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「核兵器の製造に直結する技術も流出」これまで日本は何を奪われてきたか

プレジデントオンライン / 2021年9月22日 9時15分

2006年1月23日、静岡県磐田市のヤマハ発動機本社に家宅捜索に入る静岡、福岡両県警の捜査員と名古屋税関の係官。 - 写真=時事通信フォト

日本の技術が軍事目的で海外に狙われることがある。これまで何を奪われてきたのか。警察官部として不正輸出事件の摘発をしてきた、元国家安全保障局長の北村滋さんが振り返る――。

※本稿は、北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■ロシア・スパイが奪っていった経済の「武器」

――警察幹部として、不正輸出事件の摘発を通し、ある面で経済安全保障の最前線にいたわけですが、我が国はこれまでに何を奪われてきたのでしょう。

結果的に見ると、例えばロシアは20年以上前からGRU(※1)もSVR(※2)も基本的に我が国の技術情報の入手に完全に特化していた。私が警察庁外事課長当時に、いずれも警視庁が摘発した事件でロシア・スパイに持って行かれた東芝のパワー半導体やニコンの光学素子は、いずれも武器転用可能で、いわゆるデュアルユース品として高い能力を持っていました。光学素子等は地対地ミサイルにも使える。それから、現在はITT(Intangible Technology Transfer)と言われていますが、技術的知見を有する人(従業員)が相手方に獲得されてしまうとかなり大変だとは思いましたね。

※1 ロシア連邦軍参謀本部情報総局。
※2 ロシア対外情報庁。

――例えば内部システムに通じた人が獲得されると技術情報だけではなく、社内の機密事項の決裁フローとか内部統制のシステムに関する情報が抜ける恐れもありますね。

実際ロシアのスパイは、ロシアがほしい技術を持っている企業について、社内ネットワークシステムにも非常に関心があったんです。人的なソースから秘密を聞き出して、サイバーアタックに繋げようということかなとも思いました。

■利潤最優先主義につけ込まれた「無人ヘリ不正輸出事件」

――我が国のデュアルユース品は、中国の人民解放軍もずいぶん前から熱心に食指を伸ばしていましたね。ヤマハ発動機による無人ヘリ不正輸出事件は、中国が日本企業の利潤最優先主義につけ込んだ事件でした。

端緒は2005年4月、ヤマハ発動機と中国企業を仲介していた中国人2人を福岡県警が不法就労助長で摘発した際、関係先から無人ヘリ輸出に関する資料が押収されたことでした。無人ヘリコプターは生物・化学兵器の散布や偵察等の軍事作戦にほぼそのまま使える。外為法で経産大臣の許可が義務づけられています。

――ヤマハ発動機側は申告を偽っていた。

自律航行性があるのに「ない」などと偽っていましたね。流石に、福岡県警単独では足場が悪いので、静岡県警との合同捜査にしました。当時は警察庁の警備局でともに勤務した原山進氏が福岡県警の、清全氏が静岡県警のそれぞれ警備部長をされていたこともあり、合同捜査は順調に進みました。

――実際よりも性能が劣ったように見せかけ、法の目をかいくぐって不正に輸出するスペックダウンの手口ですね。

輸出先のBVEという会社は人民解放軍用の写真を撮るための企業だった。BVEは当時、戦略ミサイル製造の国営企業、中国航天科技集団等とも関係があるともいわれていた。現在ではドローン等でお手の物でしょうが当時は自律航行技術というものが確立していなかったはずです。

■核兵器や弾道ミサイルの製造に直結するものも流出

――当時印象的だったのは、関わった人や企業の刑罰が極めて軽いという現実でした。

被告側の防御活動が捜査段階を含めてかなり強かった。それもあって最終的に会社は罰金、本人は起訴猶予で終わったんです。

――不正輸出事件では核兵器や弾道ミサイルの製造に直結するものも流出していますね。当時、経済安保の取組はいかがでしたか。

あれは、リビアで精密測定器メーカー、ミツトヨの三次元測定機が発見されたことが端緒でした。シンガポールを中心に出回っているという話があって、部下の職員を出張させて直接、情報収集しました。これは極精密機器を作るときに重要でヤマハ発動機のときと同じく、輸出に当たり性能を偽り、スペックダウンしていた。しかも、これには裏があって、本体にソフトウエアが付いているわけ。それを入れ直すと、元のハイスペックに戻る。

シンガポールの象徴的な噴水、マーライオン
写真=iStock.com/ben-bryant
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ben-bryant

――随分手の込んだことをしますね。

でもこれが動かぬ証拠になりました。警視庁が当時の社長、副社長、常務に取締役らの計5人を逮捕しました。起訴事実では数件でしたが、千の単位で輸出がされていて、非常に驚きました。かなり根の深い話でした。

■政策決定者にとって「面白くない話」も上げてきた

――本書の主要なメッセージの一つに「情報と政策の分離」がありますね。どのような意味を込めたのですか。

これは、多数が求め支持する一定の結論にとらわれて情報の扱いを誤ることがあってはならないという警句です。本文に引用しましたが、既に亡くなって、親友でもあった軍事評論家の江畑謙介さんは、その誤りの典型例として、米国による「イラクの大量破壊兵器に関する情報」の取扱いを挙げています。

私も、国家のインテリジェンスに携わる者として常に戒めとしていくべきは、イラク攻撃に至った経緯だと思っています。

――あの経緯は衝撃的でした。米ロサンゼルスタイムズの記者だったボブ・ドローギンは、それについて書いた著書『カーブボール』で米国情報活動史上「最悪の大失態の一つ」と評しています。CIAは、イラク攻撃を正当化するために、サダム・フセイン失脚を狙ったイラク人科学者がねつ造した情報を、信頼性が低いと知っていたにもかかわらず政権に報告。当時のコリン・パウエル国務長官が2003年2月の国連安全保障理事会で報告してもいます。

私は、政策決定者にとっては面白くない話も上げることにしてきました。政策の方向性と違う事象が発生することもあるわけですが、政策と情報の分離は決定的に重要です。この政策を推進しているから、この情報は邪魔だから、伝えるのをやめておこうというのは、よろしいことじゃない。不都合な真実も踏まえてどういう政策を採るか、判断してもらわなければいけないと思います。

■コロナ禍においても重要な「経済安全保障戦略」

――もう一つ加えるなら、そのイラク人科学者は、そもそもドイツ連邦情報局の情報源でもあった。これは、我が国もそうですが、外国から得られた情報源の信頼性や情報の確度を検証する能力と意思が求められる気がします。

基本的に重要な政策決定のための情報ということになれば、検証というのは絶対に要りますね。実際、どの程度確度が高いのかといった検証が十分じゃなかったのかもしれませんね。

――米中新冷戦のまっただ中に起きたコロナ禍を、中国は世界秩序の再編に活用しようとしています。現下、外交、軍事、経済を俯瞰した安保政策の立案は死活的に重要になってきています。

そのコンテクストでは、繰り返しになりますが、経済安全保障戦略は極めて重要です。例えば、いま求められているのは、我が国しか果たし得ない「戦略的不可欠性」や特定国への過度な依存を回避して主体的に政策決定するための「戦略的自律性」、また国際ルールの形成を主体的に担って国際協調の中核となっていくことなのですが、この方向性を紡ぎ出す作業がまずは要るでしょうね。

星条旗と五星紅旗が描かれた鉄球がぶつかり合う
写真=iStock.com/ben-bryant
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ben-bryant

■内閣情報官と国家安全保障局長の役割

――そこで、政策立案に必要な情報を報告するよう指示する役割が国家安全保障局ですね。類似した名称・役割を持つNSCは米英等西側諸国のみならずロシア等多くの国に設置され、外交・安全保障政策等の立案、情報収集の指示等の司令塔となっていますが、我が国も2014年の国家安全保障局の設置でようやく情報機関と政策立案側の結節点ができて他国並みになった。

国家安全保障局から提示する情報関心に応えるべく、我が国のインテリジェンス・コミュニティは日夜、情報収集に当たっています。一方、情報関心が与えられないと、情報機関がそれぞれ自分の取りたい情報を集めることのみに必死になり、自己目的化してしまう。これは最悪です。

――すると政策決定者と情報当局の結節点の役割が肝腎です。結節点の一つは内閣情報官、もう一つが国家安全保障局長となりますか。

安全保障に関する如何なる政策でも、策定に当たって地域情勢を始めとして情報がなければ話にならない。その際、政策決定者から示された関心事項、これが最重要です。それに基づいて情報収集上の視点を関係機関に与えつつ、プロダクトを収集作成するのが内閣情報官の役割、そうしたプロダクトを消化して政策に反映させるのが国家安全保障局長の役割なのです。

■いずれは恒久的な「情報局」を内閣に置いた方がいい

――政策の決定者である首脳は政治のプロであっても、必ずしも特定の政策立案に正確にマッチする情報関心の発出点になれるわけではありませんね。

もちろん首脳や官邸が「何を知りたいか」を提示することはありますし、そうした事例は官邸主導の流れもあり、むしろ増加しつつあります。一方で、政策立案に沿った情報関心を専門的視点から与えるということも必要だと思います。

北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)
北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)

――政治的課題が専門化、複雑化するなかでは、そうでしょう。

一方で、やや逆説的ではありますが、すべての情報機関が、国家安全保障局がどういう政策を指向するかを常に考え、それに合致する情報を収集するということも必要だと思います。その意味で、インテリジェンス・コミュニティが出席する司司の政策調整会議の場も重要だと思います。

――国家安全保障局が政策立案の上で必要な情報のテーマを情報機関に発出する起点として重要であることは分かりました。だからこそ、我が国の情報収集機能の向上もまた必須の課題のような気がします。

いずれは、情報局といった恒久的な組織を内閣に置いた方がいいと思います。現在の内閣情報官は実質的に内閣情報調査室の長であるにもかかわらず、法令上は官房長官や副長官といった官邸要路を補佐するスタッフとされ、まるで個人商店のようです。情報機構としての恒常性を持つ組織にすることが大事だと思います。残念ながら、在任中には実現できなかったですが、それがこれからの課題だと思います。

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北村 滋(きたむら・しげる)
前国家安全保障局長
1956年12月27日生まれ。東京都出身。私立開成高校、東京大学法学部を経て、1980年4月警察庁に入庁。83年6月フランス国立行政学院(ENA)に留学。89年3月警視庁本富士警察署長、92年2月在フランス大使館一等書記官、97年7月長官官房総務課企画官、2002年8月徳島県警察本部長、04年4月警備局警備課長、04年8月警備局外事情報部外事課長、06年9月内閣総理大臣秘書官(第1次安倍内閣)、09年4月兵庫県警察本部長、10年4月警備局外事情報部長、11年10月長官官房総括審議官。11年12月野田内閣で内閣情報官に就任。第2次・第3次・第4次安倍内閣で留任。特定秘密保護法の策定・施行。内閣情報官としての在任期間は7年8カ月で歴代最長。19年9月第4次安倍内閣の改造に合わせて国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。同局経済班を発足させ、経済安全保障政策を推進。20年9月菅内閣において留任。20年12月米国政府から、国防総省特別功労章(Department of Defense Medal for Distinguished Public Service)を受章。2021年7月退官。現在、北村エコノミックセキュリティ代表。

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(前国家安全保障局長 北村 滋)

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