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「事故の原因は車にある」荒唐無稽な無罪主張を続ける飯塚幸三元院長の"逃げ得"は許せない

プレジデントオンライン / 2021年9月13日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sodabelly

■事故現場は「青信号の横断歩道」だった

母子が死亡した東京・池袋の暴走事故で9月2日、過失致死傷(自動車運転処罰法違反)の罪に問われた飯塚幸三被告(90)に対し、東京地裁は禁錮5年(求刑・禁錮7年)の実刑判決を言い渡した。

飯塚被告は旧通産省工業技術院の元院長というキャリアの持ち主で、事故当時88歳という高齢ドライバー。公判では「車に何らかの異常が生じ、暴走した」と一貫して無罪を主張していた。事故で亡くなったのは、松永真菜さん(当時31歳)と長女の莉子(りこ)ちゃん(同3歳)。2人は自転車で青信号の横断歩道を渡っていたところを猛スピードで走ってきた飯塚被告の乗用車にはねられた。

東京地裁の判決によると、飯塚被告は2019年4月19日の午後0時10分ごろ、豊島区東池袋で乗用車を運転中、ブレーキとアクセルを踏み間違えて暴走し、近所に住む母子2人をはねて死亡させた。通行人や同乗していた妻ら9人にも重軽傷を負わせた。

■亡くなった莉子ちゃんの名前すら書けない無責任さ

飯塚被告の車を解析しても不具合は見つからず、車載装置にアクセルを最大限まで踏み込んだデータが残っていたことから東京地裁は事故原因について「車に異常があった可能性はなく、ペダルの踏み間違い」と認定した。

飯塚被告の「ブレーキを踏んだが、車は止まらなかった」との公判での供述の信用性を否定し、「年齢にかかわらず、運転者に求められる基本的な注意義務を怠った過失は重大である。過失を否定する姿勢は、事故に真摯に向き合っていない」と厳しく指摘した。

これまでの公判で飯塚被告は3歳で亡くなった莉子ちゃんの名前を「どう書くか」と問われ、それさえ答えられなかった。自らの起こした事故から逃げ続けているのだ。

■「判決が認めた客観的な事実と向き合ってほしい」

事故で真菜さんと莉子ちゃんを失った松永拓也さん(35)は、判決後の記者会見でこう話した。

「2人の命が戻るわけではないが、前を向くきっかけになる」
「私たちに寄り添ってくれる裁判官の言葉に涙が出た。つらい時間が続いたが、公判に被害者として参加し、遺族の思いを伝えたことで報われた」
「飯塚被告には控訴の権利もあるが、判決が認めた客観的な事実と向き合ってほしい」

拓也さんは初公判後の記者会見でも「(飯塚被告の無罪主張は)ただただ、残念だ。謝るのであれば、罪を認めてほしい。遺族の無念さと向き合っているとは思えない」と話していた。

初公判などの内容は、2020年10月15日付の記事「『母子を死亡させても無罪を主張』そんな“暴走老人”を放置していいのか」に書いた。ぜひ一読いただきたい。

事故現場で実況見分に立ち合う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月13日、東京都豊島区
写真=時事通信フォト
事故現場で実況見分に立ち合う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月13日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

■控訴などを続ければ、判決確定までに長い時間がかかる

なぜ飯塚被告は「車の異常で暴走した」とかたくなに無罪を主張するのか。

飯塚被告が実際に刑務所に収容されるのは、判決後14日以内(9月16日まで)に東京高裁に控訴せず、実刑判決が確定してからだ。事実上、それまでは自由の身なのである。しかも今後、控訴などを続ければ、判決確定までに長い時間がかかり、その間に高齢の飯塚被告が亡くなることも考えられる。その場合、判決は確定されず、罪に対する刑の執行も不可能になる。

一方でこんな見方もできる。事故では飯塚被告もケガをした。90歳という高齢でもある。このため警視庁は「逃亡や証拠隠滅の恐れはない」との判断から飯塚被告の身柄を拘束(逮捕)せずに捜査を進めた。検察の公判請求に当たる起訴も在宅のまま行われた。

結局、飯塚被告は判決が確定するまで拘置所や刑務所などの刑事施設には収容されず、今後、判決が確定しても刑事訴訟法の規定に基づき、高齢や持病などを理由に刑の執行が停止されることがあり得る。病気などやむを得ない事情があるときは、判決の確定後に検察官に対して刑の執行を延期する申し立てができるからだ。

■免許の自主返納は国民の関心度合いで数字が上下する

9月3日付の産経新聞の社説(主張)は「池袋暴走に実刑 判決を高齢事故減の機に」との見出しを立て、こう書いている。

「事故は高齢者の運転による重大事故として、社会的にも大きな反響を呼んだ。平成10年にスタートした運転免許の自主返納制度では令和元年に、前年から18万件近く増えて過去最高の60万件を超え、池袋暴走事故の影響とされた」
「だが、2年前に過去最高を記録した自主返納は昨年、約55万2千件と再び減少に転じた。池袋暴走事故から時間が経過し、影響が薄れたことも原因とみられた。喉元過ぎて熱さを忘れたということなのだろう」

強制されない自主返納は国民の関心度合いで返納の数字が上下する。池袋の痛ましい事故を教訓に、たとえば、その人の日常生活に支障をきたさない限り、「80歳」を超えたら返納する、というようなルール作りの検討も必要だ。

■加齢による衰えを自覚するのは難しい

最後に産経社説はこう主張する。

「誰しも加齢とともに反射や判断能力には衰えが生じる。個人差はあるが、過信は禁物である。死亡事故の人的要因では、75歳以上の39%はブレーキとアクセルの踏み間違いといった『操作不適』であるとのデータもある。事故が起きてからでは遅い」

加齢による体の衰えはだれもが経験するが、多くの人は「自分は大丈夫だ」と過信してしまう。子供の運動会で張り切りすぎて、翌朝にひどい筋肉痛に悩まされたという読者もいるのではないか。筋肉だけでなく、反応速度なども加齢によって衰えるが、自覚を持つのは難しい。

衝突防止装置なども普及しつつあるが、完全に事故を防げるわけではない。ある程度の年齢に達した場合は、積極的に運転免許の自主返納を検討したほうがいいだろう。車の事故は他人の命まで奪う危険性がある。

■遺族の気持ちを思うと本当にやるせない

9月3日付の東京新聞の社説は「車載コンピューターなどに記録されたデータに基づけば、こんな事故時の光景が浮かび上がる」と書いた後、池袋の暴走事故の判決についてこう言及する。

「客観証拠は事故原因を雄弁に語っていよう。被告は『アクセルとブレーキを踏み間違えていない』と無罪主張だったが、判決は退け、実刑としたのは当然である」

さらに東京社説は「事故時の光景」についてこう描写している。

「60キロで走行中の被告の車は前方車両に接近したため、進路変更を繰り返した。安定制御システムが作動し警告音が鳴った。縁石に接触したが、84キロに加速。自転車に衝突し、そのまま96キロまで加速。赤信号を無視し、母子の乗った自転車をはねた」
「アクセルの開いた角度は125度。最大限に踏み込まれていた」

こうした証拠があるにもかかわらず、飯塚被告は無罪を主張しつづけている。遺族の気持ちを思うと本当にやるせない。

■交通事故は社説のテーマには相応しくないのか

東京社説は「事故を未然に防ぐ対応策も必要だ」と指摘し、「内閣府によれば、75歳以上で操作を誤った死亡事故は28%に上る。ハンドル操作か、ブレーキとアクセルの踏み間違いだ」と解説してこう訴える。

「安全運転サポート車は既にある。ペダル踏み間違い時の加速抑制装置などがある車だが、道交法改正でサポート車に限定した免許も創設される。過信は禁物だが、今後の技術進歩にも期待したい」

法律の改正も技術の利用も目的は交通事故をなくすことにある。少しでも悲惨な事故を減らすためにあらゆる方法を講じるべきである。

沙鴎一歩が見渡した限りでは、池袋の暴走事故の判決を社説で扱った全国紙は産経新聞と日経新聞の2紙だけ。昨年10月8日の初公判については、毎日新聞の1紙だけだった。

なぜ新聞社説はこの事故をテーマに選ばないのだろう。交通事故は社説のテーマには相応しくないのだろうか。そんなはずはない。読者の関心度の高いニュースこそ、取り上げて論じるべきではないだろうか。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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