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「ある日突然、会話も排泄もできなくなった」認知症と誤診された80代女性の"本当の病名"

プレジデントオンライン / 2021年9月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sasirin pamai

80歳代の女性は、突然、会話がほとんどできなくなり、排泄もトイレ以外の場所でしてしまうようになった。同居する娘がかかりつけ医に相談すると「認知症になったから専門医のところに行くように」と言われた。ところが、これは誤診だった。高齢者精神科専門医の上田諭さんは「認知症を誤解している医療従事者は少なくない」という――。

※本稿は上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■「認知症の正しい理解を」という掛け声のウソ

「認知症の正しい理解を」という掛け声の下、医療職向けにも啓発活動が各地で行われている。しかし、その理解は「本当の理解」になっているのだろうか。表面的な「早期発見、早期介入」になっているのではないか。認知症診療をしていると、そう感じざるを得ないケースにたびたび出会う。

高齢者がふだんと違う言動や混乱した行動をとったら、すぐに「認知症では?」と考えるおかしなクセを医師や看護師がつけ始めているのではないか。それは「早期発見」でもなんでもない。認知症だと誤診することにつながる非常に安直な態度であり、まったく関係ない病気のお仕着せになりかねない。

認知症に気付いてその人に寄り添い思いやりを持った介入を行うことは、大切なことである。そのことと、認知症でない人を認知症だと早合点で決めつけて対処することはまったく違う。

認知症への対応以前に、認知症の診断を厳密に正しくしていることは大前提である。認知症かどうかの判断は、正しい理解に基づきとりわけ慎重に行われなくてはいけない。根治療法のない認知症は「最終診断」になるからである。

■かかりつけ医が持病の悪化を見逃す不思議

80歳代の女性が、かかりつけ医から「認知症」と紹介されて受診した。本人は、ほとんど会話ができない。単語を一言二言話せるだけだ。同居している娘さんによると、数日前から、それまで普通に通じていた会話がほとんどできなくなり、排泄もトイレ以外の場所でしてしまうようになった。あわててかかりつけ医に相談したら「認知症になったから専門医のところに行くように」と言われたとのことだった。

女性には肝臓病の持病があり、私は一通り話を聞くとすぐに「まず間違いなく身体的な問題だと思うので、総合病院の消化器内科へ」と促し、紹介状を書いた。検査する必要もなかった。認知症のはずはないからである。

認知症とはゆっくりと少しずつ症状が現れる病気である。会話ができなくなったり場所をわきまえない排泄が始まったりするのは、少なくとも発症後7~10年以上たってからだ。その日に総合病院を受診した女性は、消化器内科に即日入院となった。診断は、肝臓病が脳に影響を及ぼす肝性脳症であった。

重度の認知障害、排泄障害というべき症状が突然に生じたら、持病の肝臓病の悪化を考えるのが普通であろう。かかりつけ医であれば、ふだんの患者の様子をむしろよく知っているはずで、明らかに異常な様子とわかれば、なぜ肝臓病の悪化を考えなかったのか。なぜ認知症と思い込み、これは専門外という意識が働いたのだろうか。

■「だるさで立てない」をなぜ認知症と診断するのか

家族と受診した70歳代の男性は自ら症状を訴えた。1年前からだるさがあり、1カ月前から食欲が大きく低下した。家族によると、1週間前、床から起きられず呼びかけに対する反応も悪くなって、救急車で内科病院に搬送され点滴治療を受けた。入院中、医師の言ったことをすぐ忘れる、日付を間違える、ということがあり、「認知症だから早く精神科病院に行くように」と指示されたという。

認知症は体のだるさで発症するようなことはない。初期に食欲が落ちることもない。1年で、起き上がれなくなることなどよもやあり得ない。これらの原因は、身体的な病以外には考えられない。なぜそれを「認知症だから精神科病院へ」となるのか。記憶障害と見当識障害を認めたからというなら、偏見も甚だしい。

私が血液検査で甲状腺機能を調べたところ、甲状腺ホルモンの値が顕著に低下しており(甲状腺機能低下症)、すべての症状の原因はここにあると思われた。大学病院の内分泌科に紹介し、ホルモン補充療法が始まり、男性は元気を取り戻した。もちろん認知機能も正常化した。

このケースも、劵怠感や食欲不振、反応の悪化など、問題となっていたのはほとんどが身体症状である。記憶が悪く、日付がわからない、というだけで認知症と考えるとは、「早期発見」啓発のせいで、通常の内科診療で持つべき正しい目を曇らされているとしか思えない。

■「早期発見」至上主義に駆り立てられる医療従事者

いま紹介した二つのケースはともに、「認知症の早期発見」という最近の行政機関やメディアの掛け声がなければ、かかりつけ医も急いで認知症専門病院へ紹介などしなかったのではないか、と思われる。

高齢者が身体的に不調になれば、認知症でなくても、集中力や記憶力が低下して、勘違いをしたり日付があいまいになったりするのは普通にあることである。気分も落ち込みやすくなるし、食欲や睡眠も十分でなくなって当然である。身体的に回復すると見違えるように元気になり、思考力・記憶力もしっかり回復する。かかりつけ医の医師たちはそんなことは何百回も見聞きしてきているはずだ。

ところが、認知症が社会の大問題になり、「早期発見」が旗印に掲げられるようになって、医師の考え違いが増えているのである。これは医師だけではない。看護師も同様で、入院中の人が混乱した言動をとった時、「認知症が現れた」とすぐ思い込むようなケースが少なくない。

日本の認知症チェックリスト
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■素人のほうが正しく判断できる場合もある

入院するということは、身体的にすでに不調を抱えているのであり、元気な時より認知機能が低下することは普通に起きる。ましてや、全く新しい環境のなかで寝起きするのである。場所や日付の勘違いも起きやすい。

外来・入院ともに、病を持った高齢患者の「特別な状況」を考えれば、記憶や判断の間違いは当然あると承知していなければいけない。もし医療者が、物忘れをしたり、日付を間違えたりする患者をみて、すぐに「認知症だ」と判断してしまったら、それは医療者ではなく素人の見方と言われても仕方ない。いやむしろ、素人の一般の人々のほうが、なにか身体の病気ではないか、と感じるのではないか。

紹介した2ケースの家族も、認知症だと医師に言われても半信半疑のまま、仕方なく精神科の私の外来を訪れている。内科医師よりもよほど健全な目を医学に素人の家族の方が持てていた。認知症早期発見の啓発活動が医療の中に生み出している事態は、ある意味深刻である。

総合病院では、身体科病棟で生じた精神科的問題に精神科医が対処するリエゾン診療が増えつつある。リエゾンとは、連携とか橋渡しとかいう意味である。身体科と精神科の連携を表す。ところが活動の中身はまだ十分とはいえない。各科病棟からの依頼件数に対しリエゾン診療を担当する医師が足りず、対応がおざなりになりがちという問題がある。

■不眠で行動が落ち着かない80代男性は認知症か

さらに、高齢者に限定して言えば、安静が守れず行動が落ち着かない、大きな声を何度もあげる、訴えが強く頻回といった「不穏」に対し、それを抑え込む鎮静薬ばかりが精神科医の主な対応になってしまっている。不穏の原因が「認知症」とされていることも多い。

公立総合病院の内科病棟にがんの手術後で全身状態悪化のため入院した80歳代後半の男性は、夜間不眠で、時にベッドサイドをうろうろと歩き回った。看護師に「助けてくれ」「苦しいからなんとかしてくれ」と訴えるが、鎮痛剤が投与されても無効だった。

時には手を振り回して腕の静脈に注射して留置してある点滴のための針と管を自分で抜去してしまうこともあった。服薬したかどうかについての勘違いや日常的な物忘れも時々あったが、看護師のことは相手を見分けて態度を選んでいるようにみえた。

内科診療に協力する形でリエゾン診療担当の精神科医が依頼されて、鎮静のために抗精神病薬の点滴が指示され、一時は眠るようになった。「夜間不穏、点滴自己抜去。せん妄の可能性大。日中も記憶障害あり、認知症も疑う」と評価されていた。

その後日中も「なんとかしてくれ」と大声を出すようになり、食事も「いらない」とごく少量しかとらなくなった。食事摂取不良に対し、胃の内視鏡検査も検討されたが、高齢だからと見送られた。日中も鎮静のため抗精神病薬の点滴が始まり、患者の不穏は消失したが、ベッドに臥せっているばかりの生活になり食事はまったくとれなくなった。「高齢でこれ以上の治療のしようがない」と療養型病院に転院となった。

■認知症に隠れがちな「高齢者うつ病」

高齢患者が急増するいま、似たケースはおそらく多くの総合病院で日々起こっている。

上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)
上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)

男性の「不穏」は、認知症ではなかったのではないか。あるいは夜間中心に起きるせん妄の可能性も低いのではないか。全身的な苦悶感、昼夜を問わないいらいらと焦燥感、食欲低下などを考えれば、高齢者うつ病が否定できない。うつ病なら、処方すべきはおざなりな鎮静のための抗精神病薬ではなく、うつを治すための抗うつ薬となる。うつ病は治せる病気で、状態が改善する期待があり、転院ではなく元気で自宅に戻れる可能性が生まれる。

リエゾン診療医はなぜうつ病を視野に入れて対処できなかったのか。業務量から余裕がなかったこともあるだろう。しかし、高齢者の不穏はせん妄か認知症だという思いこみはなかっただろうか。看護師の患者に対する見方も同様である。

高齢者うつ病でも焦燥感や身体的苦悶から、いてもたってもいられない状態や多動になるタイプがある。人との接触が減る夜間に増強する傾向があり、せん妄と紛らわしいこともある。可逆性の記憶障害や見当識障害、つまり「治る認知症状態」も生じる。それを認知症と間違えてはいけない。

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上田 諭(うえだ・さとし)
高齢者精神科専門医
1981年関西学院大学社会学部卒業。朝日新聞記者を経て、96年北海道大学医学部卒。東京都老人医療センターなどの精神科で高齢者うつ病、認知症の医療に従事。日本医科大学精神神経科、東京医療学院大学教授を経て、2020年から戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長。専門は老年期精神医学、コンサルテーション・リエゾン精神医学、通電療法。精神保健指定医。医学博士。日本老年精神医学会専門医・指導医。著書に『治さなくてよい認知症』『高齢者うつを治す「身体性」の病に薬は不可欠』(ともに日本評論社)など。

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(高齢者精神科専門医 上田 諭)

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