日本のネットの父が警鐘…「ネットへのアクセスは人権」という主張に潜む"意外な落とし穴"
プレジデントオンライン / 2021年10月4日 10時15分
※本稿は、村井純、竹中直純『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■インターネットは“人間がやるべきこと”を可能にする
【竹中】失礼な言い方かもしれませんが、村井さんの次の世代の人間は何をやるべきなんでしょうか。
【村井】俺は「人間の望んでいること」や「解決したいこと」を社会の中で実現するのが、インターネットだと思っている。だから、例えば新型コロナのようなグローバルパンデミックが起こった時に「何ができるのか」をみんなで発想したり、実現したりする環境を整えていくことが必要だと思う。
【竹中】といいますと?
【村井】インターネットって「IPでつながっています」というところから、その先の状況はどんどん発展しているよね。「動画が自由にやりとりできるようになりました」「暗号化ができるようになりました」「ビデオコンファレンスを家族みんなが同時にできるようになりました」とか、そういう発展はサービスを作っている側はそのすごさや便利さに気づくけど、作っていない側の人たちは気づかなくてもよくて「自然にできるようになった」「簡単にできるじゃん」って思えることが大事なんだ。
【竹中】いつの間にか生活の一部になっていると。
【村井】生きている人間や社会が意識しないでインターネットの恩恵を受けられる。そして、“人間がやらなければいけないこと”“自分のやりたいこと”ができるようになる。そう思って俺らはこれまでやってきたし、それを今後もずっと続けていってほしいとは思う。
【竹中】頑張ります。
■国家権力のネットへの過剰な介入は危険
【村井】もうひとつ。今、「危ないな」と思うのは、インターネットがこれだけ生活の基盤になってくると、政府は「この国をどう守るか」「この国をどうコントロールするか」という責任から、インターネットにいろいろと関与してくると思う。
【竹中】そうでしょうね。
【村井】国連のヒューマンライツ(人権)の議論の中に「インターネットへのアクセスは人権」だということが入っている。ヒューマンライツとは「水が飲める」とか「健康になる」とか、生きるうえでの最低限の権利。だから、インターネットへのアクセスが人権だということになれば、国は誰もがインターネットにアクセスできるような環境にしなければいけないし、インターネットが使えなくなったら国のせいになる。国連は「インターネットは人権だ」ということになると、インターネットを作っている人たちは喜ぶと思ったみたいだけど、インターネットを作っている人間からすると「危険だ」と感じるんだよ。
【竹中】国家権力がインターネットに関与してくるということですからね。
【村井】そう。国や政府は時に間違いを起こすこともある。インターネットは地球上の人間をつなぐものだけど、そこに国というものがあまりに強く関与してくると、本来の“地球上の人や社会のつながり”というインターネットの空間が分断されたり、制御されたり、誰かの支配下に置かれる可能性が出てくる。
【竹中】はい。国境によってインターネットが分断されるのは本末転倒であると。
【村井】国連に任せておいたら発言力のある国の思い通りになるだろうし、G20に任せたら計20カ国・地域で決めるかもしれない。もし、国が関与する、国に任せるということになったら、ある国の部分は自由な空間だけれども、ある国の部分は自由な空間でなくなるかもしれない。また、自由空間を守っている国と守らない国で戦争が起こるかもしれない。
【竹中】「国」に縛られた発想によってインターネットが変質する可能性があると。今のうちに何とかしないといけませんね。
【村井】そう。そして、何かおかしな方向に行った時にインターネットの自由な空間を守るのは、技術を理解する者の責任だと思う。なぜなら、技術がインターネットを作ったから。自由な空間を守ることは技術者の使命だと思う。
【竹中】インターネットテクノロジーのスペシャリストや、それを志す人がインターネットの意義をきちんとわかってくれるのか。僕らもきちんと説明していかなければいけません。
【村井】次の世代へのメッセージとしていちばん大きなことは「インターネットは人類が作ったグローバルな空間」だということ。そして「その空間がどう発展していくか」は作っている人にかかっている。地球でただひとつの自由空間をテクノロジーで守っていく、発展させていくことは難しいかもしれないけれど、ぜひ、頑張ってほしい。
■インターネットは地球上の人間を一つにする力を持つ
【竹中】次の世代は、その意志をわかってくれると思いますか?
【村井】大丈夫だと思うよ。ベネフィット(恩恵)があるから。「人類がみんなつながっている」ということから生まれる利益や恩恵が必ず出てくるから。そして、折に触れてそれを意識することがあるだろうし、「それが大事だから頑張ろう」という人が出てくるはずだから、あんまり心配していないんだよ。
【竹中】村井さんっぽい考え方ですね(笑)。
【村井】だってさ、インターネットの前には電話があったんだよ。誰かとつながるなら電話でいいじゃない。でも、インターネットという空間ができると「これは便利だな」と思うわけでしょ。「この空間を大事にしたいから頑張ろう」という人が必ず出てくると思うんだよ。
【竹中】今、日本は政府や行政がいろいろなオペレーションを行っています。それは「国権」という現在地球上でいちばん強い権力を行使しているということです。一方で、別の国も同じ権力を持っている。地球上では「日本対アメリカ」「日本対中国」など国対国という構図で、強権力と強権力が同時に存在するということになっている。そこにインターネットという技術が生まれて、例えば「アラブの春」など国権を揺るがす大規模な抗議活動が行われて、国権の少なくとも一部に変更を加えることができた。こういうことが何回も起こっている。
そのうちにインターネットの価値を国も民衆もわかってくると思うんです。そして、科学的アプローチを身につけていてインターネットでつながって恩恵を受け、大事さを理解した人の間では「戦争は良くないよね」という共通の価値観が自然に生まれると僕は思っています。それは何十年後か、もしかしたら100年後になるかもしれません。でも、そうなった時には過去にいちばん強い権力を持っていた国というものの存在が薄れて「地球上の人間のつながり」というものができる。そして、地球上の人間が一丸となって「太陽エネルギーをもっと効率良く使いましょう」「みんなで宇宙開発をしましょう」という日が来るんじゃないかと思っています。
【村井】そうだね。
【竹中】これは、たぶん「インターネットでつながっている」という体験をしながら仕事をしたり、物事を考えたりして得られる価値観です。そして、その価値観を持った人が政府の中枢に入ったり、国会議員になったり、国際団体の中で活躍することで「戦争のない地球」の誕生が早まるんじゃないかと思います。
■インターネットの財産は「意見を共有できること」
【村井】これからは「人間と地球」ということを意識するようになるんだ。大昔、交通手段もなく、情報も限られていた時は、自分の村のことしかわからなかった。でも、今はインターネットもあるし、他のコミュニケーション手段もあるから「人間と地球」との関係をいつでも意識できるようになっていると思う。中国や北朝鮮のようにインターネットを遮断する仕組みもあるけれども、抜け道はいろいろあるよね。
【竹中】そういう切断回避技術がインターネットの技術的本質ですもんね(笑)。
【村井】2010年にノーベル平和賞を受賞した中国の人権活動家・劉暁波さんは、中国政府によってずっと投獄されていたけれども、彼の意見を発信できたのはインターネットがあったからで、「個人の意見を共有できる」ということが重要なこと。何が正しくて何が正しくないかではなくて、意見を共有できる空間があるということがインターネットの大きな財産なんだ。
【竹中】そうですね。
【村井】そして、今度は地球という視点で見ると「地球で何が起こっているか」が共有できる。例えば「北極の氷が全部溶けてしまった」とか「南極の微生物が生態系にどういう影響を与えているか」ということもわかる。さまざまなセンサーが地球をスキャンしている状態だよね。「地球と人間の生活の関係はどうなのか」ということがわかってきている。みんなが気づき始めている。その根っこには、全部インターネットがある。
誰でも使える、どんな目的でも使えるデジタルコミュニケーションの基盤があるから、地球の温暖化などを把握していくことができるし、人類共通の課題をどうすればいいのかも考えられる。知を共有したり、情報を共有したりする空間がインターネットなんだ。それが国に妨げられないで発展していかなくてはいけない。
【竹中】今はフェイクニュースに代表されるような“ノイズ”を流すことで得をする仕組みや社会的構造があると思うんです。だから、これからの課題は情報の純度をどれだけ高めることができるか。わかりやすくいうと、池に毒を流すやつが出てきたから、その毒をどうやって除去するのか。その毒を除去する技術は、今後何百年も使えるような基本的なものになると思うので、プラットフォームとしてのインターネットの完成度が上がるはずなんです。それを次の世代で考えていかなくてはいけません。50年後に「昔は噓のニュースを流しても捕まらなくて、国や軍隊も右往左往していたんだって」と笑い話になっていてほしい。
今は、アメリカの大統領選で大騒ぎしていた人たちが書き込んだものをフィルタリングして、それが「数人くらいの少人数が扇動していたのでは」というところまで絞り込める技術ができたようです。そういうところまで、もう来ているんです。それが、言論の自由や言論統制の側面から考えた時に良いことなのか悪いことなのかは難しい議論ですが、その技術をどうするかも次の世代が考えていかなくてはいけませんね。
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慶應義塾大学教授
1955年、東京生まれ。79年、慶應義塾大学理工学部数理工学科卒。84年、同大学理工学研究科博士課程修了。工学博士 (慶應義塾大学、87年)。東京大学大型計算機センター助手、京工業大学総合情報処理センター助手を経て、90年より慶應義塾大学環境情報学部助教授。97年、同学部教授。09年、同学部長。84年にJUNETを設立し、日本初の大学間ネットワークを接続。88年、情報技術研究ネットワーク「WIDEプロジェクト」を設立し、日本のインターネット環境づくりに黎明期から携わる。
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実業家
1968年、福井県生まれ。「ディジティ・ミニミ」代表。タワーレコードCTOなどを歴任。坂本龍一のライブツアー、村上龍の小説に政策協力し、以来、様々な「ネット化」を続けている。
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(慶應義塾大学教授 村井 純、実業家 竹中 直純)
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