【告発スクープ】小6女子をいじめ自殺に追い込んだ「一人一台端末」の恐怖
プレジデントオンライン / 2021年9月13日 17時15分
■学校で配られた端末でYouTube見放題
「あれ、和哉(仮名)、まだYouTube見ているの?」
昨年9月某日の夜11時。ベッドの上で寝転びながら、動画を見ている小学6年生(当時)の和哉さんを見て、母の小林愛菜さん(仮名)は驚いた。小林家では夜9時以降、クロームブックは使えない設定にしていた。「宿題をやっていた」と言い訳する和哉さんからクロームブックを取り上げて、YouTubeからログアウトしてみたら、家庭で使っているIDとは別のものが入っていた。
「005○○-○○○」
それは、和哉さんの学校で配られたクロームブックのIDだった。
昨年の5月下旬、和哉さんが通う町田市立小学校では、休校中の学習に使えるようにと6年生に一人一台、クロームブックが配られた。
文科省が推進する「GIGAスクール構想」――学校のインターネット環境を整備し、生徒一人に一台ずつ端末を配って教育の情報化を進めていく――で、全国の自治体に「一人一台端末」が行き渡ったのは、今年3月末のこと。この学校での配布はこれより10カ月も早い。一学年だけとはいえ一人一台を配備できたのは、ICT教育推進に熱心なA校長(当時)の方針だった。
A校長は20年以上前から授業でICTを取り入れてきた先駆者で、現在のGIGAスクール構想につながる「学校教育の情報化に関する懇談会」(2010年~2013年、座長・安西祐一郎氏)に第一回から参加。ほかにも文科省の「教育の情報化に関する手引」作成委員(2009年)、「学びのイノベーション推進協議会」委員(2011~2014年)を務めるなど、日本のICT教育推進の旗振り役として知られている。
A校長をそばで見てきたPTA会長は次のように振り返る。
「A校長は、とにかく『一人一台端末』を強く求められてこられました。先生がいらっしゃることでICT推進校に選ばれていた本校ではいちはやく6年生に配れることになったんです。2019年11月には全国から500人くらい先生たちがくる大規模なICT教育の研究報告会が学校で行われて、文科省や経済産業省の方と座談会をされていました。その翌日に、『国で一人一台が決まった。一生懸命、訴えてきたからね』と大変喜ばれていたのを覚えています」
こうして配られた端末は、ゲームし放題、YouTube見放題の設定になっていた。制限がかかっていたのは一部の成人向けや暴力的なサイトだけで、利用時間などの制限はない。やがてこの端末が、家庭や学校に混乱を招き、最悪の事態を招くことになる。
「最初は気づいていませんでした。学校で配られたタブレットなら、当然、時間や検索に制限がかかっていると思っていたんです。ましてやICT教育の第一人者で知られるA校長がいるので、信頼していた。でも、子供の様子がおかしかったので調べてみたら、なんでも検索できるし、ゲームもできてしまう。学校からはクロームブックを使った宿題が出ていて、やけに時間がかかっているなと思っていたのですが、9月の一件で遊んでいたんだとわかったんです」(小林さん)
■家庭のコントロールが効かない端末
ほとんど制限がない形で渡されたクロームブック。学校側が“設定ミス”をして、このような仕様になっていたわけではない。
和哉くんの同級生のお母さん、木村聡子さん(仮名)は教えてくれた。
「A校長は、あえてルールを設けず、子供の自主性に任せて、失敗のなかで学ばせるという方針なんです。クロームブックを持ち帰らせる際も『長時間や深夜の使用はしないようにしてください』『勉強以外に使わせないようにしてください』と書いたお便りを渡すだけ(写真参照)。でも、これは家庭に押し付けているだけ。無責任だと思います」
A校長が先駆者としてICT教育について取材を受けた記事がある。そのなかでA校長は「ルールをつくらなかったことで自主運営できるようになった」と話しているが、木村さんは「これはウソ。実際にはめちゃくちゃな状態で、記事を読んだ時はどこの学校の話かと思いました」と断じる。
2人が何より迷惑だと語るのは、家庭で使っている端末も学校のID・パスワードでログインすると、使い放題になってしまうことだ。
「わが家には学校で配られる前からクロームブックがあったのですが、それについては私のメールアドレスでアカウントを作成し、検索のフィルタリングをしたり、使用は1時間以内と制限をかけていました。しかし、子供は制限のかかった家庭のアカウントからログアウトし、使い放題の学校アカウントでログインして、ゲームをしてしまう。家庭でのルールが無意味になってしまうんです。学校が管理権限者なので、私たちは設定に触れることができません。家庭に管理を押し付けるなら、せめてコントロールできるようにして、って言いたいです」(小林さん)
![クロームブックを渡す際に配布されたお便り。管理を家庭に押し付けている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/670/img_1bfa0ec740dba429713a6ce53a823ede544317.jpg)
■授業中もゲームし放題。ICT推進校の実情
子供たちが配られたクロームブックで遊んでいたのは、家庭内だけではなかった。
和哉くんと、その同級生である勇くん(仮名)、直之くん(仮名)は「授業中も自由に検索したり、ゲームしていた」口を揃える。
学校で人気だったのは、「slither.io」というヘビのゲームや「VENGE」というシューティングゲーム。VENGEはオンライン上で待ち合わせて一緒にプレイする子もいたという。
「友達とはハングアウトというチャットでやりとりできました。部屋(対戦するステージ名)を伝えれば、そこで待ち合わせできます」(勇くん)
先生に見つかって叱られないのかと聞くと、「厳しい先生だと没収されることもあるけど、優しい先生だと『やっちゃダメだよ』くらいにしか言われない」(直之くん)という。さらに、クロームブックは授業中に先生の目を盗んで遊びやすい機能もあるのだという。
「クロームブックは、Alt+Tabを押せばすぐに画面が切り替わるので、先生が通ったときだけ課題の画面にすればいい。みんな課題はさっさと終わらせて、残り時間は遊んでいました」(勇くん)
■人のアカウントを使う「なりすまし」が横行
端末を“正しく”使った授業中でも、トラブルは多発していた。
「スプレッドシートを使って、授業の感想や気づいたことなど、みんなで書き込みをするのですが、全部消されて15分くらい授業が止まってしまうことがよくありました」(勇くん)
これは操作ミスで、意図せず消してしまったケースもあったが、なかにはいたずらで消した子もいたという。被害を訴えるのは、勇くんの友達の蓮くん(仮名)だ。
「スプレッドシートが消えたときに、履歴をたどればだれがやったかわかるのですが、身に覚えがないのに僕がやったことになったんです。5回くらい続いて、違うっていっても信用されませんでした。だけど、クロームブックから離れて友達と話していた時間に、俺が操作したことになっていたことがあって、それで別の人がやっているってわかってもらえたんです」
つまり、授業中に誰かが蓮くんに“なりすまし”て、いたずらをしたのだ。
なぜ、こういうことができたかというと、IDはクラスごとに前半が同じ数字で、末尾の3ケタが出席番号、そしてパスワードは、全員共通で「123456789」だったからだ。同じクラスの児童なら、出席番号がわかるので、簡単に蓮くんになりすますことができた。
「いろんな人が『なりすまし被害』にあっていて、書いていたものが消されたり、勝手に書き込まれたりしていました」(勇くん)
別の同級生の女の子も、「なりすましされるのがイヤすぎて、自分でパスワードを変えた子もいました。そうしたら先生に勝手に変えるなと怒られていました」と証言する。なぜ、同じパスワードにしたのか理由はわからないが、子供たちは意地悪したい相手や気になる相手のアカウントにログインして、作成中のスライドに“スタ連(スタンプを連打する)”したり、チャットに入って会話を覗いたり、とにかくやりたい放題の状態が続いた。
■チャットで悪口を書かれた女子児童が自殺
A校長のいう「自主性に任せて、失敗の中で学ばせる」方針は、結局、取返しのつかない事態を招くことになる。
昨年11月30日の夜、当時6年生の山根詩織さん(仮名)が、自宅の部屋で首を吊って亡くなったのだ。部屋にあった遺書には「学校でいじめにあって自殺する」「A子とB子にいじめられていた」などとはっきりと書かれていた。
A子とB子がチャット上で「詩織、ウザイ」「まじで死んでほしい」とやりとりしていることは、“なりすまし”で覗くことで多くの同級生が知っていた。そして、詩織さん自身もクロームブック上でそれを目撃し、C子とD子に相談していたが、その後、C子とD子にもいじめられていた。これらは遺族が同級生からの証言を集ることでわかったことだ。
母親の弘美さん(仮名)は語る。
「わが家でスマホは与えていませんでした。パソコンもリビングに家族共有のデスクトップを一台置いていただけ。でも、クロームブックがわが家にきて、娘は部屋に引きこもるようになりました。クロームブックで悪口を書かれ、娘自身が自殺のことを調べていたこともわかっています。自殺の直接の原因はいじめですが、学校で配られたクロームブックがそれを助長し、娘を追い詰めた面もあるのではないでしょうか?」
山根夫妻は11月30日のうちに、遺書を持ってA校長を訪ねて調査を依頼する。しかし、その後、学校の対応に不信感を募らせていくことになる――。
(続く。次回は、9月14日公開予定)
(プレジデントオンライン編集部 森下 和海)
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