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スペースX、Siri…アメリカのイノベーションの源泉「SBIR」という制度をご存じか

プレジデントオンライン / 2021年9月17日 11時15分

ドイツの大手メディアの表彰を受ける米宇宙企業スペースXのイーロン・マスク氏=2020年12月1日、ドイツ・ベルリン

■研究者の「スター誕生」ともいうべき仕組み

商業宇宙飛行時代を牽引する企業「スペースX」。その創業者はテスラを率いるイーロン・マスク氏だが、事業の発端は米国の「SBIR」という制度であることを知る人は少ない。この制度は米国のイノベーションの牽引役ともいえる重要なものなのだ。

1982年に始まった「SBIR(スモール・ビジネス・イノベーション・リサーチ)」は、研究者の「スター誕生」ともいうべき仕組みだ。研究者はまず研究テーマを応募する。ここで採択されると最大15万ドルの賞金がもらえる。

次に賞金をもとに研究を進め、半年後に「実現可能」と評価されると、最大150万ドルの賞金が渡される。

さらに2年後に「実用化」に成功すれば、第3段階として製品の政府調達とともにベンチャーキャピタルを紹介してもらえる。

■「日本版SBIR制度」が失敗した根本原因

米政府は外部委託研究費の3.2%をサイエンス型ベンチャー企業の育成のために37年間使うことを法律で義務づけている。これまで400億ドル以上の国税を投入し、6万人以上の研究者をイノベーターにして、3万社を超えるサイエンス型ベンチャー企業を誕生させている。

スペースXはこのSBIR制度から生まれた。アップルが採用した音声認識技術を開発したSiri(シリ)もそうだ。携帯通信大手のクアルコム(1985年創業、従業員1万7500人)、世界2位の大手バイオ製薬会社ギリアド・サイエンシズ(1987年創業、従業員1万1000人)、ロボット掃除機のアイロボット(1990年創業、従業員455人)などもSBIR制度の成功事例だ。

さらにこのSBIR制度を支えるものとして、博士号を持ち研究経験のある連邦政府の「科学行政官」の存在がある。科学行政官は革新的イノベーションに関する技術課題を提示し、それに共鳴した研究者たちが「スター」を目指してその課題克服に挑戦する。その間、科学行政官はこうした「金の卵」に助言やサポートをしながら育てていく。このため「イノベーション・ソムリエ」とも呼ばれ、若い研究者の憧れの的となっている。

spacex社
写真=iStock.com/Jorge Villalba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jorge Villalba

こうした成果を踏まえて、日本でも1999年に「日本版SBIR制度」が創設されている。2019年度には中小企業・ベンチャーに対して460億円の補助金が出た。しかし成果は芳しくない。中小企業庁の資料によると、SBIR制度として採択し、支援した企業のほうが、採択されなかった企業よりもその後のパフォーマンスが下がっているといった指摘すらある。

日本版SBIR制度の課題を踏まえ、内閣府は2020年に破壊型イノベーションを生むための「ムーンショット型研究開発制度」を始めている。これは支援に「ステージゲート」と呼ばれる段階があり、米国のSBIR制度に近い。だが、日本には、米国の科学行政官のように技術の目利きができ、研究者と企業・投資家などを結ぶ仲介者がいない。このため、これも実質は「補助金」制度にとどまっている。

■予算がなくても「富岳」は世界一を獲得できた

日本でイノベーションが起きないのは軍事利用が阻まれているからだ、という指摘もある。たしかに米国や中国、ロシアなど、新たな技術の開発は軍事面からの要請が多いのは間違いない。インターネットの原型となる技術や全地球測位システム(GPS)、ドローンやAI、「シリ」のような自動音声認識技術などはその典型だ。DARPA(米国防高等研究計画局)がその開発の担い手となっている。

しかし、敗戦後、軍事技術の開発に歯止めをかけられていた日本でも「民生利用」の分野で世界を驚かす快挙は成し遂げられている。スーパーコンピューターの「富岳」だ。

写真=富士通プレスリリースより
スーパーコンピュータ「富岳」(写真=富士通プレスリリースより)

「富岳」は2020年の性能コンテストで、単純計算の性能を競う「TOP500」、社会の複雑なネットワークや各種のビッグデータ解析を競う「Graph500」、自動車や航空機などの空力設計などに用いる産業利用用途に関する「HPCG」、AIの深層学習などに使う「HPL-AI」の4部門でトップになった。ランキングは半年ごとに更新されるが、6月にもいずれの項目でもトップとなり、3期連続で4冠を獲得した。

「富岳」は4月から本格運用が始まった。処理速度を競うTOP500以外の各部門でも首位に立ったことについて産業界からは、「民間企業からの要請に沿った使いやすいスパコンが誕生したことを意味する」(大手自動車メーカー幹部)と、歓迎の言葉が寄せられている。

■スパコン「地球シミュレーター」の苦い経験

先代のスパコン「京(けい)」も処理速度では世界一を記録したが、「空力設計のシミュレーションや創薬など産業用途では使いづらい」と指摘されていた。開発を担った理化学研究所はこうした産業界からの指摘をうけて、「『処理速度で世界一を目指す』というような開発者の一人よがりではなく、産業力の底上げに通じるような使い勝手のよいスパコン開発を目指した」と振り返る。

京を上回る1300億円もの開発費を投じて誕生した富岳に産業界が寄せる期待は大きい。ポスト・スパコンと呼ばれる「量子コンピューター」についてもトヨタ自動車や日立製作所、三菱UFJフィナンシャルグループなどの企業も参加して、学術用途以外に民間にもその成果を広く還元していこうという機運が高まっている。

こうしたスパコン富岳やそれに続く量子コンピューターの官民開発・共同利用が強く叫ばれるようになったのは、2002年に運用を開始したスパコン「地球シミュレーター」の苦い経験が影響している。

当時は処理速度で世界一となり、米国では「スプートニクス以来の衝撃」と報じられた。この地球シミュレーターの登場により、核融合のシミュレーションも容易になることから、米国防省は地球シミュレーターを抜くための開発費を急遽計上し、IBMなどを駆り出して開発に着手させたほどだ。

■「2位じゃだめなんでしょうか」と揶揄されたが…

しかし、米国をはじめ、ロシアや中国などもうならせたこの和製スパコンは「国費を投じて開発した」という理由で、民間企業には開放されなかった。民間企業から「ぜひ使いたい」という要望が殺到したにもかかわらず、気象予測や地球温暖化の影響などに使途は限定された。当然、開発にかかった資金回収の道も閉ざされた。

09年には後継となる京の開発計画に対して、当時の事業仕分けで蓮舫参院議員が「2位じゃだめなんでしょうか」とただして論争が起きるまでにスパコンの開発機運は退潮してしまった。

日本の科学技術予算は00年度からほぼ横ばいの4兆円前後で推移している。一方、米国は年度によって浮き沈みがあるが平均15兆円程度、2010年代に入り米国を上回った中国では20兆円を超える。物量の差は圧倒的だ。しかし戦い方はある。「富岳」の成功はそのひとつだろう。

次のターゲットは「量子コンピューター」だ。この9月、東芝やトヨタ、NTT、日立製作所などが中心となって「Q-STAR」(量子技術による新産業創出協議会)を設立。新たな素材やデバイス、通信技術や製造業への応用など、幅広い分野での活用を探る動きが始まった。

■ユニコーンがもっと生まれる素地はある

軍事技術開発の強化は日本では難しいだろうが、トヨタが三顧の礼で招いたAI新会社CEOのギル・ブラット氏は、元DARPA(米国防高等研究計画局)で、ロボットやAI研究の第一人者とされている。こうした人材を取り込むのも一つの手だ。

GAFAの成功は、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツといったカリスマの力だけでなく、DARPAからの派生やSBIRで生まれたスタートアップなどが要素技術となっている側面も大きい。アリババやテンセントなど中国のBATHに至っては、米国などから技術者の引き抜きで成長を遂げている。

日本の研究レベルは決して低くない。それは中国が科学技術分野でノーベル賞をまだ受賞していないことからも明らかだ。米国のSBIRのような「スター誕生」の舞台装置やリスクマネーへの投資を促す制度を設ければ、ユニコーンがもっと生まれる国になれる素地を日本は持っている。

(プレジデントオンライン編集部)

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