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アメリカのアフガニスタン撤退が「ベトナム以来の大失態」になった本当の原因

プレジデントオンライン / 2021年9月2日 11時15分

2021年8月31日、ジョー・バイデン米大統領がアフガニスタン戦争終結の挨拶をするためにホワイトハウス内を移動中。カブール空港から最後の軍用機が離陸し、米国のアフガニスタンからの避難が完了し、約20年にわたる米国最長の戦争が終結した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

アメリカのバイデン大統領は8月30日、アフガニスタンからの軍の撤退が完了したと宣言した。だが、現地では国際社会が支援してきたガニ政権が崩壊し、武装勢力タリバンに権力が移り変わった。上智大学の前嶋和弘教授は「バイデン大統領はガニ政権はもう少し踏みとどまると考えていた。その思惑は大きく外れた。これはアメリカの衰退を示してもいる」という――。

■タリバンの電撃進攻を許したアメリカのインテリジェンスの弱さ

アフガニスタンではイスラム主義組織タリバンが全土をほぼ掌握しただけでなく、8月26日にはイスラム国組織ISIS-Kが首都カブールの国際空港近くで自爆テロを起こし、米兵とアフガン人を含む70人以上の死傷者が出る惨事となった。30日には1日予定を早めて米軍が完全撤退したが、今後もさらなるテロ行為が繰り返される可能性がある。

バイデン大統領にとっては誤算続きだ。何といってもアメリカのインテリジェンスの弱さは致命的だった。「パートナー」であったはずのアフガン・ガニ政権との関係もしっかりしたものとはいえず、有効な情報が流れてこなかった。そもそもアシュラフ・ガニ氏の敵前逃亡の可能性を予見できなかったのは致命的である。ベトナム撤退を髣髴(ほうふつ)とさせるカブールからの撤退も、その後の自爆テロの惨状も長年語り継がれるような大失態に見える。

アフガン政権は反タリバンの軍閥の寄せ集めのようなものであり、効果的な国家建設を行う能力には疑問符が付いた。前カルザイ政権の時から汚職が蔓延し、アメリカ側に実際の軍人の数以上の支援物資を請求するのも日常茶飯事だった。アメリカの場合、日本や韓国などでの戦争後の国家建設の「成功体験」があるが、アフガニスタンの場合、受け皿となるような政治システムも脆弱(ぜいじゃく)であった。

■アフガニスタンを知る男のミス

バイデン氏はアメリカの政治家の中では個人的にもアフガニスタン戦争にもっとも関与した政治家である。上院外交委員長の時にアフガニスタン戦争がはじまり、副大統領時代の8年、トランプ政権の4年を除けば、20年のうち16年はアフガン問題にかかわってきた。

20年の長きにわたってアメリカが撤退できない状況は、アフガン政権のふがいなさにあるとし、副大統領時代にはその責任者である当時のハーミド・カルザイ大統領と怒鳴り合いを繰り返したといわれている。

アフガン政府のふがいなさを知るバイデン氏にとっても、それでも今回のガニ政権やアフガン軍の脆さは想定外だった。バイデン政権はタリバンがカブールを取るのは米軍撤退から1年はかかるとみていたといわれている。

自らの責任で「米国史上最長の戦争」を終結させようとしたバイデン大統領としては、せめてもう少しガニ政権に踏みとどまってもらい、8月31日の撤退期限や、同時多発テロから20周年となる9月11日までタリバンの首都奪還や米軍や関係者を狙ったテロを防ぎたかった。アフガニスタンから平和的に撤退を進めようと考えていたバイデン政権の思惑は大きく外れた。

アメリカとタリバンの戦い
写真=iStock.com/sameer chogale
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sameer chogale

■用意周到だったタリバンの動き

タリバン側もケシ栽培で多額の資金を集めたといわれており、組織づくりも着々と進めてきた。過去20年間、米軍が民間人宅を含むタリバン夜襲を続けたが、これについてアフガンの一般人の不評を買い、アメリカ側に対する不信も高まっていたとされる。国家建設の中で「民主主義を植え付けよう」とするアメリカは常に「上から目線」だったはずだ。

これでは現地での有力な情報網も築くことができない。タリバン勢力の急伸を予見できなかったのも、やはりアメリカ側のインテリジェンスの問題に尽きる。ガニ政権の一部はタリバンとつながっていた可能性もあり、米軍のアフガン撤退情報を知り一気にアフガンの都市を攻めた。首都カブールに入る際には市街戦を避けたのも政権奪取後の周到な作戦の一環だった。

2001年にアフガニスタンに侵攻して以来、アメリカはアフガニスタンとパキスタンの両方での作戦を含む戦争に2兆2600億ドルを費やしてきたものの、アメリカの大きな予算を使ってもアフガン政府や政府軍を立て直せなかった。日本はJICAなどを通じてアフガニスタンの平和構築を行ってきたが、この努力も実らなかった。8月31日の予定を1日早めて30日に撤退完了させたのは、さらなるテロ情報がある中、これ以上の数の米軍の死傷者を防ぐ目的であろう。全くの敗走だ。ソ連やかつてのイギリスのようにこの地域に入り込むと内部対立などから常に足をすくわれる。「帝国の墓場」がアフガニスタンであるといわれるゆえんだ。

■アフガニスタン撤退を促した、米国民の世論

バイデン大統領がアフガンからの撤退を進めたのは、20年間にわたるテロとの戦いに対するアメリカ国内の強い厭戦(えんせん)気分を意識してのことだ。

タリバンの首都奪還(15日)後の段階の18日から20日のCBSとYouGovの調査でも、アフガンからの撤退を支持する世論は63%と過半数を超えていた。党派性があり、民主党支持者は79%、共和党支持者は42%と差があるが、バイデン氏にとっては民主党側の世論をより気にするであろう。

この調査でむしろ驚くべきことは、タリバンの首都奪還の責任をアフガン側にあるとする声が圧倒的に多い点だ。タリバンの首都奪還を許したことについて「だれに責任があるのか」については、「アフガン政権」が86%、「アフガン軍」が84%、「バイデン大統領」が62%、「トランプ前大統領」が50%となっている(数字は「強い責任がある」「いくらかは責任がある」を足したもの)。アフガン政権やアフガン軍のふがいなさを非難するのはバイデン氏の立場と同じだ。撤退そのものに肯定的なのがアメリカの世論である。

米国旗を掲げスローガンを唱える活動家たち
写真=iStock.com/Motortion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Motortion

8月26日の自爆テロ事件直後の27日から28日にかけて実施されたABCとイプソスの世論調査では「アメリカに協力したすべてのアフガニスタン人が避難するまで、米軍はアフガニスタンに留まるべきだ」という声は71%に達した。既に30日に完全撤退となったため、この数字の評価は何といえないが、「アフガン協力者の待避まで米軍を残すべき」という世論が強くなっている中、もし内戦化した場合、批判も必至であろう。

■世論を強く意識したバイデンの「中間層のための外交」

アフガニスタン、イラクという2つの戦争を経験した疲弊感や、イスラム国の台頭に象徴される中東情勢の先行き不安もアメリカ国内には渦巻いている。さらに、外交でも内政でも「動かない政治」に国民のイライラは極まっており、それが2016年のトランプ前大統領の当選や同年、2020年の2つの民主党予備選でのバーニー・サンダース議員の躍進に象徴されている。

そもそもバイデン政権の外交の一大スローガンである「中間層のための外交」とは世論を強く意識した外交であり、撤退もこの世論外交に沿ったものである。アフガンからの完全撤退は底なし沼から脱出したいという厭戦気分を代弁し、どんな形であれ撤退ということになれば世論の反発は大きくはないとみていたであろう。

今回の撤退はバイデン氏も見通しが甘かったと認めているが、少なくとも8月26日の自爆テロまではわれわれが想像する程には後悔していなかったのではないか。それが撤収作業の完了を8月末に前倒しして急いだ理由の一つとみられる。

20年間の長い期間をつかい、アフガニスタン復興でテロの源泉となる過激主義を抑えることを目的とした民主化、教育普及といった国家建設はそもそも「漢方薬」のようなものであり、効き目がないのはかなり前にわかっていた。「国家建設や安定化政策でなく、対テロに集中すべきだ」というのがバイデン大統領の信念だという。

確かにアフガン介入以降、911のような大きなテロは少なくともアメリカでは起こっていないため、20年間何とか大きな火種をアメリカは避けることができたのかもしれない。しかし、その「対テロ」の合意性も今回の撤退で揺らいでしまう。今後、IS系の勢力が伸長し、アフガニスタンがテロの温床になり、アメリカや同盟国をテロの標的とする事件が起こったとしたら、このロジックは破綻するためだ。

911の時点に戻るだけでなく、この間、アメリカの国力が衰退している分、アメリカからすればやりきれない「失われた20年以上」になる。

■「いざというときアメリカは大丈夫か」という同盟国の不安

今回のアフガン撤退におけるアメリカの稚拙なやり方をみていると、同盟国にとっては不安だらけである。アメリカがアジア太平洋地域へと戦略シフトする中、アフガンなど中東から撤退していくことは、同盟諸国にとってもある意味織り込み済みだった。ただ、混乱を危惧するイギリスなどが訴えた駐留延長の要請を振り切ってまで拙速に撤収へと向かう姿は、バイデン政権移行訴えてきた「国際協調重視」から大きく逸脱する。

さらに8月26日にカブールで起きたテロは、米国が事前に危険だと認識し周知しながらも防げなかった。退避の際、米軍を一定程度残しておけば対応も大きく変わっただろうことは容易に想定された。自爆テロを成功させるには人々が密集した状態を狙うのが効果的な上、そこに米兵とタリバンもいれば、ISIS-Kにとっては「攻撃するならここしかない」という千載一遇の機会だったといえる。

今後、有事の場合、同じような判断ミスをバイデン政権がでも繰り返さないのか。同盟国にとっては「いざというとき、アメリカは大丈夫か」という不信をどうしても持ってしまう。

■アフガニスタン情勢が米中関係を変えるか

アメリカがアフガンから撤退することはこれまで中東に集中させていた軍事外交リソースをインド太平洋、その中でも米中関係に移すことができるため、台湾や尖閣有事が危惧される日本にとっては悪いことばかりではない。

しかし、アフガニスタン情勢がさらに混沌となり、国際テロの温床に逆戻りした場合、テロ対策が対中政策の優先度よりも高くなる。中東からアジアに向くはずのアメリカのエネルギーが再び中東に向いてしまう可能性もある。

中国について言えば、アメリカのアフガニスタンでの混乱に乗じ「環球時報」紙が「台湾にアフガンの教訓をくみ取れ」と主張している。つまり、「アメリカはいざというときに助けてくれない。アメリカ一辺倒だと台湾の将来を見誤る」と中国が台湾を揺さぶっている。

その一方で、まるで間隙を縫うように、中国がタリバンへの接触を急いでいる。このあたりはアメリカに代わる次の覇権国としての動きのようにも見える。中国としては、国内のウイグル勢力へのタリバンの関与を避けさせる狙いもあるが、パキスタンと中国との関係を見ると、タリバン政権が親中政権になってくるかも可能性もある。中国が複雑なアフガニスタンに関わっていくことで、イギリス、ソ連、そしてアメリカのように国力が消耗してしまう可能性も想像される。

一方で、ちょうど同時多発テロ事件の直後と同じように米中が国際テロ対策での協力体制を強めていくような別の動きも出てくる可能性も否定できない。そうなるとここ数年の米中対立を軸とした国際関係の見方も大きく変わってくる。

いずれにしろ、今回の一連のアフガニスタンでの混乱は、アメリカの衰退ぶりを改めて示したこととなる。日本とすれば自らの安全保障について、より主体的に動く必要性を痛感させられる出来事となったとみた方がいいかもしれない。

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前嶋 和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授、学部長
上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。文教大学准教授などを歴任。主な著作は『アメリカ政治とメディア』(北樹出版、2011年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂、2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社、2019年)など。

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(上智大学総合グローバル学部教授、学部長 前嶋 和弘)

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