「これは詐欺医療である」東大の専門医が潜入調査で確かめた"悪徳クリニック"の許せない手口
プレジデントオンライン / 2021年9月26日 12時15分
■がん治療を巡る情報は生命に直結する
日本の死因の第一位は言うまでもなく「がん」である。がんに罹患する人は毎年約100万人、がんで死亡する人は毎年40万人弱となり、昨今ではがんについてさまざまな情報がテレビやインターネットで錯綜(さくそう)している。がんは生死を決めるため、つかんだ情報によっては大きく命を縮めることがある。
その一つが詐欺医療だ。全く根拠のない治療で「がんが治る」と言い、高額の治療費を請求する。こうした詐欺医療は、堂々とネットで広告を出していたり、ネット書店で著書が売れ行きトップになっていたりする。このため、いつ誰がその詐欺医療に引っかかってもおかしくない時代だ。
私は放射線治療専門医というがん治療を専門とする医師だ。現在東京大学病院で、その前は国立がん研究センター中央病院で勤務していたが、この詐欺医療によってがんを進行させてしまい手遅れになってしまった多くの患者をみてきた。今回は詐欺医療に引っかかった一人からその苦い経験を共有してほしいという申し出があり、実態を探るべくその都内のクリニックに向かった。
■高評価の著書とサプリ広告に囲まれた待合室
初めから医師と名乗ると警戒されて門前払いやお茶を濁される可能性があったため、患者の家族を装って家族相談料2万円を支払い、実際に相談し会話を録音した。その医師の見解や治療法の全容を聞いたのちに医師と明かし、その医学的説明を迫った。
今回の設定は以下のとおりである。偽名としてマツカタという姓を名乗り、母親が左乳がんT1cN1M0(2cm以下の乳がんで脇のリンパ節転移が1つ、遠隔転移なし)で手術も抗がん剤も嫌がっているため、どのような治療があるかと相談をした。普通なら手術+放射線+薬で95%は治る見込みの状態だ。
クリニックは都内のビルの一角にある、清潔でごく普通の診療所だ。受付も変わったところはなく受付1名、作業員(看護師?)1名がいた。少し変わっていたのは、待合室にズラッと並べた著書の数々と、院長が勧めるサプリのビラが至るところに置いてある点だ。待っている間にそれらの著書をネット書店で検索してみると評価は星4つ以上ばかりだった。開いてみると医学的に誤りの記載が多く、とても医療者が読める程度のものではなかった。なるほどレビューを買って、著書を広告塔にしているのだろう。
■早速、医学的根拠のない説明が飛び出した
10分ほど待って、院長室のある奥の部屋へ案内された。60〜70代くらいの普通の男性である。ただ挨拶してまもなく彼から出てきた言葉に驚かされた。
「マスクはいらないよ」
彼は私が入ってくるなり床のカーペットを指し「電磁波ゼロ」だよと言い放った。電気カーペットじゃないと言いたいのだろうが医学的に無意味な発言だ。電磁波というのはよく詐欺医療では攻撃の対象になる(体に悪いという意味で。ただしその根拠はない)が、早速の展開に少々面食らった。
次に医師は光触媒があるからマスクは外して良いなどと言いだした。仮に光触媒にウイルスを失活させる力があったとしても彼と私の間に光触媒はないため、十分に感染のリスクがある。私はワクチン接種しているが相手は打っていない可能性が高かったためマスクを外すことはしなかった。
■がん研究会有明病院は「がんセンター中央病院の分院」
その後もとんちんかんな発言が続いていく。母親の経過として近くのクリニックで診断を受け、がんセンターに紹介されたと説明。すかさず彼はがんセンターが築地か有明かと問う。医療者にとってはがんセンターといえば築地にある国立がんセンター中央病院を指し、がん研といえば有明にあるがん研究会有明病院である。だが、確かに非医療者からすると2つの区別はあまりわからないということもよくある。
私がとぼけたふりをして「有明もがんセンターと呼ぶのか」と問うと彼からは驚きの答えが返ってきた。「(築地の)分院ですよ」。患者ならともかく、医療者、ましてやがんを扱う都内の医師でその2つを混同することはまずない。がん治療を本気でやっているか極めて怪しく、どんなに適当なことを言っても患者なら騙せるという態度が見えた。
■抗がん剤を目の敵にしたウソばかりの説明が続く
話の肝に入っていく。今回の患者設定では手術+放射線治療+抗がん剤とがんセンターの医師に言われたが、詐欺クリニックの医師はどう答えるのだろうか。すると意外な答えが返ってきた。「手術は必要な場合が多い」と。その答えに一瞬戸惑った。私はてっきり標準治療を全て否定するものかなと思っていたが彼は手術を肯定した。
だが抗がん剤と放射線治療はすぐに否定した。特に抗がん剤は攻撃するターゲットにしていたようだった。抗がん剤を使用するとがん細胞が1000倍になる、逆に転移する、抗がん剤治療をしたら死ぬというエピソードをひたすら聞かせてきた。しかしそれらは実際にウソばかりである。
例えば国立がん研究センターが出している統計データによれば、(抗がん剤使用も含まれる)乳がん1期の5年生存率は100%である。そこで、私がどれくらい死ぬのかと確率を聞いても、医師はそれはわからないとはぐらかす。「ウソはついていない」と言いたいがために言質をとられそうなところは避けているのだろう。
■サプリだけで年100万円超が医師の懐に
このクリニックの主な治療法は断食とサプリだ。断食すれば悪いものが石灰化して体外に出るという。例えば胃がんは口から大きな石みたいなものが出て、乳がんは皮膚から出ると有り得ない主張をした。またサプリもブラジルのアマゾンで見つけた秘薬があると言い、ビラを渡された。筆者があとから調べたが同様の物がアマゾンのサイトでも売られていた。
その他にも自分が調合したというサプリなども紹介され、おおよそ月々10万円程度を患者が支払うという。1〜2年使い続ければ、医師は何もせずに120万〜240万円程度入ってくることになる。その他、サウナで40分8000円や水素療法(点滴)1回1万円など、はまった患者からいろいろと搾り取る、医学的効果が認められていない治療が用意をしてあった。
実際に私の患者も2年で300万円ほどを費やしたという。その間に2cm以下だった小さな腫瘍が乳房の皮膚を食い破るまで大きくなった。不審に思った患者は医師に問い合わせたが答えは「サプリメントの量が足りない」と返ってくるばかり。最後は着信拒否となり患者は騙されたことを確信したという。
患者としては気になるのは治る確率である。実際にがん治療においてはいったん治ったようにみえても、小さな細胞が残って数年で塊になるまで増えることがあるため、5年生存率や10年生存率というものを使う。今回は患者のふりをしているため、治る確率をきいてみた。
■大もうけするための治療の代償はあまりに大きい
丁寧にこの生存率の話からされると思いきや、返ってきた答えは「わからない」。あれだけ乳がんの標準治療(手術+放射線治療+抗がん剤、5年生存率は95%)を否定しておきながら、医師推薦の断食とサプリメントで治る確率は示さない。「治る時は治るし、だめな時はだめ」と言うばかりだ。徹底して責任はとらない姿勢を見せていた。
この荒唐無稽な言説に対して、自分が医師と明かし説明を求めた。それでも詐欺クリニックの医師は「ウソは言っていない」と主張しつつも、「問い詰められる筋合いはない」や「ウソだからといって(ウソも)へったくれもないじゃないですか」などと開き直るまでになり、最後まで自らの過ちを認めることはなかった。詳細はYouTubeにあげているので参照してほしい。
このクリニックの医師はおそらく効かないことを確信してやっているのだろう。どこにも根拠がなく、目の前の患者は悪化する一方のはずだからだ。もし医療界に認められていない治療が効くと信じている医師ならば必ず統計を取るが、この医師は「そんなもん面倒くさい」と言い放った。楽にもうけられる手段として詐欺のがん治療をしているのだろう。ただその代償は患者の命で支払われる。
■詐欺が横行しやすい自由診療は要注意
詐欺クリニックの手順は大まかに以下のとおりだ。
②来院した患者に「抗がん剤や放射線治療は聞かない」のウソを吹き込む。
③ウソを信じた患者に「これなら治る」とサプリを売る。
④悪化した患者には「今回は効かなくて残念だ」と伝える。
こんなことを繰り返しやっているのだろう。数字を言えば追求されるため、いっさい口にしない。このようなやり方でもがん患者は「治る」という言葉につられてしまう。
実際にある芸能人がこのクリニックの著書を推している動画を出していたり、また別の芸能人はラジオにこの医師を招き、話を聞いたりしている。普通に生活して目に入る場所にこの詐欺医療は存在するのである。
がん医療には大きくわけて3つある。標準治療、先進医療、自由診療である。標準治療は現段階で最も効果が高いと認められている治療で通常は保険診療で行われる。先進医療はこの標準治療を上回る可能性があるがまだエビデンスの蓄積が足りない治療で、混合診療が認められている治療(先進医療の部分だけ自由診療で他は保険で賄われる)である。ただし上回る可能性は6%程度とかなり低いため、標準治療がおおむねベストの治療といえる。
最後の自由診療は標準治療よりも下回ると認められた治療や全くエビデンスのない治療が該当する。最も患者が注意すべきはこの自由診療だ。自由診療は価格を自由に設定し、保険のチェックも入らないため、利益目的の詐欺が横行しやすい。中には効果が望めそうな治療(重粒子線治療など)がまれに含まれるが、多くの場合「効果が高い」と勝手にうたっているだけの詐欺医療だ。
■「5分程度しか説明してくれない」という不安が狙われる
がん治療におけるベストの治療は標準治療である。ただし、それはあらゆる状態のがんを100%治せるわけではない。手術や抗がん剤の副作用を聞かされた時、私たちから治らない可能性が高いと聞かされた時、患者さんは常に不安と戦い続けることになる。しかし私たちはその不安と向き合う時間はない。多くの患者さんを抱える医師にとっては5分程度で治療の説明をしなければならず、患者さんの不安を増長させることになる。
ここに詐欺医療が入り込む隙があるのだ。詐欺医療は具体的な数字も副作用も言わず、ただ「治る」と断言する。また2時間程度かけてゆっくりと患者と向き合うのだ。もちろん2時間じっくり見ているのは患者の体ではなく懐のお金なのだが。
ぜひ医師の説明を1人で聞かないようにしてほしい。患者さんは不安な気持ちや、慣れない医療用語で説明がうまく聞けていないケースがよくある。質問もうまくできず、「あの先生の言うことはよくわかんなかったな」で終わる場合も少なくない。それはわれわれ専門医の責任でもあるが、患者さんができることとして家族や親戚を同席させるという方法がある。
家族がいるので心強いし、家族が落ち着いて医師に質問もできるし、あとで話の確認も家族として理解を深めることもできる。理解が深まれば不安は少しずつ解消されて詐欺医療が入り込む隙がなくなるのである。
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放射線治療専門医
1987年生まれ。九州大学医学部卒。国立がん研究センター中央病院を経て現在は東京大学病院で放射線治療を担当。無料動画で医療を学ぶ「YouTubeクリニック」では「10分の動画で10年寿命を伸ばす」を掛け声に30~40代の方やがん治療に臨む方へ向けた日常生活や治療で役立つ医療話を配信している。
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(放射線治療専門医 上松 正和)
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