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義手、義足、車椅子…AOKIがパラ開会式スーツに込めた"きめ細かいこだわり"

プレジデントオンライン / 2021年8月31日 15時15分

開会式で入場行進する日本選手団。先頭は旗手の岩渕幸洋(右から2人目)、谷真海(右端)=2021年8月24日、東京・国立競技場 - 写真=時事通信フォト

■パラリンピックにAOKIが送ったメッセージ

オリンピックが熱狂の大会だとすれば、パラリンピックは共感の大会だろう。

両腕がなくとも、足で弓を引くアーチェリーの選手がいる。欠損していても、クールな表情で泳ぐ選手がいる。ラケットを口にくわえ、裸足の右足で球を投げ上げ、サーブする卓球選手がいる。

オリンピックは無観客でよかったが、パラリンピックは見に行って、スタンディングオベーションを贈りたい。そう思うのは私だけではないだろう。

紳士服チェーンAOKIの創業者、青木拡憲はパラリンピックに共感し、こんなメッセージを出している。

「パラリンピアンの皆さまが日頃よりなされているご努力は、並大抵ではなく、私の想像の域をはるかに超えているものだと思います。

そのご努力と大会にかける情熱に心より敬意を表します。ご健闘を心よりお祈りしております」

青木は長野県に生まれ、高校の時は陸上部だった。家が貧しかったから、大学には進学していない。高校を出てからはたったひとりでスーツの行商に精を出していた。そんな時、かつての東京オリンピックのチケットをもらい、国立競技場で陸上100メートル決勝を見た。以来、57年間、東京大会の開催を願っていた。AOKIは公募を経て、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の公式服装を担当した。

■「パラリンピアンだから」と身構えていたが…

AOKIは日本代表選手団の公式服装、つまり、入場行進で着用する開会式用のスーツと、結団式等で着用する式典用のスーツを、1人2着ずつ作製している。オリンピック・パラリンピックどちらの大会も同じデザインの公式服装で、しかも、選手全員、ひとりひとりのサイズを計測して仕立てている。

開会式の公式服装
写真提供=AOKI
開会式の公式服装 - 写真提供=AOKI

同社の最前線でオリンピック・パラリンピックに出場する日本代表選手団の採寸に励んだ小野太郎はパラリンピアンと相対して、気づいたことがあった。

「最初はパラリンピアンだからとこちらが身構えてしまっていたのです。必要以上に意識して、ぎこちない様子になってしまったかもしれません。しかし、やっているうちに気づきました。

オリンピアンだから、パラリンピアンだから、採寸の仕方が異なることはありません。同じアスリートです。アスリートの皆さまに満足していただけるような仕事をすればいいと思いなおしました。一般の方よりも筋肉が発達している部分があるだけです。障がいのある方ではなくパラリンピアン、イコール、アスリートとしての採寸を心掛けました。

ご要望やサイジングなど、細かなヒアリングをし、補正も多かったのですが、いいものに仕上がったと思っています」

■オリンピック期間も使って仕立てるスピード感

公式服装の作製責任者、本田茂喜は「時間との勝負でした」と言っている。

「オリンピックとパラリンピックの間は、約1カ月間です。オリンピック期間中もパラリンピック用の公式服装のお仕立てをしていました。数量は式典用と開会式用を合わせるとスーツ換算で、約1000着です。1着1着お仕立てするパーソナルオーダーとしては、とても厳しい戦いでした。

式典の公式服装
写真提供=AOKI
式典の公式服装 - 写真提供=AOKI

時間との勝負に勝つ解決策はチームプレーです。素材メーカー、縫製工場、補正工場、一丸となってのチームプレーでした」

本田のチームがやったことは多い。採寸、仕立てに取りかかる前に、AOKIのメンバー全員はパラリンピックの22競技すべてを知るために学ばなくてはならなかった。

障がいと言っても、さまざまな障がいの種類や程度、そして障がいに合わせたクラス分けがあると知った。

■洋服への不満や要望を聞き取り、採寸に生かした

次に、障がい者にとっての洋服のあり方について理解を深めるために、AOKIに勤務している障がい者雇用の社員に洋服に対する不満や要望をインタビューしたのである。それを公式服装のデザイン、採寸に生かしていった。

ブティック店でハンガーに男性のスーツ
写真=iStock.com/Alexey Strelkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alexey Strelkov

「パラリンピアンには立位の方、そして座位(車椅子の利用)の方がいらっしゃいます。座位の方にとっては、パンツの前側の股上は、立位の方より短い方がいい。一方、後ろの股上は、長く深い方が、座り心地、ウエスト位置の収まりがいいんです。

そして、パンツの後ろポケットはほぼ使用しませんし、ポケットの袋布が当たるので、ない方が車椅子の座り心地はいいんです。

そうやって、さまざまな障がいに合わせてデザイン、採寸、仕立てを行いました。座位と立位を併用されている選手もいらっしゃるので、そうなると、一着で両方の機能を持たせなければならない。一概に決められないんです」

本田が言ったように、AOKIは素材メーカーから補正工場まで、特別のチームで支えている。

■「車椅子に座った状態でかっこよく見えるシルエット」

アシックスはポディウム(表彰台)ジャケット、シューズなどを担当するゴールドパートナーだ。パラリンピックの選手の衣料、靴にも工夫を凝らしている。語るのは同社常務の松下直樹だ。

「パラリンピアンのために特化したのはポディウムジャケットとパンツにおいて、車椅子専用シルエットのジャケットとパンツを日本パラリンピック委員会(JPC)と一緒に開発したことです。

パラリンピックのポディウムジャケット
写真提供=ASICS
パラリンピックのポディウムジャケット - 写真提供=ASICS

ポディウムジャケットですけれど、車椅子の操作時に手首とタイヤが当たり、手首の部分に汚れや破損につながる可能性があります。ですから、手首の内側部分に強度の高い生地を配置して、汚れが目立たないように、破損しないようにしました。

パンツは車椅子に座った状態で、すっきりとかっこよく、そしてアスリートとして強く見えるシルエットにしました。

股上を短くして、お尻まわりにゆとりを持たせる。そして、履き口に前後差をつけました。そうすれば座ったときの前側のだぶつきが少なくなり、背面は通常より高いことから前かがみなどの動作で肌やインナーの露出が軽減されます。加えて、パンツの総丈を長くしました。そうすれば足首の露出がすくなくなります」

■ポケット、履き口、ベルト…くふうがたくさん

「また、パンツのポケットはファスナーが車椅子の側板にあたりケガをする可能性があることから、ファスナーを外し、座った姿勢でポケットをつかえるように位置を変更しました。

細かいところですけれど、ベースの表彰台パンツからデザインと機能をできるだけ変更せずに使いやすさを高めることは選手の要望であり、それを形にすることは日本代表選手団の一体感を高め、選手のチカラになると思っています。パラリンピアンの方々にもメダルを取っていただき、表彰台に上っていただきたいです。

あと、シューズは、表彰式などで着用するシューズと選手村の滞在時に着用できるスポーツサンダルを納品しました。シューズは着脱をしやすいよう、ベロ部を引き上げた際に履き口が通常のシューズに比べて大きくなる構造にしています。

サンダルは義足アスリートや車椅子アスリートが着用できるように、着脱式のベルトを搭載し、知らないうちに脱げてしまうようなことがないようにしました」

スポーツウエアは日々、進化している。同社が製作したオリンピック・パラリンピックのポディウムジャケット、Tシャツのレプリカは販売好調だ。それが売れるのは人気に便乗しただけではなく、先端技術が織り込まれているからだろう。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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