「過去最大の赤字よりマズい」電通が五輪中止より恐れている"最悪のシナリオ"【2021上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2021年9月25日 15時15分
■コロナ危機で「広告出稿」が大幅に減っている
新型コロナウイルスの感染拡大に、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言が重なり、オリンピック開催がますます危うくなっている。そのような中、オリンピックと一心同体の関係にあるとされる電通グループの業績が急激に悪化している。
万が一、オリンピックが中止となった場合、さらに大きな打撃を受けることが懸念される。広告業界のガリバーと呼ばれ、日本社会に絶大な影響力を及ぼしてきた同社に一体何が起こっているのだろうか。
電通グループは2021年2月15日、2020年12月期決算を発表した。収益は前年比10.4%減の9392億円、営業損益は1406億円の赤字、最終損益も1595億円の赤字だった。最終損益の赤字は2期連続(前期は808億円の赤字)で、今回の赤字額は過去最大である。
同社はエージェンシーとメディアレップを組み合わせた業態であり、顧客企業から広告料金を受け取り、一定のマージンを差し引いた金額をメディアに支払っている。決算短信ではメディアへの支払い控除後の実質的な売上高である「収益」が計上されているが、グロスでの売上高は約4.5兆円で、前年比マイナス12.6%だった。
2020年以降、コロナ危機によって多くの企業が業績を悪化させており広告出稿が大幅に減っている。電通もそのあおりを受けていることに加え、テレビや新聞など従来メディアの視聴者や読者が減っていることから、オールドメディアに強い電通には大きな逆風が吹いている。
こうした中、期待を集めていたオリンピック開催が危ぶまれていることから、電通の今後について悲観視する声も聞かれる状況だ。
■見かけほど悪化していない電通の業績
確かに今期の赤字は過去最大であり、電通にはかつてない逆風が吹いているが、同社の業績は見かけほど悪くない。
コロナ危機による広告出稿の低下を受けて売上高は減ったが、同時に人件費の削減も進めており、海外を中心に6000人を削減する計画だ。また、過去に高い価格で買収した海外事業について再評価を行っており、事業価値が毀損した分については減損として費用に計上している。
同社は国内広告市場の縮小が予想されることから、過去10年間にわたってひたすら海外事業を強化してきた。2013年には英国の広告大手イージスを4000億円で買収するなど、事業のグローバル化を進めている。グループ全体に占める国内売上高の比率は42%となっており、北米が26%、欧州が22%、アジアが10%と、すでに収益の半分以上を海外部門が稼ぎ出している。
今期決算で計上された損失の多くが、リストラなど構造改革費用と資産価値見直しによる減損である。特に減損については見かけ上の損失であり、同額のキャッシュが流出したわけではない。一連の費用を除外すると同社の営業利益は1239億円の黒字なので、本業そのものは何とか利益を出している。
■経営の見通しは立っているが…
つまり、一連の巨額赤字は、過去のM&A(合併・買収)における投資金額の見極めが甘く、会計上の「のれん(買収先企業の純資産額と買収金額の差額)」が過大だったことが要因であり、同社の事業が根本的に揺ぐほどの状況とは言えない。
今回の赤字転落を受けて、財務体質を強化するため本社ビルの売却を決定しており、売却金額は3000億円にもなると言われる。売却後も引き続きビルを使用する予定だが、コロナ危機をきっかけにテレワーク化が進んでおり、実質的な出社率は2割程度とされる。
売却後に従来と同じスペースを確保する必要はないので、この部分については大きなコスト削減要因となるだろう。今期(2021年12月期)についても560億円の構造改革費用を計上する予定となっており、2022年以降についても700~800億円程度のコスト削減効果を見込んでいる。
一連の状況から総合的に判断すると、同社が厳しい状況にあるのは間違いないが、一方でコスト削減も進んでおり、リストラとバランスシート調整が一段落すれば、収益は徐々に改善すると予想される。
しかしながら、それはかつての電通の復活を意味することにはならないと筆者は見ている。その理由は、コロナ危機をきっかけに電通を取り巻く市場環境がさらに変化する可能性が高まっているからである。
■電通が圧倒的な影響力を持っていた背景
電通という企業は一般にはあまり馴染みがなく、社員の過労自殺や持続化給付金の再委託問題、あるいはオリンピックを通じた政治との密接な関係が取り沙汰される前は、業務内容を詳しく知らない人も多かったはずだ。
だがメディア業界や政官界においてその存在や影響力を知らない人はおらず、同社は広告・メディア業界のガリバーとして戦後社会に君臨してきた。電通がメディア業界や政官界に極めて大きな影響力を行使できた最大の理由は、発足の経緯にある。
太平洋戦争開戦直後の1941年12月、政府は報道統制を実施するため国家総動員法に基づく新聞事業令を施行。全国に100以上あった日刊紙は55に統廃合された。新聞社にニュースを配信する役割を果たしていた通信社も、国策通信社である同盟通信に一本化されたが、その際、広告部門として独立したのが現在の電通である。
つまり電通という企業は国家総動員体制をきっかけに、(電通自身は消極的だったとはいえ)メディア広告を一手に引き受ける企業として人為的に作られたものであり、発足当初から政治色が強かった。戦後もこうした寡占状態が継続したので、電通は圧倒的な競争力を維持することになった。
■デジタル化は広告ビジネスに質的な変化をもたらした
こうした電通の独特の立ち位置は昭和から平成の時代にかけても継続したが、1990年代に入って状況に変化が生じ始める。
90年代後半からネットが急速に普及し、新規参入がほとんどなかった広告業界に多くのIT企業が参入してきた。単にネット広告が増えただけであれば、電通は得意とする営業力を生かして新しいメディアを開拓すればよいのだが、ビジネスのデジタル化は広告業界に質的な変化をもたらした。
グーグルをはじめとするITを駆使した新しい広告事業者は、広告を入れる媒体の特徴をシステムが自動的に解析し、リアルタイムで広告を配信する仕組みを構築し、ネット広告では大きなシェアを獲得した。
電通は広告主とメディアの両方に対する営業力を競争力の源泉としてきたが、IT社会においてはこうした付加価値は小さくならざるを得ない。広告ビジネスのIT化は各国共通の現象であり、同社が活路を見いだそうとした海外展開についても状況は同じである。
こうしたところに発生したのがコロナ危機であり、ポストコロナ社会において、ビジネスのデジタル化がこれまで以上に進展するのはほぼ確実な状況となっている。
もっともデジタル広告が増えるといっても、テレビなどの既存媒体がすぐに消滅するわけではないし、広告主に対するコンサルティングなど、大手ならではのアプローチも引き続き有効である。電通はその企業体力を生かし、大口の広告主やメディアを確保できると考えられる。
広告配信のAI(人工知能)化についてもM&Aなどを通じて対応が可能であることから、大きな流れさえ見誤らなければ、ビジネスの根幹が揺らぐ可能性は低い。同社は今後の事業戦略としてデジタル化をひとつの柱としており、IT企業である電通国際情報サービス(ISID)や電通デジタルといったグループ会社を通じて、デジタル戦略を加速させる方針である。
■かつての電通はもはや消滅しつつある
だが一連のリストラが終了し、組織のスリム化と低コスト化に成功した後は、仮に成長路線に復帰できたとしても、かつての電通の姿ではなく、単なる大手広告代理店の1社に過ぎなくなる。
圧倒的なシェアを生かし、メディアと広告主の両方に影響力を行使したり、オリンピックに代表されるような政治力を生かしたビジネスを自由に展開するという事業モデルは成立しにくくなるだろう。
結局のところ、かつての電通のビジネスモデルは、銀行業界や通信業界と同様、昭和という時代がもたらした構造的なものといってよい。邦銀は旧大蔵省(現財務省)を頂点とした護送船団方式と呼ばれ、半ば独占的に企業の資金調達を取り仕切ってきた。
通信業界もいまでこそ、複数の企業が料金プランを競い合う状況だが、かつては旧電電公社が通信事業を独占し、価格は一方的に決定されていた。
社会や経済のグローバル化やIT化が進むと市場はオープンになり、国家権力を背景とした独占あるいは寡占構造は徐々に崩壊していく。電通もまさに同じ文脈で捉えることができる企業であり、今後は純粋に民間企業としての収益力が問われることになる。
同社にとって最悪のシナリオとは、今回の業績悪化でもオリンピックの中止でもなく、急ピッチで進むデジタル化の流れに取り残されることであり、それを回避できるかどうかは、同社の中長期的な経営戦略にかかっている。
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経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。
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(経済評論家 加谷 珪一)
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