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「いじめで不登校→中卒フリーター→弁護士」の東京都議が成し遂げたいたった一つのこと

プレジデントオンライン / 2021年9月28日 9時15分

東京都議会議員の五十嵐衣里さん - 撮影=今村拓馬

2021年7月の東京都議会議員選挙で初当選した五十嵐衣里さんは、中学時代に不登校になり、高校へは進学せずにフリーターになった。その後、22歳のときに一念発起して勉強を始め、30歳で司法試験に合格している。その原動力は何だったのか。五十嵐さんに話を聞いた――。

■今でも思い出すことに苦痛を伴う「いじめ」の記憶

2021年7月の東京都議会議員選挙で初当選した五十嵐衣里さんは、政治家としては異色の経歴の持ち主だ。中学2年の頃から不登校になり、高校には進まずフリーターに。そこから一念発起して勉学に励み、弁護士になった。政界に進むことを決意したのは「誰も取り残されない社会をつくりたい」という決意からだ。一時は「死んでしまうかもしれない」とまで思いつめた彼女の目に、今の社会はどう映っているのか。

学校に行くのをやめたのは、静岡市内に住んでいた中学2年生の頃だ。ある日突然、クラスメイトからポケットベルに「きもい」「死ね」などといったメッセージが届くようになった。無視されたり、私物を隠されたりと、心無い嫌がらせも受けるようになった。

「強い立場にあるグループの子たちが、そのときの気分でいじめの対象を決める。私の順番がついに来たんだなという感じでした。学生時代にはよくあることですよね」(五十嵐さん)

そう語る口調は淡々としているが、記者が質問を重ねるにつれて、だんだん弱々しくなっていく。30代になった今でも、当時のことを思い出すのは苦痛を伴うのだ。いじめられていると気付いてまもなく、登校できなくなった。いじめがエスカレートして、自分の体や心が一層傷つけられていくことを思うと、足がすくんだ。

■学校に行かないことは、自分自身を殺さないための選択

「学校へ行かずに『普通』のルートから外れることが、将来、どういうふうに影響してくるかは何となく理解していたつもりです。でも、尊厳を削られたくなかった。平気な顔をして耐え抜ける自信もなかった。事情を知らない両親には泣きながら『学校へ行ってくれ』と頼まれましたが、学校に行かないことは私にとって、自分自身を殺さないで済むための選択だったのです」(五十嵐さん)

もともと集団生活が苦手だったわけではない。小学校時代は楽しく通学していた。でも、そのいじめをきっかけに、自信も意欲も奪われた。高校へ進む年齢になっても変わらず迫ってくる、「また攻撃されたらどうしよう」という恐怖。勉強は好きだったが、その恐怖を乗り越えてまでやらなければならないものとは思えなかった。中学を卒業すると、自立のためアルバイトで働くようになった。

「高校に行くという選択肢は自分の中になかった」と語る
撮影=今村拓馬
「高校に行くという選択肢は自分の中になかった」と語る - 撮影=今村拓馬

■アルバイト先で解雇を経験、労働基準法の存在を知る

いじめられたのは運が悪かった。ただ、中学に行かない選択をしたのも、高校へ進学しない選択をしたのも、すべては自分の責任だ――。当時はそう考えていたという五十嵐さん。しかし、2年ほどアルバイト勤務していたレストランで初めて、自分を取り巻く社会に対して違和感を抱く経験をする。

17~18歳頃の年末のこと。勤務していた店舗の店長から突然、クビを言い渡された。理由は明確に説明されなかったが、年末年始のシフトにどれくらい入れるかをめぐって、先方の都合に沿えなかったことが原因のようだった。

「いきなり不機嫌になって『もう明日から来なくていいよ』って。最初は『アルバイトなんかこんなもんか』『私は高校にも行ってないわけだし……』なんて、自分が悪い理由ばかり探そうとしていました。だけど、次の仕事を見つけるのも容易ではない。やはり、どうしても納得できないと思って、インターネットで必死に調べました。そしたら、労働基準法という法律があることを知って、すぐに労働基準監督署に駆け込みました」(五十嵐さん)

企業などの使用者が労働者を解雇するに当たっては、少なくとも30日前に解雇予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならない。労基法ではそう定められている。労基署の担当者が勤務先に指摘すると、五十嵐氏は数万円の解雇予告手当を受け取ることができた。

■「社会が優しい、温かいと感じたことは一度もなかった」

「ホッとした一方で、権威のある人が言わないと支払われないのだなと複雑な気持ちにもなりました。知識がないと、こんなにも簡単に搾取されてしまう。この社会で自分や自分の大切な人を守っていくために、知識こそが武器になるのだと痛感したのがこのときです」(五十嵐さん)

トラックでの配送、スーパーマーケット、牛乳販売店など、さまざまなアルバイトを経験してきた
撮影=今村拓馬
トラックでの配送、スーパーマーケット、牛乳販売店など、さまざまなアルバイトを経験してきた - 撮影=今村拓馬

それでも、急に暮らし向きを変えられたわけではない。10代で実家を出て一人暮らしを始めてからは、家賃と生活費を稼ぐため、4トントラックでの配送業務などの職を転々とした。体力的に過酷だったことに加え、社会に受け入れられていないという感覚が強かった。

「社会が優しいとか温かいとか感じられたことは一度もありませんでした。『このままでは死んでしまう』という直感さえありました。貧しさはもちろん苦しかった。ただ今振り返れば、私や私と同じような立場で働いている人たちの尊厳が守られないのも苦しかった。『そう扱われてもしかたないような選択をしてきたせいだ』と思わされる社会そのものが、恐ろしいと感じていたと思います」(五十嵐さん)

■弱い立場の人ほど「しょうがない」と思わされている

「死んでしまう」と思わずにはいられない環境から、何とかして抜け出したい――。自分にできることを懸命に探したとき、頭に浮かんできたのは「勉強すること」しかなかった。フリーターのときに経験したたくさんの悔しさをぶつけるように、毎日机に向かった。22歳で高卒認定試験を受け、静岡大学の夜間コースで学びながら行政書士の資格も取得。その後は名古屋大学法科大学院に進み、卒業してまもない30歳で司法試験にも合格した。

「勉強は、改めて取り組んでみたら全く苦ではなかった」と五十嵐さん。「どん底」を経験したからこそ、自身の努力と能力でたくましくのし上がっていった実績を誇りに思っても不思議ではない。だが彼女は「そういう感覚はない」と言い切る。謙遜でも卑下でもない。「勉強が苦ではないという私の素質を、たまたまこの社会で一定の仕事を得るために必要な条件と合わせただけ」と説明する。

「生まれ持った素質や環境がもとで、知識を身に付けることができず、社会の不公正に対して怒りを抱くことさえできない人たちがたくさんいます。私はたまたま『勉強をするという場において、頑張れば報われた』だけ。苦しい状況にあっても『頑張ることが可能な環境』が与えられた。私はそこで得た力を、自分が勝ち抜くためだけに使おうとは思えません。『努力をすれば成功できる』というのは、成功している人の地位を正当化するための言葉です。そして、弱い立場にある人ほど『しょうがない』と諦めさせられている。この社会の仕組みを変えたい。それが私の負うべき責任だと考えています」(五十嵐さん)

自分がこの世界で最大限発揮できる能力が「勉強だった」という
撮影=今村拓馬
自分がこの社会で最大限発揮できる能力が「勉強しかなかった」という - 撮影=今村拓馬

■「怒り」を自分自身や同じ境遇の人に向けないでほしい

社会の仕組みやその背景にある価値観に対して働きかけられる仕事を考えたとき、政治の道に関心を抱いた。参院議員の政策秘書と、弁護士の実務の両方を経験したが、志は変わらなかった。今回、政策秘書時代の仲間から声をかけられ、立候補を決断した。

2021年7月4日に投開票された都議選では、武蔵野市選挙区(定数1)で、都民ファーストの会現職(当時)と、元市長の娘の自民党公認候補らを破って当選。若い世代の政治に対する期待の低さは課題視しつつも「こんなにたくさんの人が支持してくれたのは、どこかで『今の社会は間違っている』という実感を共有できているからだと思います」と語る。

「その怒りを、自分自身や自分と同じ苦しい境遇にある人たちに、どうか向けないでほしい。今行われている政策、その背景、自己責任を正当化する社会に対して、疑問を持ってみてほしい。私一人ですぐに状況を変えられるわけではないことも分かっています。議員として課題を解決する方法を模索しながら、もっともっと、皆さんの声を聞きたい。困ったときにはお互いに支え合える、他者を認める社会をつくっていきたいです」(五十嵐さん)

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五十嵐 衣里(いがらし・えり)
東京都議会議員
1984年、愛知県出身。中学2年で不登校になり、卒業後、職を転々とする。22歳で高校卒業程度認定試験に合格し、24歳で静岡大学夜間主コースに入学。名古屋大学法科大学院に進み、30歳で司法試験に合格。議員秘書や弁護士活動を経て、2021年7月の東京都議会議員選挙(武蔵野市選挙区)で初当選した。

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(東京都議会議員 五十嵐 衣里 取材・文=加藤藍子)

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