文春砲の生みの親が編集部員に「絶対にやめろ」と厳命していた"たった一つのこと"
プレジデントオンライン / 2021年9月10日 10時15分
■「巨悪を討つ」みたいな意識はない
——新著『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)と併せて、『2016年の週刊文春』(柳澤健著、光文社)も読みました。そこで、いちばん感銘を受けたといいますか、共感を覚えたのは、新谷さんの口から「ジャーナリズムとして」や「ジャーナリストとして」という文言が一切、出てこないところでした。
【新谷】嫌いなんですよ、「ジャーナリズムとは」みたいなの。裃(かみしも)を着て、大上段から「言論の自由だ」ということを言ってみたりするのも嫌いです。雑誌メディアの役割は、何よりも読者に、おもしろがっていただくことが基本だと思っているので。だから、本来、「文春砲」と言われるのも本意ではないんです。巨悪を討つ、みたいな意識はないので。
——ドキュメンタリードラマ『直撃せよ!~2016年の文春砲の裏側』(ドワンゴ制作)では、週刊文春の記者が取材の舞台裏を証言しているシーンの音源がたびたび流れます。みなさん、深刻な感じではないんですね。誤解を恐れずに言えば、生き生きしている。
【新谷】『文春』らしいですよね。神妙な、辛気臭い感じはない。企画をスタートさせるときも、正しいことよりも、おもしろいと感じるものに素直に従いたいんです。おもしろいことって、本能というか、嗅覚で分かる。
でも、何が正しいかは分からないじゃないですか。ある程度までは判断できるかもしれませんが、そもそも、これは正しいと信じ込むことは危険を孕んでいると思うんです。世の中を正すんだみたいな意識は、変な方向に行きかねない。正義が何かなんて、歴史上、立場によってころころ変わってきたわけですから。
■「トドメは刺すなよ」といつも言っている
——私も、思わず、芸能人のスキャンダル記事を雑誌発売前にネットで課金してまで読んでしまうことがあります。そんなときは「ああ、自分も高尚とは程遠い、下世話な人間なんだな」と思います。
【新谷】落語家の立川談志さんのセリフではないですけど、人間の業を否定するのではなく、肯定したいんですよね。人間って、愚かだけど、でも、だからこそ愛らしい。誤解されがちなんですけど、芸能人が不倫をしたからといって、われわれがそれを断罪するつもりはないんですよ。芸能活動をやめろ、とか。
——週刊文春編集部の人は、よく言っていますよね。締めの部分をしっかり読んでほしい、と。確かに、おもしろがってはいても、必要以上に攻撃してはいない。いつも論調を先鋭化させるのは、追従した他メディアであり、世間なんですよね。
【新谷】私たちに人を裁く資格なんてない。われわれだって間違いは犯すわけですし。人間、そんなに偉いもんじゃないんですよ。だから、そこは書く人間にはいつも言っているんです。「トドメは刺すなよ」と。
——週刊文春で、ジャーナリストの立花隆さん率いるチームが田中角栄の金脈を暴いたときも、当時の編集長は「正義感ではなく好奇心」と語っていたそうですね。名言ですよね。
【新谷】私の大先輩にあたる田中健五さんの言葉です。それが文春だと思うんですよね。知りたい気持ちを大切にする。明るい野次馬根性っていうのかな。
——立花隆さんが、生前「記者たるものは、近所で火事があったら真っ先に駆けつけるような野次馬根性がないとダメだ」と言っていて。ハッとさせられた記憶があります。
【新谷】立花さんは、よく「事あれかし主義」という言い方をしていたそうです。事なかれ主義ではなく。記者は大きな事件があると、心がざわつくようなところがありますからね。「なになに? どうしたの?」って。
■好奇心は大事だが、敬意を欠いてはいけない
【新谷】会社に入った1989年6月ごろ、スポーツ誌の『ナンバー』編集部に配属されたんですが、ジャーナリストの本田靖春さんとラスベガスにボクシングの取材に行ったんです。そうしたら、本田さんが「飛行機に乗ると、いつも落ちないかなって思うんだ。それで自分は生き残って、その一部始終を書きたい」と。すごい世界に入ってしまったなと強烈な印象を受けました。
——でも、どんなに好奇心を刺激されることであっても、道徳的なラインのようなものはあるわけですよね。
【新谷】抽象的な言い方になってしまいますが、人間に対する敬意を欠いた記事は嫌ですね。水に落ちた犬も同然だと思うと、自分は安全地帯から、これでもかというくらい叩く。
最近も、オリンピック開会式の楽曲制作に関わったミュージシャンの小山田圭吾さんが昔の過ちを理由に辞任しましたが、社会から完全に抹殺してしまうことには違和感がある。でも、そう言っただけで「擁護するのか」と、その人まで炎上してしまう。自分の側に「正義」があると信じている人って、違う意見をまったく受け入れようとしないじゃないですか。そういう傾向には与(くみ)したくないですね。
——小山田さんのインタビューは当然、画策しているんですよね。
【新谷】出てきてほしいですよね。彼がしたことは到底、容認できませんが、彼の話は聞いてみたい。実際に会って話を聞いたら、良くも悪くも、印象は変わると思うんですよね。
■大酒飲みだったのに“酒断ち”を決意した事件
——『週刊文春』で仕事をすると新谷さんの話を聞くことがありますが、こんなに人から嫌われそうなことをしていながら、こんなにも慕われている人はそういないんじゃないかと思っていました。
【新谷】いやいや、向かうところ、敵ばかりです。会社から粛清されかけたことも何度かありますし。
——意識しているのか無意識なのかは分かりませんが、新谷さんは隙を見せるのがうまいですよね。相手をつい、油断させる。『2016年の週刊文春』にも書かれていましたが、酒で何度も失敗したり。本当に死にかけたのですか?
【新谷】『週刊文春』編集長になる前、2009年ごろだったかな。私は適度に酒を飲むことができなくて、飲むとなったら、とことん飲んじゃう。
その日も、茅ヶ崎市(神奈川県)の知り合いの家で家族連れでバーベキューをやって、菅原文太さんにもらったお米で作った“シャンパン”をがぶがぶ飲んでいたら、気持ちよくなってしまって。目の前が海だったので、服を着たまま飛び込んじゃった。それで、溺れる寸前に助け出されたんです。
帰りの車中で運転席の妻の怒り方が尋常じゃなくてね。やけに冷めているんですよ。気づいたら、私はずぶ濡れで、車の助手席に座っていて、尻の下には新聞紙が敷かれていた。何が起こったのか分からないんですけど、妻は鬼の形相で、何も教えてくれない。後ろの席では、子どもたちが泣きじゃくっている……。
申し訳ないと平謝りしたら、妻が「海に向かっていくとき、あなたの顔には死相が浮かんでいた。この人は、こうやって死んでいくんだろうなと思った」と。それを聞いて、すっごく怖くなって。酒で死ぬ自分がリアルに想像できたんです。たいした仕事も残さないまま、酒に溺れ、海で溺れて死ぬんだ……と。なので、その日から今日に至るまで、酒は一滴も飲んでいないんです。
■酒を捨てて、生産性は格段に上がった
——仕事上、酒の付き合いはあると思いますが、飲めなくなってさみしく思うことはないですか。
【新谷】もともと酒好きというより、酒場の雰囲気が好きだったんですよ。性格的に、酒がなくても酔えますしね。今はウーロン茶を飲みながら、どんちゃんどんちゃんやっています。何かを捨てたら何かを得るといいますけど、酒を捨てて、生産性は格段に上がりました。夜、酔っぱらっていることもないし、朝も二日酔いで頭が働かないなんてこともなくなりましたから。
——今、話をしながら、改めて、こういう方だからこそ、相手も気を許し、つい本音を話してしまうんだろうなという気がしています。
【新谷】相手にしゃべってもらう方法って、いろいろありますよね。作家の海老沢泰久さん(1950-2009)は、「相手が黙っても絶対、しゃべっちゃだめだよ」と言っていました。長い沈黙を経て、相手が本音を語り始めることもあるから、って。でも、タイプ的に、私にはそれはできない。相手が黙ったら、調子いいことを言って、盛り上げようとしてしまう。
それよりも私は事前に相手のことをよく調べておいて、この人がいちばん喜ぶポイントはどこにあるかを探します。好きな趣味の話を振るとか。そうすると、どんどん機嫌がよくなって、口も滑(なめ)らかになる。気づいたときには、洗いざらいしゃべってしまい、後日記事を見て「ギャー!」っとなるみたいな。今でも、「あんなことを書いたのに、よく許して付き合ってくれてるよな」と感謝している人は結構います。
■大事なのは「愛嬌、図々しさ、真面目さ」
——世間では、「文春砲」の生みの親でもある新谷さんって、どんなに怖い人なんだろうと思っている人がたくさんいると思うんですよ。
【新谷】らしいですね。実際に会うと意外、ってよく言われます。
——いい意味で言うのですが、意外と人間が軽いというか、愛嬌がありますよね。
【新谷】愛嬌、大事ですよね。それと、図々しさと、真面目さ。編集者で大事なのは、この3つじゃないかな。
——図々しいと言えば、本を読んでいると、よく言えるな、と感心してしまうシーンがいくつもありました。ドキュメンタリードラマ『直撃せよ!』では、経歴を詐称していたショーンKさんをインタビューしているとき、約束の時間を過ぎているからと取材を終わらせようとする広報担当者に向かって、新谷さんが「ショーンさんは自分の人生をかけてしゃべっているんだ!」と押し返していました。暴かれている側が、まるで自らの意思でしゃべりにきているかのように錯覚させてしまうという……。
【新谷】あのシーンは、かなり事実に即しています。でも、冷静に考えたら、そうですよね。来ていただいているのに。あれは思い出深い取材だったなぁ。
——前田敦子さんの「深夜のお姫様抱っこ」の様子をスクープした時も、所属事務所の偉い人に新谷さんが「あのスクープ以来、前田さんは女優としてひと皮むけたんじゃないですか」と言ったら、「あんたに言われたくない」と怒られたとか。
【新谷】あ、あれですね。あのときは怒られたなあ。
■「親しき仲にもスキャンダル」の真意
——ただ、新谷さんの中にも「武士の情け」はあるんですね。当時自民党副総裁だった山崎拓さんの女性スキャンダルを『週刊文春』が報じましたが、議員辞職後も、女性がらみの問題で記者から追いかけられていた山崎さんから直接、「どこまでわしを辱めれば気が済むんや。わしは政治家を引退したんや」と電話があった。そのときは、記者に即撤収を命じたんですよね。
【新谷】もちろん、そういうときもありますよ。山拓さんとは、スキャンダル後にお付き合いが始まったんです。九州に行った帰りに焼酎をお土産に買ってきてくれたりね。「おれと同じようにこいつを討ってくれ」と頼まれたこともある。
もちろん、情は移ります。むしろ、私は情に流されやすいほうなので。でも、親しくなることが私たちの仕事ではない。心を鬼にして書かなければいけないこともある。だからこそ、そんな自分を戒めるために、いつも「親しき仲にもスキャンダル」と言い続けているわけです。
■あくまで「おもしろがる精神」を大事にしたい
——「親しき仲にもスキャンダル」という言葉は、もはや、新谷さんのキャッチフレーズのようになっていますが、本来、あまり表立って言わないほうがいいですもんね。余計な警戒心を抱かせるだけなわけで。
【新谷】あるテレビ局の会長に「僕のことも書くの?」と聞かれたので「もちろんです」と答えたら、「君と付き合う意味はないね」と冷たく突き放されたこともありましたね。
——私はフリーランスですが、書く媒体として文春の名前を出すだけで、ここ数年、異様に警戒されるようになりました。そのときには顔に出さなくても、あとあと「最初、どんなことを書かれちゃうんだろうと思いました」と言われたり。
【新谷】本当は愛されるブランドでありたいんですけどね。近年の『週刊文春』は背負うべきではないものまで背負ってしまったようなところはありますね。権力の不正を暴くという、本来、大手新聞が背負うべきものまで期待されるような立場になってしまった。
正直、それは重いんです。結果的にそういう役割を果たしたとしても、われわれは「世の中を正すためにやる」みたいな感覚は極力、持たないようにしています。あくまで、世の中をおもしろがる精神を大事にしていきたいですね。
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前週刊文春編集局長、「文藝春秋」編集長
1964年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、文藝春秋入社。『週刊文春』『文藝春秋』編集部、『週刊文春』編集長などを経て、2018年7月より現職。著書に『「週刊文春」編集長の仕事術』『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)がある。
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(前週刊文春編集局長、「文藝春秋」編集長 新谷 学 聞き手・構成=ノンフィクションライター・中村計)
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