「貯蔵中のサトイモを鋭い眼光で警護」人類学者がたどり着いた"あの有名な土偶の正体"
プレジデントオンライン / 2021年9月29日 9時15分
■土偶のモチーフは「植物」という仮説
今から1万6500年前から2350年前までの縄文時代における人々の生活や文化については、考古学研究の発展により解明が進んだものの、いまだに多くの謎が残されている。
とくに縄文文化の象徴の一つである「土偶」については、何をかたどったものなのか、様々な説があるものの確証を得られていないのが現状だ。
古代の謎への「新発見」が注目されベストセラーとなった本書では、現代までに全国で2万点近くが発見されている縄文時代の土偶について、人類学、考古学などの実証研究により、その正体を明らかにする。
著者の仮説では、土偶は「植物」をモチーフとして作られており、縄文人たちの生命を育む主要な食用植物の精霊を祀る呪術的儀礼に用いられたものだという。たとえば、土偶の代表格であり、ゴーグルをつけたような大きな眼が特徴的な「遮光器土偶」は、サトイモをかたどったものと説明されている。
著者は独立研究者として活動する人類学者で、東京大学で宗教学を学んだ後、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程満期退学(2019年)。専門は宗教人類学。著書に『輪廻転生―<私>をつなぐ生まれ変わりの物語』(講談社現代新書)などがある。
1.土偶プロファイリング1 ハート形土偶
2.土偶プロファイリング2 合掌土偶・中空土偶
3.土偶プロファイリング3 椎塚土偶(山形土偶)
4.土偶プロファイリング4 みみずく土偶
5.土偶プロファイリング5 星形土偶
6.土偶プロファイリング6 縄文のビーナス(カモメライン土偶)
7.土偶プロファイリング7 結髪土偶
8.土偶プロファイリング8 刺突文土偶
9.土偶プロファイリング9 遮光器土偶
10.土偶の解読を終えて
■文字記録がない縄文時代を知る「情報遺産」
神話は小説のような創作物ではない。人類学が教えるところは、神話において語られようとしているのはむしろ“世界の現実”であるということだ。古代神話であれば、それは人類が「自意識」というものを獲得し、われわれを取り巻くこの世界を有意味なものとして解釈し始めた頃の、いわば太古の認知の痕跡なのである。
縄文人も神話を保有していたことは確実である。しかし、縄文人は文字を使用しなかった。つまり縄文人の神話は文字記録として残っていない。
しかし、(縄文時代には)忘れてはならない重要な「情報遺産」が存在している。そう、土偶である。縄文時代に造られたあの奇怪なフィギュアは、儀礼的な呪物、つまり呪術で使う道具として使用されたものに違いない。であれば、そこには縄文人の精神性が色濃く反映しているはずである。
土偶には二つの大きな謎がある。一つは「土偶は何をかたどっているのか」というモチーフの問題。ざっとみただけでも、妊娠女性説、地母神説、目に見えない精霊説、はたまた宇宙人説に至るまで、考古学の内外からじつに多様な意見が開陳されていることがわかった。そしてもう一つが「土偶はどのように使用されたのか」という用途の問題。豊穣のお祈り、安産祈願のお守り、病気治療など、こちらも様々な意見が主張されてきたようだ。
■土偶のモチーフは「食用植物」だと宣言したい
しかし、土偶のモチーフや用途をめぐっては諸説あるものの、いずれも客観的な根拠が乏しく、研究者のあいだでも統一的な見解が形成されていないのである。少し大げさな言い方をすれば、自分たちのルーツにあたる先祖の精神性を、そしてその神話を余すことなく体現しているであろう土偶について無知であるということは、われわれ自身についても無知であるということを意味している。それでいいのか。
そこで私は宣言したい。――ついに土偶の正体を解明しました、と。
結論から言おう。土偶は縄文人の姿をかたどっているのでも、妊娠女性でも地母神でもない。〈植物〉の姿をかたどっているのである。それもただの植物ではない。縄文人の生命を育んでいた主要な食用植物たちが土偶のモチーフに選ばれている。
19世紀末にイギリスの人類学者ジェームズ・フレイザーが著した『金枝篇』で私が特に注目したのは「栽培植物」にまつわる神話や儀礼である。植物の栽培には必ずその植物の精霊を祭祀する呪術的な儀礼が伴うことを、フレイザーは古今東西の事例をあげて指摘している。
■なぜか縄文遺跡から「植物霊祭祀」が見つからない
近年の考古研究の進展によって、北海道を除く東日本では、すでに縄文中期(およそ5500年前)あたりから、縄文人が従来の想定よりもはるかに植物食に依存していた実態が浮かび上がってきた。しかもかれらは単なる採集だけでなく、ヒエなどの野生種の栽培化、里山でのクリ林やトチノキ林などの管理、マメ類の栽培などを行っていたことも判明しつつある。
ということは、そうした植物利用にともなう儀礼が行われていたことは間違いないのであるが、なぜか縄文遺跡からは植物霊祭祀が継続的に行われた痕跡がまったくといっていいほど発見されていないのである。
だが、「植物霊祭祀の痕跡が見つかっていない」のではなく、本当はすでに見つかっているのに、われわれがそれに気づいていないだけだとしたらどうだろうか。実はこれこそが私の見解なのだ。つまり、「縄文遺跡からはすでに大量の植物霊祭祀の痕跡が発見されており、それは土偶に他ならない」というのが私のシナリオである。
■縄文文化を代表する「遮光器土偶」の謎
土偶と聞けば誰もが思い出す土偶の代名詞的な存在であり、縄文文化を象徴するアイコン、遮光器土偶の謎に迫っていこう。
遮光器土偶は、およそ3200年前~2700年前にかけて、約500年間にわたって東北地方を中心に製作された土偶である。国立歴史民俗博物館の「土偶データベース」で検索すると、「遮光器土偶」は550点がヒットする。
私の仮説に従えば、縄文晩期前葉の東北地方に遮光器土偶が出現したということは、その時期に当地で何らかの食用植物の組織的な栽培が開始されたことを意味している。そして晩期後葉において遮光器土偶が消失したということは、やはりその時期に至って、何らかの理由によってその食用植物の栽培が放棄されたことを意味している。
私は造形的に優れた遮光器土偶を分析対象としてピックアップした。宮城県大崎市の恵比須田から発見された遮光器土偶(恵比須田土偶)である。
恵比須田土偶の(紡錘形の)腕の側部には突起が造形されている。一見するとただの粘土粒のようにも見えるが、よく見ると側部の突起は明らかに何らかの意匠が施されていることがわかる。突起は上下に開き、中からは丸みを帯びたフォルムがのぞいている。
■放置していた親イモの形は「遮光器土偶の頭部」にそっくり
私は、これはある植物の「芽」をかたどったものであると考えた。では、紡錘形の「腕」の側面から出芽する植物とは何であろうか――結論から言うとそれは「サトイモ」である。つまり、遮光器土偶はサトイモの精霊像であり、その紡錘形に膨らんだ四肢はサトイモをかたどっていたというのが私の結論となる。
根茎類であるサトイモは地下で成長し、植え付けられた種イモから「親イモ」、「子イモ」、「孫イモ」と増殖していくが、遮光器土偶の場合はそのまま頭部に「親イモ」が、手足に「子イモ」が配置されたということになる。
サトイモを自分で栽培すれば何か新しい発見があるかもしれないと思い、私は毎年畑を借りてサトイモを“養育”している。2019年の秋にサトイモを収穫した際には、水道で泥を洗い流してから子イモを取り外し、そのまま部屋にしばらく放置しておいた。何日後だったかは定かではないが、ふと親イモを見ると――そこにあったのはまさに遮光器土偶の頭部であった。大きな目のように見える部分は、子イモを取り外した跡である。
また、通常サトイモを地中から掘り出して収穫する際、地上部に伸びていた芋茎(サトイモの葉柄)を親イモの上部で切断する。すると、そこには綺麗な渦巻き模様が現れるということで、遮光器土偶の体表の紋様は、芋茎の断面の渦巻きをモチーフにしたものであると私は考えている。
■無防備なサトイモたちを「守護」する存在
じつは遮光器土偶は全身が真っ赤に塗られていた。これはベンガラと呼ばれる塗料で、酸化鉄を主体とする自然顔料である。赤色は血液を連想させることから、こうした場合の赤色塗装は生命力の賦活や魔除けのために行われたと考えるのが自然だろう。
サトイモの精霊が宿る遮光器土偶に期待される効果とは、貯蔵中のサトイモ(種イモを含む)を魔的な力から守護することであったと考えられる。
サトイモは5度以下になると低温障害を起こし芋が腐敗しやすくなるため、縄文時代においても東北地方では土中保存されていたはずである。しかし、かなりの頻度で貯蔵中のサトイモは腐敗する。病魔があらゆるところに出没し、隙あらば人間や植物の身体への侵入を狙っていることを考えれば、長期にわたって土の中で眠っている種イモたちはあまりにも無防備である。何か種イモを守護する存在が必要ではないか。それが遮光器土偶だったというわけである。
傷つきやすい無防備なサトイモたちを警護するのであれば、なるべく“派手”な風体の方が望ましい。体表にびっしりと紋様を入れ、さらにベンガラで真っ赤に塗彩すれば、魔も怯むなかなかの迫力である。遮光器土偶に装着された巨大な眼の仮面もまた、魔的な存在へ睨みを利かせるためのものだったのかもしれない。土中で瞼を大きく開けることはできないが、中央に線刻された細い亀裂の奥から、サトイモの精霊は鋭い眼光を放っていたのであろう。
■コメントby SERENDIP
土偶を「人体」の表現と捉えてしまうと、その異形ともいえる造形から稚拙さを感じ、「やはり原始時代には技術が未発達だったのだろう」と思うかもしれない。だが、著者の説に従い「植物を人体化したもの」として見ると、「対象物の特徴をうまく捉えた上で人体にも見えるようにする」といった高度な芸術表現ともみなせる。「人はなぜ歌い、踊るのか」を論じた『野生の声音』(夜間飛行)には、旧石器時代の人々は、現代よりも自由に発声し、高度な歌唱技術を持っていたとの指摘がある。そして、その歌唱技術は、言語や西洋音楽理論が発達するにつれ失われていったのだという。古代人類の能力は劣っているわけでも、未熟でもないのだろう。斬新な発想や表現を身につけるには、あらゆる先入観や知識をいちど取り払い、古代人類のシンプルな感性や思考に立ち返って見るのもいいかもしれない。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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