「本当の金持ちは湾岸タワマンに住まない」東京・港区で平均年収が最も高い"ある地域"
プレジデントオンライン / 2021年9月24日 10時15分
※本稿は、橋本健二『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■23区のなかでもっとも所得水準が高い港区
都心3区は所得水準の高い地域であり、千代田区、中央区、港区の1人あたり課税対象所得額(2019年)は、それぞれ23区のなかで2番目、4番目、1番目に高い(3番目に高いのは渋谷区)。
そこで年収1000万円以上の世帯が全世帯に占める比率の推定値を示したのが、図表1である。
年収1000万円以上世帯比率推定値の高い地域は、千代田区西部の山の手地域から、赤坂御用地のある港区元赤坂2丁目をはさんで港区の北部へと広がっている。もっとも推定値が高かったのは港区麻布永坂町(ながさかちょう)(42.1%)だった。
人口は222人と少ないが、有業者に占める専門職と管理職の比率がきわめて高かったため、こういう結果となった。この地域は飯倉片町(いいぐらかたまち)交差点の近くから坂を下ってすぐの場所にあり、緑の多い閑静な住宅地だが、一部はマンション化している。
古風な地名は江戸時代から続くもので、すぐ隣の麻布狸穴町(まみあなちょう)とともに、住居表示の実施によって消滅の危機に立たされたが、この町に、妻で昭和を代表する名女優の高峰秀子とともに住んでいた、映画監督の松山善三らの反対運動によって残されることになった。ここから坂を下りたところが、麻布十番である。
(*1)今回の年収1000万円以上世帯比率の推定では、例外的に高所得世帯比率の高い地域や低い地域に関しては、推定の精度が低くなる。市区町村別の統計を基礎に推定しているため、市区町村の所得水準や所得分布の幅に収まらないような特徴的な地域については、正確な推定ができないからである。港区の高所得地域で、年収1000万円以上世帯の比率が20%台後半から40%台と、一般的な感覚より低くなっているのはこのためである。しかし、それぞれの町丁目の相対的な高さ、低さについては正確に推定されていると考えられるので、地域の空間構造を明らかにするという目的からすれば問題はないだろう。
■高層ビルの建設によって地形が変化した地域も
これに次いで年収1000万円以上世帯比率推定値が高いのは、麻布永坂町から麻布狸穴町をはさんだ反対側で、ロシア大使館と東京アメリカンクラブ、そして麻布台パークハウスがある港区麻布台2丁目(32.4%)、愛宕2丁目(32.5%)、虎ノ門タワーズレジデンスなどがある同虎ノ門4丁目(32.2%)、アークヒルズがある同六本木1丁目(32.1%)など、高層マンションが立地している場所が多い。
六本木ヒルズのある六本木6丁目は24.0%と意外に高くないが、これは推定上の問題、国勢調査への回答率が低いことのほか、ヒルズの周辺の10階以下の住宅に住む世帯が2割近くいることによるものだろう。
これに対して六本木1丁目は、全世帯の94.7%までが11階以上の高層住宅に住んでいる。
六本木1丁目にはかつて、永井荷風の住処である偏奇館(へんきかん)があった(当時の地名は麻布市兵衛町(いちべえちょう))。しかし高層ビルの建設にともなって地面が削られたため、偏奇館が建っていた場所は現在では空中に浮かんでいるのだという(冨田均『東京坂道散歩』)。
変化が激しい東京では、地形が変わることもあるのだ。
■児童相談所の反対運動で話題になった南青山
年収1000万円以上世帯比率推定値が20%台後半の地域になると、低層住宅の多い地域がいくつも出てくる。千代田区六番町(29.9%)、同二番町(28.4%)は、かつては一戸建ての高級住宅地だったが、現在ではほとんどが10階以下の低層マンションに建て替えられている。
これに対して港区元麻布2丁目(28.5%)、同元麻布1丁目(26.3%)、同西麻布4丁目(27.3%)、同南青山7丁目(25.8%)、同南青山5丁目(25.5%)などは、都心のことだから一戸建てが主流とまではいかないが、一戸建てに住む世帯の比率が10~20%程度あり、これに対して11階以上に住む世帯の比率は5~30%程度にとどまる。
ちなみに南青山5丁目では、2021年4月に児童相談所と一時保護所を含む港区子ども家庭総合支援センターが開設されたが、その建設にあたっては地元住民が「青山のブランドイメージを守って。土地の価値を下げないでほしい」などとして反対運動を繰り広げて話題になった(朝日新聞 2018年12月16日)。
ただしこれらの地域でも、一部には古い狭小な一戸建てが密集する場所もあり、六本木ヒルズと極端なコントラストをみせている。
しかし、さらに南に下って元麻布から南麻布に入ると、年収1000万円以上世帯比率推定値がかなり下がってくる。港区南麻布1丁目(19.5%)、同2丁目(18.2%)などである。狭いエリアのなかに、かなりの落差がある。
東京メトロ南北線の白金高輪駅で降り、麻布通りを北へ歩いて古川(ふるかわ)を渡ると南麻布2丁目、その先が南麻布1丁目になる。1丁目に入ってすぐにあるのが、港区立東町小学校。作家・高見順の母校である。
■「三丁目の夕日」の舞台には年収1000万円以上の世帯はほとんどない
高見順は1907年、永井荷風の叔父で福井県知事だった父親と、おそらくは女中をしていた母親の間に生まれ、父親の転任とともに東京市麻布区竹屋町(現在はかつての麻布区東町とともに港区南麻布1丁目となっている)に移り住んだ。
もちろん、父親と同居したわけではない。父親は同じ麻布区ながら、北へ1キロほど離れた高台の飯倉町、現在の麻布台2丁目に住んでいた。
順が住んだのはみすぼらしい長屋で、父親からわずかな援助を受けながら裁縫の内職で生計を立てる母親、そして祖母といっしょだった。順はこの町を「所謂山の手の屋敷町」と書くのだが、およそ山の手という感じではない。順によると、同級生には商売人の子どもが多く、のちには町工場が増えて、職工の子どもたちが小学校に入ってくるようになった(『わが胸の底のここには』)。
付近を歩いてみると、細い路地が東西南北に走り、いまでも工場や、元は工場だったと思われる建物が多い。ここから西へ歩くと、突き当たりは断崖絶壁で、左右に回り込むと急坂がある。ここを上ると、低層建築の間に寺が点在する閑静な住宅地となり、さらに北へ進むと大使館や麻布中学・高校などが建ち並ぶ。
順が住んでいたあたりの標高は約6メートルだが、坂の向こうは20メートルを超える。順は小学校を卒業したあと府立第一中学校(現・都立日比谷高等学校)に入学するが、同級生にはこのあたりに住む華族の子どもがいた。順は豊かな家庭の子どもが多いなかで、自分の家が貧乏であることを隠すのに苦労している。
もと来た道を戻り、反対に東へと進めば、港区芝。映画『三丁目の夕日』(山崎貴監督、2005年)の舞台ともなった下町で、年収1000万円以上世帯比率推定値は、場所によってはほとんどゼロに近く、職業分布をみると自営業者とマニュアル職が多い。田町駅近くの飲食店街を含む地域でもある。
■高級住宅街と下町を分ける“標高差”
標高差の大きい港区には、このように坂の上と下で大きな落差を感じさせる地域が多い。
図表2に記したジニ係数をみると、港区のジニ係数は0.379で、新宿区、千代田区、渋谷区に次いで4番目に大きい。この背景のひとつが、こうした複雑な地形にある。
全体としては山の手といっていい港区だが、そのなかに山の手と下町がある。港区はこのように、山の手のなかの山の手と下町、そして埋め立て地からなるエリアなのであり、このことが大きな格差の背景にあるといってよい。
■高級住宅地は住みやすい地域なのか
最後に、埋め立て地に目を向けよう。先にみたように、港区の埋め立て地には高層住宅が多い。
いわゆるタワーマンションで、東京23区全体からみれば高所得者が多いのだが、年収1000万円以上世帯比率の推定値は15~20%の地域が多く、港区のなかでは決して高い方ではない。
これは中央区も同じで、銀座に近い大川端リバーシティ21のある佃1丁目は24.2%と高いが、他は20%前後で、交通がやや不便な晴海になると10%台のところもある。これらの地域は、中流サラリーマンにとって何とか手の届くタワーマンションが立地する地域だということだろう。
近年、港区のうち台地に位置する住宅地の一部で、「フードデザート問題」が話題となっている。フードデザートとは「食料砂漠」という意味で、食料品店が少なかったり、あっても品揃えや価格が人々のニーズに合っていないことから、生きていくために必要な食料が手に入りにくい地域のことを指す。
南青山、麻布、高輪など、港区のいくつかの住宅地では、食品を扱う店が高価格の高級スーパーに偏っている。高級スーパーは、以前から住んでいる富裕層、そして近年のマンション建設によって流入してきた新しい富裕層にとっては便利だが、それ以外の人々、とくに公営住宅などに住む低所得層は利用できない。
このためこれらの人々は、遠方の非高級スーパーまで行って買い物をすることを余儀なくされているというのである(中村恵美・浅見泰司「経済的アクセス困難性からみた大都市中心部におけるフードデザート問題の実態把握と規定要因」、岩間信之・田中耕市・佐々木緑・駒木伸比古「東京都心部再開発エリアにおける高齢者世帯の孤立と食の砂漠」)。
港区の高級とされる住宅地は、ブランドイメージに恵まれ、少なくとも一部の人々にとってはあこがれの住宅地だとはいえるかもしれないが、住むのに快適とは限らないのである。
・ビジネス・官庁街エリア、山の手エリアと下町エリア、埋め立て地もあり、かなりの多様性がある
・全体的に所得水準は高いが、高層マンションが林立する一方、狭小な一戸建てが密集する地域もあり格差は大きい
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早稲田大学 人間科学学術院 教授
1959年生まれ。石川県出身。東京大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程修了。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)などがある。
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(早稲田大学 人間科学学術院 教授 橋本 健二)
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