「9.11ってなに?」アメリカで同時多発テロを知らない若者がどんどん増える深刻な理由
プレジデントオンライン / 2021年9月11日 10時15分
■アメリカ同時多発テロ以降に生まれた世代が成人に
世界を震撼させ、全てを変えてしまったといっても過言ではない9.11同時多発テロから11日で20年を迎えた。アメリカではざっくり10年で1世代が交替するといわれるが、これで2世代分の時がたったことになる。
しかし、これほどの大きな節目でありながら、エピセンター(震源地)であるニューヨークでは毎年恒例の追悼式以外は大きな式典はない。9.11は風化してしまったのだろうか。
この20年の間に、アメリカでは9.11を体験していない世代が生まれ育っている。しかも体験していないだけでなく、9.11について満足に教えられていない子供も少なくない。アフガニスタンを取り巻く問題が再燃する中、これでは歴史の過ちを再び繰り返してしまうのではないかという懸念も生まれている。
アメリカの9.11に関する教育の実情はどうなっているのか、それがこれからの世界の動向にどう影響するのか。まずはアメリカZ世代の若者たちの話を紹介したい。
■「9.11ってなに?」しっかり教わったのは10人中2人
9.11から20年を前に、テレビでは多くの特集やドキュメンタリー番組が放送されている。その中のひとつに、年配の男性がある若者から「9.11ってなに?」と聞かれたというエピソードがあった。
20年で世代が二回りした結果がこれである。
9.11以降の最初の世代はミレニアル世代と呼ばれる20代後半~30代で、ミレニアム(2000年代)に入って成人した世代を指し、時には9.11世代とも呼ばれる。テロをある程度記憶しているミレニアル世代に対し、問題はその後のZ世代だ。今の10代~20代前半の若者たちである。
筆者が主宰する「ニューヨークフューチャーラボ」のメンバーも含め、Z世代の若者たちに話を聞いた。その限りではあるが10人の中で、しっかりと9.11を教わったというのはわずか2人だった。
戦後初めてアメリカ本土が攻撃され、3000人近くが犠牲となり、その後のアフガニスタン侵攻、イラク戦争、さらにイスラム国などによる多くのテロとも切っても切れない関係にある9.11同時多発テロが、なぜこれほどアメリカで教えられないのだろうか。
まず、Z世代の若者たちにこれまでどんなふうに9.11を教わってきたのかを聞いてみた。
■「ドキュメンタリー映画でトラウマ」「当日に黙祷したけれど…」
当時まだ生まれていなかったミクア(18歳)は、授業をこう振り返る。
「学校の先生からそれぞれの過去の体験談を聞かされた。美術の先生はビルの最上階から事件のすべてを目撃して、人々がパニックになって何が起きているのか必死で知ろうとしている様子などを話してくれた。ある時は授業で見たドキュメンタリー映画で、人が窓から飛び降りて、止めてあった車にぶつかる音まで聞こえた。それだけでトラウマになってしまいそうで怖かった。実際にその場にいたらどれほど怖かっただろうと思った」
当時3歳のケンジュは「ミクアのように学校でいろいろ教わった記憶がない。9.11当日に黙祷したのは覚えているけれど」
当時5歳で中学からアメリカに来たヒカルは「その当日だけ、その事について習うが、そんなに詳細までは習わない」
当時2歳だったメアリーが覚えているのは、小学校で9.11ミュージアムに社会科見学に行ったこと。そして高校でイスラム教徒への差別の問題について教わったこと。「でもそんなに詳しいことは教わってない」
■学校によって教える内容が違うアメリカの教育現場
一通りは教わるが詳しいことは教わらない。生徒によって教わった内容が全然違う。これはどういうことなのか?
アメリカには、日本のように国が定めた学習指導要領はなく、歴史教育や教科書の選定は地方自治体や教師の采配に任されている。それが自由でクリエイティブな教育につながっているのだが、どの先生に教わるかによってまったく内容が違ってもくる。テレビ局のCBSによると、全米50州のうち、9.11教育が義務付けられているのはわずか14州だという。
エピセンターであるニューヨークの学校は当然義務付けられているが、それでも教える内容にはばらつきがある。理由は、現代史はどうしてもカリキュラムの最後になって時間切れしてしまうことがあるし、9月11日が年によってはまだ夏休みの学校も多いからだという。しかし、政府が歴史教育をどの程度行うかを決めていない以上、もちろん理由はそれだけではないはずだというのは想像がつくだろう。
その結果、アメリカの9.11は風化の危機にある。その一例がこれだ。
■アフガニスタン戦争と9.11がつながらない若者たち
「アフガニスタンでの戦争は9.11の報復として始まったの? 知らなかった」
ニューヨークのある女子高校生の言葉に驚いた。彼女は学校でも家庭でも教えられなかった、アメリカはアフガンの人々を守るために戦っていたと思っていたという。
当時アメリカがどうアフガニスタン戦争に進んだのかを知らなければ、現在起こっている緊迫した状況は理解できない。そのアフガニスタンはまさに現在進行中の危機にあるのに。
しかしこれが理解できていないのは若者に限ったことではない。アフガニスタン戦争は“忘れられた戦争”とも言われ、この20年間アメリカ国内でも大きく報道されることがほとんどなかったからだ。
ブッシュ大統領が9.11直後に国民の大きな支持を得て始めたものの、結果をなかなか出せず、イラク戦争にも手を染めることとなる。10年後にようやく首謀者のオサマ・ビンラディン容疑者を殺害したものの、戦争を終わらせようとしたオバマ大統領は、対抗勢力が優勢の議会で反対にあい止めることができず、さらに10年の月日がたってしまった。政府がこんな失態を国民に知られたくないと思うのは当然だろう。
■現在進行中の歴史を教える難しさ
グラウンドゼロ(爆心地)の跡地には現在、9.11メモリアル&ミュージアムがある。
今回、東京FMの報道番組「ニュースサピエンス New York Edition」の9.11特集のために取材した。ミュージアムは9.11犠牲者を追悼し歴史を未来に伝えることが使命だが、その教育担当のジュリアン・オルーキンさんはいう。
「9.11が終わっていない、今とつながっていることを教えるのは重要。でもまだ結果が出ていない歴史を教えるのは難しい」
だからこそすでに分かっていること、9.11当日の悲劇や、自分を犠牲にして救出に当たった消防士などのヒーローや、力を合わせて復興に努めたニューヨーカーの団結などをまずしっかり教えることが重要だという。そのための教材も多数用意し、教師や生徒が自由に利用できるようにしている。
しかしその結果、ヒロイズムばかりが強調され、愛国心に偏るばかりに戦争で犠牲になる兵士や他国民、国内で差別されるイスラム教徒を慮ることがなさすぎるのではないか、何よりもテロの原因となった背景がろくに教えられていないと批判する声もある。
では、現在のアフガニスタンの状況についてZ世代はどう考えているのだろうか。
■「逆上して発作的に始めた無意味な戦争」
「戦争をやめたのはよかった、でももっとうまいやり方はなかったのだろうか。取り残された人々はどうなるのだろうか」
これは若者に限らず、多くのアメリカ人のリアクションだ。しかし大人と若者が違うのは、9.11を経験していない若者のほうが事態を冷静に受け止めていることだ。
アフガニスタン戦争が9.11の報復によるものだと知らなかった前出の高校生は、それを知ってどう思うかという質問に対し、「あまりにもひどい経験をしたために逆上して発作的に始めてしまった戦争ではないか」と答えた。
そして「20年もやって何もよくならなかった。これ以上駐屯して意味があるとは思えない」と付け加えた。
ラボのメンバーのメアリーはこう言う。
「戦っているのには理由があるが、その理由を知れば知るほどアメリカが過ちを繰り返しているようにしか見えない」。繰り返しているというのは、その前にあった湾岸戦争やベトナム戦争などのことだ。
「自分たちの都合で他国の政府を破壊し、タリバンを倒すために行った戦争なのに、力の空白地帯を作りテロの原因を作ってしまった。この戦争に何の意味があったのだろうか。報復だけでなく、石油か何かの資源が目的だったのでは」
こうした見方は、今や若者には珍しいものではなくなっている。
■冷静な意見が多い一方、陰謀論も
ではもしこれが無意味な戦争だったとしたら、学校は同じ間違いを繰り返さないための教育を行っていると思うかとも質問してみた。彼らの答えは口々に「ノー」である。
9.11を知らないZ世代は、これほどの長い間莫大な予算をかけて多くの人の命を犠牲にする戦争そのものを否定的に見ている。そして戦争にお金をかけるくらいならもっと教育に使うべきだというのも共通した意見だ。
テロとの戦いのために派兵は当然だったと考える当時の大人たちに比べると、アメリカ人がどれほど変わってきたかが分かるだろう。
一方で興味深いのは、9.11直後に広まった陰謀論が再び若者の間で広まっていることだ。当時はワールドトレードセンターが崩壊されたことに対し、「ビルの鉄骨が航空機の燃料爆発だけであそこまで破壊されることはない。何か爆発物が仕掛けられていたのではないか」との憶測が広まった。
政治や政府への不信が、こうした陰謀論を生むことは言うまでもない。
■太平洋戦争をはっきり答えられない日本人と重なる
アップルのiPhoneに入っているニュースのポッドキャストは、アメリカの若者に多く聞かれている。8日朝のトップニュースは「9.11同時多発テロの首謀者らがいまだに法廷で裁かれていない」というものだった。事件から20年たってもキューバのグアンタナモ収容所に拘束されたままになっている理由として、政府が証拠文書を出したくないからだと分析している。
公判の日程さえ出ていない現状について、彼らは拘束されたまま永遠に裁かれることはないだろうという専門家さえいる。
一方バイデン大統領は、これまで機密としていた文書の一部を今年の9.11後に順次開示すると約束した。テロへのサウジアラビアの関与を疑う9.11遺族からの圧力に応じた形だが、同じ要請は2019年にも行われ、トランプ政権に拒否されている。
国家の安全保障に関わるからとはいえ、9.11を取り巻く状況にはあまりにも秘密が多いのだ。
こうしたアメリカの現状は日本の歴史教育とも重なる。太平洋戦争が起こった原因や背景を、はっきり答えられる日本人がどれだけいるだろうか?
■盲目的な愛国心を持つアメリカ人は減ってきている
しかし学校教育が不十分でも、今や真実を知りたい若者はアメリカ人、日本人を問わず、インターネットやドキュメンタリー映画などから必要な情報を得ていく。
そもそもアメリカという国は建国時代から不都合な歴史を隠して成り立っている国だ。その最たるものが奴隷制をはじめとした人種差別で、コロナをきっかけにそれがブラック・ライブス・マター(BLM)運動として噴出したのである。奴隷制についても学校ではほとんど教えられないが、数年前からニューヨークタイムズなどのメディアが教材にもなるようなプロジェクトを組み、若者たちは今、乾いた砂のごとくそれを吸収している。
経験していないだけにヒロイズムや愛国心を振りかざされても彼らの心には響かない。逆に何かがおかしい、どうやら教えられていない真実があるというモヤモヤした気持ちが、教育が不十分と感じる理由とも考えられる。
今では9.11直後のような、盲目的ともいえる愛国心を持つアメリカ人はかなり減ってきている。むしろ、これまでの間違いを正せなければ自分の国を愛せなくなってしまう、こうした態度が若者をさまざまな社会運動にかき立ててもいる。こうした若者によりアメリカが内側から少しずつ変貌しているのは、9.11から20年たった今大きな希望に感じる。
しかし、まったく関心がない若者が多いのも事実だ。知らなければ何も考えずに生きていける、そのほうが楽だから。
「間違った情報は大量破壊兵器だ」。イラク戦争開戦の翌年、2004年にリリースされたイギリスのエレクトロ・バンド、フェイスレスの「Mass Destruction=大量破壊兵器」という歌詞の一節を思い出したが、教育の不足も同じかもしれない。
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ、NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所)
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