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余命1カ月の老女が死の直前に自宅でどうしても受けたかった"7000円のサービス"の中身

プレジデントオンライン / 2021年9月26日 11時15分

写真提供=土屋惠子さん

在宅で介護されている高齢者は理容室に行くことができない。埼玉県で福祉理美容師・ケアマネジャーをしている土屋惠子さんは10年前から要介護者宅で訪問カットをしている。「『髪を切った後にお風呂に入ると本当にスッキリする。今日は良い日だった』と笑顔で言っていただくのがうれしくて」。そう語る土屋さんが思わず涙したこととは――。

■「伸びた髪が鬱陶しくて、自分で切ろうとする」

在宅介護で後まわしになりがちなのが頭髪のケアだ。介護が始まった当初は家族も介護サービスの対応などに追われて、頭髪のことなんかに気がまわらない。介護生活が長くなってくると髪も伸びてくるから気がつくが、「家で介護を受けている身で誰かに会うわけじゃないし、髪など整える必要はないだろう」と思ってしまうわけだ。

「でも、要介護の方も髪が伸びても我慢を強いられるのは、ものすごいストレスなんです。それが原因で気分が落ち込み、心身の衰えが進行する方も少なくありません」と語るのは福祉理美容師であり、ケアマネジャーでもある土屋惠子さんだ。

「私は埼玉県東部の松伏町を拠点に、10年ほど前から訪問カットを行っています。訪問カットというのは、要介護や障害などで理美容院に行くことが難しい方のご自宅に伺って、カットやシャンプー、ご要望によってはカラーリングやパーマをかけて差し上げる仕事です。利用された方はみなさん、スッキリしたと喜んでいただけますし、気持ちが前向きになって元気になられます。訪問カットをご存じない方も多いですが、最近では全国展開でカットサービスを行う事業所もできていますし、ぜひその存在を知り、利用していただきたいですね」

そう語る土屋さんに、要介護者の頭髪ケアの現状と訪問カットについて聞いた。

介護で優先されるのは、やはり身体のケア。日々の生活や命に関わらない頭髪のことは、どうしても後まわしになる構図があります。特別養護老人ホームなどの施設では、定期的に理美容師が出張し、カットを行いますが、在宅の場合はその判断が介護する家族にゆだねられ、そのまま過ごすことも少なくないといいます。

土屋さんはケアマネジャーとして、そのために起こるトラブルを数多く見てきたそうです。

「伸びた髪が鬱陶しくて、ご自分で切られてしまわれる方がいるんです。また、認知症の方がハサミで髪を切ったりすれば危険ですし、ベッドの周りが髪の毛だらけになって困ったというケースもあります」

デイサービスのなかには、月に数回、出張理美容師を呼んで、髪をカットするサービスを行う事業所もあるそうです。

「でも、そうした利用者のニーズに応えようとするデイサービスは限られています。在宅で介護を受けられている方の多くが、頭髪カット難民といっていいでしょう」

■カットのみ3500円、シャンプー1000円、毛染め&パーマ7000円

そんな現場を見、しかも理美容師の資格を持っていた土屋さんは「訪問カット うさぎ」という事業所を立ち上げ、訪問での理美容を始めました。

しかし、町の理美容室のように設備の整っていない自宅で、どのようにカットや調髪などを行うのでしょうか。

「カットする場所はおのおののご自宅の環境を見て対応します。浴室や洗面所が広いお宅なら、そこを使いますし、そこが無理なら居室でも大丈夫。髪を極力落とさないノウハウはありますし、落ちたとしてもご迷惑がかからないようしっかり掃除をして帰ります。寝たきりの方でもベッドにシートを敷くなどして対応しています」

シャンプーも利用者の要望や自宅の環境によって数種類の方法を用意しているそうです。

「水が使えないお宅では、濡れたタオルでふくだけでよいドライシャンプーを使いますし、お湯を吹きつけると同時に吸い込んで、お湯を一滴もこぼさない“ルームシャンプー”や、しっかり水お湯でシャンプーする移動式のシャンプー台を使うこともあります」

カラーリングやパーマも専用の薬と機材を使い、理美容室同等に仕上げるとのこと。そのため訪問時は必要な機材や用具一式を詰めた大きなバッグを2つ持って行くといいます。

年配の女性がつえを握って腰掛けている
写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

ところで、気になるのは料金です。自宅までプロの理美容師が来て髪を整えてくれるのです。加えて訪問理美容はホームヘルパーの訪問介護などと異なり介護保険の適用外。つまり料金は全額自己負担ですから、かなり高額になると思われるのではないでしょうか。

訪問理美容サービスの料金はいくらぐらいなのか。

町の美容室、理容室も店によって料金が異なるように、訪問理美容の料金設定も事業者によってまちまちですが、大体の相場はあるようです。

一例として土屋さんが運営する「訪問カット うさぎ」の料金設定を紹介しておきます。カットのみが3500円、シャンプーが1000円、カラーリングとパーマはカット込みで各7000円から。これは出張料を含む料金で訪問の距離によって多少の増減はあるそうです。

全国展開しているある事業者の料金表を見ると、カットが4000円、シャンプーが1000円と土屋さんの料金とほぼ同じ。ただし出張料は別にかかるようです。もっとも、この程度の金額なら町の理美容室と大きな差はなく、むしろ割安感があります。

なお、自治体によっては管轄地域の要介護者を対象に「理美容券」を支給するケースがあります。市区町村が独自に行っている補助のひとつで額面は1000~5000円程度と幅がありますし、対象も要介護度によって区切られるといった条件つきだったりしますが、住んでいる地域に補助がある場合、利用しない手はありません。訪問理美容の利用を考えたとき、役所に理美容の補助があるかどうか、問い合わせてみるといいでしょう。

■余命1カ月の女性要介護者が人生の最期に毛染めとパーマをかけたワケ

「事業者の私が言うのもなんですが、介護を受けている方のことを思うなら、訪問理美容を利用する価値は十分あると思います」と土屋さんは言います。

「訪問入浴の前にカットの予約を入れる方が多いのですが、“髪を切った後にお風呂に入ると本当にスッキリする。今日は良い日だった”とみなさん笑顔でおっしゃるんです。笑顔が見られるのはご家族にとってもうれしいことですしね」

訪問カットを行う土屋さん
写真提供=土屋惠子さん
訪問カットを行う土屋さん - 写真提供=土屋惠子さん

病院に行く前日に訪問美容の予約を入れる女性も多いそうです。行き先が病院であろうと外出し他人の目に触れることになる。その時、自分は美しくありたいという思いからです。

「要介護になっても、女性がこういう意識を失ったらいけないと思うんです。この意識が持てれば前向きになれるし、元気も取り戻せることになります」

さらに土屋さんは自身が経験したあるエピソードを語ってくれました。

「ある女性(80代)からカラーリングとパーマの依頼がありました。セットが終わった後はお化粧もされて、娘さんや息子さんたちと写真を撮られたのです。その後しばらくして、その写真が送られてきました。添えられた手紙には、こう書かれていました。

『実は、訪問カットをお願いする少し前、母は医師から余命1カ月と言われたのです。母はそれを受け入れ、覚悟を決めたうえで、最後に家族で写真を撮ろうと言い出しました。それで、せっかくなら、きれいにして撮りたいよね、という話になって訪問美容をお願いしたのです。母は医師の宣告通り、先日亡くなりましたが、おかげで美しい姿を残せました。ありがとうございます』と。

私は、そんな事情があったことは知らなかったので驚きましたが、家族に囲まれて微笑む女性の写真を改めて見て感動し、涙があふれました。その女性にとっては髪をセットし美しくなった姿を残せた。ご家族にとっても、きれいなお母さんと一緒に写真を撮ったことは、いつまでも良い思い出として残る。そのお役に立てたのだと。訪問理美容の仕事を続けてきて良かったと思いました」

これは特別なケースだと思いますが、たとえ介護を受けるようになっても、髪を整え、美しく装うことは人にとって欠かせないことなのです。

訪問理美容は要介護者本人の気持ちを上げることはもちろん、介護をする家族にとっても喜びにつながるサービスといえるでしょう。親孝行のひとつとして利用を考えてみるのも、いいかもしれません。

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相沢 光一(あいざわ・こういち)
フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

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(フリーライター 相沢 光一)

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