「ついに菅首相から降板通告」権力を死守したい二階幹事長が次に狙う人間はだれか
プレジデントオンライン / 2021年9月1日 15時15分
■「影の首相」二階氏を排除するのかが争点だったが…
二階俊博幹事長を斬るのか斬らないのか。
秋に行われる自民党総裁選は、菅義偉か岸田文雄かを選ぶ選挙ではない。
総裁選史上初めて、菅首相を支えると見せて自らの権勢を果てしなく拡大している「影の首相」を信任するのか排除するのかが争点になるはずだった。
岸田が出馬記者会見で、
「総裁を除く党役員は1期1年、連続3期までとし、権力の集中と、惰性を防いでいきたい」
と、執行部の刷新を掲げたのがその証左である。
安倍と菅を抱え込んで歴代最長、5年近くにわたって幹事長ポストに座り続け、「最高権力者」といわれる二階に対して、公然と「オレが首相になったら即刻クビだ」と宣言したのだ。
政界きってのイケメンでダンディだが、「超つまらない男」「安倍晋三の刺身のツマ」と揶揄(やゆ)される男が、ここまで腹をくくって二階にケンカを売ったことに、自民党内だけではなく永田村全体に衝撃が走った。
当然ながら二階は不快感を露わにした。だが、岸田は8月27日に自民党本部へ敢然と乗り込み、立候補することを二階に直に伝えに行ったのである。
わずか10分程度だった。岸田によれば、「二階氏から激励を頂いた」そうだが、そんなことはあるまい。
総裁選は菅義偉との争いではなく、菅を裏で操る二階との戦争になる。総裁選をそういう構図にしてしまえば、党内にくすぶる反二階派議員たちの賛同を得られる。そう岸田と、彼の後に蠢(うごめ)く安倍や麻生たちが考えたことは想像に難くない。
■「二階幹事長を交代させる」菅首相の思惑は
菅支持派は岸田の剣幕にやや怯んだようだ。
朝日新聞(8月28日付)は、「政権幹部の一人は『1対1だと岸田氏が勝つ可能性がある。だったらもう1人立った方がいい』と話し、『反菅』票の分散に期待を寄せる」と報じている。
だが、この動きを見ていた菅首相が動いた。「二階俊博幹事長を交代させる」というのである。
朝日新聞朝刊(8月31日付)は一面トップで「二階幹事長、交代へ衆院選10月17日浮上」と打った。
「安倍前政権時代から歴代最長の約5年にわたって幹事長ポストに就く二階氏には党内で反発が根強い。自民党総裁選に立候補表明した岸田文雄前政調会長も、二階氏の続投に否定的な見解を示しており、首相の人事には総裁選の争点をつぶす狙いもあるとみられる」(朝日新聞8月31日付)
■“裏切り”を受け入れた二階幹事長の本当の狙い
二階が菅の“裏切り”をすんなり受け入れたのはなぜか。党内の反二階の動きが広がっていることに危機感を募らせたのであろうが、週刊現代(9月4日号)は違う見方をしている。
「菅を自分にとって都合のいい操り人形として、総理の座に据えたのは二階だ。しかし、いまや玩具は壊れた。用済みとなったガラクタはさっさと片付け、別の人形に取り換えなければ、幹事長たる自分の身も危うい。
(次はどいつだ)
実のところ、二階はすでに決断している」
二階にとって、菅首相などはどうにでもなるが、次の衆院選に惨敗すれば幹事長に留まるどころか、議員引退を余儀なくされる。そうなれば後継にと目論んでいる三男に地盤も看板もカネも引き継げなくなるかもしれないのだ。
老獪(ろうかい)な二階が、菅のひと言で権力の座を諦めるとは思えない。安倍に対する対抗心は燃え盛っているはずだ。
現代は、二階が菅を捨てて次に選ぶのは、「国民の支持率は高いが、相対的に党にとってはどうでもよい人間」だと見ている。
それは石破茂元幹事長だというのである。
■石破氏を担いで首相にすれば一石二鳥と考えたか
たしかに、石破は総裁選には出ないといいながら、岸田が出ると、「白紙だ」といい方を変えている。
サンデー毎日(9月12日号)で石破はインタビューに答えて、
「森友、加計、桜を見る会について党内からの追及や質疑はほとんどなかった。自浄作用が全く働かない自民党になってしまった、と国民は受け止めている。おかしいことをおかしいと言えない空気ごと変えなければならない」
と、はっきり安倍批判をしている。
二階にとって、菅を捨てたその手で、安倍の嫌がる石破を担いで首相にすれば一石二鳥。政局の達人・二階が最後の賭けに出たと見てもいいのかもしれない。
産経新聞は朝日同様「二階幹事長交代へ」と報じているが、読売新聞は二面で、「首相、二階氏交代検討」と含みを持たせた内容になっている。
二階を斬ると動いたのは菅首相の焦りである。
総裁選に出馬すると意欲を持っていた下村博文政調会長に、「出馬するなら会長を降りろ」と迫り、辞退に追い込んだのも同じ理由からであろう。文藝春秋で出馬宣言をした高市早苗元総務相も出馬すると意気込んでいるが、安倍も含めて周囲は冷ややかなようである。
■危険水域の菅政権をなぜここまで支持するのか
コロナ対策に失敗して感染拡大を阻止できず、ワクチン接種も進まない中で、東京五輪開催を強行した菅首相に、国民の批判は高まるばかりだ。
各メディアの世論調査では、支持率が危険水域の30%を大きく割り込んでいる。菅が人気浮上の決め手と期待した東京五輪も、多くの世論から「失敗だった」と烙印(らくいん)を押されてしまった。
国民全員に行き渡るワクチンの確保も進まず、コロナ患者で病床は埋まり、全国で10万人以上といわれるコロナ中等症患者が入院できず自宅療養を強いられている。
これほど無能・無策な菅首相が再選されるはずは万に一つもない。長く続きすぎた“安倍政権ボケ”で正常な判断ができなくなっている自民党でも、それくらいの常識は持っているはずだと、私を含めた多くの国民が考えていた。
だが、菅首相はためらうことなく総裁選に出馬すると宣言し、二階幹事長はいち早く菅の再選支持を表明した。
いくら世の中の常識は永田町の非常識ではあっても、菅首相にはリーダーシップどころか正常な判断力さえ疑わしく、国民に現状を説明する言葉さえ持っていないことは明らかである。
早くも戦後最低という評価が定まりつつある菅首相の首に鈴をつける人間が、なぜ出てこないのか。
それは首相以上に権力を持つといわれる官房長官の権限とカネと情報があったからである。
■領収書なしで巨額のカネを使える「官房機密費」
戦後の歴代首相を見ても、官房長官を経験している者が多い。佐藤栄作、大平正芳、竹下登、小渕恵三、安倍晋三もそうだ。
官房長官は首相への“王道”なのだ。
それは、官房機密費という領収書なしで使える莫大な裏金を、自分の思い通りに差配できるからである。
機密費には政策推進費、調査情報対策費、活動関係経費があり、推進費に領収書は必要ない。機密費の使途を命じるのは首相だが、ほとんどは官房長官が決めているといっていいようだ。
機密費のことを公にしたのは、小渕内閣で官房長官を務めた野中広務である。
野中は2010年にテレビ番組や講演で官房機密費について、「(政治)評論をしておられる方々に、盆暮れにお届けするというのが(引き継ぎ帳に)額までみんな書いてありました」と証言したのだ。
「政治家から評論家になった人が、『家を新築したから3000万円、祝いをくれ』と小渕(恵三)総理に電話してきたこともあった」「持って行って断られたのは、田原総一朗さん1人」と語り、
「あんだけテレビで正義の先頭を切るようなことを言っている人が、こんなのを平気で受け取るのかなと思いましたね」
と、カネを受け取った政治評論家たちを批判した。
野中はいっていないが、彼は沖縄県知事選で官房機密費が投入された際の官房長官であり、そこに巨額なカネが流れたことは間違いないだろう。
■官房長官時代の情報も札束で買ったのか
三木武夫首相の官房副長官だった海部俊樹も文藝春秋(2011年3月号)で、こう証言している。
「官房長官の部屋に金庫が置いてあって、私が総理の頃は常に2千万円ぐらいは入っていましたね。外遊に行く議員には、一袋ずつ渡しました。一袋は百万円です。(中略)いずれにせよ、国民に説明できない使途であったことだけは確かです」
野中のときは約7000万円(その倍はあったという証言もある)が毎月金庫に入れられていたという。
こうした“悪習”は今も続いている。
菅は官房長官時代「情報通」を自任していた。その情報の多くは、札束で買い取ったものだったに違いない。
テレビで、自分は政権の内部情報を知っているとひけらかす御用聞き評論家たちの多くは、何らかの名目を付けた機密費を懐にしているはずだ。
菅の在任中の機密費がいくらだったかを暴露したのは、共産党の機関紙・赤旗だった。2020年6月6日付の記事にはこうある。
「第2次安倍内閣が発足してからの7年間で使った『内閣官房機密費(報償費)』86億円余のうち領収書不要の“つかみ金”である『政策推進費』に78億円も使われたことが5日、本紙が情報公開で入手した資料で判明しました。
新型コロナウイルス対策として、260億円をかけるアベノマスクや『桜を見る会』など、税金の不可解な使い方が次々と明らかになる安倍内閣。使い道を明かす必要すらない官房機密費ではどうなっているのか―。(矢野昌弘)」
■86億円使って国庫に返納したのは37万円だけ
「2012年12月に発足した第2次安倍内閣が昨年12月末までに支出した官房機密費は計86億3100万円余となっています。
官房機密費は、会計検査院に対しても領収書や支払先を明らかにする必要がありません。中でも『政策推進費』と呼ばれるお金は、菅義偉官房長官自身が管理し、菅氏に渡った時点で支出が“完了”したものと扱われます。
そのため、『政策推進費』の使い道は菅氏や安倍首相官邸の裁量で決まり、領収書も不要。官房機密費の中で最も“ヤミ金”の性格が強いお金です。
安倍内閣が19年に使った『政策推進費』は11億650万円。7年間で計78億6730万円を使っていました。官房機密費全体の91%が『政策推進費』だったことになります。また、19年3月の年度末までに使い切れず国庫に返納した機密費は4万3268円でした。ほとんどを使い切っていました。国庫に返納した機密費は7年度分をすべてあわせても37万円余でしかありません」(しんぶん赤旗電子版2020年6月6日)
官房長官は首相の女房役といわれるが、安倍の在任中に起きた数々の安倍の疑惑の真相を、菅は逐一知っていたはずである。
日本のCIAというのは大げさだが、内閣情報調査室から議員や官僚たちのスキャンダルもいち早く入手していたに違いない。
長きにわたって官房長官を務めた菅首相を怒らせれば、スキャンダルを暴露されると怯えるのは、安倍前首相も例外ではないと思う。
現役の幹事長である二階と菅がタッグを組んでいたのだから、「菅再選異議なし」の空気が自民党内に広がったのは当然だったのである。
■党員票の行方によっては“番狂わせ”も
菅、岸田、それに石破が出るかもしれない。
二階を斬るといい出した菅が、細田派に強い影響力を持つ安倍や麻生派などの大派閥に推されて議員票では有利だが、議員票と同数の383票ある党員票が誰に流れるかで、番狂わせがあるのではないかと見ている。
どちらにしても二階がどう動くのかによって、大きく変わってくることは間違いないようだ。
だが、忘れてはいけない。このメディアを巻き込んだお祭り騒ぎで、自民党という堕落した政党が生まれ変わることなど決してないということを。
もし岸田が首相になり菅と二階を追い払ったとしても、首が挿げ替わっただけで中身はまったく同じ自民党である。
これまでも自民党はそうやって生きながらえてきた。騙されてはいけない。
元東京帝国大学総長で政治学者の南原繁はこういった。
「国家は主導的に正義を実現してこそ存在価値がある。国家が権力を持ち、権威があるとされるのは正義を実現しようとするからだ。そして国家は正義であればこそ、国民に政治的な義務を課すことができる。正義を追求しない国家に権威を振りかざす資格はない」(村木嵐著『夏の坂道』潮出版刊)
自らは不正義を追求するばかりなのに権威を振りかざし、国民に義務ばかりを課す首相が何代も続いてきた。
次の衆院選が、その流れを変えるラストチャンスかもしれないと思っている。(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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