『スマホ脳』の著者が断言…スマホで読んでもいい文章と紙で読むべき文章の根本的な違い
プレジデントオンライン / 2021年9月13日 15時15分
※本稿は、大野和基インタビュー・編『自由の奪還 全体主義、非科学の暴走を止められるか』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■ここ10年で世の中は最も速いスピードで変化している
——あなたの著書“Insta-Brain”の邦訳『スマホ脳』(新潮新書)は、世界的な社会問題であるスマホ中毒の構造と処方箋を説き、ベストセラーになっています。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツは、デジタルツールが脳に有害な影響を与えることを認識しており、自分の子どもに対してその使用を制限していたといいます。あなたがスマホの負の側面について認識したのはいつごろからですか?
ここ5年ほどです。といっても、初めから負の側面を認識していたわけではありません。私はもともと人間の行動や認識、また人類史に強い関心をもっていました。そして5年前の2016年ごろにふと気づいたのです。ここ10年の世の中は、人類史において最も速いスピードで変化しているのではないか、と。我々の行動がここまで変わったことは、この10年間を除いて他にありません。その理由を何とかして理解したいと思いました。
——現代の病理について考える背景には、より深い人類史的視点があったわけですね。
現在の人類にとって、自動車やコンピュータを活用し、食べ物が安価な値段で手に入り、国境を越えてどこへでも旅行できる世界はごく当たり前のものです。しかし我々がこのような生活様式で生きているのは、人類の歴史からいうと、ごくわずかな期間にすぎません。現在の環境は、人類にとって当たり前どころか、きわめて特異な状態なのです。たとえそのようには感じられないとしても。
人類は自らの肉体と脳を狩猟採集民としてサバンナの生活に適応させましたが、その後1万〜2万年のあいだに肉体と脳に生物学的な変化が起きたかというと、何も起きていない。すなわちそれは、我々がいまだに狩猟採集民であることを意味しています。人間の生理機能や心理機能を理解するためには、我々が人類史上、生物学的には変化していない前提をまず押さえる必要があります。
その問題意識が、『スマホ脳』の執筆に至る出発点でした。そして、なぜデジタルライフは我々にとってこれほどまでに魅力的なのか、なぜ毎日3〜4時間(ティーンエイジャーは5〜6時間)もスマホやタブレットといったスクリーンの前で過ごすのか、スマホ中毒から逃れようと思ってもなかなかできない、その根幹にあるメカニズムは何か、などについて解き明かしたかった。私がこの本を書いた目的は、現段階で科学的にわかっている事実を読者に提供することです。私の本を読んで、最終的にどういう行動をとるかはその人次第です。
■現代社会で最大の商品は人間の関心
——デジタルツールという人類にとって画期的な発明が、我々に負の影響を及ぼしている側面は否めませんね。
実に多くの企業が我々の弱さにつけ込み、莫大な利益を上げています。それらの企業は、いままで我々がみたことがない形に世界を作り変え、社会のインフラとして確立している。ひいては我々の思考回路や情報の受け取り方、生き方さえも変えています。
たとえば、勘違いしている人が多いかもしれませんが、我々はフェイスブックの顧客ではありません。顧客だったら然るべき顧客サービスを得られるはずですが、そんなものはないでしょう。我々は顧客ではなく、フェイスブックの商品なのです。
現代社会最大の商品とは、何だと思いますか。お金ではありませんし、はたまた新型コロナウイルスのワクチンでもありません。それは、人間の関心です。我々人間の脳をハックして関心を集める力、これを各企業がまるで兵器のように行使している。こんな事態は、いまだかつて起こったことがありません。
もちろん、我々がデジタルライフに大いに助けられているのも事実です。そのプラスの側面はまず認識しなければなりません。そのうえで、デジタルライフから生じるマイナス面、副作用についても、真摯な議論を行なうべきです。いまスマホが引き起こしている副作用はほんの幕開けにすぎず、我々の生活は高度なテクノロジーに今後さらに浸食されていくでしょう。テクノロジーに我々が適応するのではなく、テクノロジーのほうを我々に適応させるべきです。そして、テクノロジーのメリットとデメリットを慎重に議論すべきです。
■スマホ依存は我々から心身ともに健全である要素を奪う
——精神科医として多くの患者を診察するなかで、デジタルライフの影響を感じる部分もあったのでしょうか。
そうですね。たとえば私が住むスウェーデンでは現在、睡眠障害を訴えるティーンエイジャーが2000年頃の約8倍に増えています。睡眠薬の使用も急増している。それはなぜか。ある研究によれば、いまのティーンエイジャーの約3分の1は就寝する際、ベッドにスマホを置いていることが判明しました。寝室ではなく、まさに寝るベッドの上にです。
デジタルツールが我々の関心を引くためにどれほど精巧に開発されているかを知ると、それが睡眠にとって有害であることに気づきます。睡眠障害で助けを求めてくる人へは、スマホを寝室から追いやり、代わりに目覚まし時計を枕元に置くようアドバイスしています。実行した患者さんたちからは、思ったほど難しくなかったという声を毎日のように聞きます。
——スマホの使いすぎによる精神的な影響はどの程度あるのでしょうか。
多くの研究は、スマホに依存する人は鬱になる可能性が高まると示しています。ただしこれらの研究の問題は、すでに鬱や不安障害を抱える人を対象にしていることです。それでは、彼らが鬱になったのはスマホを使いすぎたからなのか、鬱になったからスマホをより頻繁に使うようになったのか、正確な因果関係がわからない。
現段階で確実に言えるのは、ティーンエイジャーの女子には因果関係があるようにみえることです。彼女たちがスマホやソーシャルメディアを使いすぎると、鬱や不安障害になるリスクが明らかに増しています。
ただ、こうした例を除くと、一般の人にとってデジタルライフが人間の精神に及ぼす最大の影響は、我々が心身ともに健全であるために必要な要素を奪うことです。不安や鬱に対して有益な運動や睡眠、人との交流といった基本的欲求は、デジタルライフの加速によって希薄化している。デジタルの影響によって我々は防御因子を失い、ますますデジタル媒体に対して中毒になりやすい心身と化しています。
——スマホ依存症になりやすいのは、「タイプA(短気でアクティブな人)」で、「タイプB(おっとりとした性格で落ち着いた人生観をもつ人)」はなりにくいと書かれています。なぜでしょうか。
一つの理由は、不安を感じやすい人はいささか集中力がない傾向にあるからです。ただし、これもやはり因果関係を証明するのは難しい。もともとの性格によってスマホを使うのか、スマホが性格に影響しているのかがわからないからです。
厳密に研究しようと思えば、大人数のグループが必要です。たとえば、200人のうち100人にスマホを使わせ、残りの100人にはまったく使わせない状態を長期間継続して観察する実験が考えられるでしょう。しかし、数カ月、数年とスマホを使えないとなれば、その実験への参加を希望する人はほとんどいないでしょうね。
■流し読みできる本は電子書籍で、難解な本は紙で読む
——デジタルツールへの依存は、仕事や勉強の質にも関わってきますか。
もちろん影響します。その事実は、新聞を読む行為一つをとってもよくわかるでしょう。まったく同じ記事でも、紙の新聞で読むときと、デジタルスクリーンで読むときを比べると、前者のほうが内容をより深く理解できます。とくに難しい内容の本や記事を読む場合には、その差がよりはっきりと表れます。
それでもデジタルツールに慣れてしまえば、紙とスクリーンによる理解度の差は少なくなり、いずれ同じ程度になると思われるかもしれません。ところが、実際はその逆です。理解度の差は毎年調査するごとに広がっていく、つまり、紙で読むメリットが年々高まっていくということが、10年以上にわたる研究で示されています。なぜそういう結果が出るのかはわかっていませんが、時間が経過するほどスクリーンで浅く読むことに慣れてしまうからかもしれません。
——電子書籍よりも紙の本のほうが五感を刺激するのでしょうか。
そのとおりです。紙の本を読むのは触覚で感知する経験であり、長期的な記憶に結びつきます。空間記憶、三次元の記憶とも言い換えられる。より脳を刺激できるため、内容を覚えやすくなります。一方で、スクリーンでスクロールするだけだと、触覚で感知する経験を十分に得ることはできません。
——あなたは読書をする際、電子と紙をどのように使い分けていますか。
私は普段からたくさん本を読みますが、ホラー小説やSFといった気軽に読める小説は電子書籍を利用しています。一方、内容が複雑で難解な本は、たとえ持ち運びが億劫でも紙で読みます。
——メモを取る際も、ペンで紙に書いたほうが脳に定着しやすいのでしょうか。
そうです。思考力における紙の優位性は、読むことにも書くことにも当てはまります。事実関係を収集するために流し読みするときは、スクリーンのほうがむしろいいかもしれませんが、難しい内容の記事を読むときは、間違いなく紙のほうが脳に定着します。
——日本では教育におけるデジタル化の遅れをとり戻すために、デジタルツールの活用を進めています。これまでのあなたの話からすれば、たんに印刷物の使用を減らせばよいわけではなさそうですね。
世界はいまパンデミックの真っただ中で、教育もリモートにならざるをえない環境にありますね。ただ、学校での対面授業と、家からリモートで学ぶ場合の定着度が同じではないことは明らかです。デジタルツールを教室から一掃せよというわけではありません。でも、紙に書かれた文章とスクリーン上の文章が同じであるともいえない。パンデミックからある程度ノーマルな状態に戻ったとき、とくに内容が難しい授業の場合は、スクリーンではなく印刷物を配布して教えるべきです。
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国際ジャーナリスト
1955年、兵庫県生まれ。大阪府立北野高校、東京外国語大学英米学科卒業。1979~97年在米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学ぶ。その後、現地でジャーナリストとしての活動を開始、国際情勢の裏側、医療問題から経済まで幅広い分野の取材・執筆を行なう。1997年に帰国後も取材のため、頻繁に渡航。アメリカの最新事情に精通している。
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精神科医
ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学を卒業後、ストックホルム商科大学にて経営学修士(MBA)を取得。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行う傍ら、有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。前作『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、その後世界的ベストセラーに。
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(国際ジャーナリスト 大野 和基、精神科医 アンデシュ・ハンセン)
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