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「500人想定だったのに運んだのは15人」自衛隊機によるアフガン救出が大失敗した最大の理由

プレジデントオンライン / 2021年9月9日 10時15分

米国が同国から全軍を撤退させた後、破壊された米中央情報局(CIA)基地の瓦礫の中を歩くタリバン・バドリ313軍団のメンバー=2021年9月6日、カブール北東部のデサブズ地区 - 写真=AFP/時事通信フォト

■「アフガン崩壊」が引き起こす4つの問題点

アフガニスタンにおける混乱はいまだに進行中である。しかし筆者には、20年にわたるアメリカ主導による民主的アフガニスタン建国の失敗とこれについての8月31日のバイデン大統領演説は、「アフガン崩壊」というパンドラの箱を開けてしまったように見える。そして、開いた箱から飛び出したさまざまな問題に現下の世界は回答をもっていないように見える。少なくとも筆者にはその解は見つかっていない。

本稿では、さまざまな問題の中から、①アメリカがアメリカ型の国家建設のための派兵はもうやらないことを鮮明にしたことが持つ意味、②対中国問題、③国際テロ問題、④カブール陥落で開かれた日本外交に対する問題提起という4つについて検討してゆきたい。なお、本稿を執筆した9月5日以降も事態は刻一刻と変化していることを明記しておきたい。

まず、①アメリカがアメリカ型のアフガニスタン建設に失敗し、このような国家建設のための「boots on the ground(派兵)はもうやらない」ことを鮮明にしたことが持つ意味について見ていこう。

■バイデン氏の演説で飛び出した「驚くべき発言」

8月31日バイデン大統領は「アメリカには、撤退するか残るかの選択肢しかなかった」「タリバンが権力を握ってからの17日間の撤退作戦で98%のアメリカ人を撤退させた」「空港における混乱の回避はできなかった」等、バイデン政権の立場を完全正当化する演説を行った。

そういう政権正当化の側面はあるにせよ、この演説にはそれだけでは終わらない強烈なメッセージが入っている。それは「アメリカは今後自国の雛型に沿った国家を外国につくることはしない」という宣言である。いわば世界の警察官としてのアメリカの役割は終わったという宣言のように聞こえるのである。

これは驚くべき発言だと思う。アメリカの歴史は、アメリカ理想主義の下で世界を作り変えるという理念主義と、米国は自国の建設以外に世界全体のことには関わらないという孤立主義の歴史が交錯している。すでにトランプ前大統領が言い出した「共和党型アメリカファースト」に対して今度は、ほかならぬバイデン大統領によって「民主党型自国ファースト」宣言がなされたのではないか。

少なくともこれからしばらくの間、孤立主義に向かうアメリカに対して、世界各国、なかんずく日本はどう対応すべきか。筆者には直の答えが出ないのである。

■「最も深刻な課題」と言いながら対中政策はちぐはぐ

パンドラの箱から飛び出た問題②は、中国である。

バイデン大統領は8月31日、「われわれは中国と深刻な競争をしている」「ロシアにも多方面からの挑戦を受けている」「サイバー攻撃と核拡散に直面している」と述べた。これこそアメリカ外交のこれからの課題というわけである。

しかし、中国をもって「最も深刻な課題」というなら、アメリカの地政学的戦略は全く説明がつかない。習近平国家主席の地政学的大戦略は「一帯一路」である。これは、太平洋の彼方から中国を睥睨(へいげい)するアメリカに対し、ユーラシア大陸を陸と海の双方から中国の後背地として戦うという戦略である。

アフガニスタンは、陸のシルクロード「一帯」のへそにあたる戦略的位置にある。アメリカのブーツが消えた後のアフガニスタンに直接的に影響力を行使する大国は、中国とロシアである。その中国をもって「最も深刻な課題」と言いながら、その中国が最も影響力を拡大したい地域の核心地をほとんど無傷でその影響下に差し出すという地政学的戦略論とは何なのか。

星条旗とホワイトハウスのサイン
写真=iStock.com/Bet_Noire
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

■日本の中国への対応もよく分からない

対中問題では、もう一つ筆者には分からない点がある。

日本で提起されている大部分の論調は「アフガンの事態の評価はともあれ、アメリカがこれから正面から中国に向かうことはいいことだ」という論調である。

しかし、日本でいうアメリカの対中国への関心は、「一路」という「海のシルクロード」への関心であり、だからこそ、日米による「インド太平洋」戦略への高評価と軌を一にしているのである。

台湾にせよ尖閣にせよ、いずれも「海のシルクロード」の問題だから、そういう思考が出る理由がないとは言わない。だが、相手の習近平国家主席から見れば、「一路」に偏した日本の対中国戦略は、あまりにも部分的なものとしか見えないのではないか。

■自爆すら厭わない過激集団はまだ根を張っている

第3にパンドラの箱から飛び出たのは、③国際テロ問題である。

何よりもカブールでタリバン政権が統治の初期形態を作り始めようとした矢先の8月26日、カブール国際空港でISの支部組織「イスラム国ホラサン州」による自爆テロが発生、13人の米兵とタリバンを含む多数のアフガン人の命をうばった。27日米国防総省は、アフガン東部ナンガルハル州で無人機による越境攻撃で空爆を行い、テロの計画立案者ら2人が死亡したと発表。

8月31日の演説でもバイデン大統領は「ソマリアにおけるアル・シャバブ、シリアやアラビア半島におけるアル・カイダ支持者、アフリカ・アジアに拡散するISIS」をこれからのテロの脅威として挙げている。

筆者も1999年8月外務省欧亜局長に任ぜられたとき、4人の日本人技術者がキルギスで誘拐され、背景にいた「アフガニスタンに端を発し、タジキスタンからキルギスを経由してウズベキスタンのフェルガナ盆地にいたる反体制ゲリラ」の動きに対し、4人の日本人の命を守るために震え上がったことがある(拙著『北方領土交渉秘録』(新潮文庫p350~p351))。

あれから20年、自爆を厭(いと)わないこれら過激集団の根が消え去ったとは到底信じられない。

■「ユーラシア大陸大動乱」が始まる

プーチン政権初期において、この地域のイスラム過激集団の動きがチェチェン、ダゲスタンに拡大することを抑え込んだことが自らの地位を安定させたことは、政治家プーチンのDNAとなっており、アフガニスタンを中心にテロ勢力が再活性化することは最も警戒すべき問題となるであろう。

かたや習近平国家主席にとっても、新疆ウイグル自治区の中国化を進めるにあたって、ウイグル過激派の動きに神経をとがらせないはずはない。中国国外を拠点とするウイグル独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」、新疆ウイグル自治区の出身者を中心とする「トルキスタン・イスラム党(TIP)」等の先鋭集団の動きが報じられている(8月17日付日本経済新聞、秋田浩之氏による論評)

アメリカによる「一帯」政策のへその緒の位置にあるアフガニスタンの中国とロシアへの丸投げ政策は、国際テロの標的となる苦しみをこの両国に分散負担させる結果を生み出すかもしれない。ユーラシア大陸大動乱の始まりであろう。

■日本のアフガン対応に残る3つの疑問

以上の私見は、第三者的に聞こえるだろうか。日本外交を民間の立場で考えようとする者にとっては、許されないことであろう。

パンドラの箱から飛び出した最後の問題は、④「カブール陥落で開かれた日本外交」に対する問題提起である。

自分はこの点について一切の内部情報をもっていない。だが、かつて外務省で仕事をしていた者として、迫りくるカブール陥落を前に、外務省および防衛省の関係者が、自国民や関係アフガン人の安全を守るために、眠ることもできない必死の作業を続けたことを疑わない。

スモッグに覆われたカブールの眺め
写真=iStock.com/christophe_cerisier
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/christophe_cerisier

しかし、それでも疑問が残る。

第一に、米国の8月末撤収を控え、タリバンのアフガン全土の制圧は非常なスピードで進み、米軍は“around-the-clock-effort”(昼夜兼行の努力)で撤退作戦を行い、そのニュースは8月中旬には世界中をかけめぐっていた。

■「最大500人」のはずが、運んだのは15人だけ

外務省は8月17日、ホームページで「在アフガニスタン日本国大使館は、現地の治安状況の急速な悪化を受けて、8月15日をもって一時閉館し、トルコのイスタンブールに臨時事務所を設置して当座の業務を継続しています。アフガニスタンに残っていた大使館の館員12名は、本17日、友好国の軍用機によりカブール国際空港から出国し、アラブ首長国連邦のドバイに退避しました」と発表。

8月20日になってから防衛省に自衛隊機の派遣を要請。8月23日、加藤勝信官房長官は「国際機関で働く邦人および日本大使館などで働くアフガニスタン人を運ぶために自衛隊機3機を派遣する」と発表した。

第1機がカブールに到着したのは25日夜。折衝の末、日本政府が準備した10台以上のバスが空港に向かったのが26日午後。そこで起きた自爆テロ以降、日本が世話になったアフガニスタン人が空港に接近することはできなくなり、結局、自衛隊機は、1人の共同通信の通信員と14人のアメリカ関係のアフガン人のみを移送し、「最大500人」を想定した最初の移送機は、9月3日に帰国したのである。

■これほどの失敗を日本政府はどう立て直すのか

自衛隊法84条の4により、日本人のみならず現地人を移送する法的基盤があり、今回それが活用されたことは素晴らしいことかもしれない。しかし、世界の耳目がカブールからの現地人を含む大撤収にくぎ付けになっている8月中旬の時点で、日本政府はなぜ自衛隊機による撤収を実現しようとしなかったのか。筆者には回答が思いつかない。

もう一つ、解けない第2の疑問がある。日本政府のアフガニスタン政策はなぜ失敗したのか。2001年以来20年の間、日本政府もまた民主的アフガニスタンを作り上げるために、非常な努力を傾けてきた。昨年までのアフガン支援は総額約70億ドル、米国に次ぐ第2位の貢献度である。

2012年には日本が主催したアフガン復興支援国際会議を開催。昨年11月のジュネーヴでのアフガン復興支援国際会議では、茂木敏充外相は「2024年まで毎年少なくとも1.8億ドルの支援を続ける」と述べている。日本の巨額支援は水泡に帰した(8月29日付産経新聞、古森義久氏による論評)。これだけの失敗をした政策を日本政府はこれからどうやって立て直すのか。

■現地職員のためにもカブールに戻るべきだ

さらに第3の疑問がある。

アフガニスタンの現地職員に対する善意を最後の段階で示そうとしたとはいえ、結果において、日本のために20年間働いた現地職員を日本は1人も移送できなかった。外交も政治も結果がすべてである。この厳しい現実を前に、なすべきことはないのか。

例えば、圧倒的多数の国連決議の数に頼るだけではなく、また、カタールという安全地帯から交渉をするだけではなく、カブールでまずは日本人職員による館務を再開するという案はないだろうか。

アメリカの友人にこの話をすると、彼も賛意を示した。そして、興味深い示唆も与えてくれた。「ただ、腰を落ち着けてやるなら、コーランを読み込んだ職員を配置した方がよいのでは」。現場で現地人職員を保護し、退避希望者移送への指揮を執るためには、イスラム教への理解が不可欠だからだろう。

米国・NATOに比べ、軍事力を使うことなく、アフガンの平和建設のために金銭的・人的貢献をしてきた日本にして初めてできる交渉アプローチとはならないだろうか。カブールで開かれた外国公館が中国・ロシア・日本となった時に、そこに20年の歳月をかけたアフガニスタンに対する新政策が生まれる余地はないだろうか。

パンドラの箱から飛び出した、回答のない、しかし重大な疑問のように思うのである。

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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。

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(静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)

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