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過去1000年で最も重要な曲…「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞に秘められた謎を解く

プレジデントオンライン / 2021年9月22日 15時15分

1984年9月18日、ロックバンド「クイーン」のリードシンガー、フレディ・マーキュリー。パリのベルシ―・アリーナ(POPB)でのコンサート中に撮影 - 写真=AFP/時事通信フォト

イギリスのロックバンド・クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。映画のタイトルにもなったこの曲にはいくつもの謎が隠されている。『「ボヘミアン・ラプソディ」の謎を解く』(光文社新書)を書いた菅原裕子さんは「歌い出しは『ママ』だが、イギリス人は母親をママとは呼ばないという指摘がある。そこからしてヘンな曲なのだ」という――。

■「1000年で最も重要な曲」に選ばれた「ボヘミアン・ラプソディ」

1999年、イギリスの音楽特別番組『ミュージック・オブ・ザ・ミレニアム』にて「過去1000年でイギリス人が選んだ最も重要な曲」が選ばれた。その第1位を獲得したのが「ボヘミアン・ラプソディ」である。ジョン・レノンの「イマジン」とビートルズの「ヘイ・ジュード」を抑えたというと、さらにそのすごさがわかるのではないだろうか。

オリジナルメンバーであるブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、フレディ・マーキュリーが1970年に集まり、翌年、オーディションにてジョン・ディーコンが加入してクイーンが結成された。その後メンバーの入れ替えは一切なしという、ロックバンドとしては貴重なスタイルの始まりとなる。

73年にファーストアルバム『戦慄の王女』を発表。74年には2枚目のアルバム『クイーンⅡ』、立て続けに3枚目の『シアー・ハート・アタック』をリリースし、そこからのシングル「キラー・クイーン」がバンドとしての初ブレイクとなる。翌75年に4枚目のアルバム『オペラ座の夜』を発表、シングルカットされた「ボヘミアン・ラプソディ」が世界的な大ヒットとなる。

こうやって書くと順風満帆なようにも聞こえるが、デビュー当初はまったくの鳴かず飛ばず。批評家にも、商業的であるとか何かの二番煎じだとか酷評される時期が長く続いた。そもそも、Queenという名前自体がスラングで「ゲイ、おかま」という意味があり、最初から「イロモノ扱い」される要因はあった。バンド名はフレディの命名によるもので、彼の「女王」への愛着と、ものものしく、華やかでよいとの理由に基づいたものではあったが、他メンバーはあまり乗り気でなかったのもうなずける。金銭的にも長いこと受難が続き、「ボヘミアン・ラプソディ」がヒットした後もフレディとロジャーは以前からの生業である古着屋を続けざるを得なかった。最初に契約した制作会社がブラック企業のようなもので、契約条件が劣悪だったという。

「ボヘミアン・ラプソディ」はイギリスでは9週連続No.1という快挙を成し遂げる。もっとも、批評家たちにはあいかわらず受けが悪く、爆発的に増えた新しいファンが支えた大ヒットだった。

■従来の商業ルールに乗らないオキテ破りの曲

本稿では、楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」がどのように「すごく」て、かつ、どのように「ヘン」なのかを探っていく。彼らの初めての大ヒットであり、なんといっても映画のタイトルにもなった、バンドにとっても特別な曲である。

YouTube動画のキャプチャ
クイーン公式YouTubeの歌詞付き動画(英語と和訳の両方が掲載)(出所=Queen Official YouTubeチャンネル)

この楽曲は、あらゆる意味で「破格」であった。まず人々を驚かせたのは、とにかく曲が長いことだった(5分57秒)。

6分近くある曲は今でこそめずらしくないが、当時このような前例はまずなかった。1975年のヒットチャートを見ると、いずれも3~4分程度が主流である。長すぎてラジオでもかけられないと、レコード会社の上層部はシングルカットを断固拒否したので、フレディが反対を押し切って友人のDJケニー・エヴェレットに音源を持ち込み、売り込んだエピソードは有名である。

エヴェレットは自分の番組でこの曲を繰り返しかけた。その結果、レコード発売前から店先に並ぶファンが現れ始め、テレビ放映後の爆発的ヒットを後押しした。

そして、この曲の長さはその特別な音楽構成にもよるものである。一曲の中に変調がいくつもある。いきなり始まる重ねられたアカペラ(パートA)、フレディのしっとりしたバラード(パートB)へと続き、しかし独特の喧騒に満ちたオペラ風(パートC)へとがらりと変わり、次にハードロック調ギターソロ(パートD)が続き、再びフレディのボーカル(パートB)へと戻り、終わる。つまり、この曲にはアカペラ(A)→バラード(B)→オペラ(C)→ハードロック(D)→バラード(B)という、異なるジャンルが共存しているのである。

普通は、イントロの次にAメロが入り、Bメロ、サビ、またAメロに戻り、Bメロ、間奏……などと続くものだ。もちろん楽曲のアレンジは無数に存在するが、標準的には、聴いている人が予定調和の安定感や安心感を覚えるよう構成されることが多い。しかし「ボヘミアン・ラプソディ」は初めて聴くものに「次」を予想させない。従来の商業的ルールにまったく従わないオキテ破りの曲なのである。

■3曲別々に作ったものを合体させている

このような特徴的な音楽性について、ポピュラー音楽を専門とするチェスター大学准教授のルース・ドックレー氏はクイーンの他の一連の楽曲と共に「コンプレックス・ソング」であると分類する。

「コンプレックス・ソング」とは「複雑に入り組んだ曲」を意味し、日本語の「コンプレックス」(劣等感)とは無関係である。

「アンセム」――スポーツの場の応援歌のようにオーディエンスの参加を目的とした曲(たとえば「伝説のチャンピオン」〈We are the Champions〉や「ウィ・ウィル・ロック・ユー」など)とは異なり、込み入った仕掛けが曲を魅力的にしているタイプの楽曲を指す。

一曲の中に異なるスタイルが盛り込まれ、それらが一つの物語を構成している。そして実際、フレディは「ボヘミアン・ラプソディ」が、元々は3曲別々に作ったものを合体させたものだと発言している。「ザ・カウボーイ・ソング」と題された歌詞を、ブライアンや他の友人が見たという証言があり、どうやらその一部はクイーン結成以前のもののようだ。つまり、正真正銘のコンプレックス・ソングなのである。

■謎に満ちた「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞

曲を聴いたことはあっても、曲全体の歌詞を知っている人はそれほど多くないかもしれない。それでも、あまりにも有名なバラード・パートの冒頭、フレディが歌う“Mama……just killed a man……”(ママ、人を殺してしまった……)の一節を知らない人はいないだろう。

「ママが人を殺してしまった」歌だと思っている人もいるかもしれない(ここのみ聴いただけであればそれも十分に考えられる)が、続くフレディの心の叫びのような「語り」を通して吟味してみると、やはり主人公が人を殺してしまった歌のように解釈できる。

しかし、それがヘンである。なぜそんな重大なことを切なげに謳い上げているのか。なにより、物騒ではないか。本楽曲がすごくてヘンなのはこれまでに述べた「音楽的」要素が大きいからだが、それと同じくらい、この歌詞が理解を超え、謎に満ちているからである。

■母親を「ママ」と呼びかける違和感

歌詞の解釈は多岐にわたり、とりわけインターネットでは「まとめをまとめた」ようなサイトも多く、実のところ収拾がつかない。

全体的な流れをまとめるとすると、これは殺人を起こした若者の物語であり、前半では、繰り返される「ママ」への呼びかけが象徴するように、罪悪感や自分の人生を自らだいなしにしてしまったことへの後悔、恐怖、絶望が告白される。

後半では、あたかも裁判が繰り広げられているような展開となり、宗教的、倫理的に彼を裁こうとする者と、彼を救済しようとする者が現れ、主人公は混乱のまま恩赦を求め逃げまどう。そして最後には諦念の域へと向かっていく。

人を誤って殺した若者が自分を救済するために悪魔に魂を売ろうとするパートを、ゲーテの『ファウスト』のモチーフになぞる学者もいる。あるいはカミュの小説『異邦人』の冒頭、有名な「今日、ママンが死んだ」という一節との比較も可能だろう。

また、“Mama”「ママ」という呼びかけがロックの歌詞としては異質であるとの指摘も見逃せない。母親を“Mama”「ママ」と呼ぶのは、イギリスではきわめて限られた上層階級のみであるからだ。後ろにストレスを置いて「ママ」maMaと発音する――と言うとわかりやすいだろうか? 「お母様」、あるいは日本語で子供が甘えて「ママー」と呼んでいるような感じ。

かなり時代錯誤な表現だし、フレディは良家の子息ではあるが、1970年代において彼が実際に母親を“Mama”「ママ」と呼んでいたとは到底考えられない。母ジャー氏の話からも、普段は“Mum”と呼んでいたようだ。

つまり、フィクションとしてかなり作り込んだ、技巧を凝らした上での言葉の選択と考えられるのだ。とすると、この主人公を単純にフレディ自身と見立てるのは安直かもしれない。

ちなみに、チャールズ皇太子が2012年のエリザベス女王即位60周年記念式典で、正式な場で使われる“Your Majesty”(陛下)と言った後に“Mummy”(お母さん)と呼びかけたことが大きな話題となった。知らされていなかったらしく、女王は一瞬目を丸くして驚きの表情を隠さなかったが、ほのぼのとしたよいシーンとして受け止められた。ハリー(ヘンリー)王子のアイデアだったそうだが、キャサリン妃人気の影響もあり、開かれた王室をアピールするよい機会ともなった。

クイーンエリザベス2世
写真=iStock.com/kylieellway
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kylieellway

チャールズ皇太子が普段女王をどのように呼んでいるかは好奇心旺盛な市民の一つの「謎」のようだが、少なくとも公の場や談話では女王を“Mama”と言及している(ただし呼びかけではないようだ)。基本的には、王室のようなごく限られた上流階級が正式な場で使う語彙である。ただし文脈によっては特別な親愛の情を示したり、幼さを表したり、また、わざとおどけてきどった印象を意図して使われることもある。したがって「ボヘミアン・ラプソディ」がこの言葉を用いてなにかのパロディを目指したという読み方もできるだろう。

また、実際に人を殺してはおらず、二つの世界(現実と幻想)自体がすべて仮のものであるという読み方もできそうだ。オックスフォード大学の学者たちは、主人公の青年をフレディと重ねながらも、冒頭の箇所を「いやいや……殺してないから……」とも評している。

いずれにせよ、解釈はこの曲を読み解こうとする人の数だけあるといっても過言ではない。インターテクスチュアリティ(間テキスト性)豊かで、解釈を鑑賞する者に委ねる、オープンエンドの形式に則っていると考えればよいのではないか。

■歌詞のインスピレーションはどこから得たのか

フレディの曲作りはメロディ先行で、次に曲の全体的な構成を組み立て、最後に歌詞を合わせていくことが多かったという。「ボヘミアン・ラプソディ」も例にもれない。

「歌詞は苦手」「僕の歌詞はファンタジー、作り物である」という発言もある。気の利いたフレーズがちりばめられていたり(「キラー・クイーン」などはまさにそうだろう)、叙事詩のようにスケールの大きな、豪華絢爛な世界を生き生きと描く歌詞も多く生み出しているのに、意外なことに、彼を熱心な読書家であったと語る人は見当たらない。インスピレーションの源は必ずしも読書ではなかったということか。

しかし一方で、「ボヘミアン・ラプソディ」がカミュの『異邦人』を彷彿とさせるという意見もわからないではないし、初期のアルバム数作ですでに円熟を極めているといってもいいような技巧的な歌詞が、まったく文学を好まない人物の作だととらえるのも難しいようにも思える。天才の創作活動の秘密をうかがい知るのは容易ではないが、確実に言えるのは、その土台に高い美意識と豊かな想像力があったことだろう。周知の通り、フレディは美しいもの――音楽、美術、ファッション、オペラ、バレエなど――をこよなく愛した。

菅原裕子『「ボヘミアン・ラプソディ」の謎を解く』(光文社新書)
菅原裕子『「ボヘミアン・ラプソディ」の謎を解く』(光文社新書)

1970年代半ばからバレエ好きであることを公言し、1979年にはロイヤル・バレエ団との共演を実現。フレディはダンサーでもあったのである。コンサートでバレエの衣装(あるいはそれに近いもの)を身に着けることもあった。

また、憧れのオペラ歌手であったモンセラート・カバリエとのアルバム制作(1988年)も果たしている。これも意外であるが、フレディはオペラに関してそれほど詳しいわけではなかったという。

ただ、バレエにしてもオペラにしても、自らの美意識に忠実でチャレンジ精神に富み、ジャンルの枠にとらわれることなく、軽々とその垣根を越え自分の世界を作り上げていく姿は、とても彼らしいことのように思える。そのクロスオーバーな様相の一端が、本楽曲にすでに如実に表れていたわけだ。

一曲の中に何曲分もの味わいがあり、歌われている物語はミステリアス。特殊効果を駆使した映像で皆の度肝を抜き、一夜にして本国のヒットチャートを駆け上り、世界へとその熱狂は広がった。そしてこの歌が未だ愛され続ける理由の一つは、この歌が謎に満ちているからではないだろうか。

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菅原 裕子(すがはら・ゆうこ)
映画研究者
学術博士(名古屋大学)。専門は映画研究。元々の洋画好き&洋楽好きが高じて、現在は非常勤にて名古屋市内複数の大学で英語授業を担当。「ボヘミアン・ラプソディ」は大学1年生を対象にした授業で曲を扱ったのがきっかけで、その後カルチャーセンターから愛知サマーセミナーの講座へと発展。ファンの方々の熱い思いに直に触れ、リサーチをまとめたものを書き下ろした。

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(映画研究者 菅原 裕子)

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