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「稲田朋美の転向でチャンス到来」高市早苗が安倍支持層からベタ褒めされる本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年9月10日 18時15分

2016年8月3日、東京の首相官邸にて。安倍首相(当時)が行った内閣改造で新たに任命された稲田朋美防衛大臣(右上)、再任された高市早苗総務大臣(上中央)らと写真に納まる安倍晋三首相(左前)と麻生太郎財務大臣(右前) - 写真=EPA/時事通信フォト

自民党総裁選で高市早苗氏が主要候補に躍り出た。ジャーナリストの鮫島浩さんは「泡沫候補の扱いだったが、安倍前首相の支持表明で流れが変わった。政策やキャリアを見れば、“後継者”として都合のいい条件を満たしている」という――。

■急浮上した「安倍氏の後継者」

菅義偉首相が「安倍争奪戦」に敗れ、不出馬に追い込まれた自民党総裁選。キングメーカーである安倍晋三前首相の支持をさいごに獲得したのは、菅首相に競り勝った岸田文雄前政調会長ではなく、政治信条が安倍氏に極めて近い高市早苗前総務相だった。

この結果、当初は泡沫扱いされていた高市氏は、「初の女性首相」として一気に主要候補となった。

総裁選レースは「選挙の顔」として期待を集める河野太郎ワクチン担当相が一歩抜け出したようにみえる。河野氏は安倍路線からの転換をめざすのではなく、原発政策や皇位継承問題で安倍氏に歩み寄り、自民党内の幅広い支持を集めようとしている。

しかし「安倍氏の継承者」の地位を確立したのは高市氏だ。河野政権が誕生しても高市氏は安倍路線を継承するシンボルとして要職に送り込まれる可能性が高い。安倍氏に恭順の意を示しながら放置された岸田氏に代わって、高市氏の動向がますます注目を集めていくだろう。

■アベノミクスの負の側面にはほとんど触れず

泡沫候補から一転して時の人へ――。これまでのところ総裁選でもっとも名を上げたのは高市氏かもしれない。この「高市現象」の特徴は、安倍氏に相通じる国家観や歴史観、改憲論、靖国参拝、女系天皇や選択的夫婦別姓への反対といった復古主義的イデオロギーだけでなく、アベノミクスを継承して「サナエノミクス」と銘打った経済政策が耳目を集めていることだ。

アベノミクスが掲げた、①大胆な金融緩和、②機動的な財政出動、に加え、③危機管理投資・成長投資、を新たに提起。アベノミクスの三つ目の矢の「改革」を「投資」に置き換えたもので、コロナ危機下において国家の強力な税財政支援を求める経済界の期待感をかきたてる内容である。

一方で、アベノミクスの負の側面といえる格差拡大に対する処方箋はほとんど触れていない。サナエノミクスはアベノミクスを「強者を支え、弱者をくじく」という新自由主義的な経済政策へさらに進化させたものであるように筆者にはみえる。

以下、高市氏の内実を深掘りしていこう。

■森喜朗内閣では「勝手補佐官」を名乗って森首相を応援

高市氏は奈良県で育ち、神戸大学経営学部を卒業した後、松下政経塾に入った。その後、渡米して下院議員の事務所に勤務。帰国後、フジテレビ系列の情報番組のキャスターを務めた。若くから政治家志望であったのは間違いない。

当初は自民党ではなかった。1992年参院選奈良選挙区に無所属で出馬して落選したが、自民長期政権に終止符を打つ93年衆院選(当時は中選挙区制)奈良県全県区で無所属でトップ当選し非自民連立政権に加わった。安倍氏とは初当選同期だ。

非自民連立政権が瓦解すると、高市氏は自社さ連立政権ではなく、小沢一郎氏が率いる野党・新進党に参画した。二階俊博幹事長や石破茂元幹事長と同じく「新進党組」である。新進党が解党した後に自民党に復党した石破氏ら「出戻り組」は長らく裏切り者扱いされた。石破氏が過去4回の総裁選で勝利できなかったのは「出戻り組」への反発が根強く残るからだと指摘する自民党関係者は少なくない。

高市氏は自民党を離党して新進党に加わったわけではないが、1996年末に自民党に入った際は「新進党組」への風当たりを強く感じたことだろう。彼女が身を寄せたのはタカ派の清和会だった。そこで復古主義的な政治信条を強めていく。森喜朗内閣では「勝手補佐官」を名乗って不人気の森首相を応援し続けた。

自民党本部
写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

■小池百合子氏、野田聖子氏とは対照的なキャリア

2003年衆院選では奈良1区で敗れ、比例復活もならず落選。小泉純一郎首相が郵政民営化に反対した自民党議員を公認せず対立候補(刺客)を送り込んだ05年衆院選で、高市氏は奈良1区を捨て、奈良2区の「刺客」として当選し、国会へ戻った。

だが「刺客」のシンボルとして話題を独占したのは現東京都知事の小池百合子氏である。兵庫6区から東京10区へ国替えして圧勝したのだ。小池氏もキャスター出身の新進党組。高市氏より6年遅れで自民党入りして同じ清和会に身を寄せたが、マスコミの注目を集めたのはつねに小池氏だった。

総裁選出馬をめざす野田聖子幹事長代行は高市氏と同じ1993年初当選組。自民党内で早くから脚光を浴び、98年の小渕恵三内閣では37歳で郵政相に抜擢された。小池氏が細川護煕氏、小沢一郎氏、小泉純一郎氏、二階俊博氏ら時々の権力者に食い込んで政界を渡り歩いたとすれば、野田氏は自民党内で野中広務氏や古賀誠氏ら重鎮を後ろ盾にしてきた。男性優位の悪しき政治文化が根強く残る永田町で華麗なキャリアを積み重ねた同世代の女性政治家二人に比べ、高市氏の足跡は見劣りして映る。

高市氏は復古主義的な政治信条を一貫として維持した。大物の庇護を受けてポストを獲得していった小池氏や野田氏とは対照的に、政治信条に徹して政治基盤を築いていったのである。政治信条への共感と上の世代との関係の薄さ――安倍氏が高市氏を見いだした理由はそこにあるのだろう。

■第1次安倍内閣で8月15日に靖国参拝した唯一の閣僚

安倍氏は初めて首相になった2006年、高市氏を内閣府特命相(沖縄及び北方対策等)で初入閣させた。安倍氏が翌年夏の参院選惨敗後の終戦記念日に靖国参拝を見送るなか、閣僚で唯一参拝したのが高市氏だった。閣僚が一人も参拝しないことを避けるために急遽参拝に踏み切ったという。安倍支持層に配慮をみせる役を買って出たのだった。

安倍氏は2012年総裁選に清和会会長の町村信孝氏に逆らい出馬に踏み切る。高市氏はこのとき清和会を離脱して安倍支持へ回った。安倍氏は首相に返り咲いた同年末、高市氏を女性初の政調会長に抜擢。14年には総務相に起用し、菅官房長官(当時)の牙城である総務省に安倍氏に代わってにらみを利かせる役目を担わせた。

とはいえ、安倍氏が最も重用したのは高市氏より当選回数が3回少ない稲田朋美氏だった。郵政選挙の「刺客」として福井1区に送り込まれた稲田氏をスカウトしたのが安倍氏だ。安倍氏は2012年末に稲田氏を内閣府特命相(規制改革)で初入閣させると、政調会長、防衛相とトントン拍子に引き立てた。稲田氏は「安倍氏が推す将来の首相候補」としてもてはやされるようになる。安倍支持層にも稲田氏の人気はすこぶる高かった。

■稲田朋美氏の転向でチャンス到来

ところが稲田氏が選択的夫婦別姓に賛成し、LGBT問題でリベラルな姿勢を見せ始めると、安倍氏はそっぽを向く。安倍支持層の稲田待望論も急速にしぼんだ。ついに高市氏に「出番」が回ってきたのだ。

2017年2月4日、日本の稲田朋美防衛大臣(当時)は、東京の防衛省で行われた日米間の閣僚級会談の後、ジム・マティス国防長官との合流記者会見で発言
稲田朋美氏=2017年2月4日(写真=DOD photo by Army Sgt. Amber I. Smith/Wikimedia Commons)

高市氏が総裁選出馬を正式表明した9月8日の記者会見。TBS報道特集キャスターの膳場貴子氏が「経済的な弱者や格差の解消にほとんど言及していない。高市さんはかつて『さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとか、弱者のフリをして少しでも得をしようと、そんな国民ばかりいたら日本が滅びる』という発言をしているが、弱者への視点が欠けているのではないか」と迫った。

高市氏は「私に対して非常に色がついているというご指摘だが、これが私です。これまでのことも含めてこれが私でございます」と開き直ってみせた。この直後、ネット上には「高市さんかっこいい」「格が違いすぎる」などと絶賛する声が溢れ、膳場氏への攻撃が飛び交ったのである。

高市支持層は小池氏や野田氏とは明らかに違う。スポットライトを浴びてきた人々の立場を突き崩す物怖じしない強力なエネルギーに期待が集まるのだろう。時代の閉塞感の表れかもしれない。

■アベノミクスに「投資」というコンセプトを加味

高市氏が8月10日発売の月刊誌『文藝春秋』で出馬への意欲を表明してサナエノミクスを発表した時、マスコミの小さな扱いとは裏腹に、アベノミクスの再来を期待する経済界には好感が広がった。その内容を吟味してみよう。

高市氏は「安倍内閣では、批判を恐れずに国債を発行して『定額給付金』など巨額の財政出動を断行したが、現在は小出しで複雑な支援策に終始している」として菅内閣の経済政策を批判。

2018年10月、東京証券取引所のメインルーム(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
東京証券取引所のメインルーム(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

アベノミクスが掲げた大胆な金融緩和と機動的な財政出動に加え、「危機管理投資」(自然災害やサイバー犯罪、安全保障上の脅威などのリスクを最小化する研究開発・人材育成へ財政出動・税制優遇)と「成長投資」(産業用ロボットや電磁波技術など日本に強みのある技術分野への戦略的支援)を大胆に実施し、インフレ率2%を目指す方針を掲げた。

2%の目標を掲げながら実現できなかったアベノミクスに「投資」というコンセプトを加味して再挑戦しようというものだ。

高市氏が「政策が軌道に乗るまでは追加的な国債発行は避けられない」「将来の納税者にも恩恵が及ぶ危機管理投資に必要な国債発行は躊躇すべきではない」と主張するのは、財務省に近い菅首相や岸田氏への対抗心の表れである。

■「美しく、強く、成長する国」を創る決意を表明

河野氏が力を入れる再生エネルギー政策については「私の地元では、山の上の畑に設置された太陽光パネルの傾斜が雨天時に地面を削る」「太陽光パネルの廃棄処分時のルール作りも必要だ」と注文。原発政策は米英で開発が進む「小型モジュール原子炉の地下立地が現実的」とした。原発再稼働を進めた安倍氏への配慮がにじむ内容だ。

とりわけ重視するのは、中国への先端技術流出を防ぐ経済安全保障の強化。「国家安全保障・投資法」や「経済安全保障包括法」を制定し、中国企業への監視・規制を強化するべきだと主張している。さいごに「美しく、強く、成長する国」を創る決意を表明。安倍氏の著書『美しい国へ』を彷彿させるキャッチフレーズだ。

小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換して再分配を重視する岸田氏と真っ向から対立し、再生エネルギー政策を目玉に掲げる河野氏を強く牽制する高市氏。総裁選の対決構図を見越して用意周到に準備した痕跡がにじむ。「アベノミクスの継承者は私だ」と宣言しているかのようだ。

■「初の女性首相」の候補者は、夫婦別姓の反対論者

高市氏の政治人生や政治信条を眺めると、彼女こそ安倍氏の後継者にピッタリだという思いを強くする。

自民党の非主流派だった清和会出身の安倍氏が掲げる「戦後レジームからの脱却」は、戦後日本を仕切ってきた政・官・マスコミ界の主流派(経世会、宏池会、財務省、外務省、NHK、朝日新聞など)を引きずりおろす体制転覆の性格を帯びていた。安倍支持層はそこに共感し、安倍長期政権を支持し続けたのである。

安倍氏が泡沫扱いされた高市氏の支持を真っ先に打ち出したのは、党員投票を分散させて決選投票に持ち込み自らがキャスティングボートを握るという戦略的側面もあるのだろう。しかし、どの政権下でも一貫として安倍氏の政治信条に身を投じてきた高市氏こそ、強固な安倍支持層がもっとも納得する継承者であると見定めた結果ともいえる。

安倍支持層に人気のある月刊誌『Hanada』10月号には、安倍氏と親密なジャーナリストの有本香氏が高市氏にインタビューする記事が掲載された。高市氏が「世界の真ん中で咲き誇る日本外交の姿を見せてくださったのは、安倍さんです」と持ち上げると、有本氏は「ここで初めてお話ししますが、安倍さんはかねてから『高市さんは能力も高く、すばらしい政治家だ』とおっしゃっていましたよ」と応じた。

高市氏支持を明言したことで、安倍氏のキングメーカーとしての実力は高市氏の獲得票数で可視化されることになった。安倍氏は自らの求心力を維持するため全力で支援するだろう。

「初の女性首相」への期待を集めてきた小池氏や野田氏に代わって、女系天皇や選択的夫婦別姓に強烈に反対してきた高市氏が、いまその座に最も近い。この「高市現象」は、自民党内の権力闘争を超えて、現代日本を映し出す社会現象といっていいのではないだろうか。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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