「荒唐無稽な野党よりもプーチンの方がマシ」不人気なロシア与党が総選挙で圧勝した根本理由
プレジデントオンライン / 2021年9月22日 12時15分
■結局は過半数を大きく超えた与党・統一ロシア
ロシアで9月17~19日にかけて5年ぶりとなる総選挙が行われた。定数450議席のうち半分を小選挙区制で、残り半分を比例代表制で選出する形式で行われた今回の総選挙では、プーチン大統領が率いる与党・統一ロシアの劣勢が支持率調査から明らかであり、前回得た343議席をどれだけ守ることができるかが大きな争点となった。
即日開票の結果、与党統一ロシアは前回から19議席を減らして324議席の獲得にとどまったが、過半数である226議席を引き続き大幅に上回り、第1党を維持した(図表1)。もともとロシアの現在の選挙制度は与党・統一ロシアに有利に設計されており、同党は指標が多い小選挙区で225議席中198議席を得て圧倒的な強さを見せつけた。
![ロシア下院の政党別議席](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/f/670/img_9f76d1be766cce34e68247fe94a0b653132636.jpg)
反体制派は当然、今回の選挙結果に関しても不正を主張し、総選挙のやり直しを求めるなどシュプレヒコールを上げるだろう。欧米社会も厳しい態度を堅持するはずだが、一方で混乱を極めるアフガニスタン情勢ではロシアの協力が不可欠なことなどから、選挙不正を理由に経済制裁の強化を加えるようなことは当面ないと予想される。
今回の総選挙は、2024年に予定されている大統領選の事実上の「試金石」であった。2020年の憲法改正によってプーチン大統領は次期の大統領選にも出馬できるようになったが、プーチン大統領は後継者にその座を譲り、自らは統一ロシアの党首や下院議長に転じるなどして実質的な「院政」を敷くという見方が有力視されている。
■根強い有権者のプーチン大統領に対する支持
プーチン大統領に対する有権者の支持には根強いものがある。世論調査機関であるレバダセンターの調査によると、プーチン大統領に対する有権者の支持率は2021年8月時点で61%と、引き続き過半を維持している(図表2)。大統領の支持者の多くが、旧ソ連末期からのロシアの社会・経済の混乱を経験した中高年齢層とされる。
![プーチン大統領の支持率](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/7/670/img_a73a900da1926e591deee8de6b1e186e156047.jpg)
今年12月で、旧ソ連が崩壊して30年を迎えることになる。最初の10年間、ロシア経済は極度に混乱し、最悪期には実質GDPがソ連崩壊時の6割程度まで縮小した。自殺率や犯罪率も上昇するなど社会も非常に混乱したが、2000年に就任したプーチン大統領が原油高を追い風にロシア経済を急速に立て直し、社会を安定に導いた。
過去の経済・社会の混乱を経験している世代ほど、プーチン大統領に対する支持は根強い。他方で、そうした時代を知らない「改革派」の世代も着実に増えている。彼らにとって安定は停滞であり、閉塞(へいそく)でもある。2021年2月に収監された反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏は、そうした改革派にとってシンボル的な存在だ。
今年に入ってからも、ロシアでは首都モスクワなどで改革派を中心とする反政府デモが散発的に行われている。そうした改革派の声も反映されているのだろう、8月時点のプーチン大統領への不支持率は37%と近年で最も高い水準となった。このように反体制派が勢いを強めていることを、プーチン政権も実際のところ警戒している。
■一筋縄ではいかないロシアの国民感情
近年、欧米からの経済制裁や原油安を受けてロシア景気は停滞が顕著であった。それに追い打ちをかけたのが、2020年春に生じたコロナショックだった。その後も、感染に歯止めがかからないことや行動制限を課されることなどによって、有権者の不満が増幅されていた。そうした中で、プーチン政権は今回の総選挙を迎えたことになる。
![路上を歩く医療マスクの有無](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/4/670/img_b4dc6f2aac47ac35a48aa34bdb0cf7aa1091961.jpg)
しかしながら、総選挙で与党・統一ロシアが失った議席は限定的であった。選挙不正の可能性も取り沙汰されているが、そもそも選挙制度が与党・統一ロシアに有利であること、統一ロシア以外の政党が成熟していないこと、結局のところプーチン政権に信頼を寄せる有権者が多いことが、今回の総選挙の結果につながったと整理できるだろう。
もちろん、統一ロシアに票を入れなかったプーチン大統領の支持者も少なからず存在したはずだ。近年、ロシアの社会は確かに安定しているが、一方で景気の低迷で所得が増えないばかりか、日々の消費のために借り入れを増やした家計も少なくない。それに、コロナ禍で生活は苦しくなった。大統領の支持者でも不満は募っただろう。
それに旧ソ連崩壊に伴う混乱を経験していない若い世代ほど、プーチン体制に対して強い不満を抱えていることもまた確かである。とはいえ、統一ロシアはそれほど議席を減らさなかった。この結果は一筋縄ではいかないロシア国民の複雑な有権者の思いを反映しているが、これでプーチン体制が盤石かと言われると、そうは問屋が卸さない。
歴史を振り返ると、人々の不満が臨界点を超えたときに、ロシアでは大きな政治変動が起きてきた。帝政ロシアも旧ソ連も、革命という形で自壊してきたわけだ。自らの体制が同じ轍(てつ)を踏まないためにはどうしたらよいか。旧ソ連の秘密警察KGBの職員としてソ連崩壊を目の当たりにしたプーチン大統領が考えていないはずはない。
■改めて明らかとなった長期政権の引き際の困難さ
プーチン大統領は今年10月で69歳。まだ若いとも言えるが、相応に高齢でもある。一方で、プーチン大統領は後継の指導者候補を育成することには成功していない。それに、旧ソ連崩壊の混乱を知らない若い世代は着実に増えている。今回の総選挙を無事に乗り越えても、権力を禅譲するまでのハードルは依然として高いと言えそうだ。
こうした問題は、権威主義体制に特有ではないのかもしれない。民主主義体制でも、長期安定政権の後には権力のバトンタッチがうまく行かないものだ。月末に控えたドイツ総選挙では、4期16年の長期政権を率いたメルケル首相が引退する予定であるものの、与党・キリスト教民主同盟(CDU)は大敗を余儀なくされる見通しである。
とはいえ有権者の多くは、ドラスティックな変化を望んでいるわけではない。むしろCDUを大連立のパートナーとして支えた社会民主党(SPD)に、メルケル首相と同じ路線の継続を望んでいる。一見するとアンビバレントな現象だが、これもメルケル首相が後継のリーダーの育成に失敗した結果であり、ドイツ政治の混迷をよく示している。
日本でもまた、長期安定政権を率いた安倍前首相が退いた後、菅首相が1年で退任を余儀なくされるなど、政治は揺れている。任期満了に伴う総選挙が11月にも予定されているが、日本にも変化を望む革新的な民意がある一方で、安定を望む保守的な民意も存在する。両者の相克の末に、総選挙はどのような結果に落ち着くのだろうか。
有権者の多くが消去法的な理由から現状維持を望んでいるという点では、ロシアもドイツも、そして日本も共通しているのではないだろうか。それは有権者が保守化しているというよりも、有権者の関心を引こうとするがあまりに野党勢力の主張が荒唐無稽なものになっていることが生み出した現象であると言えるのかもしれない。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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