1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「移植経験者の河野太郎氏の意見が聞きたい」慶応大の"子宮移植"は本当に許されるのか

プレジデントオンライン / 2021年9月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

■「患者の命を救えない」という臓器移植ではない

いま「子宮移植」が、関係者の間で大きな論議を呼んでいる。今年7月14日に日本医学会(門田守人会長)の検討委員会が、症例数を限定するなどの条件付きで臨床研究を認める報告書を公表したからだ。これに勢いづいた慶応大学の研究グループは国内初の実施を目指して準備を急ピッチで進めている。

子宮移植は子宮のない女性が妊娠・出産できる「第3の選択肢」として注目される一方で、手術が難しいうえに倫理面での課題も多く、安全性と実現性の面で検証が求められるとの慎重論がある。

そもそも心臓や肺、肝臓、腎臓などの臓器を移植する臓器移植は、それを施さなければ患者の命を救えないという生命維持にかかわる究極の医療だ。これに対し、子宮移植は子供を産むことが目的だ。子宮の移植を受けなければ、その患者が亡くなるというものではない。夫婦の受精卵を使って第三者に子供を産んでもらう「代理出産」という選択肢もある。

こうした観点から沙鴎一歩は子宮移植の実施には反対だ。時期尚早である。是非をめぐっての論議が不足しているし、「医学的に可能だから」とリスクを無視して医療側が突っ走れば、不十分な脳死判定で大きな社会問題となり、結果的に日本の臓器移植の発展を妨げた「和田心臓移植事件」(1968年8月)と同じ悲惨な運命をたどることになるだろう。

■移植の対象者は、生まれつき子宮のない女性患者

子宮移植とはどんな医療なのか。検討されている子宮移植の対象者は、生まれつき子宮のない「ロキタンスキー症候群」の女性患者である。慶大では今後、子宮筋腫やがんなどの疾病で子宮を失った女性も対象者に加える方針だという。

母親や姉妹らの親族の第三者(ドナー)から提供された子宮を、ロキタンスキー症候群の女性患者(レシピエント)に移植する。移植後1年間うまく定着するかどうかを観察して定着していれば、体外受精によってあらかじめ冷凍保存しておいた女性患者と夫の間にできた受精卵を子宮に入れ、妊娠・出産をさせる。

移植された子宮は女性患者の体に異物とみなされ、免疫によって破壊される。この拒絶反応を防ぐために免疫抑制剤を定期的に投与しなければならない。出産も帝王切開の手術となり、出産後に子宮を摘出する手術を行う。

昨年11月、慶応大や東海大などのグループが子宮を移植したサルの妊娠・出産に「日本で初めて成功した」と発表したが、日本医学会の検討委員会の報告書によると、人の子宮移植は「未完成の医療技術」であり、間違いなく多くのリスクをともなう。

■世界で85件実施されたが、生まれた子供への影響は不明

ハイリスクの子宮移植は世界でどのくらい実施されているのだろうか。

世界初の子宮移植は2000年にサウジアラビアで行われた。その後、2021年3月時点までにアメリカやスウェーデンなどでも実施され、計85件行われている。だが、生まれた子供は40人と実施件数の半分以下である。しかも子供の将来への影響は不明だ。

子宮を摘出する手術自体は、平均で8時間以上もかかる。子宮を傷つけないように行うからだ。免疫抑制剤の使用も子供への影響が懸念され、慎重な投与が求められる。費用も移植から出産まで2000万円以上がかかり、経済的な負担はかなり大きい。

なかでも沙鴎一歩が問題だと考えるのは、脳死体からの脳死移植ではなく、健康なドナーから子宮を取り出す生体移植となる点だ。子宮を摘出することでドナーとなる母親や姉妹の体を傷付けなければならないし、前述したように子宮移植を受ける女性患者も移植、帝王切開、その後の子宮摘出と何度も手術を行う必要がある。一般的に「手術は必要悪」と言われるだけに、術後の十分なケアが欠かせない。

臨床研究の条件のひとつとしてドナーが自発的に無償での子宮の提供に同意していることが必須とされているなかで、専門医によるドナーやレシピエントに対する精神的なカウンセリングも必要だ。

対象となるロキタンスキー症候群は女性の「4500人に1人」、つまり「0.02%」といわれている。

■河野太郎氏は父親に肝臓の一部を提供している

臓器移植は臓器を提供するドナーと、その臓器を必要とする患者(レシピエント)を中心に医療関係者ら多くの人々が参加する、社会性の強い医療である。それゆえ子宮移植についても、社会的合意を得るための議論が必要だろう。

たとえば、総裁選で話題を集めている河野太郎・行政規制改革相が、こうした議論の発起人になれば、世論の関心も高まるのではないだろうか。

2002年8月7日、自民党脳死・生命倫理及び臓器移植調査会の宮崎秀樹会長に臓器移植問題で申し入れに訪れた河野洋平元外相(左)と同氏の長男の河野太郎議員。同元外相は、重症の肝硬変のため、太郎氏から肝臓の一部を提供されて生体肝移植手術を受けた
写真=時事通信フォト
2002年8月7日、自民党脳死・生命倫理及び臓器移植調査会へ申し入れに訪れた河野洋平元外相(左)と同氏の長男の河野太郎議員。同元外相は、重症の肝硬変のため、太郎氏から肝臓の一部を提供されて生体肝移植手術を受けた。 - 写真=時事通信フォト

河野太郎氏は、父親の河野洋平・元衆院議長に生体移植のドナーとして肝臓の一部を提供している。河野太郎氏は自らのドナー経験から健康体を傷つける生体移植に疑問を持ち、脳死移植を増やす臓器移植法の改正案の土台を作り上げた移植医療の立役者でもある。

■「透明性を確保して慎重に歩を進める必要がある」と朝日社説

7月24日付の朝日新聞の社説も「生体移植は肝臓や腎臓で多数行われている。しかし、いずれも生命維持に欠かせない臓器であり、子宮とは根本的な違いがある。臓器を提供する側(ドナー)に重いリスクを負わせることの是非はもちろん、検討すべき課題は多い。今後も透明性を確保したうえで、慎重に歩を進める必要がある」と指摘し、子宮移植の実施に慎重だ。見出しも「子宮移植 課題解決 透明性もって」である。

朝日社説はさらに指摘する。

「報告書は、ドナーが自らの意思で子宮の無償提供に同意することが必須条件だとした。当然の指摘であり、周囲からの圧力などで判断が左右されるようなことはあってはならない」
「提供を受ける側(レシピエント)の負担も小さくない。移植後は免疫抑制剤の服用が必要なうえ、子宮が正常に機能したとしても妊娠・出産に至るとは限らない。心理面も含めたきめ細かなサポートが不可欠だ」

たとえ手術が成功しても、移植はそれで終わりではない。医療側はその点も含めてレシピエントとなる患者側に十分伝える必要がある。

■脳死ドナーが極端に少ないという日本の事情も

朝日社説は書く。

「報告書も指摘するように、移植医療は脳死と判定された人がドナーになるのが基本だ。臓器移植に関する国の指針には『生体移植はやむを得ない場合に例外として実施される』とある」
「現在、子宮は脳死移植の対象になっていないため、報告書はその法令の改正を求めつつ、実現には課題があり時間もかかるとして、今回、容認の判断に至った。このまま臨床研究が先行すれば、先の『基本』が崩れてしまうとの懸念も残る」

現状では子宮が脳死移植の対象となるか否かの議論がまったくなされていない。欧米に比べ、脳死ドナーが極端に少ないという日本の事情もある。国家的専門機関である日本臓器移植ネットワーク(JOT)の倫理委員会での議論が求められる。

最後に朝日社説は「市民にも開かれた議論の場を設け、調査などを通じて社会の意識を探りながら合意形成に努める。それが関係者の責務だ」と主張するが、大賛成である。

■「脳死移植のルールを定める臓器移植法の対象外」と毎日社説

8月2日付の毎日新聞の社説は「子宮移植の容認 倫理・医療面で問題多い」との見出しを掲げ、「まず生命維持に必須ではない臓器移植が認められるのかという点だ。移植のための臓器提供は、他に命を救う方法がない場合に限られる。子宮は目的が異なり、脳死移植のルールを定める臓器移植法の対象ではない」と訴える。

子宮移植のような生命維持と無関係な移植が野放図に広まることは認めがたい。人間の欲望は際限なく、最後には永遠の生命力まで欲するからだ。子宮移植は社会的倫理的な議論の積み重ねを欠いている。

毎日社説は指摘する。

「子宮の提供は、健康な人の体にメスを入れる必要があり、大量の出血を伴う。移植される女性も手術、出産時の帝王切開など、負担は大きい。子宮を定着させるため強い免疫抑制剤を使う場合の胎児への影響は分かっていない」

健康体を傷つけるような行為は医療と言えるだろうか。片方の腎臓や肝臓の一部の提供を受け、患者に植え付ける生体移植はあくまでも緊急避難の措置であり、通常では認めがたい。子宮移植は子宮の提供者(ドナー)も子宮の移植を受ける患者(レシピエント)も手術の負担が大きい。こうした問題を踏まえたうえで、子宮移植の論議を進めてほしい。

■「当事者の女性たちへのケアを充実させる必要がある」

毎日社説は「本来、出産するかどうかにかかわらず、豊かな人生を送れる社会が望まれる。その観点から、当事者の女性たちへのケアを充実させる必要がある」とも指摘し、最後にこう主張する。

「多くの問題を抱える中、拙速な実施は避けるべきだ。生命倫理に深く関わる問題について、国民の理解が醸成されているとは言いがたい。移植医療のあるべき姿から議論しなければならない」

毎日社説の主張する「移植医療のあるべき姿」がどんなものかはよく分からないが、厚労省の審議会や国会、医学会、そして私たち国民に身近なシンポジウムや講演会の場で議論を深めていきたいものである。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください