保護者でもないのに「一斉休校を」とパニックを起こす大人たちの危うい発想
プレジデントオンライン / 2021年8月27日 15時15分
■一斉休校パニックになる人、ならない人
政府は全国一斉休校を地方自治体・学校に要請しないとの方針を示しました。これに医療崩壊と学校連携観戦への不安が加わり、パニックに陥っている日本人も多いことを心配しています。保護者だけでなく一般市民も、一斉休校をしろと教育委員会や学校に電話をかけ、心無い暴言に傷ついてしまう教員や職員も出ています。
いっぽうで、事態を冷静に受け止め、新型コロナウイルスから子どもたちを守るために、「学校は欠席してもいい」と考え対処する保護者、学校もあります。
■「学校は休んでもいい」時代になっている
新型コロナウイルスについては文科省方針や、オンライン授業の取り組みの進む自治体では「学校は休んでもいい」時代になっています。
文部科学省の方針では、新型コロナウイルス感染・児童生徒や家族の濃厚接触の場合により自宅待機の場合には、出席停止扱いとなり、高校入試等に影響のある欠席扱いとはなりません。
また感染経路が不明な患者が急増している地域では、「同居家族に高齢者や基礎疾患がある者がいるなどの事情があって、他に手段がない場合など」、学校に行かないことは認めていますし、オンライン授業も「特例の授業」として認定できることという方針を打ち出しています(文部科学省「感染者等が発生した場合や児童生徒等の出席等に関する対応に関すること」令和3年2月19日)。
■「念のため欠席」を認める自治体が増えている
すでに二学期の対応では、新型コロナウイルスの感染を避けるための「念のため欠席」も認め、オンライン授業の実施をし、その場合には欠席扱いとはせず出席停止とする自治体も広がっています(寝屋川市、三島市、掛川市等)。
また福岡市教育委員会では、感染症不安等で登校できない児童生徒にはオンライン授業を提供し、出席扱いとしています(福岡市教育委員会「夏休み明けの市立学校の取組みについて」2021年8月24日)。
オンライン授業の先進自治体として知られる熊本市教育委員会においても、感染症不安を感じた欠席の場合で、オンライン授業等の学習サポートを受けた場合には出席とする方針が示されています(熊本市教育委員会「熊本市立学校(園)における第2学期の対応について」)。
小中学段階では児童生徒1人あたり1台のタブレット・PCは国の予算によりすでに配備完了しています。
感染不安や濃厚接触等で「学校を休んでもいい」、そして在宅で学んだり学校の先生や友達ともつながる環境は、もうどの自治体・学校にもあるのです。
■一斉休校強行論とパターナリズム
文科省方針や、自治体は、「学校は休んでもいい」という方針で、柔軟な取り組みが進んでいます。
それでも全国一斉休校を求める声が止まらないのはなぜだろう、私自身はこのことが理解できず、だからこそ、興味をもって観察しています。
保護者以外の大人たちが、子どもたちの一斉休校を強引に求める現象については、率直に言って危険だと考えています。
2020年一斉休校を強行した安倍晋三前総理と同じく、権力を持つ大人(とくに男性)が弱い存在(とくに子どもたち)に、リスクやデメリットを顧みず一方的に乱暴なアイデアを押し付ける典型的なパターナリズムの発想だからです。
権力を持つ女性も、パターナリズムを容赦なくふるってきます。学校連携観戦を強行した小池百合子都知事、橋本聖子組織委員会会長たちにもまったく同じ問題が見出せます。
一斉休校については、感染症対策としてのメリットと、親子へのデメリットを冷静に比較衡量し判断する思考は、パターナリズムからは出てきません。
保護者(とくに女性)の失業やそれに伴う、生活苦や子ども・若者の心身のストレスや性暴力被害、自殺率の増加、若年妊娠中絶など、女性や子ども・若者など弱い存在にのしかかるダメージについては、すでにいくつものエビデンスが示されています。
さて文科省の発表では小中高校生の自殺は2020年、499人、統計開始以来過去最悪になりました(文部科学省「コロナ禍における児童生徒の自殺に関する現状について」令和3年5月7日)。
また大阪府立大学の山野則子教授らの調査では安倍総理による一斉休校・緊急事態宣言により児童相談所では性的問題の相談が激増し、世帯の貧困も深刻化したことが分かっています(内閣府「子どもの貧困対策に関する有識者会議第17回会議・資料4」令和3年7月28日)。
子どもたち、そして親にとっても、不意打ちの一斉休校は深い爪痕を残したのです。
■休める環境は整っているのに「学校を休めない」のはなぜか?
これとは別に、文科省方針や自治体の方針はすでに打ち出され、学校を休ませたい保護者ほどそのことを知っているにも関わらず、一斉休校を主張する人がいることも、私の興味を引き付けている事象です。
いくつかの仮説が考えられますが、学校に出席し、皆勤賞など休まないことを美徳としてきた大人世代の学校文化の影響が大きいと考えています。
たとえば保護者の場合には、以下のような考え方をしている人もいます。
・自分の子どもだけ休ませると、同級生やその保護者や知り合いから、子どもが悪く言われる、あるいは親の自分も「常識がない人」ではと思われる心配がある。学校の教員も子どものことをよく思わないのではないだろうか。
・そうならないためにも、自分以外の子どもも休ませるようにしたい。
■「学校に行くのが当たり前」という同調圧力
学校にデルタ株が不安で、他の保護者に相談したり、教員に相談したときに、実際に「なぜ休ませるの?」「学校に来ないんですか?」など、冷たい反応を受けたことがある読者もおられるのではないでしょうか。
学校には行くのが当たり前という同調圧力が強い日本社会では、冷たい反応をした保護者や教員のほうが「常識がある人」で、デルタ株から子どもや家族を守るために学校を休ませる親のほうが「常識がない人」だと思われてしまうのではないか。
そうした同調圧力の中で「常識がない人」として孤立してしまう不安が、一斉休校を求める保護者の根底にあるのではないか、これが現時点での私の理解です。
具合が悪くても登校した児童生徒を皆勤賞としてたたえてしまうような学校生活を経験した保護者であったり、そのような学校を理想としてしまっている教員が作り出した学校文化と同調圧力は、「休みたい」と考える保護者や子どもを排除してしまう側面を持ちます。
デルタ株感染への不安を持ったり、積極的に感染予防するためにもステイホームするべきだと考える保護者や子ども・若者を苦しめている、こうした構造的課題に、私たちは改めて向き合うべきだと考えています。
■「休まないのがいいことだ」という価値観がコロナ収束を遅らせる
考えてみれば会社も同様ではないでしょうか。発熱しても出勤することが良いことだという組織文化がはびこる会社では、ちょっと具合が悪くても休めず、デルタ株感染症予防のためにテレワークを導入することなど取り組みもしないのではないでしょうか。
テレワークが進まない日本企業の実態は、そうした「休めない」日本を象徴しているのではないでしょうか。
しかし、デルタ株収束のために積極的に「休んでもいい」ことを認める学校・企業を増やす場合と、いまのまま「休めない」学校・企業を放置することと、どちらが、デルタ株収束を早めることになるでしょうか?
計量分析を専門とする研究者でなくとも、予測はつくのでないでしょうか?
■コロナ禍で見えた日本の弱点
このまま「学校を休めない」「会社を休めない」日本のままでは、私たちはいつまでもデルタ株まん延と、医療崩壊の中を生きることになる、そんな未来図も描けてしまいます。
日本の学校文化・企業文化と同調圧力の中で、「休まないのがいいことだ」という部分最適にいまだにこだわってしまっている大人が多いことが、いまの日本の弱点だと私自身は考えています。それは、第5波収束という全体最適の実現を遅らせるからです。
家族にも友達にも会えない、外出することもままならない、そんな日本の状況を早く終わらせたければ、実は学校も会社も「休んでもいい」「休むのがあたりまえ」にしていくことが、大切ではないでしょうか。
それは、デルタ株にも、デルタ株以降にさらに深刻なウイルスや感染症が出現した場合にも、私たちが柔軟に対応し、子どもも大人もより多くの人が生き残ることができるという意味で、強い社会をつくることになるはずだと考えます。
■「学校に来させること」を絶対視しない
昨年、私の関わる学校の校長先生がこんなことをおっしゃっておられました。
コロナ禍や一斉休校の経験から学んだのは、これからは新型コロナウイルスだけではなく、インフルエンザやほかの感染症や災害にも積極的に備えていくことが大切だということ。
そして学校に来る、来させることを絶対視しない、具合が悪くても、学校が合わなくても無理せず休めることのほうが、児童生徒にとっても保護者にとっても、安心できる学校になる。
そしてこれまでの課題学習、手紙や電話だけでなくオンラインでつながりをもてることをあたりまえにしていきたい。
私が関わる範囲でも、いま、このような考え方が、学校や教育委員会に広がりつつあることを実感しています。
いままでオンライン授業には冷淡だった自治体が、オンライン授業に対応できるようになったことも、もしかして「学校は休んでもいい」という発想が少しずつ共有されるようになったからかもしれません。
■「休めない企業文化」を変えていけるか
もちろん多くの児童生徒にとって、学校はかけがえのない居場所であり、学びの場です。
しかし、考え行動できる大人ほど、学校に来させることがあたりまえ、「学校を休めない」ことが当たり前だったコロナ前の学校文化や、同調圧力の限界も感じ、そこから進化しようとしているのです。
「学校は休んでもいい」、できる形でつながり学ぶ。そのほうが、より多くの児童生徒が安心し、安全が保たれる学校になるからです。
「学校は休んでもいい」、その発想が学校も社会も強く生きやすくするのではないでしょうか。
日本の大人や企業も、デルタ株収束を阻害する「休めない」企業文化を変革し、同調圧力をなくし、「休んでもいい」という方向に変われるでしょうか。
日本という社会の生き残り戦略としても興味深く見守っています。
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日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。
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(日本大学文理学部教授 末冨 芳)
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