「37兆円を稼いだ"細川たかし"も輩出」官製ファンドを次々手がける農林中金の存在感
プレジデントオンライン / 2021年9月1日 10時15分
■10兆円規模の巨大ファンドが動き出す
公的な資金運用の担い手として農林中央金庫(農林中金=農中)の存在感が急速に高まっている。
まず注目されるのが10兆円規模を目指す政府の大学ファンドだ。同ファンドは今年度中にも運用を開始する方針で、今秋以降、運用委託会社の選定に入る予定だ。この動きに呼応するように「信託銀行、大手運用会社などがファンド受託に向け目の色を変えている」(市場関係者)という。
政府の大学ファンドは、欧米の大学に比べ研究力や専門人材が低下している日本の大学を資金面からバックアップするのが狙いで、科学技術振興機構(JST)の下に設置され、基本設計が今年7月27日に公表された。
資産規模は当初4兆5000億円からスタートし、「大学改革の制度設計等を踏まえ、早期に10兆円規模の運用元本にまでもっていく」(内閣府)という。すでに種銭として政府出資5000億円(2020年度第3次補正予算)、財政投融資4兆円(2021年財投計画)が措置されている。
欧米の主要大学のファンドは巨額な資金を運用し、その果実を大学運営に活かしている。例えば、ハーバード大学の約4兆5000億円はじめ、イエール大学約3兆3000億円、スタンフォード大学約3兆1000億円、ケンブリッジ大学約1兆円、オックスフォード大学約8200億円(いずれも2019年数値)を運用している。
■「年3%の運用成果」と目標は高いが…
日本の大学もそれぞれ単独で資産運用しているが、最も積極的な慶応義塾大学でも730億円で、東京大学は150億円にとどまる。欧米の有力大学に比べ、その規模は大きく見劣りする。このため国が音頭をとって官製大学ファンドを創設して、その差を埋めようというわけだ。
しかし、危うさもつきまとう。「具体的な運用はJSTの最高投資責任者(CIO)が担い、消費者物価上昇率に3%上乗せする運用を目指す」(関係者)という。この世界的な超低金利下にあって年3%の運用成果を上げるのは容易なことではない。ちなみに世界最大級の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は賃金上昇率プラス1.7%が目標だ。いかに大学ファンドの運用目標が高いかが分かる。
このためポートフォリオ(運用資産構成)では、国内外株式の割合を債券よりも高くし、高いリターンを得られるように工夫するほか、将来的には未公開株に投資するプライベート・エクイティ(PE)も増やすことを検討している。
だが、高い運用成果を上げるためには運用のリスク度を引き上げないといけないが、果たしてうまくいくのか。また、運用に失敗した場合、誰が責任を取るのかなども問題となる。いずれにしても種銭は国民が提供したものである。大学ファンドの裏付けは税金であることを忘れてはならない。
■注目される運用担当はどんな人物?
この大学ファンドの運用を担う担当理事(CIO)に就いたのは、農林中央金庫出身の喜田昌和氏(1992年京大経済学部卒)だ。喜田氏は開発投資部や投融資企画部など、農林中金で運用の中核ポストでキャリアを積んだ。2017年のオルタナティブ投資部長を経て、2019年4月に常務執行役に就いていた。ベンチマークとなる市場利回りを凌駕する高い運用利回りの実現を目指すJSTにとってまさにうってつけの人材と言えよう。
政府は7月27日に、大学ファンドに関する有識者会議を開いて、ファンドの基本ポートフォリオ(資産構成)について、国内外の上場株式が65%、国内外の債券が35%と決めた。同じ公的な年金資金を運用するGPIFの基本ポートフォリオは国内外株式がそれぞれ25%、国内外債券が各25%であるのと比べ、株式のウエートが高く、リスクを取る積極運用をする方向がうかがえる。
政府はこのJSTの下の大学ファンド運用益から毎年3%を研究支援などに充てる計画だ。井上信治科学技術相は「日本の研究開発でゲームチェンジとなりうる画期的な支援だ」と意気込んだ。
■37兆円の黒字を叩き出した「もっている男」
喜田CIOのほかに、もう1人名前を上げよう。
「やはり“もっている男”は違う」――。市場でこう評価されているのは、日本の年金運用の屋台骨を支えるGPIFの宮園雅敬理事長だ。
この宮園氏も農林中金の出身だ。GPIFがこのほど発表した2020年度の運用実績は過去最大の37兆7986億円の黒字、3月末の運用資産額は186兆1624億円まで拡大した。まさに「クジラ」と称される世界最大の年金ファンドに成長している。
宮園氏の船出は決して楽なものではなかった。前理事長の高橋則広氏が女性職員との特別な関係が疑われながら、適切な対応を怠ったとして2020年3月末で退任。宮園氏は、いきなりガバナンスの立て直しと、コロナ禍で混乱する市場への対応という2つの難題に向き合うことになる。
高橋氏も農林中金出身で、マーケット部門に精通した人材だったが、「宮園氏をGPIF理事長に招聘(しょうへい)したのは、政権中枢にいる岡山県選出の有力議員」(農林中金関係者)だという。まさに“火中の栗を拾う”人選で、荒海にこぎ出すような宮園丸の船出だった。
だが、ここから宮園丸の躍進が始まる。収益額は底を打ったように反転し、黒字は拡大していった。GPIFが市場運用を始めた2001年度から20年間の累積の収益額は95兆3363億円まで増加している。国民の年金資産拡大に寄与したわけだ。
■「農中の細川たかし」と呼ばれJAや政界と交渉
宮園氏は1953年生まれで佐賀県出身。1976年に東京大学法学部を卒業して農林中央金庫に入庫。秘書役や人事部長、総合企画部長など中枢を歩み、2011年から2018年まで副理事長を務めた。「JA全中(全国農業協同組合中央会)幹部や政界との交渉などを担った」(農林中金関係者)という。
その後、企業年金連合会理事長を経てGPIFに転じた。宮園氏のGPIF理事長就任が決まった頃、ある農林中金関係者は私の取材に宮園氏の人柄をこう評価した。
「明るく前向きな性格で、地方のJA関係者とも強力なパイプを築いてきた。演歌歌手の細川たかしに似ていることからJAグループでは『農中の細川たかし』で通っているほど。本人もそのことを自覚しているようで、宴会では細川たかしの『北酒場』などを唄い、場を盛り上げるような一面もある」
GPIFの資産運用の割合を示す基本ポートフォリオは「外国資産への運用割合が半分を占めており、為替変動を含めたリスク度は一段と高まる」(市場関係者)とされる。宮園氏も「2021年度は2020年度のような一方的な株価の上昇が見込み難い。よりきめ細かなリスク管理の必要がある」と手綱を締める。「もっている男」の真価が問われる。
■AAA格の優良CLOを揃える高い運用力
さらに、農林中金の運用ビジネスで注目されるのは、農中グループの投資会社「農林中金バリューインベストメンツ」だ。
同社はUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を再建した森岡毅氏が率いるマーケティング専門集団「刀」と2019年8月に協業を開始し、金融商品のブランドを「おおぶね」に統一、開始2年間で口座数が約7倍、運用規模が13倍に拡大するなど、高い運用成績を上げている。
そして、農林中金の運用力を語るうえで欠くことができないのは世界最大のCLO(ローン担保証券)投資家であることだ。農林中金のCLO投資残高は2019年12月末の約8兆円をピークに、直近の21年3月末には6兆9000億円まで減少しているが、依然としてその投資残高は抜きんでている。
農林中金は市場運用資産の11%をCLOに投資している。そのすべてが最上位のAAA格の優良CLOで、満期保有で占められている。ただ、運用利回りは「かつてはLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)プラス1.3%があったものが、足下ではLIBORプラス1.0%まで低下してきている」(農林中金)という。
■入念な資産査定と米国拠点を通じた詳細なモニタリング
CLOは、投資適格未満の企業に対する貸出、いわゆるレバレッジド・ローンを束ねて証券化した金融商品だ。信用力の低い企業向け貸出を束ねているため利回りが高く、国内に有望な投資対象を欠く日本の大手銀行がこぞって触手を伸ばした。
日銀と金融庁が昨年6月に発表したCLOに関する初の合同調査では、2019年9月時点の大手行のCLOの保有額は合計13兆8000億円で、3年半前の2.7倍に拡大、世界のCLOの2割弱を日本の金融機関が保有する、最大の投資家になっている。最大の保有額を持つ農林中金を筆頭にメガバンクやゆうちょ銀行、地方銀行などがCLOを多く保有している。
農林中金の関係者は「日本の金融機関はCLOの投資では、最も信用力の高いトリプルAの格付けの商品に絞って購入しているほか、投資に当たっては商品スキームについて入念なデューデリジェンス(資産査定)を行い、裏付けとなっているローンについても米国拠点を通じて詳細なモニタリングを継続して実施している」と語る。
合同調査でも、邦銀が保有するCLOの99%以上がトリプルA格で、米銀(77%)、英銀(50%強)に比べ高い水準にある。かつ、ほぼすべてが満期保有で占められている。
■投資ノウハウはどこまで通用するか
「足元ではスプレッド(上乗せ利回り)が縮小し、CLOの投資妙味は薄れているが、コロナ後の景気回復を受けて今後金利が上昇してくる局面では、再びCLOは魅力的な金融商品になる」(大手機関投資家)と見られている。
さらに農林中金では地方銀行などを対象にしたPEファンド「農林中金キャピタル」を10月にも立ち上げる計画だ。「運用難に悩む地域金融機関などから資金を募り、資金需要が旺盛な国内スタートアップ企業などに成長資金を投じる」(農林中金関係者)という。
まさに市場運用は農中にお任せという格好だが、冒頭の大学ファンドにみられるようにリターンは常にリスクと裏腹。グローバル運用に強みを持つ農林中金の投資ノウハウ・スキルがどこまで通用するか注目される。
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経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。
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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)
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