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「世論調査では自民党支持は底堅いが…」秋の衆院選で政権交代の可能性がゼロとはいえない理由

プレジデントオンライン / 2021年9月8日 15時15分

記者団の取材に応じ、自民党総裁選不出馬を表明した菅義偉首相=2021年9月3日午後、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

菅首相が自民党総裁選の不出馬を表明するなど政局が慌ただしい。菅首相の不出馬の背景は「横浜市長選での敗北」だったとみられている。政治学者の菅原琢さんは「野党の支持率は世論調査では低いままだが、地方選などでは無党派層からの票を多く得ており、そのおかげで横浜市長選でも野党系候補が勝利した。次の自民党総裁次第では、政権交代が起きる可能性もゼロではない」という――。

■菅首相の降板を促した横浜市長選

自民党総裁選、そして衆院選に向けて、政界は慌ただしくなっています。結果的に菅義偉首相は総裁選に出馬しないことになりましたが、この決定に至る前の段階から首相に対する疑問、批判が党内から相次いでいました。

このように大騒ぎとなったのは、自民党議員の中に次の衆院選で敗北するのではないかという危機感があるためです。過去の例を見ても、首相を引きずりおろす動きが出る、首相への批判が高まるのは、来る国政選挙で敗北するのではという見方が広まったときです。

もっとも、各社の世論調査を見ると内閣支持率は低下していますが、自民党自体の支持率は大きく低下しておらず、野党との差はまだ開いています。たとえば最新の日経新聞世論調査(8月27~29日)で自民党の支持率は39%、立憲民主党は11%でした。日経新聞の世論調査が強い自民党バイアス(自民党への支持等が過大に報告されること)を含むことを考慮しても、自民党は政権を維持できる支持の水準を保っていたと考えられます。

それでも自民党内で悲観論が広まったのは、最近の地方選で自民党の選挙結果が芳しくなかったためです。特に、8月22日に投開票された横浜市長選の結果は重く受け止められました。首相は横浜市内の選挙区選出であり、やはり横浜市内選出の小此木八郎衆院議員を市長候補として支援したにもかかわらず、立憲民主党が擁立し共産党が支援した山中竹春候補に大差で敗れたためです。

地元で首相が推した候補が敗れるという結果は衝撃的と受け止められ、新聞各紙も「首相の不人気、鮮明 盟友肩入れ、大打撃」(毎日新聞)、「小此木陣営 恨み節 地方議員「内閣不支持が敗因」」(読売新聞)と見出しで首相の「不人気」と関連付けました。

そして、「『菅首相のまま衆院選に臨めば、壊滅的結果になる』(若手)との見方が支配的になった」(『読売新聞』2021年9月3日夕刊)、「求心力の低下に拍車がかかった」(『朝日新聞』2021年9月4日朝刊)と、横浜市長選での大敗を首相退陣の重要な要因とする見方が広がっています。

■横浜市長選が衆院選の結果に直結するとは言えない

もっとも、地方選の結果は国政選挙を占うのに適しているとは言えません。選挙の構図や文脈がだいぶ異なるためです。まして横浜市長選は候補が乱立した特殊な選挙であったため、衆院選の結果に直結すると述べることはできません。

横浜市長選では、たしかに野党系の山中候補が大差で勝ちました。しかし、その得票率は33.6%と低く大勝とは言えません。この得票率でも勝てたのは、主に現職だった林文子候補が再出馬したことによる自民党支持者の票割れのためと考えられます。小此木候補の得票率21.6%と林候補の得票率13.1%を合計すれば34.7%となり、確かに山中候補を上回ります。

しかし、票割れが生じていなければ自民党系候補が勝利したはずというのも単純すぎます。林候補や4位以下の元知事らが出馬しなかった場合、それらの得票の一部は山中候補にも入ったと考えられるためです。

今回の市長選は法定得票(得票率25%)を超える候補がいないかもしれないと言われていたくらい有力候補が乱立した選挙でした。また、山中候補の33.6%という数字は2019年参院選で立憲民主党と共産党の候補が横浜市内で獲得した得票率(34.3%)と大差はありません。これだけの乱戦の中、候補を統一しても顕著な票の流出がなかったことは、野党にとって悪い材料ではありません。

ともかく、このように構図が複雑なため、ここから将来の衆院選を予測することは仮定に仮定を重ねるような議論になり、精度を欠くことになるのです。

【図表1】横浜市長選各社情勢調査結果、出口調査結果の要約表
出典=朝日新聞、読売新聞、神奈川新聞、日経新聞各紙の記事

■選挙終盤に野党系候補に流れた無党派層

ただし、地方選の結果には、現状の有権者の意識や行動を探るヒントもあります。図表1は、横浜市長選に際して行われた情勢調査と出口調査についてまとめたものです。情勢調査には報道に際しての見出しも付しています。

選挙の情勢報道は、投票日よりも前に選挙結果を予想して伝えるものです。最も早く報道した朝日新聞では、小此木候補が「わずかに先行」としていました。次に報じた読売新聞では山中、小此木、林の各候補が「横一線」、同時期の神奈川新聞では山中候補が「先行」とされていました。

そして結果は、山中候補が次点に約12ポイントもの差をつけて当選しました。10ポイント以上の差を付けた参院1人区の選挙結果を参考にして情勢報道風に表現すれば、「山中氏が優位に立つ」となるでしょうか。情勢調査時点の予測よりも、山中候補と小此木候補の差は開いたのです。

この表を素直に読めば、野党系の山中候補が選挙期間を通じて支持を伸ばしていったということになります。そして、この際に特に伸びたのは、支持政党を持たない「無党派層」と名付けられた層です。

図表1には、最も詳細な数字を伝えた日経新聞の出口調査の数字を載せていますが、同紙(39.5%)だけでなく朝日新聞(39%)、NHK(40%台半ば)、読売新聞(4割強)と、山中候補はいずれの出口調査でも無党派層から多くの票を獲得したと報告されています。ただし、無党派層は投票しない割合が高いため、棄権予定者の回答も含む情勢調査と投票者のみが回答する出口調査とを単純に比較できないことには注意が必要です。しかし、日経新聞の出口調査で山中候補が無党派層から小此木候補の約3.6倍の回答を得たことを見ると、初期の朝日新聞の「分け合う」からだいぶ差が開いたと言えるでしょう。

■メディアの予測以上に無党派層が野党系候補へ流れた

都議選の情勢予測に関して論じた前回の記事でも述べましたが、無党派層などの政治への関心が比較的低い、政治から遠い人々ほど投票直前に投票先を決定する傾向があります。野党系の山中候補がそうした層から一定の票を得ることができたことが、事前の情勢報道の予測よりも差が開いた理由と考えられるのです。

【図表2】横浜市長選における各社情勢調査の候補得票率の試算
出典=朝日新聞、読売新聞、神奈川新聞各紙の記事、社会調査研究センターウェブサイト

この無党派層の動きは、報道各社にとっても予測を大きく上回るものだったと考えられます。図表2は、図表1の情勢報道の表現と世論調査の支持率を元に、その時点での各社調査の各候補の予想得票率を試算したものです。

ただしこの表では、表中に示さなかった政党の支持者からの得票は0とみなすなど簡略化した試算を行っており、正確性は追求していません。支持率等はあくまで仮置きで、実際とは大きく異なる可能性があります。ここでは情勢報道の表現との比較を見るために、小此木候補と山中候補の得票率の差を見ていただければと思います。

これを見ると、たとえば朝日新聞の情勢調査では、小此木候補と山中候補には大差がついており、また山中候補は2番手ではなく3番手だった可能性があります。現在の世論調査では自民党バイアスが強く、立憲民主党と共産党の支持率は低いので、無党派層での投票予定が伸びていない段階ではこのように大差がつくことは致し方ないと言えます。

それでも朝日新聞が小此木候補について「優位に立つ」ではなく「わずかに先行」と表現し、山中候補が2番手となったのは、両候補の得票率の差はもっと詰まると予測していたと捉えられます。予測式を用いることで、世論調査結果に含まれる自民党バイアスを補正し、さらに無党派層などの票が野党系候補に流れることを踏まえて、情勢調査の結果よりも野党寄りに予測したと考えられるのです。

しかし、こうした事前予測を大きく超えて無党派層から山中候補に票が流れた結果、小此木氏「わずかに先行」、あるいは3氏「横一線」の報道は外れたのではと想像することができます。

■オートコール式の世論調査は立憲や共産の支持が高く出る傾向

なお、図表2のうち、神奈川新聞の結果は注意が必要です。同社は自前の世論調査を行っていないため、図表2の左では読売新聞の政党支持率を仮に入れています。これを元に試算すると、小此木候補の予想得票率のほうが明確に高くなり、「山中氏先行」とは表現できません。

同社が用いたのは自動音声による応答で調査を行う方式(オートコール)です。この方式は、高齢で政治関心の高い人々が回答しがちであることが知られており、無党派層が少なく、共産党や立憲民主党の支持率が一般の世論調査に比較して高くなりがちであることが知られています。

そこで、図表2の右側では、同様の方式の調査を行い細かい数字も公開している毎日新聞・社会調査研究センターの8月の政党支持率を仮置きして試算しています。これを見ると、山中候補が小此木候補をわずかに上回っています。支持率等はあくまで仮置きですし、高齢者バイアスの補正など細かい調整は不明ですが、おそらく「山中氏先行」と表現しうる結果が出ていたものと思われます。

言い換えると、神奈川新聞の「山中氏先行」予測は、多数の無党派層の山中候補への流入を的確に予測したためではなく、元々の調査の中に過大に立憲民主党、共産党支持者が含まれていたことにより生まれたのだと考えられます。

この点で注意したいのは、立憲民主党の枝野幸男代表が最近ラジオで明らかにした同党の独自調査です。同氏によれば、各小選挙区1000サンプル程度の調査を行った結果、十分に政権が代わる可能性があるという結果が出たとのことでした。

立憲民主党の予算で30万人近い規模の通常のRDD法世論調査を簡単に行えるとは思えませんので、同党が行ったのは低額で実施可能なオートコールによる調査ではないかと予想されます。筆者はここで述べたオートコール調査の高齢者・高関心層バイアスに惑わされているのではと察しましたが、どうでしょうか。

■新総裁は総裁選と衆院選のジレンマを克服できるか

無党派層の多くが野党系候補へ投票したことは、野党系が全勝した今春の衆参の補選、再選挙での出口調査でも確認されています。無党派層から支持を得た都民ファーストが健闘した東京都議選でも、投票した無党派層の投票先は立憲民主党15%、共産党16%と、合計すれば自民党の15%に対し倍となっていました(都民ファーストは25%。朝日新聞の出口調査より)。

国会議事堂
写真=iStock/fotoVoyager
※写真はイメージです - 写真=iStock/fotoVoyager

そもそも、冒頭に述べたように野党の支持率はあまり高くありませんから、「ブーム」「追い風」と表現された2009年衆院選のような野党への期待の高まりが生じていないことは確かです。しかし、支持政党を持たないような層から野党統一候補が選ばれる結果が続いていることも確かです。メディアの予想以上に無党派層から野党候補に票が流れ込んだ横浜市長選の結果は、そうした流れが定着し、強まっていることを示します。

来る衆院選では前回よりも野党分立状態が収拾されるため、立憲民主党を中心とする野党候補に無党派層の票が集まりやすくなります。政権交代が起きる程度かはともかくとして、与党である自民党と公明党が議席を減らす可能性が高いと考えられます。

このような現状認識を踏まえてみれば、首相の降板と総裁選は、無党派層を野党から少しでも奪い返すための自民党の一手と解釈することができるかもしれません。もっとも、ただリーダーの顔を変えただけでは、大した変化は起きないでしょう。内閣支持率が急落しても自民党支持率が大きく下げないのと同様、総理・総裁が代わって内閣支持率が多少上がっても、自民党支持率が急上昇するようなことは想定しにくいためです。

そうでなくとも、首相降板と総裁選をめぐる混乱した党内政局は自民党の末期感を印象付け、自民党への支持や評価に良い影響は与えません。したがって新総裁は、これらマイナス要素を覆し、野党に流れつつある無党派層を引き留め、来る衆院選で与党の議席数を維持するという困難な課題への対応を求められることになります。

そのために新総裁は、支持政党を持たないような政治から遠い人々にも目を向ける必要があります。しかし、総裁選で勝ち抜くためには、まず党内の政治家や党員に目を向ける必要があります。このため、党内競争で勝ち抜こうとして党外競争ではかえって弱くなることもありえます。たとえば、総裁選で勝とうとして有力政治家に擦り寄った政策を掲げれば、衆院選で無党派層などからの集票が覚束なくなる可能性が強まるのです。新総裁次第で、政権交代の可能性も出てくるのです。

総裁選と衆院選、自党支持者と無党派層をめぐるこのジレンマを、各候補がどのように克服していくのか。これが、今度の自民党総裁選の見どころになると思います。

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菅原 琢(すがわら・たく)
政治学者
東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科修士課程、博士課程修了。博士(法学)。専門は政治過程論、日本政治。国会議員の国会での発言、活動などをまとめる国会議員白書を運営。著書に『世論の曲解』、共著に『平成史【完全版】』、『日本は「右傾化」したのか』などがある。

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(政治学者 菅原 琢)

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