「車載バッテリーが突然発火する」韓国・LG化学の"2000億円リコール"が示す本当の意味
プレジデントオンライン / 2021年8月30日 9時15分
■「発火するバッテリー」でリコールの対象拡大を発表
8月20日、米自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)が電気自動車(EV)の“シボレー・ボルトEV”に搭載されているバッテリーパックに発火の恐れがあるとして、リコールの対象拡大を発表した。シボレー・ボルトEVには韓国のLG化学製のバッテリーが搭載されている。
今回のリコールはGMとLG化学の両方にとって大きなマイナスだ。特に、LG化学に関しては車載バッテリーの相次ぐ発火問題によって、民生機器用バッテリーへの不安も高まっている。LG化学は迅速に発火の問題を解明し、バッテリーの安全性を向上させなければならない。
世界第2位の車載バッテリーメーカーであるLG化学の基本的な製造技術への不安の上昇は、わが国バッテリーメーカーのビジネスチャンス拡大を意味する。ビジネスチャンスを確実に取り込むためには、各バッテリーメーカーの取り組みに加え、政府が米国などに日本製バッテリーの安全性などを明確に伝え、需要を取り込むことが欠かせない。
世界の自動車産業で脱炭素と電動化というゲームチェンジが進む中、官民一丸となって世界シェアの獲得を目指すことができるか否かによって、中長期的なわが国経済の展開には大きな影響があるはずだ。
■対象は計14万1000台、費用は2000億円に
2021年7月、GMは2017年から2019年型のシボレー・ボルトEVのバッテリーから発火の恐れがあるとの理由から、昨年11月に続いて2回目のリコールを発表した。今回2022年型のモデルにまでリコールの対象が拡大され、3回にわたってGMはリコールを発表したことになる。8月20日に米国運輸省の道路交通安全局(NHTSA)が発表したリコール情報によると、これまでに発売されたシボレー・ボルトEVのすべてのモデルがリコールの対象になった。
過去2回のリコールの対象になったシボレー・ボルトEVは約6万8000台であり、今回あらたに約7万3000台がリコールの対象に加わる。2021年4~6月期の決算でGMは過去のシボレー・ボルトEV関連のリコール費用は8億ドル(約880億円)だったと発表した。今回のリコールによって追加で最大10億ドル(1100億円)の費用が発生する見込みだ。
GMはリコール費用の負担をLG化学に求める。なお、2021年2月に発生した現代自動車のEVのリコール台数は計8万1700台であり、費用は約1000億円だった。そのうち、LG化学が約7割を負担した。
■製造技術そのものへの不安が高まっている
複数回にわたるリコールの影響を評価するために8月下旬までの過去1年間、両社の株価の推移を確認すると、GMの株価は1年前よりも高い水準を維持している。LG化学は横ばい圏だ。
GMの株価上昇の背景には、投資家の楽観がある。特に、今回のリコールはGMがEV戦略の切り札として重視する“アルティウム”プラットフォームとは別の問題であり、GMのEV戦略に大きな影響はないと考える投資家は多いようだ。米国の金融市場で低金利環境と過剰流動性が続くとの見方も株価を支えている。
他方で、主要投資家はLG化学の事業運営への懸念を強めている。現代自動車のEVリコールの際にLG化学は費用の7割を負担した。EVシフトに伴い車載バッテリーメーカーの社会的責任は高まる。ことに、LG化学の車載バッテリーが相次いで発火問題を起こしているため、根本的な原因究明がどう進むか不安視する主要投資家は多い。車載に限らず、LG化学のバッテリー製造技術そのものへの不安が強まっている。
■“対中国”でLG化学と連携する意義は大きい
ただし、リコール問題がGMに与える影響は慎重に考えるべきだ。GMにとってシボレー・ボルトEVのすべてがリコール対象となったことは、ブランドイメージの毀損(きそん)と、EV戦略の躓(つまづ)きを意味する。GMはLG化学のバッテリー生産技術をどう評価していたか、発火問題が発生していた後の対応が適切であったかを確認し、必要な対策をとらなければならない。それが消費者からの信頼回復に不可欠だ。
それに加えて見逃せないのが、経済安全保障の観点から考えた場合、GMにとってLG化学は電動化を進める重要なパートナーであることだ。
足許、世界の自動車産業では、電動化と脱炭素というゲームチェンジが進行している。それに加えて、米国はIT先端分野や人権問題で中国と対立し、高容量バッテリーやレアアースなどに関して中国に依存しないサプライチェーンの整備に取り組んでいる。韓国は米国にとっての同盟国であり、戦略上重要性が高まるバッテリーの調達でGMがLG化学との提携を進める意義は大きい。
■SKイノベーションやサムスンSDIも米国投資を検討
2020年の時点で、世界の車載バッテリー市場では、中国の“寧徳時代新能源科技股份有限公司(CATL)”がトップとなる26%のシェアを持つ。2位がLG化学の23%だ。CATLは共産党政権からの産業補助金によって急速に生産技術と価格競争力を高め、車載をはじめとするバッテリー市場でのシェアを獲得している。
その一方で、米国には全固体電池など次世代のバッテリー開発に取り組むスタートアップ企業はあるが、今すぐに実用化できるバッテリーを、大量に生産できる企業は見当たらない。ここから先、GMやフォードが米国にとって競合相手である中国企業から車載バッテリーを調達することはかなり難しい。米国の自動車メーカーなどにとって、短期間で大量生産体制を整える力を持つ韓国企業との提携は、現実的な選択肢だ。
LG化学やSKイノベーションに加え、サムスンSDIも米国への直接投資を検討している背景には、経済安全保障面から安定したバッテリーの供給体制を築きたいという米国政府や産業界の考えがある。
■他社に切り替える米国企業が増えるかもしれない
LG化学はかなりの危機感をもって原因の究明とバッテリーの安全性能の向上を実現しなければならない。シボレー・ボルトEVのリコールによってLG化学の車載バッテリーの安全性が注目されがちだが、足許の世界経済では車載バッテリーよりも、パソコンなど民生分野でのバッテリー需要が旺盛だ。LG化学は、持ち運び型の充電器やパソコン、スマートフォン、スマートウォッチなどに用いられるバッテリー、さらには電力の貯蔵に用いられる蓄電池の大手サプライヤーだ。
3回にわたるシボレー・ボルトEVのリコールは、LG化学のバッテリー製造技術全体への不安を高めた。LG化学がバッテリーの発火問題の原因を解明し、安全性の向上を実現するのに時間がかかれば、GMのEV戦略には、さらなるマイナスの影響があるだろう。LG化学からのバッテリー調達を他社に切り替える米国企業が増える可能性も高まる。足許、LG化学にとってバッテリー事業は稼ぎ頭であるだけに、短期間での問題解決の可否が、同社の中長期的な成長期待を左右する。
■日本メーカーは今こそ需要獲得のチャンスだ
LG化学のライバル企業のビジネスチャンスは拡大している。特に、わが国のバッテリーメーカーの提供する車載バッテリーに関しては、今のところ深刻な発火問題が起きていない。本邦のバッテリーメーカーに期待したいのは、LG化学のバッテリー製造技術への不安が高まる状況を活かして、米国など世界のバッテリー需要の獲得に動くことだ。そのためには、個社独自の取り組みに加えて、政府の役割も求められる。
米バイデン政権は、自動車の電動化や脱炭素への対応のために、国内のバッテリー工場建設を支援する考えを強めているようだ。今後、バッテリー生産強化のためにバイデン政権は直接投資を同盟国に求める可能性が高い。そのチャンスをわが国が確実に手に入れるためには、政府がわが国のバッテリー製造技術の優位性を米国政府や産業界に明確に伝えることが不可欠だ。
長めの目線で考えると、それができるか否かによって、わが国経済の成長期待と、国際世論におけるわが国の発言力にはかなりの差が出るだろう。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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