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「ピザ2枚が700億円に」タリバン、北朝鮮も悪用するビットコインの儲けのカラクリ

プレジデントオンライン / 2021年8月30日 15時15分

パトロールするタリバンの要員=2021年8月19日、アフガン南部カンダハル - 写真=EPA/時事通信フォト

暗号資産(仮想通貨)のビットコインは今年4月、「1万BTC=695億8251万円」という高値をつけた。11年前の取引開始時はほとんど無価値だったにもかかわらず、なぜここまで価値をもつようになったのか。暗号資産の仕組みと暗部を描く『カラ売り屋vs仮想通貨』(KADOKAWA)を出した黒木亮さんが解説する――。

■ピザ2枚と交換した仮想通貨が約700億円に急成長

暗号資産(仮想通貨)の関係者が年に1度ピザを食べて祝う日がある。「ビットコイン・ピザデー」と呼ばれ、世界で初めてビットコインの取引が行なわれた2010年5月22日を記念するものだ。

この日、フロリダのプログラマー、ラズロ・ハニイェス氏が「1万BTC(ビットコインの取引単位で1BTC=1ビットコイン)とピザ2枚を交換してくれる人はいないか」とインターネットの掲示板で呼びかけ、カリフォルニアの19歳の学生がそれに同意して、米国の「パパ・ジョーンズ」というピザの宅配業者にネットでピザ2枚を40ドル(当時の為替レートで3598円)で注文して届け、1万BTCを受け取った。

ビットコインは今年4月14日に円換算で695万8251円をつけたので、40ドルの対価の1万BTCは695億8251万円という天文学的な金額に膨れ上がった。

■乱高下が当たり前の世界で儲けているのは誰か

ほとんど無価値のビットコインが11年後に目を剥くような価格に暴騰した過程で、多数の「億り人」を生み出した。一方、今年7月下旬にはピークの半値以下に暴落し、遅れて市場に参入した投資家は大きな損失をこうむった。

しかし、常に儲(もう)けている人々がいる。暗号資産の取引所(交換業者)だ。

取引所がいかに莫大な儲けを上げているかが白日の下に晒されたのは、2018年1月26日に取引所運営会社のコインチェック(本社・東京都渋谷区)がハッキングに遭い、約580億円相当のネム(2015年に取引が始まった新しい暗号資産)を盗まれたときだ。

同社は3年半前にできたばかりの新興企業で、事件によって倒産確実と見られた。しかし、予想に反して約466億円を顧客に払い戻した。交換レートは盗まれたときのレートではなく、その2日後に補償方針を発表したときのレートだったので、580億円ではなかったが、466億円ものキャッシュをぽんと用意したのである。

■信用が傾いても「異次元の高収益」を叩き出した

暗号資産取引所の経営は濡れ手で粟のビジネスだ。なぜなら取引マージン(手数料)は、資産の種類や取引量によって異なるが、だいたい取引額の2%から10%である。これは手数料が無料で、取引額の0.003%前後のスプレッドしか取れないFX(外国為替証拠金取引)に比べて、法外といってもいい水準だ。これに目をつけたのがマネックスグループで、事件で信用の傾いたコインチェックを36億円で買収した。

そして買収完了の10日後に発表されたコインチェックの前期(2018年3月期)の決算は売上高626億円、営業利益537億円という「異次元の高収益」(日本経済新聞)だった。

マネックスグループの直近の決算(2021年3月期)を見ると、税引前利益が前年比5倍強の213億円という好調ぶりだったが、グループの収益を強力に押し上げたのが、同グループが約99.5%を支配する子会社のコインチェックで、同時期に約139億円の税引前利益を上げた。

なお2018年にマネックスに買収された際、事件を引き起こしたにもかかわらず、コインチェックの筆頭株主でもあった和田晃一良社長は約16億円、大塚雄介COOは約2億円を手にし、同社に執行役員としてとどまり、以後3年間の累積利益の半分が旧株主に支払われるという「アーン・アウト契約」も結んだ。まさに濡れ手で粟の人生である。

デジタル表示時の財務チャート
写真=iStock.com/da-kuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/da-kuk

■暗号資産の正体は「カジノのチップ」

そもそも暗号資産は何らかの価値があるものなのだろうか? これは筆者がかねがね抱いていた疑問である。今般上梓した『カラ売り屋vs仮想通貨』(KADOKAWA)の取材を通じて辿り着いたその正体は一言でいうとカジノのチップである。カジノがある限り(すなわち暗号資産で一儲けしたいと思っている投資家がいる限り)、暗号資産は交換価値を持つが、カジノがなくなれば、ただのプラスチック片になる。

黒木亮『カラ売り屋vs仮想通貨』(KADOKAWA)
黒木亮『カラ売り屋vs仮想通貨』(KADOKAWA)

暗号資産は「マイニング」によって生み出される。マイニングは、暗号資産の新規取引を「ブロックチェーン」と呼ばれる分散型台帳につなぐのに必要な計算作業だ。ビットコインの場合、10分ごとに取引をまとめて新たなブロックとして記録し、それをチェーンのようにつないでいく。

各ブロックには、①過去のすべての取引データを圧縮関数であるハッシュ関数を使って暗号化したハッシュ値(64桁など一定の長さの英数字)②新たにブロックに加える直近10分間に発生した未承認の取引データ(誰々が誰々にいついくらの量のビットコインを送金したか)、③①と②を新たなブロックとしてチェーンにつなげるのに適した、先頭に0が13から15個並ぶハッシュ値にするためのナンス(使い捨ての32ビットの数値でnumber used onceの略)、の3つが格納されている。

膨大な量の単純計算を繰り返し、適切なナンスを見つけ出す作業がマイニングで、何組ものマイナー(採掘業者)が競争し、最初に見つけた者に報酬として一定量の暗号資産が与えられる。

■投資する人がいなければただの電子ゴミだが…

要は、暗号資産の取引に必要なブロックチェーンを維持するための作業がマイニングであり、その報酬が暗号資産なのである。それならば、ブロックチェーンの利用者から暗号資産の保有者に対して一定の配当や金銭が払われてしかるべきだが、驚くべきことに、そんなものは支払われず、暗号資産は発行された時点で、ブロックチェーンと完全に切り離される。いわばマイニング作業に対する「感謝状」みたいなものだ。

投資の対象というものは、いくら相場が変動しようと、それ以上下がらない最低限の価格(理論価格)というものがある。株式ならその企業が将来生み出す利益の現在価値、債券なら元本と配当の現在価値、金なら工業的価値と観賞価値、絵画やチューリップの球根や錦鯉なら観賞価値である。しかし、暗号資産はこういう最低限の価値を持っていない。投資をする人がいなくなれば、ただの電子ゴミとなる。それゆえBIS(国際決済銀行)のリスクウェイト算出方法において、ビットコインは価値ゼロとされている。

■ランサムウェアの身代金として利用されている

暗号資産に対して肯定的な人々は、暗号資産は銀行口座のない人でも使えるので、国際的な送金に便利であるなどと主張している。しかし、一瞬にして価値が10分の1になったりするようなもので送金を受け取りたいと思う人が果たしているだろうか。そもそも暗号資産について肯定的なコメントの大半は、暗号資産取引所の経営者や関係者などのポジショントークにすぎない。

商取引や慈善事業への寄付に一部使用されることもあるが、暗号資産の利用の大半は投機目的で、犯罪収益の受け取りにも頻繁に使われている。

ランサムウェアを送りつけ、コンピューターを機能不全にし、システム復旧と引き換えに身代金を脅し取る犯罪が世界各地で頻発しているが、身代金の受け取りに非常に多く使われるのが暗号資産だ。

ブロックチェーンと暗号資産に関する分析やサービス提供を行っているシンガポールのチャイナリシス社によると、2020年にランサムウェアの身代金として支払いに使われた暗号資産の額は4億634万ドル(約446億円)で、前年の9294万ドルの約4.4倍に達したという。ISIS(イスラム国)などによって略奪された古美術品を売るときの受け取りも暗号資産で行われることが多い。

■誰が送金しているか追跡はほとんど不可能

暗号資産が犯罪に使われるのは、足がつきにくいからだ。

暗号資産はブロックチェーン技術が根幹にあって、誰でも入手経路や送金先をチェックできるが、その反面、送金先のアドレスが誰のものか分からない仕組みになっている。

また暗号資産の中には、Zキャッシュ、モネロ、ダッシュのように匿名性を特に高く設計されたものもある。例えばモネロは、送金に1回きりのワンタイムアドレス(ステルスアドレス)を使って送金者を追跡できなくするだけでなく、リング署名という複数の公開鍵を使うことで、誰が真の署名者なのか分からなくする。

さらに匿名性がきわめて高く、犯罪の温床になっているといわれる「ダークウェブ」を介して暗号資産の取引を行うと、追跡はほとんど不可能になる。コインチェックから奪われた約580億円のネムの大半も、ダークウェブの特設サイトで他の暗号資産と交換され、犯人はまんまと逃げおおせた。

デジタル チェーン
写真=iStock.com/Iaremenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Iaremenko

■サイバー攻撃で約2196億円を取得した北朝鮮

暗号資産の匿名性を利用して、密輸、マネーロンダリング、ランサムウェア攻撃などを積極的に行っているのが北朝鮮だ。同国の人民武力省(国防省に相当)の傘下には対外諜報や特殊工作を行う偵察総局があり、同局の121部隊が外国の通信、電力、交通などのインフラに対するサイバー攻撃を専門に行っている。また金正恩の肝いりで創設された180部隊が金融機関などへのハッキングによって、資金や暗号資産の詐取を行っている。

2017年1月には、モネロのマイニング・プログラムを勝手に他人のコンピューターにインストールし(これをクリプトジャッキングという)、獲得したモネロを北朝鮮の大学のサーバーに送るウイルスが米国で見つかっている。2019年8月には、国連安全保障理事会の専門家パネルが、北朝鮮はサイバー攻撃によって金融機関や暗号資産取引所から約3年間で最大で20億ドル(約2196億円)を不正に取得したと報告している。

こうした匿名性の高い暗号資産の一大ユーザーになると目されているのが、タリバンの支配下に入ったアフガニスタンだ。

■タリバン政権が暗号資産を狙っている

タリバン政権は、アフガニスタン中央銀行が海外に保有している約100億ドル(約1兆980億円)のほとんどを米国によって凍結され、合法的な資金ルートから締め出された。

一方、アフガニスタンではヘロイン、モルヒネ、アヘンなどの原料になるケシの栽培が盛んである。ケシは安く簡単に栽培できるため、同国の農産物の生産の半分がケシだ。同国は世界のアヘンの8割を生産しており、国連は2017年の報告書で、同国のアヘンの年間輸出額は30億ドル(約3294億円)であるとしている。タリバンは長年支配地域のケシ栽培農家から徴税し、近年は自ら工場を経営し、輸出用のヘロインやモルヒネを生産してきた。

今後、アフガニスタンが世界から経済制裁を科される事態になれば、麻薬関連の輸出はすべて地下にもぐる。そうすると銀行決済が使えないので、暗号資産に頼らざるを得ない。タリバンが暗号資産の起業家を歓迎するとの報道もあり、今後の動きに注意を要する。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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