかし、1980年代半ば以降、物価が前年比2%を超えたのは、バブルの後遺症にあたる90~92年だけである(消費税率引き上げの年を除く)。いまさら「適合的期待」を主張されても、単に物価と経済の関係を読み誤っていただけにしかみえない。

金融政策を適切な軌道に乗せるには、読み誤りの理由を深掘りする必要がある。「適合的期待」との言葉だけで、説明を終えてはならない。

■「量」から「金利」へ、しかし「量」の旗も降ろさない

日銀は、金融調節のターゲットも「量」から「金利」に戻した。異次元緩和の当初、日銀は調節上のターゲットを代表的な量的指標である「マネタリーベース」に据えた。

マネタリーベースとは、流通現金と日銀当座預金の合計をいい、日銀が世の中に直接供給するお金の総量を示す。お金の総量をターゲットとしたのは、大量の資金供給こそが国民のインフレ心理を駆り立てる、というロジックに立脚したものである。

実際、異次元緩和開始後の資金供給はすさまじかった。21年3月までの8年間で、マネタリーベースの増加率は+350%を超えた。しかし、消費者物価指数(全国、生鮮食品を除く総合)の上昇率はわずか+5%(年平均+0.6%程度)にとどまった。現実の量と物価の関係はきわめて希薄だった。当初のもくろみは完全に外れた。

こうした経緯を踏まえ、日銀は16年1月に「マイナス金利政策」の導入に踏み切り、さらに同年9月「イールドカーブ・コントロール」を導入した。金利であれば、実体経済に及ぼす効果をある程度定量的に推し測ることができる。調節上のターゲットは、量から金利に完全に切り替えられた。

しかし、日銀は表面上「量」の旗も降ろさない。現時点でも「イールドカーブ・コントロール付き質的量的金融緩和」を標ぼうする。「オーバーシュート型コミットメント」と称して、「物価が安定的に2%を超えるまでは、マネタリーベースの拡大方針を継続する」とも述べる。

日銀通り
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

本来、金利(市場金利)と量(マネタリーベース)を、同時にターゲットとすることはできない。金利水準の実現には、資金量を市場の需給に応じて伸縮させる必要があるからだ。実際、イールドカーブ・コントロールの導入により日銀が金利誘導を優先するようになってからは、マネタリーベースの増加額は大きく振幅するようになった。

それでも日銀は、金利と同時に量も追求しているかのように装う。異次元緩和を全面否定しないためのレトリック(巧みな言辞)とみなすのが自然だろう。

■読み誤りを認めない日銀の態度が“出口”を遠ざける

こうしてみると、金融緩和の出口がはるかに遠い理由が分かってくる。第一に、日銀の頑なな態度がある。

みずから掲げた目標を何年も達成しないにもかかわらず、2%目標は見直さない。異次元緩和のフレームワークを根幹から変質させたにもかかわらず、一貫した政策をとり続けているかのように振る舞う。そのためにレトリックを多用する。

なぜ、こうなったのか。以下推測とならざるをえないが、一つには合議制の難しさがあるだろう。日銀の金融政策は、9人の政策委員の多数決で決する。実際、政策委員の間には、意見に大きなばらつきがあるようにみえる。もちろん、民主的な組織である以上、異なる意見の存在は健全である。

問題は、多数の賛同が得られるよう、複数の異なるロジックを一つの政策に押し込んできたようにみえることだ。金利と量を同時にターゲットに掲げるのが、その典型だ。しかし、レトリックで表面上の辻褄を合わせても、異なるロジックを押し込んでしまっては、政策の首尾一貫性が失われる。

もう一つには、やはり無謬主義があるのかもしれない。過去の誤りを認めようとしない姿勢である。

異次元緩和はもともと、「国民に中央銀行を信じさせること」を効果波及の出発点としていた。それだけに、完全無欠の姿勢を保とうとする姿勢が強いようにみえる。

また、日銀の政策委員は衆参両院の同意を得て、内閣が任命する。国会は、候補者の経験や実績のほか、過去の言動などを踏まえ賛否を投じる。このため、過去の言動などは一種の「公約」とみなされやすい。

金融政策は日々の経験を基に知見を深めていくものであり、政治公約とは異なる。日銀法も、政策委員のその時々の判断が守られるよう「その意に反して解任されることがない」との身分保障の規定を置く。それでも、政策委員が過去の言動に縛られやすいことは事実だろう。

■グローバルスタンダードが2%ならば、目標の達成は難しい

日銀が頑なな態度を維持し、物価目標を見直さない以上、現実問題としての金融緩和の出口は「物価が安定的に2%を達成できるかどうか」の一点に絞られる。出口が遠い第二の理由は、物価2%の達成が容易でないことだ。

前述のとおり、日本の物価は過去三十数年間、前年比2%を超えたことがほとんどない。このことは、日本の物価が海外諸国よりも常に一定の幅をもって低く推移してきたことを意味する。例えば、同期間中、日本は米国の物価を平均1.7%程度下回り続けてきた。

2012年10月5日の渋谷スクランブル交差点
写真=iStock.com/aluxum
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

日銀がいうように「グローバルスタンダードが2%」であれば、米国をはじめとする海外中央銀行がスタンダードを超えて、よほど高い物価上昇率を容認し続けない限り、日本は安定的に物価2%を実現できないことになる。

もちろん、内外の物価の高低や乖離(かいり)幅は、永久のものではないだろう。しかし、物価が上がらない理由を「適合的期待」とするばかりでは、乖離幅の縮小や逆転の可能性を推し測ることすらできない。

今後ワクチン接種が相当に進めば、景気の大幅回復から物価が急反発する場面もありうる。しかし、物価の現状を「適合的期待」だけで説明していては、やはり物価の急騰が一時的か半永久的かを判別することもできない。

その一方で、物価は2%を下回りながらも、2010年代は大方の年で潜在成長率並みの経済成長を実現した。そうした事実を踏まえれば、今、日銀に求められるのは、物価の深い分析と物価目標の再検討にほかならない。

■低賃金、低生産性を生み出す緩和の副作用

出口が見えない第三の理由に、2%目標の絶対視が進む陰で、副作用がほとんど省みられていないことがある。副作用を直視すれば政策の再検討は不可避にみえるが、前述の頑なな態度と相まって、副作用への配慮は乏しい。

具体的な副作用としてはこれまで、①市場機能の低下、②金融システムの弱体化、③事実上の財政ファイナンス、④資産価格の高騰などが指摘されてきた。いずれも重要な論点であるが、最も深刻な副作用は、長引く金融緩和自体が経済の新陳代謝を遅らせ、経済発展の足かせとなっていることだろう。

大量の資金供給と長引くゼロ金利は、財政支出の拡大と相まって、成長性の低い企業を温存してきた。日本には、利益率が低く、パート、アルバイトしか雇用できない企業が多い。構造改革の遅れは、低賃金、低生産性の連鎖をもたらす。これらが、物価が上がりにくい一因との見方もある。

すでに多くの識者が指摘している論点だが、日銀はほとんど見解を示さない。

■求められる率直な態度

以上見てきたように異次元緩和自体は、もともと「国民に物価目標を信じ込ませることでインフレ心理をかき立たせることにより、経済活動を活発にできる」との政策効果の波及経路と根拠を明確にしていた。しかし、8年以上を経ても、目標は一度として達成されない。根拠を欠いた机上の議論であったことは、明らかだろう。

日銀はレトリックを駆使して、あたかも過ちはなかったかのように、最近まで大量の国債やETF購入等を続けてきた。オーソドックスな金融政策をはるかに超えるものだった。

中央銀行が目指すのは、中長期的な経済の発展であり、基盤となる安定した物価や経済の環境をつくることだ。短期的な株価の上昇や経済の過熱ではない。財政支出の拡大、金融超緩和で成長性のない企業を温存し、経済の基盤を損なってはならない。日銀の財政ファイナンス類似によって支えられた財政赤字の拡大は、将来世代にツケを回すことにほかならない。

中央銀行にレトリックは似合わない。中央銀行には、得られた知見と経験を国民や学界に伝え、将来の糧としていく責任がある。8年以上目標を達成していないにもかかわらず、目標2%を「グローバルスタンダード」の一言で片づけ、目標未達成の理由を「適合的期待」で済ませてしまうのは、何も説明していないのと同じである。

物価はどのように形成され、日本にとって本当に必要なマクロ経済政策は何なのか。副作用も踏まえ、金融政策はどうあるべきなのか。国民が日銀に求めるのは、中央銀行としての率直な姿勢と経済への深い洞察である。

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山本 謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表、日本銀行元理事
1954年、福岡県生まれ。1976年、東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業後、1976年、日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役兼ニューヨーク事務所長、決済機構局長、金融機構局長、理事などを歴任。2012年、NTTデータ経営研究所取締役会長。2018年、オフィス金融経済イニシアティブを設立し、代表を務める。

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(オフィス金融経済イニシアティブ代表、日本銀行元理事 山本 謙三)

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