「一見客とは違う料理を出してほしい」わがままな常連客に伝説の店・京味がやったこと
プレジデントオンライン / 2021年9月7日 12時15分
※本稿は、野地秩嘉『京味物語』(光文社)の一部を再編集したものです。
■当時は珍しい「カウンター割烹」の店
東京に出てきた一九六七年頃でさえ、カウンター割烹(かっぽう)は今ほど多くはありませんでした。和食を食べると言えば、座敷であり、仲居さんが調理場から料理を運んでくるのが当たり前でした。開店してすぐの頃でした。年配のお客さまがやってきて、カウンターしかないのかと不満そうに言われたことがあります。
「オレは止まり木は苦手なんだ。ニワトリじゃあるまいし、めしくらい座敷で座って食いたい」
当時はカウンター割烹とは言わず、腰かけ料理などと言っていました。カウンターで食べることに抵抗のある方が大勢いらっしゃったのです。
もっとも料理人だって、お客さまが見ている前で包丁を持つことは慣れるまで緊張の連続でした。うちの親父は最後までカウンター仕事を嫌がっていましたから。人に自分の仕事を見せないのが当たり前という時代の人だったんです。
■先輩に教わった「カウンターでしてはいけない話題」
カウンター割烹のもてなしで大切なことは、おしゃべりのうまさではありません。若い頃、先輩から「カウンターで政治と宗教の話はするな」と言われたことがあります。自分から政治の話をしなくともいいけれど、あまりにも無関心というわけにはいきません。カウンターに立つ以上、常識的なことは知っておかなくてはなりません。お客さまに楽しく過ごしていただくには、料理以外にも勉強しなくてはならないことがたくさんあるのです。
私はカウンターに立つ料理人がやらなくてはならないのは、お客さまの様子に気を配ることだと思うのです。箸の進み具合を見ながら、料理をサービスする。馴染み(なじみ)の方の場合はやりやすい。好き嫌いや食事のテンポもあらかたわかっていますから。
しかし、初めてのお客さまの場合はお好みがわかりません。ですから、召し上がる様子を見ながら、時には献立をさっと切り替えることもあります。年配のご婦人でしたら、刺身を小さめに切るなどのくふうも要りますし、体調が優れないと聞けば雑炊を作ることだってあります。カウンター割烹ならではの小回りのきいたサービスです。
■西が初めての客に必ず行う心遣い
初めてのお客さまに対して、料理人がやることは全力で料理を作ること、全力でもてなすこと。自分の持っている技術を全部出し切ることです。そして、緊張をほぐしてあげる。たとえば、初めての方と馴染みの方がカウンター席で隣り合わせになったとします。馴染みの方に注文されていた料理を出すとき、私は必ずひと声かけます。初めての方に聞こえるように、こう言うのです。
「この間、お見えになったばかりですから、今日はコースのなかの料理ではなく、違うものにしました」
誰だって、隣の人が違う料理を食べているのを見たら平静な気分ではいられません。初めてだったらなおさらです。ですから、私はお馴染みさんに声をかけているようで、実は初めての方に事情を説明しているわけです。
「この料理は特別なものではありませんよ」と。
常連でも初めての客でも、お客さまを差別してはいけません。サービス業の基本です。
いつだったか、カウンターでタコちりを出したことがありました。真ダコの皮を剝(む)いて、身をそいで、紙のように薄く切る。それをさっと鍋の湯にくぐらせて、ポン酢で食べます。
それを見ていて、どうしても、食べたそうにしている方には、タコちりのタコをみぞれ和えにして出すこともあります。同じタコちりではなく、タコの薄い身をきゅうりと大根おろしでさっと和える。それなら、どちらのお客さまも満足されるのではないでしょうか。
■「もう一度、来てもらう店になることだけ」
料理屋の修業に入ると、店の主人や先輩がいろいろ教えてくれるのですが、なかには教えてくれないこともあります。
礼儀や言葉遣い、店の掃除、調理器具の使い方、そして料理の仕方は主人や先輩から仕込まれます。
けれども、お客さまとの接し方、器の選び方、盛りつけなどは手取り足取り教えてもらうものではありません。店の経営だってそうです。主人なり先輩なりがやっているのを横から見て習い覚え、あとは自分で勉強していく。独立してから役に立つのは修業していた時に気をつけて見ていたかどうかなんです。
私は経営を学校で学んだわけではありません。でも、小僧をしていた時から約束を守ること、背伸びをしないことが大事だと教わりました。そして、お客さまを大切にすること。私の経営とはもう一度、来てもらう店になることだけです。
■家庭料理のおかずのきれいな盛り付け方
私は日々、献立を決めたら、盛りつける器がすぐ頭に浮かびます。逆にきれいな器を見つけたら、これにはこんな料理を作って盛ってみたいと考えてしまいます。
一般に、和食の盛りつけは、「山高帽」に盛るのが習いとされています。山高帽とは真ん中を高くして盛ることで、料理が皿の上にペタンとしないようにする。それが基本です。
家庭料理のおかずのような場合、私はざっくりと盛ることを心がけています。たとえば、牛肉と牛蒡(ごぼう)の煮物があるでしょう。鉢に盛る時に牛肉と牛蒡を分けたりしないで、鍋のなかで煮えている様子が思い浮かぶように盛りつけます。牛肉と細切りの牛蒡がからんだ状態でいいんです。そちらの方が自然だし、口に運ぶ時も一緒に食べた方がいい。家庭料理の盛りつけは、気負わずに、自然のまま、ざっくりと盛ればいいんです。
■和服の女性に対して特に気をつけること
以前、うちの店でお見合いの会食をされた方がいらした。その時、仲人役の方に、「ご紹介したお嬢さんが一つも残さず料理を食べることができた」と喜んでいただいたことがあります。
女性は和服で召し上がる場合があります。大切な着物に醤油(しょうゆ)を垂らしでもしたら大変ですから、私は塩昆布を刺身で巻いたりして、醤油を使わないくふうをします。
また、蟹(かに)の胴の部分など、食べる時に手間のかかるものは出さないようにしています。お祝いの席で鯛(たい)の姿焼きを用意することはありますが、食べる時はこちらで取り分けます。うちでは出しませんけれど、鶏の手羽先なんて、手に取ってせせって食べるからおいしい。結局、盛りつけとは食べる人の身になること、お客さまのことを考えることです。いくら美しい盛りつけでも、食べにくいというのは困ります。
そういえば、うちの店にいらっしゃる女性のなかには身を食べた後、残した魚の骨を隠しておくために懐紙や敷葉をのせる方がいらっしゃいます。茶道の勉強をされている方に多いのですが、やはり、女性は食べ終わった蟹殻や骨を、見せたくはないのでしょう。女性はそういうところに気を遣うのです。こういうお客さまはありがたいですね。私たちにとっても勉強になりますから。
■センスを磨くのは「食べ歩き」ではない
盛りつけはセンスです。ですから、美的なセンスを磨かなければならない。美術館へ展覧会を見に行くのもいいし、店のショーウインドーがきれいだと感じたら、じっくりと眺めてみるのもいいでしょう。料理人だって食べ歩きばかりではいけません。本を読んだり、外に出て美しいものがあったら、足を止めたりする。勉強とはそういうもんです。
私は修業時代、ふたつだけ贅沢(ぜいたく)をしました。ひとつはカメラを買ったこと。和菓子屋さんに行って、ガラスケースのなかのお菓子を撮影したんです。もうひとつはお椀(わん)です。お椀を買いました。一組をまとめて買うほどの余裕はなかったので、毎月、一客ずつ分けてもらった。時々、寝る前になると出してきてじっと眺めていました。そういうお椀は今でもまだ店で使っていますよ。
■あしらいは花ではなく季節の野菜を添えて
あしらいとは器に盛りつけた料理を引き立てるための野菜類もしくは花、葉っぱのこと。もっとも私は花は一切、使いません。
そうですね、たとえば焼き物をお出しする時は、あしらいを置く位置を見ます。そして、気に入らないところがあればちょこっと変えてみる。あしらいの位置をほんの少し変えただけで皿の景色はがらっと変わる。ですから、あしらいは大事です。私は焼き物とあしらいだけ一七〇種類ほど集めた本を作ったことがあるほどです。
ご家庭でお客さまをもてなすとします。鰤(ぶり)の照り焼き、鮭(さけ)の切り身などをいい器に盛って出しただけではちょっと足りない感じがする。そこに、あしらいを添えるだけで、お客さまは食欲がわいてくる。
そして、あしらいは季節感を盛り込むもの。春なら山菜、夏ならば、伏見唐辛子や枝豆といったように、あしらいで季節を表すことができます。
■料理を映えさせる3つのあしらい
①はじかみ生姜(しょうが)
葉のついた新生姜を甘酢に漬けたものです。普通は焼き物の横に一本、添えるのですが、私は刻んで三つ葉と合わせたりもします。はじかみの赤と三つ葉の緑がバランスよく、見た目がおいしそうになるんです。
②胡麻和(ごまあ)え
ほうれん草やいんげんはおひたしより、胡麻和えが合うと思います。ただし、量はほんの少しです。あしらいは小鉢とは違いますから、あまりたくさんつけると、かえって不格好になってしまう。
③甘煮
さつま芋や栗、柚子(ゆず)を甘く煮含めたものも時々、あしらいに使います。柚子は「車柚子」といって緑の柚子を輪切りにして御所車の車輪をイメージしたものです。
私はあしらいを考えることが楽しみのひとつになっています。材料を眺めていると、遊び心が湧いてきます。
開店した頃のことです。うちにいらした小原流の御宗家から、「西さん、ひとつお願いがあるんだ」と言われたことがあります。
「実はこの頃、料理屋さんで桜の花や菊の花を盛りつけやあしらいに使う人が多い。それはそれで構わないのだが、どうも気になるんだ。お皿の上では料理が花だ。料理自体が主役なのだから。できたら、花は盛りつけには使ってほしくない。枝、葉で表現してほしい」
もともと私は料理に花をあしらった盛りつけはやっていませんでしたが、その方がおっしゃったように、料理人は料理を花と思わなければいけません。以来、そのことは守り続けています。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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