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「突然の引退勧告に屈せず」PL学園KK世代"5番ライト"が外資系金融でブイブイ言わせているワケ

プレジデントオンライン / 2021年9月13日 11時15分

黒木泰典さん - 撮影=清水岳志

挫折をバネに這い上がる人は何が違うのか。かつて大阪の高校野球の名門PL学園でレギュラー選手として甲子園で活躍した黒木泰典氏(54)は、今、プルデンシャル生命の支社長だ。スポーツライターの清水岳志氏は「黒木さんは桑田・清原のKK世代で、PL時代には頂点を極めましたが、大学野球・社会人野球では辛酸を舐めました。それでもつらい経験を大いに今の仕事に活かしています」という――。

■PL学園「KK世代」の54歳が野球選手から華麗なる転身

「PLで全国制覇するために努力したことが、今、ビジネスに生かされています」

高校球児には、高3の夏までの2年半の間に5回の甲子園出場のチャンスがあるが、多くの球児は1回も果たせない。

黒木泰典(54)は4回出た。同級生のチームメイトには、桑田真澄(現巨人コーチ)や清原和博(元西武・巨人など)がいた。

2016年に野球部が廃部になった大阪のPL学園。だが、KKコンビを筆頭とした超高校級の選手が集結した1980年代半ばのチームは無類の強さを誇った。特に1985年の夏、黒木は高校最後の夏の甲子園でレギュラーとして打撃に守備に大車輪の活躍をして優勝に貢献した。

あれから40年弱……。今、プルデンシャル生命保険・大阪第二支社長を務めている。大阪・梅田で待ち合わせると、紺のスーツにピンクのネクタイをして笑顔で出迎えてくれた。いろんな試練を乗り越えてきた顔だった。

■人生の糧になったPL学園「研志寮」での“刑務所のような生活”

1967年、宮崎県生まれ。地元の小中学校に通い、高校も県立校に進学予定だった。そこに大阪の名門、PLで入部枠が空いたと勧誘され、進学可能になるから人生はわからない。

「推薦してくれたのが中学のチームで対戦していた相手の監督でした。僕はピッチャーでしたが、試合中にこの人によく『グローブの色が紛らわしい』とか、『牽制がボークだ』とか注意されて……。なんで推してくれたのか不思議なんです」

中3の正月、鹿児島の指宿でPLに翌春に入部予定の一部の選手による合宿があった。清原、桑田のほかに、中学生にして190cmの大男もいた。それぞれがブルペンで投球練習を披露。「そこでピッチャーはあっさり諦めがついた」と黒木は振り返る。

PL野球部員は入学とともに親元を離れて、寮(研志寮)に入る。複数人が相部屋で寝食を共にし、1年生が3年生の身の回りの世話をするのが決まりで、新入りに一切の自由はない。

「食事当番、道具当番、日課当番の3班に分かれるんです。朝起きてから寝るまで、やらなければいけない決まり事が100ぐらいありました。1年は、風呂でバスタオル、シャンプー、リンスは使ってはダメで、石鹸のみ。3年生の食事中は直立して待つ。練習より寮生活がピリピリしていました」

1年生同士でよくいさかいが起きたという。掃除当番をサボった、グラウンド整備の手を抜いた、洗濯物を勝手に動かした……。些細なトラブルは頻発したが、同じくPLの門をたたいた仲間だ。すぐ関係修復する。そして、また喧嘩。

「まるで刑務所のような場所」。多くのPLのOBが入部したばかりの過酷な時間をこう表現する。年下は年上に逆らえない。命令に従わされる。社会に出れば、理不尽なことに直面することも多い。黒木たちはそのような“社会の縮図”を10代半ばの高校時代で経験したわけだ。人間的に鍛えられたことは確かだろう、いい意味でも悪い意味でも。

■4番清原の次の5番を打った「自分の野球人生で一番、輝いていた」

「PLでの3年間は、挫折をどう克服するか、どうやって常勝チームを作るかなど、社会に出てからの生き方の基礎を学んだ時間だったのかもしれません」

PL学園時代の黒木さん
PL学園時代の黒木さん(写真提供=本人)

寮に入ってホームシックにかかった自分を支えていたのは、親の存在だ。それが逃げずに、野球を続けられた原動力だった。

「親のありがたみをひしと感じました。背番号をもらって喜ばせたい。野球をやりたい希望をかなえてくれた親への恩返しをしたいと思っていました」

大阪府予選を勝ち上がり、甲子園出場を決めた3年夏。黒木は主に4番清原の次の5番を打った。「自分の野球人生で一番、輝いていた年です」。

ところが……。栄光のKK世代の一員として名を馳せ、進学先の法政大学でもさらなる活躍を見せるだろう、と多くのファンも黒木自身も思っていた。だが、そうはならなかった。

■法政大学と大和銀行で味わったことのない大きな挫折を2度も

「甲子園では通算100打席ほど立っています。これ、かなり多いんですよ。でも、法政では東京六大学の公式戦で1度も試合に出場していません。(リーグ戦ではない)春の新人戦で3打席立ったのみ。暗黒の4年間でした」

このまま不完全燃焼で野球人生を終わらせたくない。監督がPL時代のコーチだった縁もあり、大和銀行(現りそな銀行)で社会人野球を続けることにした。ほかの社会人の強豪チームでプレーし、PLの同期たちのようにプロ入りを模索する手もあっただろうが、黒木にはある思いがあった。

「何より大学でレギュラーでもない自分を誘ってもらったことがありがたかったです。それに両親への罪滅ぼしもしたかった。『神宮に野球を見に行くねん』と言ってくれていたのに、1回も出られず、学費だけ出してもらって。本当に申し訳なかったです。だから、銀行だったら安心してくれるだろうと思いました」

明治神宮野球場
写真=iStock.com/winhorse
※大学時代は1度もリーグ戦に出れなかった。写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■「明日から仕事しろ」「お前は犠牲になってくれ」

しかし、理想通りにはいかない。社会人チームで黒木は2度目の挫折を味わうことになる。4年目の26歳のときのことだ。3番バッターでキャプテン、選手として脂が乗っていたのに突然、チームから引退勧告される。

「『明日から仕事しろ』と言われたんです。自分より実績のない選手が現役を続ける。『なんで俺やねん』。愕然としました」

監督に直談判すると「高卒の選手を育てて、プロに入れないといけない。お前は犠牲になってくれ。俺もつらい」と逆になだめられたでも、これがサラリーマンか。小学生時代から約20年やってきた野球人生にピリオドを打たされた。とても納得いかないが銀行マンに専念するしか生きる道は残されてなかった。

■野球選手をクビになって、残されたのは銀行マンの道

銀行では枚方支店、瓢箪山支店、野田支店に配属された。いわゆる外回りで個人も法人も区別なく営業した。新規出店の瓢箪山では開発準備員に選ばれ、立ち上げから参加。ゼロからの新規開拓の日々でやりがいがあった。

銀行看板
写真=iStock.com/y-studio
※26歳、銀行マンとして再起。写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

今でも付き合いのある当時からの顧客がいるという。人と接するのが嫌ではなく、相手の懐に入るのがうまかったのかもしれない、と自己分析する。「個人預金」「融資」「ローン」などの部門で上期と下期の年に2回、グラフで張り出され表彰された。

黒木はいつも全国10位あたりの優秀な銀行員に変貌した。だが、本人はどこか釈然としなかったという。ワクワクしながら仕事をできていない自分がいた。それはここで自分が打てばチームは勝つ、というバッターボックスの緊張感や、全国制覇の高揚感を知っていたからかもしれない。

入行して数年経った30歳手前、バンカー人生の先も見えてしまった気がした。たとえ成功してもサラリーは決まっている。課長、副支店長、支店長と昇進できても、年齢がくれば出向されるだろう。規定通りに定年して年金生活入り。地道に勤め上げて、家族を養う。そんな平凡な人生こそ幸せという人もいるが、どこかしっくりこなかった。

「このままでは定年した時、僕は『この人生はなんなんやろ』と振り返ってしまうと思ったんです」

そう考えた背景にはKKの存在もある。彼らのニュースは日々嫌でも耳に入ってくる。同期としてうれしい半面、なにくそという気持ちが沸いてきたのも事実だ。

「彼らと食事に行ったりして、近況報告していると、こんなに差がついてんのかと思わされることばかりで。車も家も、持っているものが違う。なんか居心地が悪かった(笑)。人生にリベンジをかけたくなったんです」

KKが眠っていた反骨精神に火をつけた。そこに、プルデンシャル生命が転職の誘いをしてくれた。大学も社会人も、野球は中途半端だった。野球の借りを金融の仕事でやり返す。それも悪くないと思ったのだ。

■転職したプルデンシャルの社員2400人中、成績は最上位

転職した20年前、プルデンシャルは知名度も今ほどではなく、イチからキャリアを積み直すにはうってつけだと感じた。

企業のサラリーマンは若くしてトップのセールスをしても、報酬は年功序列が一般的だ。頑張っているのに正当な評価をされない人も多い。そうした日本式の評価に枠にはまらない上昇志向のある人がプルデンシャルには集まっていた。

当時の全営業社員が約2400人いて、転職1年目の成績はその上位5%に入る好成績だったが、「もっと上がいるのか」とレベルの高さに強い刺激を受けたという。それは危機感にもなった。

ランキングを公表され、順位付けされることにはPL時代から慣れている。数字(打率)は常についてまわった。「周囲の人にも、自分にも負けたくない」と黒木はそこから数年間、がむしゃらに営業に飛び回った。

■マネジャーに昇進して年収は銀行員時代の数倍、そして支社長へ

そして2006年10月に管理職であるマネジャーになる。数十人の部下を持つ立場だ。自身のトータルの契約数は平均を大幅に上回る件数で、 年収も銀行員時代と比べて数倍大きくなった。

マネジャーに昇格した黒木は新しく立ち上がった新大阪の京阪支社第一営業所で、PLや社会人野球で培ったリーダーシップを発動させた。「単に大きいだけではなくて、強い営業所を作りたいと思っていました」。

同営業所は全国でもベスト5に入る成績を収めるまでに成長した。

「部下たちがみんな、『僕たちは黒木組。誇りを持っています』と。あるとき『新たに(黒木組の)支社を作りましょう』とまで言ってくれたんです」

そして、信頼できる部下のマネジャーらとともに2017年4月、“新しい支社”の大阪第二支社長に就任した。5人のマネジャーが付いてきてくれたが、普通はマネジャーが3人いれば多いほうで、5人は黒木がいかに慕われていたかの証だ。そこに現場で顧客に相対するライフプランナーが56人。現在、全国に約150ある支社の中で10番目ぐらいの規模の大きさを誇る。

常に頭の片隅にあるのは、数十人の部下は「転職して良かった」と感じているか、ということ。ライフプランナーが初めて営業に出る時は励ましの動画を作って送り出す。

「ライフプランナーがタイヤで、マネジャーがエンジン。野球なら、ライフプランナーが選手で、マネジャーがコーチ。支社長はハンドルを握る監督のような役割でしょうか。部下たちが足で稼いできたものを受けて、どれだけ正しく運転できるか。大きな責任を伴いますが、そういう仕事をまっとうし楽しむこと。それによって組織をさらに上向かせたいです」

■「PLで野球をしてなかったら、コーチの重要性はわからなかった」

黒木の目下の最大の任務は、優秀なライフプランナーを育てることだが、直接の指導はコーチに任せている。

「PLもコーチ、スタッフの方がとてもよかったんです。野球をしてなかったら、優秀なコーチの重要性はわからなかったかもしれません」

コーチにしっかり責任を与えるので、監督から選手に対して不満もある場合でもぐっとこらえる。コーチが選手をマネジメントして育成するプロセスを見守っている。

ただ、誰でも仕事が惰性になって手を抜く瞬間もある。そんなプランナーが目に止まると、マネジャーを呼ぶ。「あいつ、最近、大丈夫かな。見てあげてくれないか」。

夏の大会の全国制覇には個人の力ではなく、チーム力がものをいう。ビジネスも同じだ。集まる社員たちの転職してきた理由や働く価値観、描いている将来の夢などはそれぞれ。それらの方向性を一致させ指揮を執るのが、監督である自分のミッションだ。

■人生のゲーム「6回裏が終わった感じ。残り3イニングが楽しみ」

プルデンシャル生命では支社長は制度上60歳まで。それ以降はまた、営業に戻って80歳まで働けるという。過去に契約した顧客をそのままフォローしていくのが仕事の柱だ。

最近、ふと考えることがある。野球人生を辞め、あのまま銀行にい続け、そのレールに乗っていたら、終着駅は見えていただろうと。だが、今の仕事のレールに終点がない。歳下にもすごく頑張る社員がいて、勉強させられる。

支社長となって多くの部下を束ねている今、KKと肩を並べる位置に立てただろうか。

「どうですかね。桑田はここ4、5年で対等に接してくれるようになったかな。こちらから食事に誘えるようになったし、ゴルフも行ってます。口には出さないけど、認められてきたかなと。僕も桑田も清原も、人生、順風満帆かというとそうじゃない。失敗、つらい思いと紆余曲折があるからこそ人生は面白いんです」

しみじみという。

「人生の節目でいろんな人に導いてもらってきました。つらいこともありましたが、そういう時は何年か経って笑い話になっている、と前向きに考えること。人生80歳と考えれば、今は6回裏が終わった感じ。ここからの3イニング。自分に何が起こるかワクワクしています。物事への貪欲さは野球をやっていて備わったんでしょうね。僕は、王道を歩きたい。陰じゃなくて、おてんとさんの下を」

人生というゲームの前半戦では、野球という武器で大量の得点をあげた。だが、その後、手痛い失点を喫し、中盤戦では、戦いの場を変え、外資系金融の熾烈な世界でV字回復……。まだ54歳。時間はある。逆転サヨナラ勝ちだったとして、それはどんな結末だろうか(文中敬称略)。

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーライター 清水 岳志)

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