「専業主婦がいるから成り立つ」そんな男社会に絶望した30代女性が選んだ"社会を変える方法"
プレジデントオンライン / 2021年10月1日 9時15分
■「まったく政治に興味のない人生を送ってきました」
新型コロナウイルスの流行から、政治に「ん?」と思うことが増えた。誰にとってもはじめての危機で、知見もなければ経験もない。だからこそ、自分の暮らす町、都道府県、国によって、対応の「差」が一目瞭然、よく見えた。
補償があれば仕事を休んで自粛できるのに、国や自治体は「お願い」ばかり。エッセンシャルワーカーより先に芸能人がワクチンを打てる不思議。1人の感染者でロックダウンをする国もあるのに、状況が悪化しようとも、世界中から人を集めてスポーツ大会を開催する国もある……。
納得できないことが相次ぐコロナ禍の中、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグでTwitterデモを起こした女性がいる。フェミニストの笛美さんだ。このほど初の著作『ぜんぶ運命だったんかい』(亜紀書房)が発売された。
「笛美」は、「フェミニズム」の「ふぇみ」から取った仮名で、素顔は広告代理店勤務の30代女性である。笛美さんもまた、コロナ危機で政治に目が向いたという。
「まったく政治に興味のない人生を送ってきました。でも、コロナになってからアベノマスクとかお肉券とか、おかしいと思うことが続いて、はじめて国会中継を見たんです。
『#検察庁法改正案に抗議します』で一人デモをやったのも勢いで。YouTuberのせやろがいおじさんの動画で法案の内容を知り、いてもたってもいられなくなってTwitterデモをしました」
■“みんなやってる”になれば、ツイート数はどんどん増える
笛美さんの行動は、ものすごく政治に精通してなくても、コロナで外に出られなくても、人脈やお金を使わなくても、政治に声を届けることができることを証明した。
また、オンライン署名サイトを運営するChang.org Japanによれば、同法人のオフィスがある全20カ国のうち、日本は2020年にChange.orgを使って声を上げた人の増加率が世界一だった(※)という。
※Change.org Japan「2020 Change.org Japan 活動報告」
声を上げたい気持ちはある。でも目立つのはちょっと……。
そんな気持ちに、Twitterデモやオンライン署名はぴったり寄り添えたのかもしれない。
「『#検察庁法改正案に抗議します』は、“みんなやってる”水準までバズったから、誰もが気軽にツイートできたんですよね。ただ、それと同じ水準まで持っていくのは本当に難しいことで、なかなか狙ってできることじゃないとも思いました。
日本ほど“みんなやってる”が響く国はないんじゃないかと思います。出る杭になりたくないんでしょうね。でも、周りみんながやってないと行動に出られない・変われない日本人ってヤバいな、とも思っています」
■「デモに参加した時はめちゃくちゃ怖かった」
筆者も、不特定多数に対して発信するTwitterでは政治的な発言をしょっちゅうしているが、顔見知りだけでつながっているFacebookやLINEでは、意識的にそういった投稿は避けている。まして子供の通う保育園のお父さんお母さんに「今秋の衆院選は必ず投票へ!」なんて、口が裂けても言えない。そして、そんな自分が本当に不甲斐ない。
「『森さんの発言ヤバいよね』みたいに、愚痴まではみんな乗ってくれるんですよね。でも、いざ国会議員にFAXとかデモに参加とかって実行に移そうとすると、周りがさーっと引いていく。
ただ私も、デモに参加した時はめちゃくちゃ怖かったです。通行人が冷めた目線を投げかけてくるし、プラカードを持っているだけで周りの人が奇異の目で見てくる感じがして。私がフェミニズムに目覚めるきっかけになった海外のとある国のように、デモがパーティーのような雰囲気でみんなハイになっていたら気にならないのに、日本はデモを取り巻く空気が硬いというか、怖いと思われてる感じがあるんですよね。
私が普段携わっている広告の世界は、世の中の空気を読んで、空気に馴染むものを作る。けど、デモって空気を壊すことで、反対なんです。加えて自分が極度のビビリということもあって、私にはハードルの高い行為でした。もちろん、デモ自体は意義のある素晴らしいことなので、これはもう私の勇気の問題かと思うのですが……」
■“森さん的おじさん”を変えるのは無理
笛美さんは、職場では自分が「笛美」であることを伏せている。現状、経済活動と、フェミニズムの発信といった社会活動は完全に切り離していて、「会社員として社会を変えることは諦めている」と話す。
「会社では男女差別を助長しそうな“炎上案件”を起こさないようにしたり、『痴漢なんてないっしょ』と言っている人がいたら、『けっこうあるって聞きますけど』と言ってみたりして、ささやかな抵抗を続けています。
ただ『わきまえる女』発言の森さん(森喜朗・元東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長)じゃないですけど、ああいう人を変えることはもう無理だと思っていて。セクハラ・パワハラ発言ばっかりしているけど社内で権力があるから誰も何も言えず、アップデートできないままずっと放置されている。日本の会社にはそういう“おじさん”がわんさかいて、層が厚すぎて削っても削りきれません。
だから、“森さん的おじさん”を見ている若い人たちに、『ああいうこと言うと批判されるんだ。ヤバいな』と思ってもらうことの方が今は大事だと思っています。たとえその若い男性が心の中で女性を下に見ていたとしても、“男女差別的な発言は公の場で許されない”という認識が社会の中で形成されることが重要なんです」
■「男社会」は専業主婦がいるから成り立っていた
田舎を出たい一心で勉強し、都内の名門大学に入った笛美さん。その後、新卒で大手広告代理店に就職。「バリキャリ」の道を歩み始めるが、会社では「男並み」を求められる一方、「女子力」が問われる婚活市場で苦戦した。
仕事ではもっと上に、もっと強く、もっと面白く奇抜に。
婚活ではもっと下に、もっと弱く、もっと愛想よくバカに。
——『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』(亜紀書房)より
初の著書は『ぜんぶ運命だったんかい』。男性優位社会の仕組みに気づいた時に吐いて出た言葉が、タイトルに採用された。
「女子同士でトイレに行ったりアイドルの話をしたりするのについていけなくて、ずっと女の子とうまくやれないことがコンプレックスでした。しんどくないフリをしていたけど、『なんで私はあの子たちと一緒になれないんだろ?』という気持ちがずっとあったんです。でも小さな町を、田舎を出れば、自分に合った世界があると思っていました。
東京の大手広告代理店に入った時は女性社員自体が少なくて、女は私だけ! 最高! と思っていました。そうして男社会に逃げ込んだわけですが、実態は、身の回りの世話をすべてやってくれる専業主婦がいて、仕事に没頭することができる男だけが社内で勝ち残れるという、ゆがんだ男性優位社会でした。私の苦労は私個人の問題ではなく、運命づけられたものだったんです」
■かつての私も「女性蔑視」の視点を持っていた
「ぜんぶ運命だった」ことを教えてくれたフェミニズムに恩返しをするような気持ちで、「笛美」として活動をはじめた。女性たちのアクションを促すきっかけになりたいと言う。
今年8月に起きた小田急線刺傷事件の際にもいち早く「#幸せそうという理由で私たちを殺さないで」とハッシュタグを作り、声を上げた。
「男性容疑者は『幸せそうな女性を殺したかった』と話していたそうですが、私もモテない暗黒時代、同じように歪んだ考えを持っていました。恋愛市場では、“高学歴バリキャリ女子”の私は、家でご飯を作って待っていてくれる家庭的な“キンピラの女”にいつも負かされていました。そういう意味でかつての私と彼は似ていて、女性蔑視がある。
でも悪いのは“幸せそうな女”じゃなく、彼や私を追い詰めてきた社会構造。女の人が、“男性の妻”や“子供の母”としてしか生きられないのはおかしいし、高学歴・高収入で一家の“大黒柱”になることだけが、男性の生き方ではないですよね。男社会の中で与えられた“役割”でなく、自分の好きな生き方をできない社会の方が問題。私も最近、やっとわかったことです」
■「それちょっとヤバいですよ」の積み重ねで社会は変えられる
女性たちを立ち上がらせる“コピー”を発明できるのは、笛美さんが広告業界で鍛えてきたクリエイティブの力にほかならない。海外の友人から、「フェミニズムの広告を作る会社をやればいい」と言われたこともある。
「もしお金をいただいてプロとして活動するとなると、失敗ができなくなる気がして。それによって自分が守りに入って保守化しそうなのも嫌で、起業にはまだ二の足を踏んでいます。
ただ、ハッシュタグにしろデモにしろ、クリエイティブの力は本当に大切なので、女性のクリエイティブ集団がいたほうがいいとは思っています。だから私自身、もっとスキルや人脈を増やしていきたいなって。
それに、世の中には私なんかよりすごい女性がいっぱいいます。そういう人たちが各々の職場で『それちょっとヤバいですよ』とプチアクションを起こせば、社会は変えられると思っていて。一緒に一歩ずつやっていきましょう」
実は笛美さん、コピーだけでなく、絵も描ける(Twitterのアイコンにしている、青い顔の“笛美アイコン”も自作で、その他のイラストもおしゃれかつ高いメッセージ性を持つ)。
フェミニスト・クリエイター、笛美さんの力が必要とされるシーンは間違いなく今後も増え続けると思う。経済活動と社会活動のリンクに悩む一個人としても、彼女の活動を応援し続けたい。
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編集者・ライター
1983年生まれ。TV制作会社を経て出版社に勤務。その後フリーランスとなり、書籍やフリーペーパー、映画パンフレット、広告、Web記事などの企画・編集・執筆をしています。ネタを問わず、小学生でも読める文章を心がけています。
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(編集者・ライター 小泉 なつみ)
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