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「警察庁長官と警視総監、本当に偉いのはどっち?」日本人もよく知らない"警察2トップ"の違い

プレジデントオンライン / 2021年9月15日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

日本の警察は、警察庁と都道府県警察という2つの組織に分かれている。例えば警察庁のトップは警察庁長官だが、警視総監は警視庁のトップとなる。そのほかには一体どんな違いがあるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが解説する――。

※本稿は、野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■「警察庁」と「都道府県警察」

日本の警察はふたつの組織に分かれている。

ひとつは中央官庁である警察庁だ。職員は国家公務員で、霞が関にある合同庁舎内で働いている(図表1)。

警察庁組織図
出典=野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』

警察の総職員数、約30万人のうちの8000人前後が警察庁の職員で、東京大学卒、京都大学卒を主とするキャリア官僚の組織である。仕事は各県警を束ねる行政管理、政策を作るための企画立案、広域捜査の指導、連絡、調整など。企画立案というのは法律を作ることなのだけれど、憲法では立法は国会議員がやることになっている。そこで、企画立案という表現にしたのだろう。しかし、警察関連の法律は実際のところは警察庁の人間が作っていることは間違いない。

もうひとつの警察は都道府県警察だ。各都道府県には警察本部があり、地方公務員の職員が働いている。数は28万8000人。そのうち、警視庁(東京都警察本部のこと)に所属するのが4万6000人(図表2)。

都道府県警察組織図
出典=野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』

■「ノンキャリア」と呼ばれる警察の道

都道府県警察の職員は高校や大学を出て、各都道府県で採用され、警察学校を出た人たちだ。なかには東京大学、京都大学を出た人もいるけれど、ノンキャリアと呼ばれる。

都道府県警察に勤める警察官のうち、一部の人は警察庁に異動することもある。ただし、地方公務員として採用されているので、最終的には採用された都道府県に戻る。都庁や県庁に採用された職員が国の官庁に出向するケースと同じである。

また、県警本部で長年勤め、警視正となった場合、本人が望めば地方に勤務しながら国家公務員になることができる。この場合、県によっては給料が下がってしまうこともあるのだが、たいていの人は給料より国家公務員になる方を選ぶという。

■巡査部長、警部、警視正…階級は数多い

前項で警視正という階級呼称を使ったので、ここで階級とそれに対応する役職について整理しておく。

階級は巡査から始まり、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監となっている。

ノンキャリアの場合、巡査で入る。巡査から警部までの昇任はすべて筆記試験の成績や勤務成績等の総合評価で決まり、年功序列ではない。ノンキャリアの警察官は仕事と試験に追われる生活だ。

ただ、警部から上の警視、警視正、警視長に昇任する場合には筆記試験はないが、一方でポストに空きがなければ昇任しない。

そして、ノンキャリアの昇任は警視長までだ。警視監、警視総監にはならないというか、なれない。たとえ警視長まで昇任したとしても、その時にはすでに定年年齢の60歳に限りなく近くなっている。そこで定年を迎えることになるから警視監、警視総監にはなることはできない。もっとも警視総監は東京都にある警視庁のトップ、たったひとりだけの階級だ。

■高学歴卒でも官僚の道を選ばない人間もいる

目安で言えば都道府県警察の警視正とは大規模署の署長もしくは本部の部長にあたる。県警本部の部長とは本部長のすぐ下の職位だから、県の治安を預かる大きな権限を持つ。ノンキャリアで入って都道府県本部の部長まで行けば大したものと言えよう(図表3)。

警察官の階級
出典=野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』

なお、東京大学、京都大学を出ても地方採用として警察組織に入る人間がいるのは自分が生まれた町の治安をよくしたい、加えて、現場で犯人を追いかけたいというふたつの気持ちが主ではないかと思われる。

警察庁で法律を作ったり、管理職になるよりも「オレは一生、現場の刑事として事件を解決したい」という人の気持ちはよくわかる。刑事は休みも少ないし、大変な仕事だけれど、人のために尽くす仕事だ。やりがいという意味では命を救う医師、消防士に匹敵する。

■県警本部長を経て部長、局長…と上がっていく

さて、階級の話に戻る。

警察庁に入ったキャリアのスタートは警部補だ。以後の昇任にも試験はない。警察庁内と全国各地の警察本部を異動しながら経験を積んで地位は上がっていく。

警察庁に入った後、地方に出て交番や捜査の現場を経験する。その後、警察庁に戻り、係長として行政業務を担当する課長になる。

式で敬礼する警察官
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

30代中ごろになってから現場の警察署長、もしくは県警本部の部長になる。

50歳前後で警視長になるので警察庁の課長や小規模県の県警本部長をやり、その後警視監として大きな県の県警本部長になる。

その後、警察庁に戻ってきたら、警察庁本庁の部長、審議官、局長を務める。

本庁の局長職は5つ。別に長官官房がある。5つとは生活安全、刑事、交通、警備、情報通信の各局だ(図表3)。

各県警本部には地域部(交番のおまわりさんや白バイ警官が所属する)、公安部(国家体制を揺るがすような事案に対応する警備警察で、東京都のみにある)があるけれど、警察庁にはそれに該当する局はない。地域部は現場の仕事だから、中央官庁の警察庁には必要ないのだろうし、公安は警備局のなかに含まれている。

また、警察庁は2022年から、サイバー攻撃やサイバー犯罪に対処する体制を強化するため、「サイバー局」を新設することにした。警察庁が直轄する「サイバー直轄隊」も設置する。これにより、現場の捜査権限は都道府県が持つ従来の警察のあり方が変わることになる。

■警察庁長官と警視総監、本当に偉いのはどっち?

テレビのクイズバラエティでは「警察庁長官と警視総監はどちらが偉いのか」といった問いが出る。ためらうことなく、「警視総監」と答える人がいるくらいだから、世の中の大半はどちらが偉いのかよりも、まずは警察庁と警視庁の違いがわからないのではないか。

国税庁、資源エネルギー庁、海上保安庁、公安調査庁など、「庁」が付くのはほぼ国の組織だ。警察庁もしかりである。そして、「庁」は、府や省の「外局」として置かれているものを言う。

ところが、警視「庁」は国の組織ではない。東京都に属するのに、庁が付くところが、ややこしい。警視庁は東京都にある都道府県警察のこと。神奈川県警や北海道警と同格だけれど、呼び名が警視庁となっているだけだ。

どうして? と問われたら、明治以来の由緒正しい呼称だから変えられない、と答えるしかない。長官は国税庁にも海上保安庁にもいるけれど、総監と名の付く人物は日本に数少ない。

「総監の方がいかめしそうだし、偉いんじゃないか」と誤認する人がいても仕方のないことだろう。

■階級序列は「長官、次長、官房長、警視総監」

だが、事実は警察庁長官がもちろん警察組織全体のトップだ。

警視総監は東京都の警察組織、警視庁のトップである。警視総監は警察組織全体では序列は2番目と書いてある資料もあるけれど、実際は違うと思う。

というのは警察庁のナンバー2は警察庁次長だ。ナンバー3は官房長。そして、官房長、次長を務めた人は長官に昇任するのが通例だ。また、次長と警視総監の入庁年次や年齢を見ると、次長の方が警視総監よりも年次が古い。つまり、先輩なのである。

ただし、ここにもまた例外がある。95代の三浦正充警視総監(2018~20年)は「24年ぶりに警察庁次長から就任」だった。そして、彼以外の歴代総監の前職を見ると、警備局長、官房長、刑事局長だった人もいる。つまり、警視総監は局長を務めてから就任するポストだ。

一方、警察庁長官は前述のように別格の局長とも言える官房長になり、そして次長を経てから就く。年齢にすると、2歳くらい、警察庁長官の方が年上になる。

わたしの見たところ、警察組織全体の階級序列は長官、次長、官房長、そして、警視総監となるのではないか。

■長官の月収は117万5000円、総監は110万7000円

給料も長官は指定職(※)では最高の8号俸で、総監は7号俸。

指定職の給与
出典=野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』

長官は各省の事務次官と同じ額で、事務次官等連絡会議にも出席する。つまり、各省の事務次官と同格だ。一方、警視総監の給料は内閣府審議官、公正取引委員会事務総長、財務官、外務審議官など、各省の審議官、国税庁長官、海上保安庁長官と同じ俸給である。

指定職の年俸とはあくまで本俸で、これに地域手当がつくから本俸の1.2倍くらいにはなる。ただし、フェアな意見としては公務員幹部の給料は民間会社の社長に比べると、安い。

総理大臣でさえ年間4049万円だ。総理大臣の責任の重さ、年中無休の24時間営業を考慮すると、総理大臣の俸給は外資系企業エグゼクティブ、外資系金融マンの給料と比べると、不当とも言えるくらい安い。

ただし、よほどのインフレにでもならない限り、総理大臣や大臣の俸給は上がらないだろう。国会議員が総理大臣や公務員幹部のそれを増額する法律を提案することは考えられないからだ。ただ、国家公務員幹部ともなれば子どもも成長しているだろうし、趣味を楽しむ時間もない。食事もすべて仕事上の会合と言っていいから、お金を使うシーンはほとんどないと思える。

※指定職とは事務次官、外局の長、試験所又は研究所の長、病院又は療養所の長などが該当し、一般職国家公務員のなかでも最高幹部を指す。

■昇進に必要な「入庁年次」と「重大事件に遭遇したか」

ここまで階級、序列について、書いたけれど、わたしの調べたところでは、警察という組織で、階級、序列と共に重んじられているのは入庁年次、任官年次だと思う。旧陸軍では「星(階級)の数よりメンコ(食器のこと)の数」とされ、軍隊で何年、生活していたかが重要だった。メンコの多い古参軍曹は新任の少尉を呼びつけてマウンティングしていたと書いてある本もある。

警察組織も軍隊同様、男子中心のマッチョな世界だから、キャリア、ノンキャリアの別よりも、現場では年長者の意見が通りやすい。

「なぜ、どうして、そんなことがわかるの?」と聞かれたら、長く取材しているし、警察庁長官経験者からもそうした例を聞いたことがあるからだ。

たとえば……。

「若くして警察署長になったとする。殺人事件の捜査方針に対して大学を出たばかりの署長がリードできることはない。地元で長く働くノンキャリアが捜査を進める」

こうしたことは警察内部の人間からも聞いた。

ただ、民間会社でも現場を持つところは同じようなことがあるのではないか。大学を出た若造が、工場へ行って、「鍛造工場のベルトコンベアのスピードを上げろ」と指示したとしても、現場の人間はちゃんとした根拠がなければ従わない。

■名長官として名が挙がる後藤田正晴長官

そうしてみると、日本の会社は軍隊、警察に限らず、「星の数よりメンコの数」的な構造がある。

また、わたしは警察関係者と20年近く付き合っているけれど、同じ席で食事をしているうちに感じたのが、やはり「星の数よりメンコの数」だ。退官した後の警察幹部たちが礼節として意識しているのは先輩、後輩の間柄なのである。入庁年次が上の幹部に会ったとする。自分の方が肩書が上であったとしても、「先輩」と呼んで敬う。

それを見ていて、わたしは警察庁キャリアの世界は男子だけの中高一貫校みたいだなと感じた。

そして、警察庁キャリアのなかで、重んじられるのは「星の数より事件の数」である。在籍中、大事件に遭遇した長官、総監は平時の在任者よりも、風格が増すというか、激戦の戦場から帰った老将軍といった気配を身にまとう。

警察関係者が名長官として名を挙げるのが「カミソリ後藤田」「日本のジョゼフ・フーシェ」と呼ばれた後藤田正晴、第6代警察庁長官だ。

退官後、政界に入って副総理にまでなるのだから極めて優秀な仕事師なのだろうけれど、長官在籍中には大事件が頻発している。

任期は1969年から72年までの3年間だが、その間、起こった事件は以下の通りである。

よど号ハイジャック事件、瀬戸内シージャック事件と犯人射殺、三島由紀夫割腹事件、成田空港建設反対闘争で機動隊員3名死亡、あさま山荘事件、連合赤軍の群馬県妙義山での12人リンチ殺人、テルアビブ空港乱射事件……。後藤田長官は頻発する重大事件に対してパニックになることなく、冷静に対処している。

警視庁本部庁舎 玄関前の石碑
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

■「暗い夜道の一人歩きはやめましょう」の看板に憤慨し…

しかも、舌鋒(ぜっぽう)鋭いというか、人を食った発言が残っていて、それがまた彼の魅力と奥の深さともなっている。

以下は長官時代の発言からだ。

「新聞は警察官が過激派の火炎びんを浴びて殉職すると『死亡』と書く。どうして『殺人』と書かないんだ。あれは誤報だ」(鈴木卓郎『警察庁長官の戦後史』ビジネス社)

この発言を聞けば第一線の警察官たちは快哉(かいさい)し、後藤田正晴を尊敬し、信頼するだろう。

ただし、一方で、身内に対しても遠慮はしない。叱る時は厳しい。

「『暗い夜道の一人歩きはやめましょう│警視庁』というあの看板、あれはなんだ。暗い夜道を一人で歩いても大丈夫なようにするのがわれわれの役目じゃないか。警察の無能、無策を宣伝するようなあの看板はすぐに撤去せよ」(同書)

政治家に対してもひるまない。

「きょう、某大臣に会ったら『後藤田クンのゴルフは、よくボールが飛ぶそうだが、どんなショットをするのか』と聞かれたんだ。そこでセンセイ、ゴルフなんて簡単ですよ。あの小さなボールをバカな政治家か、意地悪な新聞記者の頭だと思って力いっぱい殴りつけるんですよ。よく飛びますよって答えてやったよ」(同書)

■阪神大震災、地下鉄サリン事件を指揮した國松孝次長官

もうひとり名長官と呼ばれている第16代長官、國松孝次もまた災害、大事件に遭遇した。

長官時代の1995年には阪神・淡路大震災があり、さらに地下鉄サリン事件を始めとする一連のオウム真理教事件が起こった。そのうえ、警察庁長官狙撃事件の被害者となった。3発の銃弾を浴びながらも復帰し、警察トップの威信を守った。普通の人間なら1発でもショック死するところだけれど、彼の場合は気力と体力があったのだろう。殺されずに生き残ったことが警察官全体の士気を高めたと言える。

野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)
野地秩嘉『警察庁長官 知られざる警察トップの仕事と素顔』(朝日新書)

「狙撃犯を捕まえられなかったじゃないか」と猛烈な批判を浴びたけれど、死ななかったことが警察の威信を守った。それが第一の勲功ではないか。

ただし、撃たれてしまったことについては、彼と警察組織の不徳だ。同情の余地はない。しかし、狙撃事件以降、警察全体が警護を見直すきっかけとはなった。

彼もまた後藤田正晴と似て、そして、歴代長官の常として、正義感が強い。不羈(ふき)でもある。

阪神・淡路大震災の時は誰よりも早く現場に姿を現して、現場を督励するとともに被災者を見守った。暴力団対策法を作り、また、被害者救済の道を開いたのも彼だ。

※編集部註:初出時、リードと本文に事実と異なる記載があり、確認の上訂正しました。(9月16日10時45分追記)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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