「恩人の子は落選、自民党にも痛手」関係者全員を不幸にする菅首相の独断専行の怖さ
プレジデントオンライン / 2021年8月27日 15時15分
■「総裁選挙は粛々と進めてもらいたい」
自民党の総裁選が「9月17日(金)公示、29日(水)投開票」と決まった。事実上、日本の首相を決める選挙となるだけに自民党はしっかりと選挙運営を進めてほしい。
前回の総裁選(昨年9月14日投開票)は、安倍晋三総裁(当時)の任期途中での辞任によるもので、緊急性があった。しかし、今回は任期満了にともなう総選挙で、国会議員だけでなく全国一斉の党員・党友による投票も実施され、党幹部の思惑通りになるとは限らない。
8月25日、自民党総裁として再選に強い意欲を示す菅義偉首相(72)は、党本部で二階俊博幹事長らと会談し「総裁選挙は粛々と進めてもらいたい」と伝えたという。
昨年の総裁選挙に立候補した岸田文雄・前政務調査会長(64)は26日に立候補を正式表明した。高市早苗・前総務相(60)と下村博文・政務調査会長(67)も出馬を明らかにしている。
■不支持が支持を大きく上回り、政権維持の危険水域に
それにしても新型コロナ対策の効果が上がらず、国民の批判が集中する菅政権の支持率は下降線をたどる一方である。東京五輪閉幕を受けた報道機関各社の世論調査を見ても、不支持が支持を大きく上回り、政権が維持できる危険水域にある。
菅政権の不支持、菅首相の不人気が大きく証明されたのが、8月22日に投開票された横浜市長選だ。横浜市は菅首相が強い影響力を持つおひざもとだ。全面的に支援した前国家公安委員長の小此木八郎氏(56)は、立憲民主党推薦の元横浜市立大教授の山中竹春氏(48)に大差で惨敗した。またもやの自民党の敗北である。
菅義偉政権が昨年9月に発足して以来、自民党は4月25日の衆参3選挙(衆院北海道2区補欠選挙、参院長野選挙区補欠選挙、参院広島選挙区再選挙)や山形、千葉、静岡の3知事選挙など与野党が対決した大型選挙でことごとく負けている。7月4日の東京都議選でも自民党の当選者は過去2番目に少なく、事実上の敗北に終わった。
■首相側近を街頭のビラ配りにも投入
横浜市長選で、菅首相は側近らに「理屈ではない」と語って小此木氏の応援に回ったという。小此木氏の父親は、通産相や建設相を務めた小此木彦三郎氏(1991年11月に63歳で死去)だ。彦三郎氏は菅首相が26歳のときから秘書として仕え、菅首相が政界入りするきっかけを作るなど世話になった人物である。足を向けては寝られない恩人だ。菅首相が小此木氏を応援するのは当然だろう。
しかし、菅首相は5月下旬に小此木氏から横浜市長選への出馬の決意を知らされ、当初は困惑した。なぜなら、選挙の大きな争点であるカジノを含む統合型リゾート(IR)誘致の是非をめぐり、小此木氏は横浜市への誘致中止を掲げたからだ。
菅首相はインバウンド(訪日観光客)政策の一環として安倍政権の官房長官のときからIR推進の旗振り役を務めてきた。なかでも菅首相の地元横浜は、IRの有力候補地のひとつとみられていた。
このため菅首相の支援表明は7月末にずれ込んだ。IR誘致の是非には触れずに支援し、側近を街頭のビラ配りに投入するなど小此木氏を全面的にバックアップした。一部からは「首相は義理と人情に厚い」と評価を上げた。
■自民党議員からも「選挙の顔」として不安視する声
首相が誘致中止を訴える小此木氏を推したことは、有権者にとって分かりにくい選挙になっただけではない。自民党市議の一部が、IR誘致を推進して4選を目指す林文子氏(75)の支援に回るという保守分裂を招き、自民党の大敗の要因のひとつにもなった。
横浜市長選の開票から一夜明けた8月23日午前、菅首相は官邸で記者団にこう話した。
「(小此木氏の惨敗は)大変残念な結果だった。市民がコロナ問題とかさまざまな課題について判断されたわけだから謙虚に受け止めたい」
「時期が来れば出馬させていただくのは当然だと話してきた。その考え方に変わりはない」
応援した小此木氏が自らのおひざもとで敗れ、さらなる支持率の低下は確実だ。今後9月30日の自民党総裁の任期切れ、10月21日の衆院議員の任期満了を控え、自民党議員からは「選挙の顔」として不安視する声が強く出ている。
それにもかかわらず、菅首相の表情はこれまでと違い、かなりさっぱりとしていた。しかも党総裁選にまで触れ、改めて出馬の意向を示す強気な姿勢を見せた。なぜ、それだけの余裕があるのか。菅首相は単に義理や人情から小此木氏を応援したのではないのかもしれない。
■菅首相や自民党はIR反対に方針転換したのか?
新聞の社説はどこも選挙結果の出た翌々日の8月24日付で横浜市長選を取り上げた。ざっと見出しを並べてみると、「足元からの首相不信」(朝日)、「地元が示した首相不信任」(毎日)、「政権不信が与党の惨敗招いた」(読売)、「信頼回復は容易ではない」(産経)といずれも「菅首相への不信」を強調している。
その「不信」の中身を具体的に見て行こう。
朝日社説は冒頭部分で「先の東京都議選に続き、極めて厳しい民意が、自民党総裁選と衆院選を間近に控える首相につきつけられた」と指摘したうえで、「このままでは、国民の信頼は取り戻せないと、知るべきだ」と主張する。
内閣総理大臣に対する意見としては、もの言いからしてとても厳しい。裏を返せば、朝日社説はそれだけ菅首相が嫌いなのである。
朝日社説は菅首相が小此木氏を支持した理由をこう分析する。
「首相は安倍前政権の官房長官当時からIRの旗振り役を務め、地元横浜市は候補地として有力視されていた。にもかかわらず、今回、小此木氏支持を打ち出したのは、市民の間に反対が強いとみて、野党系市長の誕生阻止を最優先したのだろう」
確かに菅首相の思惑のひとつには、この野党系市長の誕生阻止もあっただろう。ただ問題なのは、菅首相がIR反対の小此木氏を支援する理由をはっきりと示さずに曖昧にしたまま、応援に回ったことである。「菅首相や自民党はIR反対に方針転換したのか」と戸惑った横浜市民や国民は多かったはずだ。
この点について朝日社説は「本来であれば、IR誘致をどうするのか、方針を転換するならするで、党内論議を重ね、意思統一をしたうえで有権者に提示するのが、政党としてあるべき姿だろう」と指摘するが、その通りである。
■政権への不満が噴出し、小此木氏が逆風を受けた
毎日社説は菅首相の小此木氏支援の理由について「地方選挙にもかかわらず注目されたのは、首相が前面に出たからだ。内閣支持率が低迷する中、市長選勝利を求心力の維持につなげたいとの思惑もあった」と指摘し、小此木氏の敗因をこう分析する。
「もともとカジノを含む統合型リゾート(IR)の市内誘致の是非が争点だった。だが、選挙戦が始まると有権者の関心はコロナ対応に集中した。政権への不満が噴出し、小此木氏が逆風を受ける形となった」
新型コロナの対策では世界中の国々が手を焼いている。菅首相だからうまくいかないというわけではない。感染力が強いとされるデルタ株への置き換わりで、「神奈川県の感染者数は7月下旬から急増した。連日2000人を超え、病床使用率は約85%と危機的状況だ」(毎日社説)との現状ではどうして政権に国民の批判の矛先が向く。菅政権をかばうわけではないが、だれが首相になっても新興感染症のコントロール(制御)は難しい。
■野党は力不足で、日本のかじ取りなど任せられない
読売社説は野党の勝因と自民党の敗因に関して次のように分析する。
「元横浜市立大学教授の山中氏は『コロナの専門家』とアピールし、カジノを含む統合型リゾートの横浜誘致には反対を掲げた。野党支持層に加え、無党派層の支持を広く集めたのが勝因だ」
「政府・自民党は、カジノを成長戦略の柱に位置づけてきた。それにもかかわらず、カジノ反対を訴えた小此木氏を首相が支援したことは、有権者の理解を得られなかったのではないか。推進する(現職の)林(文子)氏との間で保守分裂ともなった」
菅首相が思惑から小此木氏を応援したことで、分かりにくい選挙になったことは間違いない。
読売社説は「選挙戦の序盤では、3氏の接戦となるという見方が強かった。だが、コロナの感染状況が悪化したことで、菅政権が有効な対策を講じられていない状況に焦点が当たり、山中氏が政権批判票を集めて大差の勝利につながった」との分析を加えるが、選挙はときの風に乗った候補者が勝利する。新型コロナ対策で批判を受ける菅首相の支援は逆風となり、あだとなった。
後半で読売社説は「首相にとっては、4月の衆参3選挙や東京都議選に続く大型選挙での敗北となり、求心力の低下は避けられない。衆院の解散戦略に影響を与えるのは必至だ」と指摘し、こう訴える。
「党内では、首相のもとでは選挙を戦えないといった声が出ている。首相の人気に頼るだけでなく、党として、選挙基盤を固め直すことも必要となろう」
秋の衆院総選挙で自民党が大敗し、野党政権が誕生して国政自体が混乱することが心配だ。いまの野党はまだまだ力不足で、日本のかじ取りを任せられないと思うからである。
■総裁選出馬をあきらめ、後進にその道を譲るべきだ
産経社説は「菅義偉首相は、自身の新型コロナウイルス対策に有権者からNOを突きつけられたことを大いに反省し、対応を抜本的に改めなくてはならない。それなしにコロナを早期に押さえ込むことはできず、信頼の回復もおぼつかない」と書き出し、「地方選挙とはいえ菅首相が招いた敗北である」と指摘する。
書き出しもその後の指摘も手厳しい。強固な保守で知られ、菅政権を擁護してもおかしくはない産経社説がここまで批判するのだから、菅首相は総裁選出馬をあきらめ、後進にその道を譲るべきである。
産経社説は小此木氏の敗北を「市長選では、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致の是非も問われ、反対派の山中氏が当選した。誘致は菅首相肝いりの政策だが、首相が誘致を目指す林氏ではなく、反対の小此木氏を支援したのも分かりにくさに拍車をかけたといえる」とも指摘する。
朝日社説も批判していたが、菅首相の小此木氏支援は「ご都合主義の極み」なのだ。「恩人の息子だから」「野党系市長誕生の阻止」「市長選勝利を求心力につなげたい」など菅首相はいくつもの思惑をめぐらせ、そうした思惑に固執した。
その結果、選挙の構図が分かりにくくなり、恩人の子息は落選し、自民党は敗れた。菅首相はその責任をどう感じているのだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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