「利用件数さえも非公表」11カ国が無料で使える"国連軍基地"という場所が日本にはある
プレジデントオンライン / 2021年9月21日 10時15分
■中国をにらみ、英国の大艦隊が来日
英海軍史上最大の空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群が8月から9月にかけて、在日米軍基地や自衛隊基地に寄港した。空母に同行するのは駆逐艦2隻、フリゲート艦2隻、補給艦2隻、潜水艦1隻のほか、米駆逐艦1隻とオランダのフリゲート艦1隻も従え、合計10隻からなる大艦隊だ。
今年5月22日、英国の軍港ポーツマスを出港、訓練を繰り返しながら7カ月半にわたって航海し、日本、韓国、インド、オーストラリアなど約40カ国を訪問する。
出港後、地中海、インド洋、南シナ海を経て、8月に日本近海まで到達。海上自衛隊との訓練を行い、さみだれ式に長崎県の米軍佐世保基地や神奈川県の米軍横須賀基地に入港した。
クイーン・エリザベスは2017年の就役後、今回が初の本格的な航海となる。行き先をインド太平洋としたのは、強大化する中国をにらみ、域内国との間で親密なパートナーシップを築くためだ。
■「日英防衛交流の深化につながる」
「自由で開かれたインド太平洋」を掲げる日本政府は、空母打撃群の訪日を歓迎しているが、外国軍の寄港は無条件というわけではない。
入港を希望する外国軍は、予定する寄港地や滞在期間を日本政府に通報し、許可を得る必要がある。友好的なやり取りを通じて、寄港する側に日本を攻撃する意図がないことを伝える仕組みになっている。
クイーン・エリザベスは9月4日から8日まで米軍横須賀基地に入り、米軍から補給などの支援を受けた。外務省によると、寄港を認めた理由は「日英防衛交流の深化につながる」というもの。
本来なら隣接する海上自衛隊側の横須賀基地への入港が筋だが、基準排水量4万5000トン、全長284メートルと横須賀配備された最大級の護衛艦「いずも」よりはるかに大きい。そこで任務航海のため長期間、横須賀基地を不在にしている米空母「ロナルド・レーガン」専用の岸壁を利用した。
■「国連軍地位協定」を基に寄港した艦艇も
一方、海上自衛隊側の横須賀基地には補給艦「フォートビクトリア」が8月21日から22日まで、またオランダ軍のフリゲート艦「エファーツェン」が9月5月から7日まで寄港した。寄港理由はどちらも日英、日蘭の「防衛交流の深化」だ。
ところが、防衛交流とは別の理由で寄港した艦艇もある。
英国のフリゲート艦「リッチモンド」と「ケント」は8月上旬から下旬にかけて米軍佐世保基地に寄港。また補給艦「タイドスプリング」は9月5日から7日まで米軍横須賀基地を利用した。
この3隻の寄港は「国連軍地位協定が根拠」(外務省)というのだ。どういうことだろうか。
ここでいう国連軍とは、1950年に始まった朝鮮戦争に伴う国連安保理決議に基づき、米国を中心にして編成された朝鮮国連軍のこと。1953年に休戦を迎えたが、休戦ゆえに、現在も残っている。
朝鮮戦争勃発時に米軍占領下の東京に置かれていた司令部は1957年、韓国の首都ソウルに移転した。司令官は在韓米軍司令官が兼務する。
■朝鮮国連軍基地を兼ねる在日米軍基地
日本とも密接な関わりがあり、在日米軍司令部のある横田基地に「朝鮮国連軍後方司令部」が置かれている。オーストラリア軍の空軍大佐が司令官を務め、米軍出身の下士官ら計4人が専従として勤務する。
横田基地が朝鮮国連軍の基地を兼ねるのは1954年、日本政府と朝鮮国連軍との間で締結した国連軍地位協定による。現在、7カ所の在日米軍基地が朝鮮国連軍基地を兼ねている。基地名は以下の通りだ。
いずれの基地にも星条旗と並んで国連旗が掲げてあるものの、朝鮮国連軍の専用施設があるわけではない。滑走路、港湾などはいずれも米軍施設を利用する。
■国連軍基地を兼ねた米軍基地と海上自衛隊基地の違い
これらの施設を利用できるのは国連軍地位協定締結国の日本、オーストラリア、カナダ、フランス、イタリア、ニュージーランド、フィリピン、南アフリカ、タイ、トルコ、英国、米国の12カ国。実質的には基地を提供する日本を除く11カ国ということになる。
英国は地位協定締結国のため、米軍基地を兼ねる横須賀基地や佐世保基地を利用することができる。一方、オランダは非締結国のため、海上自衛隊基地を利用するほかない。
国連軍基地を兼ねた米軍基地と海上自衛隊基地とでは、どこが違うのか。
国連軍地位協定には「日本国で公用のため調達する資材、需品、備品及び役務は日本の次の租税を免除される」(第14条の3)とあり、燃料などにかかる税金が免除される。在日米軍の物品には関税がかかっていないので、寄港した英軍の艦艇は無税の燃料を入れることができる。
一方、自衛隊基地を利用した場合は税金込みの価格となる。
だが、英国の空母打撃群が米軍基地を利用したのは費用節約のためだろうか。海上自衛隊幹部は「一義的には岸壁の空き具合で寄港先を使い分ける」といい、米軍と海上自衛隊の基地を見回して、空きスペースを利用した結果だろうというのだ。
空母打撃群は欧州連合(EU)離脱後の英国の存在を誇示する「グローバル・ブリテン(世界の英国)」を掲げ、航行を続けている。節約優先などというケチな真似はしないのかもしれない。
■不可侵とされる米軍基地に置かれている朝鮮国連軍の基地
ところで、日本に朝鮮国連軍の基地があることをどれほどの人が知っているだろうか。その役割、任務、活動については、日米地位協定によって不可侵とされる米軍基地に置かれているだけに、ごく一部の政府関係者以外、その実態を知る人はいない。
2006年3月、当時民主党の白眞勲参院議員が「国連軍地位協定の今日的意味」「国連軍基地が国内に存在する意味」「国連軍の航空機や艦艇が基地を利用する目的」などについて、政府見解を求める質問主意書を参院議長に提出した。
小泉純一郎内閣は同月31日付で「国連軍は抑止力として重要な役割を果たしており、国連軍地位協定は現在も意義がある」「在日米軍基地に国連軍の航空機や艦艇が出入りしていることは承知している」との答弁書を閣議決定したが、質問にはまともに答えていない。「出入りしていることは承知している」では、まるでひとごとだ。
今回の空母打撃群の来日に関連して、筆者が外国軍による国連軍基地の利用は年間、何件あるのか外務省日米地位協定室に問い合わせたところ「答えられない」と門前払いされた。担当者は「軍の行動が推測されるので公表できない」というのだ。
利用回数を公表したところで「軍の行動」が推測できるはずもないが、担当者は「言えない」の一点張りだ。
■安倍政権の意向に沿う基地利用であれば公表した過去
実は2年前、日米地位協定室は以下の通り、直近5年間の利用実績を筆者に明らかにしている。
2014年13回(12機、1隻)
2015年13回(11機、2隻)
2016年15回(14機、1隻)
2017年27回(13機、14隻)
2017年は艦艇が前年の1隻から14隻に増えている。理由を尋ねたが、当時、担当者は「基地の利用目的、いずれの国の航空機や艦艇か、どの基地を利用したのかは運用にかかわることなので答えられない」と回答を拒んだ。
今回の取材で情報公開の姿勢はさらに後退し、利用件数自体が非公表なのだから、日本にやってくる国連軍と称する他国軍の動向は知りようがない。
ただ、外務、防衛両省は2018年4月28日、北朝鮮が洋上で違法に物資を積み替える瀬取りを監視するため、オーストラリア軍とカナダ軍の哨戒機が国連地位協定を根拠に嘉手納基地を拠点にして警戒監視活動を行うと発表をした。国連軍の活動を発表したのは極めて異例だ。
北朝鮮に対して「圧力一辺倒」だった当時の安倍晋三政権の意向に沿う基地利用であれば、公表するということなのだろう。当初は非公表だった海上自衛隊のP3C哨戒機による瀬取りの監視活動も途中から公表に変え、5例を発表した。
■朝鮮戦争が終結すれば、国連軍地位協定も消滅する
時には積極的に公表し、時には件数さえ非公表。国民への説明責任は「ご都合主義」でいいはずがない。すでに終わった基地利用の実績については、利用目的、国籍などを公表するべきではないだろうか。
取材の結果、国連軍として在日米軍基地を利用するのは、①北朝鮮関連の警戒監視や哨戒活動の拠点にする、②燃料などの補給を受けるためとほぼ判明した。この程度の内容まで非公表とする政府の姿勢はどうかしている。
2018年、朝鮮戦争の終結を目指した米朝首脳会談が開かれた。その後、停滞しているが、終結した場合、国内7カ所の国連軍基地はどうなるのだろうか。
国連軍地位協定24条は「すべての国連軍が朝鮮から撤退していなければならない日の後90日以内に日本から撤退しなければならない」と定めている。同25条は国連地位協定について「日本から撤退しなければならない期日に終了する」とある。
朝鮮戦争が終結すれば、在日米軍基地は国連軍基地としての役割を終え、国連軍地位協定も消滅する。国連軍そのものがなくなるのだから、当然だろう。
■日本は米軍にとって天国のような国
ただ、世界トップの実力を持つ米軍と自衛隊がそろう日本で、共同訓練を希望する他国軍は少なくない。国連軍の廃止後に来日する場合、自衛隊基地や民間港・民間空港を利用することになる。
東京都港湾局によると、外国艦船の晴海ふ頭の利用は親善目的であれば、岸壁使用料と入港料は都条例によって免除される。ただし、全国の民間港がすべてタダというわけではない。海上自衛隊も他の民間港では岸壁使用料などを支払っている。
さらに民間企業が運営する曳船(タグボート)を使えば、岸壁使用料とは別に料金が発生する。
国連軍であれば、すべて無料で使えた米軍基地が朝鮮戦争の終結後、使えなくなり、代わりに民間港を使おうとすれば高額の費用負担が必要になる。訪日しようとする他国軍は二の足を踏むのではないだろうか。
ただ、米軍だけは別格だ。日米地位協定に「入港料、着陸料を課されないで日本国の港、飛行場に出入りすることができる」とあり、港湾を管理する自治体が拒否しても入港を強行する場合さえある。日本政府が抗議することはまずない。
実は国連軍地位協定に同様に規定があるものの、日本政府は民間港と民間空港の利用を認めていない。制約を受ける朝鮮国連軍に対し、制約なしの米軍。朝鮮国連軍が消えれば、他国軍の出入国は減り、日本は米軍にとって天国のような国なのだという真相が際立つことになる。
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防衛ジャーナリスト
1955年(昭和30)年、栃木県宇都宮市生まれ。防衛ジャーナリスト。元東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。法政大学兼任講師。下野新聞社を経て、91年中日新聞社入社、東京新聞社会部記者を経て、2007年8月より編集委員。11年1月より論説委員兼務。1993年防衛庁防衛研究所特別課程修了。92年より防衛庁取材を担当。04年中国が東シナ海の日中中間線付近に建設を開始した春暁ガス田群をスクープした。07年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。著書に、『安保法制下で進む! 先制攻撃できる自衛隊 新防衛大綱・中期防がもたらすもの』(あけび書房)、『検証 自衛隊・南スーダンPKO 融解するシビリアン・コントロール』(岩波書店)、『「北朝鮮の脅威」のカラクリ』(岩波ブックレット)、『零戦パイロットからの遺言 原田要が空から見た戦争』(講談社)、『日本は戦争をするのか 集団的自衛権と自衛隊』(岩波新書)、『僕たちの国の自衛隊に21の質問』(講談社)、『「戦地」派遣 変わる自衛隊』(岩波新書)=2009年度日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞受賞、『自衛隊vs北朝鮮』(新潮新書)などがある。
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(防衛ジャーナリスト 半田 滋)
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