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アメリカや台湾とは大違い…日本の各地でいまだにFAXが使われている本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年9月28日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bet_Noire

新型コロナウイルスの対応を巡り、日本の基礎自治体の「デジタル化の遅れ」が明らかになった。”日本のインターネットの父”とうたわれる慶應義塾大学の村井純教授は「日本の役所はやさしすぎる。『メールだと見られない人がいる。だから、郵便でも送っておこう』となる。それがデジタル化の足を引っ張っている」という——。

※本稿は、村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

■「地デジ化」くらいのやる気がなければデジタル庁はうまくいかない

【竹中直純(以下、竹中)】“日本のインターネットの父”と呼ばれる村井純さんが内閣官房参与や「デジタル・ガバメント閣僚会議」のワーキンググループの座長になったことで、デジタル庁の初代長官になるんじゃないかという話が出ていましたよね。

【村井純(以下、村井)】誰に頼むべきかというリストの話に出ていたことは聞いているよ。でもね、菅義偉首相が「マイナンバーカードの銀行口座の紐づけ」や「デッドラインをきちんと決めてそれまでにやる」とか、以前から俺が話していたことをしっかりと発言しているんだよ。そうすると、俺はもう必要ないんだ。

【竹中】そうなんですか(笑)。

【村井】しかも、今や政府のIT政策のリーダーたちは、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)の出身が多くて、首相が「みんな先生のお弟子さんですね」って言っていた。彼らもいるから、本当に安心できる部分がある。

【竹中】デジタル庁は、2021年の9月の発足を目指していますよね。

【村井】そう。だから、俺としてはまずはそこまでが勝負だと思っている。2011年7月24の「地上デジタル放送への完全移行」は、我が国の歴史上のものすごいDX(デジタルトランスフォーメーション/デジタル技術によるビジネスモデルの変革)で、各省庁、地方自治体、ボランティアがみんなで力を合わせて、ビル影の電波障害とかいろいろな説明をして、全国民に約10年かけてデジタル放送とそれに対応するテレビに替えてもらったんだけど、あの時と同じくらいのやる気がなかったら、デジタル庁を創ったって上手くいかないよ。

【竹中】では、まずはマイナンバーカードの銀行口座の紐づけからですか。

【村井】いやいや、その前に役所でしょ。例えば、印紙があるとか、何度も同じ書類を書かせるとか、すべてのサービスがデジタル化されていない。あまりにデジタル化されていなくて、もうどこから手をつけていいかわからないくらい。だって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で「ワークフロムホーム(work from home/在宅勤務)」がいちばんできていなかったのは、霞が関の役所だよ。

【竹中】そうですね。

【村井】霞が関のデジタル化は国が主導すればできる。だから、最初は霞が関の“完全デジタル化”。そうしたら次に、都道府県と基礎自治体(市町村と特別区)をやらないといけない。霞が関だけデジタル化しても意味がないからね。そして、最後は民間なんだけど、民間はもうお願いしてやってもらうしかない。民間までデジタル化できたら、日本全部がデジタル化することになるからね。

【竹中】素敵ですね。

■「教育」と「医療」のデジタル化を優先すべき

【村井】そして、俺の提案は「教育」と「医療」だけは徹底してデジタル化してほしいということ。他の産業もたくさんあるけど、「農業もやりたい」「製造業もやりたい」って言い始めたらキリがないから。

【竹中】なぜ、教育と医療なんですか?

【村井】基礎自治体には、小学校、中学校、高校、そして保健所などがあるよね。それで、なぜ「教育」と「保健所」にこだわっているかというと、これは全部「災害対策」につながるからなんだ。大地震や感染症などの災害が起きた時に命を救うのは基礎自治体。体育館や校庭は避難所になる。そして、保健所は人々の健康を管理する。

【竹中】災害時のインフラになるわけですね。もちろん教育がデジタル化することで次世代が自然にデジタル前提で育つってこともあるでしょうし。

【村井】そう。これは妄想だけど、さまざまな情報を入手できるように小・中学校には光回線を引いて、5Gのアンテナを全部の学校に立てさせる。100%の学校に。そのために国も、民間も、お父さんもお母さんも、子供たちもみんなで頑張る。アメリカのクリントン政権時代に、お父さんとお母さんが自分の子供たちの学校に行って、ネズミのシッポに糸をつけて屋根裏に逃して反対側にチーズを置いて食べたところを捕まえて、その糸を使ってインターネットのケーブルを引いたという話がある。

1匹のねずみ
写真=iStock.com/JanPietruszka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JanPietruszka

【竹中】初めて聞きましたよ。そんなふうにしてケーブルを引いていたんですか(笑)。

【村井】そうらしい(笑)。1993年のクリントン政権発足後にゴア副大統領が「情報スーパーハイウェイ構想」を打ち出したんだけど、いつの間にか民間が中心になって整備が進んでいった。つまり、インターネットが必要だということで地元の人たちがみんなで力を合わせて「小学校をネットにつなげよう」って盛り上がったの。それで、短期間で全国的に整備された。

【竹中】そうだったんですね。村井さんが東京工業大学の大学院でケーブルを埃まみれになりながら通した話は聞いたことありましたが。

【村井】だから、日本も短期間に全国の小中学校に光回線を引いて、5Gのアンテナを立てて、10ギガバイト(GB)をつなぐためには、「災害時に必要になる」ということを説明して地元の人たちに協力をお願いするんだ。

【竹中】はい。

【村井】それで、「スピードテストで10ギガbps出なかったら、小学校失格」みたいなガイドラインを作る。

【竹中】10ギガbps出なかったら、校長先生のせいになる(笑)。

【村井】「それを3年以内にやってください」って言ったら、みんなすぐに始めて「2年でできちゃいました」みたいなことになると思う。

【竹中】学校は必死でやるでしょうね。

【村井】そして、大地震などの災害が起こった時には、小中学校の避難所には必ずバッテリーのバックアップシステム(自家発電など)があるようにするとかね。これはお金がかかるかもしれないけれど、それくらいやらないと意味がない。その予算を取るためにデジタル庁が必要なわけ。全国の小中学校が10ギガでつながって、子供たちがコンピュータをバリバリ使うようになったら、10年後、その子供たちは日本を支える力になる。

【竹中】絶対になりますね。

【村井】それをやったら、菅首相は歴史に残る人になると思うよ。

【竹中】日本の将来に投資をした首相ということになりますからね。

【村井】今回の新型コロナの拡大で、陽性者の把握など「日本のデジタル対応は20年遅れている」ってさんざん叩かれたんだよ。そのことについて確かに俺は戦犯なのかもしれない。でも、インターネットのインフラに関してはボロくなかったんだ。叩かれたのは行政サービスの部分。そこがおかしいって国民が気づいてくれたから、役所や学校などの機能を直すことに関しては国民の支持が得られると思う。

【竹中】そうですね。「教育」と「医療」のデジタル化は、ぜひ、進めてほしいです。

■日本はFAXに翻弄され、アメリカは1日で失業給付金を支給した

【竹中】新型コロナウイルス対策では、台湾がいち早くデジタルソリューションを使って封じ込めに成功しましたよね。

【村井】日本でそれができなかった理由のひとつは、基礎自治体のデジタル化が進んでいなかったから。どの地区で何人の陽性者が出たのかを把握するのは保健所の役割でしょ。でも、その報告がFAXだったんだよ。医療機関から保健所へも、保健所から各地方自治体へも。

稼働中のFAX
写真=iStock.com/piyaphun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piyaphun

【竹中】いろいろと報道されて、批判されていましたよね。

【村井】そして、そのFAXの書類が東京都にドンと送られてきたから、担当部署はパンクしてしまった。だから、オンラインで情報を送ってもらおうとしても、それができる状態ではなかったみたい。それで、仕方なくFAXの受付を30倍くらいに増やして、人海戦術でデータを打ち込んでいたらしいよ。こういうのもデジタル化が進んでいないからだよね。

【竹中】そうですね。

【村井】くしくも、新型コロナで基礎自治体の脆弱さが明るみに出たんだ。だから、そもそも台湾のように「データを使って、この感染症の拡大を防ぐにはどうすればいいのか」ということを導き出す体制ができていないの。

【竹中】その、はるか前の段階ですね。症例のユニークネス(一意性)を保障する仕組みがどこにも存在していないですから。

【村井】米政府が失業給付金に600ドル(日本円で約6万2000円)を上乗せして支給すると発表したら、翌日に振り込まれたんだって。それは「ソーシャルセキュリティ(社会保障)番号」と「前年の納税の記録」と「銀行口座」が紐づいていたから。だから、日本でもしマイナンバーと銀行口座が紐づけば、少なくとも給付金を素早く支給することはできる。そして、何人が失業したかもわかる。もし、国民全員がマイナンバーカードを持っていれば、こうしたデジタル化はどんどん加速すると思うんだ。

【竹中】加速しますね。

【村井】それで、菅首相がやる気になれば、5年で台湾に近い体制はできるんじゃないかな。そうすれば、新しいパンデミックにも対応できるはず。

【竹中】というか、やらないといけないと思います。

【村井】本当はこういうことをきちんとメディアを通して伝えなければいけないと思うんだけど、今はその時間が取れないんだよ。

■行政への不信感が日本のデジタル化の壁になっている

【竹中】今の日本の閉塞感の一部には、行政や政治家に対する不信感があると思うんです。それは新型コロナの陽性者数をFAXで送って、ダブルカウント(重複計上)されていたみたいな失態があったからですよね。単なる間違いじゃなくて数値統計そのものの軽視が透けて見えてしまった。それを直そうというのがデジタル庁の発足という動きにつながったと僕は思うんです。だから、今、デジタル庁に対する国民の期待は高まっているはずです。

【村井】そうだね。

【竹中】ただ、ここでデジタル庁が失敗すると、その期待を裏切ったことになるので、行政と政治の信頼がさらに失墜するわけです。そうならないようにするためには、村井さんがメディアに出ていろいろ話すよりも、「まずは『教育』と『医療』から手をつけよう作戦」を具体的に進めていった方が社会にとってはいいと思うんですよ。小中学校や保健所を早くデジタル化する方が重要だと思います。それを菅首相がきちんと理解しているかですよね。

【村井】そうね。

【竹中】それからマイナンバーについても、日本ではプライバシーの侵害の危険があるとして「すごく怪しいもの」だと思われていますが、考えてみれば“怪しい”部分は行政に対する不信感なんですよ。「統計をごまかすような役人がマイナンバーを扱って大丈夫なのか」っていう。ですから、まずはその“信頼”をしっかり築かないといけないと思います。

【村井】今は、ありがたいことに追い風というか、「やっぱり、マイナンバーと銀行口座が紐づいていると給付金などが素早く支給されるんだ」という意識が浸透しつつあるから、少しは前に進んでいくと思うけどね。

■行政のデジタル化のカギは“時給1500円の大学生”

【村井】それから、なぜ、日本の役所でデジタル化が進まなかったかというと「優しいから」という面があったからだと思う。「ついてこれない人がいるから、やめておこう」という考え方をしてしまうんだ。例えば、「キャッシュレス化を進めても、現金じゃないと払えない人がいる」「クレジットカードも上手く使えない。ましてやペイペイ(PayPay)なんてとんでもない。だから、現金決済のままにしておこう」と。「メールだと見られない人がいる。だから、郵便でも送っておこう」というふうにね。日本の行政は“優しすぎる”ところがあるんだよ。

【竹中】ほめ殺しですか(笑)。

【村井】そう。だったら、それを逆手にとって日本は“もっと優しい国”になってデジタル化を進めればいい。俺が考えている作戦があるんだけど、地デジの時に“お助け隊”がすごく活躍したの。そのお助け隊を地元の大学生にやってもらう。例えば、青森県に住んでいる人がデジタル化で困ったことがあったら、青森の大学に連絡をする。すると、大学の学生のお助け隊が困っている人のところにやってきて、いろいろデジタル化の相談に乗ってくれるんだ。

【竹中】面白そうですね。

【村井】お助け隊になるには、コンピュータやネットワークの基本、ちょっとしたデータ処理などの研修を受けてもらう。きちんとした資格にする。そして、地方自治体が雇って、普通のアルバイトよりも少し高めの時給を設定する。それで「今日はこのおじいちゃんの家にお助けに行ってください」「今日はこの農家に行って設定を手伝ってあげてください」って、パソコンをつないであげる。そうすると、日本中のパソコンがネットワークにつながるわけだし、日本の大学生のITスキルも上がる。人に教えるということは、自己研鑽(けんさん)になるからね。

【竹中】そうですね。自分がわからないことは教えられないですからね。

【村井】それで「あ、俺、これ教えられない」ってなると、次に教えられるよう自分から勉強するようになる。

【竹中】どんどんITスキルが上がっていく。

【村井】すると、数年後に社会に出た時に彼らはコンピュータネットワークと情報処理がわかっているわけだから、日本全体のデジタル化レベルが上がるはずなんだ。

【竹中】地方のデジタル化も進みますよね。ただ、ポイントは時給を上げすぎないことじゃないでしょうか。例えば、時給とかにすると、コンピュータに詳しい人など一部の選ばれた学生のバイトになってしまいます。呼ぶ方もアプリなどの個別の専門的知識を期待してしまうかもしれない。そうじゃなくて、日本のDXをお助けするお助け隊は、研修を受ければ誰でもなれるようにしなくてはいけない。時給1500円くらいがいいんじゃないでしょうかね。

【村井】バイト代のさじ加減が難しいね。大学生のお助け隊ができれば、例えば「マイナンバーカードに銀行口座を紐づけられない」とか「マイナンバーカードをスマートフォンに入れられない」という問題が出てきた時にもお助け隊がすぐに解決してくれる。

村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)
村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)

【竹中】世界でいちばん優しいDXをした国になりますね。

【村井】そう。これは他の国のお手本にもなると思うんだよ。「置いてきぼりを作らない」「人と人が助け合う」「コミュニティで支え合う」というのが日本のデジタル社会が目指すところだと思うんだ。「グーグル(Google/1998年創業)がすごく儲かっている」とか「ベンチャー企業を立ち上げて大金持ちになった」じゃなくて、「みんなで助け合えるデジタル社会」が俺の目標なの。

【竹中】わかります。

【村井】10年後、20年後にはそうした社会になっていてほしい。お助け隊は、その礎(いしずえ)になると思うんだけどね。

【竹中】デジタル化社会の日本モデルですよね。

【村井】そう。これ、やれないかなあ。

【竹中】ヨーロッパや東南アジア諸国もマネするかもしれないですよ。そのマネを支援すれば国際社会でのデジタル庁の存在感が増しますね。

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村井 純(むらい・じゅん)
慶應義塾大学教授
1955年、東京生まれ。79年、慶應義塾大学理工学部数理工学科卒。84年、同大学理工学研究科博士課程修了。工学博士 (慶應義塾大学、87年)。東京大学大型計算機センター助手、京工業大学総合情報処理センター助手を経て、90年より慶應義塾大学環境情報学部助教授。97年、同学部教授。09年、同学部長。84年にJUNETを設立し、日本初の大学間ネットワークを接続。88年、情報技術研究ネットワーク「WIDEプロジェクト」を設立し、日本のインターネット環境づくりに黎明期から携わる。

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竹中 直純(たけなか・なおずみ)
実業家
1968年、福井県生まれ。「ディジティ・ミニミ」代表。タワーレコードCTOなどを歴任。坂本龍一のライブツアー、村上龍の小説に政策協力し、以来、様々な「ネット化」を続けている。

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(慶應義塾大学教授 村井 純、実業家 竹中 直純)

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