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「医療保険もアマゾンで買えるようになる」日本の保険会社はこのままでは確実に駆逐される

プレジデントオンライン / 2021年9月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

2021年1月、アマゾンはヘルスケアサービス「アマゾンケア」を夏までに全米で展開すると発表した。ベンチャー投資家の山本康正さんは「この波が日本にまで波及することは十分にあり得る。大量のデータを使って、一人ひとりに最適な保険サービスを構築していくため、今の日本の保険会社ではとても太刀打ちできないだろう」という――。

※本稿は、山本康正『2030年に勝ち残る日本企業』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

■GAFAが集めるバイタルデータが可能にすること

アップルは「アップルウォッチ(Apple Watch)」、アマゾンは「ヘイロー(Halo)」というウェアラブル端末を通じて、歩数や心拍数など、ユーザーのバイタル(生体)データを取得しています。アップルは、今年の開発者会議で、iPhone単体でも、転倒予測検知ができたり、病院で医師に安全に健康情報を共有したりできる仕組みを発表しています。

グーグルも、2021年1月に買収を完了した「フィットビット(Fitbit)」によって、バイタルデータを得ることができるようになりました。フェイスブックも同様のウェアラブル端末を開発中です。

今後、収集したバイタルデータを活用したサービスが次々と生まれていくでしょう。すでに提供されているサービスでは、睡眠、アクティビティ、体脂肪などの情報を利用者に伝えることで、健康への意識を高めるものがあります。

このようなバイタルデータの取得は、技術革新によって、さらに進みます。これまでは血液を採取しなければ取得できなかった血糖値などのデータも、注射器を使うことなく、スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスから得ることができるようになるでしょう。

ウェアラブル端末からバイタルデータを簡便に取得できるようになると、大きく変わる業界があります。保険業界です。

■保険会社と加入者のアンフェアな関係が解消される

これまでの保険業界は、保険会社と加入者との間に情報の乖離(かいり)が大きくある、「情報の非対称性」を代表するような業界でした。

例えば、ある人が保険に加入しようと思ったとします。まったく初めての加入者の場合、保険会社はその人に関する情報をほぼ持っていません。そこで、情報の非対称性を埋めようと、保険会社はさまざまな情報の提示を求めます。医療機関による診断書をはじめ、本人に対して喫煙や飲酒の有無や期間、本人だけでなく家族も含めた病歴などを事細かに聞いていきます。

しかし、このようなデータはあくまで本人の記憶によるものですし、ある時点でのスナップショットとも言えるデータです。ウェアラブル端末から得られる、着けている間に流れ続ける連続的なデータと比べると、精度が低いことが多い。これでは、その個人に本当に最適な保険料が設定できません。

そこで保険会社は、少し余裕を持って、高めに保険料を設定します。言ってみれば、バッファを設けているのです。設けざるを得ない、とも言えるでしょう。

保険会社にとっては保険料が高ければ利益が高まるのでいいかもしれませんが、加入者にとっては問題です。このようなアンフェアな関係が、ウェアラブル端末による正確なバイタルデータの取得によって解消されます。

スマートウォッチを確認する男性
写真=iStock.com/Prostock-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Prostock-Studio

■健康の番人にもなるウェアラブル端末

モラルハザード(倫理の欠如)の解消にも貢献します。

保険に加入している人であればわかると思いますが、加入した時点で「保険に加入しているから何かあっても大丈夫だろう」という気持ちになり、健康にあまり気を使わなくなる傾向があります。その結果、気をつけている場合に比べて病気に罹患する加入者が増え、不必要に保険会社の負担が増えるのです。

ウェアラブル端末によってリアルタイムのバイタルデータが取得できれば、保険加入前はもちろん、加入後も、加入者が定期的に運動をしているかどうかなどを把握できます。運動を継続的に行ない、健康をキープしている加入者は保険料を安くする、というようなサービスを打ち出すことによって、加入者の健康を促進することもできます。保険会社は保険金の支払いを抑えられ、加入者は保険料が安くなり、健康にもなる。どちらにとっても得です。

■日本の保険会社が「黒船」に太刀打ちできないワケ

ビジネスというものは、本来、関わる人すべてが幸せになることが目的ですから、データの活用がいっそう進めば、本来あるべきビジネスの姿にシフトしていくことになります。現時点でも、GAFAのうち、すでにアマゾンなどが保険業界への参入を正式にアナウンスしています。

まだアナウンスしていないアップルも、虎視眈々と狙っていると私は見ています。仮にアップルが参入したら、自社の保険を一人でも多くのユーザーに広めるために、アップルウォッチを無料でプレゼントするプロモーションを展開するかもしれません。その次の段階として、「体重が○キロ減ったら、保険料が○円安くなる」「アップル ミュージック(Apple Music)が今月は無料になる」といったサービスを展開していくと予測しています。 

日本では、特にヘルスケア領域のデータは、プライバシーの保護などを考慮して、まだまだ扱うことを躊躇うケースが多いのですが、そうこうしている間に、GAFAという「黒船」は着々と自国で実証経験を積み重ね、一人ひとりの加入者に最適な保険サービスを構築するノウハウを確立するでしょう。

日本企業が立ち向かおうとしたときには、時すでに遅し。これまで繰り返されてきた歴史が、保険業界でも起こることを私は危惧しています。

■実証実験から動き出した「アマゾンケア」

アマゾンは、投資事業や保険事業を手がけるバークシャー・ハサウェイと、JPモルガン・チェース銀行との合弁で、ヘルスケアサービスを手がけるヘイブン(Haven)という会社を2018年に立ち上げ、「アマゾンケア(Amazon Care)」という保険・医療サービスを開始しました。設立時点では、3社の従業員ならびにその家族、約120万人を対象としたサービスで、その後の市場展開を見据えた、言わば身内での実証実験でした。

しかし、2021年1月、アマゾンは動きます。ヘイブンを解散して自社独自で、ワシントン州を皮切りに、夏までに米国全土でヘルスケアサービスを展開すると発表しました。合弁解消の理由は明確にはされていませんが、2社に期待していたものが得られなかった、あるいは、十分なデータを得たということかもしれません。

いずれにせよ、これまでは内々だけで展開していたアマゾンのヘルスケアプログラムを一般の人も使えるようになりますから、保険会社やヘルスケア業界の企業は、アマゾンに対して警戒を強めています。

というのも、アマゾンケアが手がけるサービスは、保険に限らず、多岐にわたるからです。

■アマゾンケアに対抗する手段はあるのか

簡単に説明すれば、スマートフォンだけであらゆる医療サービスを受けられるもので、リアルな医療サービスを提供するために、医師や看護師といった医療の専門家も迎え入れています。

アマゾンは「質の高い医療サービスをこれまでよりも安い価格で提供していく」と明言しています。当然ですが、これまで一般的な保険に入っていたアマゾンの従業員はもちろん、他の人たちも、同等の保障内容なら料金が安いほうに移るでしょうから、従来の保険会社は一気に顧客を失うことが予想できます。これから従来の保険会社が生き残るにはどうすればよいのか、真剣に考える必要があるでしょう。

ヘルスケアビジネスのコンセプト
写真=iStock.com/ipopba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

解の一つは、GAFAが持つデータを利用させてもらうために協業することです。しかし、GAFAが保険会社と組むことは考えにくい。過去の歴史から見ても、彼らは突出した技術やサービスを持つベンチャーとは組みますが、既存の大手との協業は大成功にはなっていないからです。

彼らから見ると、既存の保険会社のアセットは魅力的に映りません。大勢の加入者を抱えているとはいえ、自分たちがよりよいサービスを提供すれば、GAFAのサービスのユーザー数のほうが圧倒的に多いですから、時間をかければ覆すことができます。

一方で、これまでのGAFA同士の争いを見ていると、どこか1社が抜け出すと、2番手、3番手の企業は他社と組む傾向にあります。ただし、アマゾンがヘイブンを解散したように、うまくいかなければ連合を解散される結末も予測されます。

では、どうすればいいのか。

自分たちでデータの取得から新しい保険の設計まで手がけるしかありません。その点では、中国の平安(ピンアン)保険が参考になります。

■独自体系でアマゾンの先を行く「平安保険」

平安保険は、1988年に社員数13名でスタートしました。データを活用することで業績を伸ばし、現在では170万人以上のスタッフを抱えるまでに成長しています。

山本康正『2030年に勝ち残る日本企業』(PHPビジネス新書)
山本康正『2030年に勝ち残る日本企業』(PHPビジネス新書)

基本的には、アマゾンの保険サービスと同じく、日々の生活スタイルやバイタルデータを取得することで、従来の保険よりも安い金額で、同等、もしくはそれ以上の内容を保障する商品を提供しています。

2004年に上場を果たした後は、さらにテクノロジーを利活用し、業容を拡大。遠隔診療をはじめ、まさにアマゾンがこれから手がけていくような医療サービスも提供しています。

生命保険事業に留まることなく、健康保険、年金保険、損害保険といった各種保険サービスの他、銀行などの金融事業にも進出。現在は、銀行、投資、決済といった包括的な金融サービスを提供する巨大グループとして存在感を発揮しています。

GAFAと手を組むことなく、あくまで独立系の企業が、自社でデータの取得から活用までを内製化することで、ここまで成長したのです。日本の企業にもチャンスがあるという証左であり、手本になる企業だと言えます。

■これからの保険会社に必要なサービスとは

すでに動き出している生命保険会社もあります。住友生命保険です。同社は2018年から、スマートフォンから収集した歩数のデータなどを活用した「Vitality」の提供をスタートしています。もともとは南アフリカで始まったプログラムです。

Vitalityでは、保険加入者は、健康状態や運動状況により、四つのステータスに分けられます。そして、ステータスに応じて保険料が上下します。運動することでメタボを解消し、健康になるとともに保険料が安くなるサービスであることを打ち出しています。

健康的な生活を意識している保険加入者は、一部でしょう。しかし、だからこそ、Vitalityのように、保険会社からのアクションで加入者を健康に導く保険サービスの構築が、これからの保険会社には求められます。

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山本 康正(やまもと・やすまさ)
ベンチャー企業投資家
東京大学で修士号取得後、三菱東京UFJ銀行米州本部にて勤務。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得し、グーグルに入社。新技術を活用したビジネスモデル変革等のDXを支援。日米のリーダー間にネットワークを構築するプログラム「US-Japan Leadership program」フェロー。京都大学大学院特任准教授も務める。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社)、『ビジネス新・教養講座 テクノロジーの教科書』(日経文庫)、『2025年を制覇する破壊的企業』(SBクリエイティブ)、『世界を変える5つのテクノロジー SDGs ESGの最前線』(祥伝社)など。

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(ベンチャー企業投資家 山本 康正)

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